<後 編>








マヤのもとに、二通のクリスマスレターが届いてから、約10日後。
いよいよクリスマスイブ当日、12月24日を迎えていた。

結局マヤには、件の手紙の送り主は誰だか判らずじまいだった。
一通目の送り主とみられる桜小路とは稽古場ではほぼ毎日一緒であったが、
もともと演技以外の休憩時間もマヤは上演権がらみの話やら取材で忙しく
殆ど桜小路と話す時間も取れなかった上、桜小路からも特段何も言ってこなかった。

二通目の手紙については何の手がかりもなかった。
実は、送り主が速水かもしれないと思い余ったマヤは
手紙が来た数日後に大都芸能本社に電話を掛けていたのである。
だが、応対してくれた水城によれば、
折悪しく速水は今日からイギリスの大手音楽会社EMIと
歌手のプロモート関連の商談をする為にイギリスへ出張しており、
帰国は成田に24日夕刻、本社には25日朝でないと出社しないという。
水城には『天女様の急ぎの用件があれば折り返す、と真澄様から言われてるわ』と
言われたが、折り返しさせるには余りに些細な話だと思い、マヤは遠慮した。

そして案の定、『キッドスタジオ』では祝日にもかかわらず、
『紅天女』の稽古が相変わらず熱心に行われていた。
午前中こそ普段と変らぬ熱気に包まれた稽古場であったが、午後に入り
時間が夕刻へと近づくにつれ、チームの面々の態度は浮き足立っていった。

流石に主役であるマヤは、クリスマスレターの話以外は用事もないから
腹をくくって普段のモチベーションを保っていたものの、
他の若手役者たち、とりわけ桜小路の視線を時計とマヤとの間に泳がせ、
落ち着かなさげな様子は見るからに挙動不審であった。

「くぉら〜!!何〜をやっとる桜小路!!お前の恋人は時計と北島なのかっ?
 おまえさんの恋人は阿古夜だろ?現実と演技をごっちゃにするんじゃないっ!!」
「す、すみません黒沼先生。」

黒沼の怒声がフロアにこだまし、桜小路の尻をパシっと台本でたたく。
クスクスっと稽古場に笑いが広がると、黒沼がキッとそちらを睨みつけ、第2の雷を落とした。
「そこ、笑ってる場合じゃないだろ!村人の動きが完全に阿古夜から遅れてるぞ!」

「こんなんじゃまともな稽古ができん、10分小休止だ、皆、気合をいれろ!!」
黒沼の指示を受けて三々五々メンバーが散らばってゆく。
マヤも壁際の飲み物に手を伸ばしていると、黒沼が歩み寄ってきた。
「まったく、今日がイブだってのは俺も知っているが、北島、おまえ以外の若手はどいつも
浮かれて使い物にならん。特になんだ、桜小路は。自分がプロだという自覚があるのか。」
煙草に火を付けながらブツブツとこぼす黒沼の姿に、マヤも少々可笑しくなる。

「黒沼先生、あたしは予定ないですけど、みんな友達とか彼氏とかと予定入れてるから
仕方ないかも。桜小路くんもクリスマスの企画に応募してて結果発表が今日だそうですし。」
「クリスマスの企画?なんだ、それ?」
黒沼に聞かれ、マヤは手短に雑誌の記事にあったツリーの企画について説明した。
「ほぅ。単細胞の桜小路のことだ、阿古夜へのラブレターでも書いて応募したんだろう…。
 時計と北島、おまえばかり見ていた訳がこれで判った。北島も隅に置けないな(笑)」
「なっ、何言うんですか黒沼先生。あたしと桜小路くんが舞台の上はともかく、
プライベートでそんな関係じゃないのは気づいてらっしゃるじゃないですかっ?」

突如、黒沼が軽口をたたくものだから、マヤも慌てて切り返した。
実は黒沼も、マヤと速水が交際には至らないものの両想いであると、見抜いている。
少なくとも二人の関係に気づいているのは、マヤの認識では麗と黒沼の二人だけであった。
マヤが切り返すや否や、黒沼はぐっと声をひそめつつ、マヤに耳打ちをした。
『で、若旦那とは?』
「はぁ?あんな仕事虫の忙しい人に、ただの女優とそんな予定ある訳ないじゃないですか。
 それにあたしもみんなに誘ってもらって、今晩はツリー見に行くんです。」

