written by papipapiさま







<前 編>








「キャー!これ、ロマンチックな企画ねぇ」
「ホントこんなの彼氏から貰ったら、値段どうこうじゃなくて超感動しちゃう!」
「最高のクリスマスプレゼントだな。俺、応募してみよっかなぁ…」

11月上旬の某日、昼下がりの『キッドスタジオ』。
休憩時間に入った稽古場の一角では、若手スタッフ&役者達の黄色い声が飛び交い、
ちょっとしたざわめきを見せていた。

「みんな、どうしたの?何かあったの?」
ざわめきに気づいたマヤは、ほとばしる汗をタオルで拭いながら
仲間達へと歩みを進めた。

『紅天女』上演権を巡りマヤと亜弓が凌ぎを削った先月の試演の結果、
マヤは紅天女継承者に選ばれた。
その喜びもつかの間、来年初春にも行われる本公演に向け、早くも黒沼・小野寺
両チームから各々選出されたメンバーによる猛稽古が、再開されたのである。
この日もマヤは朝9時前から単身、阿古夜の動きについて黒沼の厳しい指導を受けていた。

「あ、マヤちゃんもやっと休憩なんですね、お疲れ様です!」
「やっぱり主役の天女は、黒沼先生の力の入り方も違うから、大変ですね〜」
スタッフから口々に、主役女優であるマヤに対するねぎらいの言葉がかかる。

スタッフ&役者の大半は、試演以前から慣れ親しんでいる黒沼チームのメンバー達だ。
皆、親切で人柄の良い面々であるが、
『紅天女』上演権をマヤが手にして以来、心なしか態度に変化が見られていた。
些細な言葉の端々が何となく丁寧になり、
マヤに対して率直に疑問や助言を口にするものも黒沼を除いてはなくなり…。
いわば『自分たちとは違う、一種の格上女優』扱い、である。

“紅天女継承したってあたしはあたしなのに…継承したから力がついた訳じゃないのに…”
マヤはある種の違和感を覚えていた。

実のところマヤの『紅天女』上演権継承、
そして第一回本公演は暫定で大都芸能を興業主とする旨は発表されたが、
その後の継続的興業主催者や女優北島マヤの所属先については何ら決定が為されなかった。
各社からの契約提示内容を検討の上、マヤと演劇協会が年明けに決定する事とされたのである。

勿論マヤ個人の心積もりとしては、大都芸能以外の選択肢は、はなから頭には無かった。
…彼女はようやっと、『紅天女』試演直後に速水と思いを通じ合わせていたのだから…。
立ち込める紫の薔薇の香り、バリトンの澄んだ声で紡がれた告白の言葉、柔らかな唇の感触。
あの試演の日、楽屋での出来事が、マヤの心の奥底に深く刻み込まれている中で
共に『紅天女』を守り育てるパートナーに、他の者が取って代わるなど、有り得ない。

とは言え、後継者発表以降余りに多忙なマヤ。
結局は発表前夜、公園で速水と偶然出会いネックレスをもらったのを最後に、
約3週間マヤと速水は顔を合わせていなかった。

当然大都芸能からもマヤに対しては、他の芸能社同様に契約申入れがなされていた。
しかし社長の速水は一度として姿を見せず、専務クラスによる接触であったため
上演権の管理を速水個人に依頼したいと考えていたマヤは、返事を留保していたのである。
もっとも、速水の不在が、マヤとの関係に岐路を見出すべく彼が殺人的な業務に
忙殺されていた為であるという事情は、マヤも与り知らぬところであったのだが…。

かかる事情から、マヤが以前TV界を追放された折にはあれ程バッシングを仕掛けた
マスコミや各芸能社そして高名な役者や演劇関係者達が、日がなキッドスタジオを訪れ、
御機嫌取りの如く取材や会食を申し入れる事態と相成っていた。
ひどい時にはマヤのアパート『白百合荘』付近で張り込んだり、
『劇団つきかげ』『一角獣』の面々に接触しようとするものさえ現れていた。

“これが『紅天女』を取り巻く目論見や利権ってものなの?”
意外な程の状況変化に、マヤは戸惑いを隠せない。
だがこれでも黒沼や、密かに黒沼の意を受けた速水が陰で動いているから
この程度で済んでいるのだという事にも、マヤは気づいていた。

“今の事態も氷山の一角に過ぎないんだわ…月影先生はきっともっと大変だったんだ…”
今は重篤な病の床にある恩師の月影千草が長い年月の間、
闇に渦まく思惑とただ一人きりで戦っていたことを、マヤは思った。
“自分で望んだ事だけど、これから『紅天女』の重圧に克てるのかしら、あたし…。”
そんな不安が頭をよぎっていた最中に、チーム仲間の微妙な反応を目の当たりにし、
マヤは、塞ぎ込むような思いに囚われる。

そんな中で、昔も今も変らない闊達な声がマヤの耳に入ってくる。
「マヤちゃん、これ、『クリスマスwalker』読んだ?この企画すごいんだ、見てみなよ!」
声の主は、桜小路だ。
「どうしたの?桜小路くん、何の企画?」
「あのさマヤちゃん、なんと星に自分の好きな名前が付けられるんだって!」
「えっ、星?星って勝手に名前つけていいの?」

「企画に採用されると、副賞で星の命名権がプレゼントされるんですって。
桜小路くんたら雑誌みるなり、マヤちゃんに星をあげたい僕も応募しようって大興奮状態で。
 さすが阿古夜に恋する一真を地でいってるねってみんなでからかってたんです。」
興奮気味でマヤにろくに説明のつかない桜小路に代わり、
小道具スタッフの田中という女性が、マヤの問いに答え、更に企画の概要を説明してくれる。

「えっと、北島さんはお台場のメディアシティにあるクリスマスツリー、知っていますか?」
「いえ、田中さん、あたしまだお台場、行ったことないんですよ」
「えっ、そうなんですか?ここキッドスタジオからも結構近いですよ。車で15分位。」
お台場に行ったことがない、というのは、
東