“本当なら黒沼先生に、愚痴の一つも言えたらなぁ。でもここは稽古場、
稽古場ではあたしは阿古夜なんだから、先生に余計な心配かけたくないし。“
そんな事を思いつつ、少しばかりの虚勢を張りながらマヤは元気良く返事をする。

「北島も見に行くのか?珍しいな、おまえさんが演劇以外の用事で外出するのは。」
「あ、そうかもしれないです、黒沼先生。あたし演劇以外では殆ど出かけないので。」
「そうか…じゃあ俺も珍しくそのツリー、見に行くか!
阿古夜も一真も行くのなら、たまには様子を覗いてもいい、話の種にはなるだろう。」
「えっ??」
思いがけない黒沼のセリフにびっくりし口を半開きにするマヤをよそに、
黒沼はタバコをもみ消すと稽古場中央へ戻り、パンっと両手を打って大声を出した。

「休憩おわりだ! いいか、皆も知っての通り、今日はクリスマスイブだ。
 神と仏の恋にクリスマスは関係ない筈だが、まあ各々色々事情があるだろう。
 俺もたまにはクリスマスツリーでも見に行くつもりだから、今日は特別にあと一時間、
5時過ぎに稽古終了とする。その分、1時間みっちり気合を入れてやれ。
だらだら稽古したら、その分終わりが伸びるぞ!いいか?」
らしからぬ黒沼の言葉にメンバー一同、おお〜っとどよめきを上げ、口々に返事をする。
「わかりました、黒沼先生!!」
現金なもので、それまでの浮き足立った雰囲気とは打って変わって、皆演技に集中する。
ウソのように稽古は順調に進み、稽古は17時15分には無事、終了した。

18時に、『クリスマスツリー見学隊』(仮称)は『キッドスタジオ』を出発した。
メンバーは黒沼、マヤ、桜小路、小道具の田中ほか、総勢10名。
タクシーに分乗して2メーター程の距離にあるゆりかもめ有明駅まで行き、
そこからゆりかもめに数駅乗り、18時30分頃メディアシティのツリー脇に無事到着した。

クリスマスイブ当日、更に有名歌手のイベント実施とあってツリー周辺はごった返していた。
ただ『トリックスター』イベント目当てのファンは予め眺めの良い指定席に陣取っていたし
既にツリーのメッセージ掲示も行われていたから、幸い混雑のピークは過ぎている。

桜小路ほか数人が、メッセージ掲示板へとダッシュする中、
マヤは特別ミサで聖歌隊が奏でる讃美歌の調べに、自然と足が向いていた。
メッセージが気にならない訳ではないが、当選はないだろうとマヤは半ば思っていた。
“クリスマスメールの指定時刻19時に、ツリーのところに行けばいいよね”

どこかで聴いたことのある優しい調べが美しい女声合唱に乗って、マヤの中に心地良く入り込む。
賛美歌98番「あめにはさかえ み神にあれや」
賛美歌142番「さかえの主 イエスの」
賛美歌112番「諸人こぞりて」
賛美歌312番「いつくしみ深き」
賛美歌109番「聖しこの夜」 ※番号は讃美歌集1954年版による

どれも多くの国で愛されている、代表的な賛美歌である。中には英語の歌もあったし、
賛美歌の歌詞の意味は良く判らないマヤであったが、それでもアルディスを演じた折に
教会で聞いて以来久々に聴く賛美歌の調べは大層気高く、マヤは心洗われる思いがした。

程なく賛美歌斉唱が終了すると、マヤは僅かに涙ぐみ、我を忘れて拍手喝さいを送る。
熱心に聖歌隊を見つめて一心不乱に拍手を送るマヤの姿に目を留めたのか、
斉唱を終えた聖歌隊のメンバーらしき人物が傍らに歩み寄ってきたのに、マヤは気づいた。

「こんばんは。賛美歌斉唱に暖かい拍手を下さいまして、有難うございます」
声を掛けてきたのは年の頃30代であろうか、
肩につく程度の長さの美しい黒髪に、曇りなき眼差しをした女性であった。
“わあ、凛としてて、聖歌隊って感じの人だわ。大都の水城さんに感じが似てる…”

水城に似た雰囲気のこの女性に親近感を感じ、マヤも挨拶を返す。
「こんばんは! 今、偶然来合せて聴いていました。聖歌隊の方ですか?」
「はい。私、聖歌隊のソプラノパートのチーフをしている、紫苑と申します。
寒い中、熱心に聴いて下さり聖歌隊一同、感謝しております。お気に召しました?」
「ええ紫苑さん、もちろん!本当に、何て素敵なんでしょう。
心が洗われるようであたし感動してしまって…。あ、あたしはマヤ、北島マヤです。
今日はツリーのメッセージ企画に応募したのでこれから見に行くんですけど、
もし外れててもこの賛美歌を聴けただけでホント、ここに来て良かったって思います!。」
「マヤちゃん、とおっしゃるの?とても素敵なお名前ですね。
賛美歌がマヤちゃんの心に残りましたなら、主のお導きとして、私共にも大きな喜びです。
どうぞマヤちゃんにもこのクリスマス、喜ばしい事や良き巡り合わせがありますように。
マヤちゃんのメッセージが大切な方にきっと伝わると、僭越ですが信じておりますわ。」

初対面ではあるが、暖かい微笑を浮かべて語りかけてくれるこの女性の優しさに、
ポッとほのかな灯りが自らの内にともるような感覚を、マヤは覚えた。
“そうだよね、結果まだ判らないし。当選してるかも、ううんきっと当選するもん!”

「有難うございます、紫苑さん。励まして頂いて。なんだか元気が出てきました!
お会い出来てよかったです。またいつか、ご縁がありますように。」
マヤがそう言ってそっと紫苑の片手を取り、上から自分の片手を重ね合わせると、
紫苑もその上からゆっくりと、掌をマヤの重ねた手の上から包んでくれた。
「こちらこそ、いつかご縁がありますことを。
マヤちゃん、どうぞ良いクリスマスと新年をお迎え下さいね。」

ミサ会場から離れたマヤが時計をみると、何と時刻はもう18時57分を指していた。
「大変っ!もうすぐ19時だわっ」
意外に時間が経っていたことにマヤが驚いていると、脇から黒沼が声をかけてきた。
「なんだ北島、お前もまだツリー見てなかったのか。」
「黒沼先生も、賛美歌聴いてらしたんですか?」
「ああ。紅天女の世界とは全く異質の世界だが素晴らしい歌声だ。宗教的な世界観の
表現という点ではあながち無関係でもないだろう。いいものを聴かせてもらった。
 ところで北島、桜小路放っておいていいのか?ツリーの下で呆けてるようだが。」
「えっ?」

マヤが20mほど先のツリーに目をやると、
メッセージボードの前に呆然と立ち尽くす桜小路、それからマヤと黒沼を
呼びながら手を振るチームの面々の姿が、マヤの視界に入った。
「マヤちゃ〜ん、黒沼先生、メッセージはこっちです!」
「北島さん、早く!もうすぐ点灯式が始まりますよっ!」
「は〜い、今いきます!皆さん応募結果どうでした?」

マヤと黒沼が走ってツリーの側に来ると、田中が結果を報告してくれた。
「残念です〜。北島さん、倍率高いから仕方ないんだけど私達全員、全滅でしたぁ。
 もう桜小路くんなんかすごいガッカリしてしまって。何とかいってやって下さい。」
「桜小路君、残念だったね。でもまた星なら機会あるかもしれないし、元気出してね。」
「マヤちゃん…。」
桜小路ときたら、今にも泣きそうな顔をしている。

「あ、それとね、桜小路くん。素敵なクリスマスカード有難う!
また来年も『紅天女』本公演、一緒に頑張ろうね。で、伝えたいことって何?」
「…い、いや。いいんだそれは…。カード読んでくれて有難う…」
やはり、マヤへの想いを熱烈に記したメッセージが絶対当選すると思い込んでいたのか、
ガックリとうなだれる桜小路の落込み様は、半端ではなかった。
ほぼ状況を察したのか、黒沼が桜小路の背中をポン、と軽く叩く。

その瞬間、19時を知らせる時計の鐘が鳴った。
“19時だわ。もう一人は、もう一人の送り主は、誰?”
メッセージの確認も忘れてマヤが時計に目を遣ったとたんに、
背後から突然、マヤもまた肩をポンっと叩かれた。
「やあ、これは黒沼先生に天女様、チームの皆さんもおそろいで。奇遇ですね。」

この聞きなれた低めの澄んだ声、この言い回し。
マヤに思い当るのは、一人しかいない…恐る恐るマヤが振り向くと、
誰あろう、背広にトレンチコート姿の速水本人が、そこに立っていた。

「速水さん!」
「若旦那!」
「大都芸能の速水社長!」
マヤに黒沼に桜小路にチームの面々が一斉に叫んだきり、
とりわけマヤと桜小路は口をパクパクさせ次の一言が全く出てこない状態と化した。
他のメンバーにしても、彼らはマヤと速水の事情を全く知らない。
試演前に稽古場に現れマヤに暴言を浴びせた挙句紫のバラを投げつけた速水の姿が
彼らの記憶に新しい為か、メンバー達は一種の警戒心丸出しの目で速水を見据え、
誰も口を開く者はいなかった。
一瞬の沈黙が場を支配した後、口を開いたのは黒沼だった。

「速水の若旦那、しばらくだなぁ。元気にしていたか?
こんなところで会うとは意外だが。仕事か?
ああ、まぁこんな所で仕事もないだろうから、婚約者さんと食事か?」
「いいえ、仕事ですよ。『トリックスター』の日本でのプロモは大都が担当なんです。
今日の夕方、『トリックスター』の面々と帰国したところです。
点灯式の一時間はフリーですが後で彼らの宿泊先ホテルで会食に同席しないと。
ああ、皆さん方もよかったら関係者席でイベントをご覧になってはいかがですか。」

流石に社長だけあって、速水は如才なく気を利かせてチームの面々に声をかけると、
マヤと黒沼以外のメッセージを見終わった面々が口々に礼を言い、関係者席へと走った。
その場にはマヤと黒沼だけが、残される。

「ところで黒沼さんに天女様、あなた達こそ何故ここに?」
「俺たちは、ひょんな事でこのツリーの企画に応募したメンバーが多かったんで
 ツリーとメッセージを冷やかしに来たんだ。ここは『キッドスタジオ』に近いからな」
「ああ、角松書店の『クリスマスwalker』の企画ですね。これは大都は関わっていませんが。」
「もっとも応募した奴全員、玉砕したようだが…。北島と俺はまだ見てないんだが。
おい北島、いい台詞があれば演技の参考になるかもしれん、ちゃんと見ていけよ」
「は、はいっ、黒沼先生。」

“なんで速水さんここにいるの? というか19時もう過ぎてるし。
他に誰も、ということはカードは速水さん?でも何にも言わないし…
どうなってるの?というかメッセージ当たってたらばれちゃう、どうしよう?”

マヤの頭は、状況を整理するのでいっぱいいっぱいになっていたが、
黒沼に促されておずおずと歩みを進め、メッセージボードの前で顔を上げた。
「どれどれ」
黒沼と速水もツリーに近づきマヤの後ろからボードを覗きこんだまさにその瞬間、

「あっ!!」
マヤと速水が、同時に、体の動きをストップさせた。
そのまま二人は、ぜんまい人形がネジ切れを起こしたのか、
はたまた幽霊の金縛りにあったかの如く体を硬直させ、ぴくりとも動かない。

「おいどうした、北島に若旦那? 
北島が応募してるだろうとは俺も予想していたが、まさか、当選してたのか?」
二人に一瞬遅れてボードを覗きこんだ黒沼の目に飛び込んできたもの、それは……

*************************************
『チビちゃんへ 
君の中に、真実の星の瞬きを見出した…希望を持ち続ければ、願いは叶うと。
貴方のファンより』
『大切なファンの方へ 
満天の星に、願いを込めました…貴方の願いが、叶うようにと。
 チビちゃんより』
*************************************

「ほう、これはこれは…。」
黒沼は少々口角を上げてニヤリと笑い、マヤと速水の背中を両手で同時にバンッと、叩いた。
その衝撃に、マヤと速水が同時に、声を上げる。
「黒沼さん!!」
「黒沼先生!!」
「ようやっと正気に戻ったか、お二人さん。
俺はもう腹いっぱいだ。まあ、あとは二人で話すんだな。」
言うなり黒沼は踵を返し、メンバー達の待つイベント関係者席に向かって歩いていった。

「マヤ…」
速水は、マヤをそっと抱き寄せ、彼女の小柄な体を自分のトレンチコートに包み込んだ。
「参った、黒沼さんにはやはり、バレていたのか…」
「うん…ごめんなさい速水さん。あたし顔に出るせいか試演の稽古の早い段階でバレてて。」
「黒沼さん程勘が鋭ければ早かれ遅かれ判る事だ。彼は口も固い。マヤが謝ることはない。」
「はい…。」
“まさか、こんなところでこのイブに、誰より会いたかった人に会えるなんて…。”
久しぶりに感じた速水の暖かさは寒い星空の下、余計にマヤの身に沁みた。

「久しぶりだな、マヤ。元気か?こんなところまで呼び出してすまない。
 仕事が立て込んで日程の調整が難しかったが、せめてイブには一目顔をみたくてな。」
「ううん、あたしも会いたいと思ってました。だから、全然気にしないで下さい。
 速水さんこそ疲れてるみたいですけど大丈夫なんですか?
あたしは稽古とか忙しくて目が回るけど遣り甲斐あって楽しいし、
ホントあたし速水さんにパワー分けてあげたいくらい、元気ですよ。」
「そっか、じゃあ折角だからパワーをもらうとするか。」
速水はそう言うと、腕の中にいるマヤの顎を上に向ける。
自分は身をいささか屈めコートで彼女を隠しながら、そっとマヤの唇にキスを落とした。

「速水さんっ!」
いつもながらの唐突なキスに焦りまくるマヤにはおかまいなしに、
速水は微笑み、言葉を継いだ。
「メリークリスマス、マヤ。」
「…メリークリスマス、速水さん。」

言葉を交わして漸く落ち着くと、カードの主を確かめていない事を、マヤは思い出した。
「あの、フィンランドのサンタさんからのカードは、速水さんですか?」
「ああ。」
「あの、あたしサンタさんから何かしてもらうの実はこの歳で初めてだったから、
すごく嬉しかったです。速水さん、有難うございます!
ところで追伸にプレゼントって、まさかこのメッセージを当選すると?」
「い、いや、プレゼントは普通のものを別に用意していた。
これは…。まさか当選するとは。こっそり母方の姓を偽名に使って応募したんだが。
それにマヤ、君まで応募するとは夢にも思わなかった。あまり驚かせないでくれ。」

速水には珍しく、随分とうろたえた表情をしている。
“忙しいのに、あたしのために密かにこんな素敵なメッセージ考えてくれていたんだ”
そう思うと、落ち着きのない速水のその様子が一層、マヤには好もしく写った。

「速水さんこそ、あたしこそいつかこっそり星をプレゼントしようと思ってたのに…
 あんまり驚かせないで下さい。でも、お互い考えることが似てるんですね!
メッセージ並んでいるの見て、あたし本当に嬉しかったです。」
「確かに、俺もメッセージをみて思った。星に願いを込めてくれて有難う、マヤ。」
「そんな…。それじゃああたしから、速水さんに一つ御願い事をしてもいいですか?」

速水と直接遠慮なしに話す機会が、次にいつ来るかは判らない。
マヤは、この2ヶ月近く考え続けていた案件を、口にした。
「ああ、勿論。何なりと。」
「あの、結構真面目な話というか仕事の話なんですけど、
『紅天女』の管理を貴方に、私の所属を差し支えなければ大都芸能にお願いしたいんです。」
「マヤ…」

“あれ?どうしたのかしら?なんか複雑な顔してるし、速水さん…”
マヤの申し出に、戸惑ったような表情を浮かべる速水。
その態度は、普通に喜んでくれるだろうと思ったマヤの予想とは、異なるものであった。
「あの、速水さん?あたし大都にお世話になることとか…もしかしてご迷惑、ですか?」

「いや、そんな事あるわけないだろう、マヤ。」
マヤの言葉に、速水もまた慌てたように言葉を返す。
「マヤ、正式な契約締結は年明けになるが『紅天女』の件は勿論、大都としても
俺個人としても喜んで、歓迎する。
しかしマヤ、ちょっとそれでは順番というか趣旨が違うんじゃないか?」
「はぁ?」
「『はぁ?』じゃないだろう?マヤ。
もともと君が星にお願いしてくれた“お礼”を俺がすべきなのに、
『紅天女』を任せてもらうのでは俺はマヤに、してもらいっぱなしじゃないか。」
「ああ、そう言われてみればそうかもしれないですね、速水さん。」

おっとりと返事をするマヤの様子を見るにつけても、彼女のまっさらな部分、
正確に言えば演劇以外のものに対する欲のなさが如実に見て取れる。
そんなマヤの引力に引き寄せられるかのように、
速水はマヤを抱く手に更に力を込め、マヤの耳元でそっと囁いた。

「マヤ、改めて『お礼』なんだが…
 来年の今日、クリスマスイブに、俺の別荘に君を招待したい。
二人の名づけた星が夜空に瞬くのをこの眼で一緒に、見よう。
俺の懸案事項は、必ず来年の今日この日までに、全て解決すると約束する。
 だから1年前の今日から、マヤ、君のイブの時間をリザーブさせてくれ。」

「速水さん…」
速水の言葉を聞き終わらないうちに、マヤの両の瞳から、涙が溢れ出す。

「ええ、速水さん…。ぜひ招待、して下さい。楽しみにしてます、お願いします…。
でも速水さん、それで過労で倒れるような無理しちゃダメですよ!
これ、絶対第一のお願いってっことで宜しくお願いしますね!」
「ああ。どちらの願いも任せてくれ、マヤ…。」

『希望を持ち続ければ、願いは叶う…。』
速水の腕の中、
ボードの上に静かに刻まれた速水からの言葉を、マヤは何度も心の内に繰り返した。

今日という一日の中でマヤが速水の側にいられる時間は短いものにすぎない。
その限りある時間さえも既にもう、残りは僅かとなっていたし、
暖かい彼の腕も、程なく手放さなくてはならなかった。
しかし、美しいイルミネーションの輝く景色のもと、二度とは来ないであろう
今年今日このクリスマスイブの日に星に託された二人の想いは、
きっと永遠に色あせることなく、二人の心の内に、瞬き続けてゆくのである。

マヤは思った。
ひとのこころが、幸せを育み、希望を育て、願いを叶えるのだと…。









− 完 −






papipapiさま後書き

本年は夏以降、閲覧の便宜、及び作品執筆掲載も含めて
紫苑さまには大変お世話になりまして、心から感謝しております。
それで何か年内に文をお贈りしたいな、と思った次第でございます。

ただ、
更にこの作品、実は、紫苑さまに少々登場頂くという「掟破り」をしてしまっております。

マヤさんと紫苑さまと急にお話してもらいたくなってしまって勢いで書いたのですが
本来他人様のPNを使う場合は御本人のご了承を事前に頂くのが当然の話です。
今回どうしてもイブまでという時間的制約から、
御了解のやりとりの時間がなく勝手に書いてしまいました。ごめんなさい。

なお文中に出てくるメッセージ企画は、ほぼ私が経験した実話です。
もう5年以上前の話ですが、某歌手のプロデュースするクリスマスツリーに
掲示する『大事な人へのメッセージ』を募集しており(副賞はなしでしたが)、
私も友人(男性ですが彼氏ではありません)へのメッセージ及びメッセージに
まつわるエピソードを投稿しました。その際も応募は約1000通、採用は5通でした。
今もなお懐かしい、思い出になっております。

クリスマスおよびクリスマスイブは、世間では色々イベント中心になっておりますが
イエスキリストのお生まれになった日ということで、
キリスト教の方には大変意義深い一日であると思っております。
どうぞ紫苑さまにも良いクリスマスをお過ごし下さいますよう、こころから願っております。


紫苑より

papipapiさま第3作です!
お送り下さいましたメールでは私が内々に閲覧下さいとのことでしたが。(笑)
そんなそんな、勿体ないことは到底できませぬ〜♪
とても素敵なクリスマスプレゼントを頂戴し、嬉しい限りです。
本日は私も地元の教会でクリスマス礼拝でした。
礼拝を守り、聖餐にあずかり、実りある一日の終わり、ネット落ち前のメールチェックをしましたらば。
「クリスマスに寄せて」というメールが!!
キリスト者にとりましてはアドベントが1年の始まりです。
主のご生誕の喜び、さらにpapipapiさんから贈り物をいだたき
今年は素晴らしいクリスマスとなりました。
文中に私を登場させてくださるという粋なお心遣いがとても嬉しかったです。
papipapiさんとご縁が結べました今年、私もまたこころ新たに
新しい年を始められることと喜んでおります。
軽快なテンポ、隙が無く無駄も無い叙述、
僅か3作にして今後の様々な可能性を示唆しているこのお作の魅力。
papipapiさん、このたびは誠にありがとうございました!

今宵、すべての皆様に、メリークリスマス!




HN:(無記名OK)



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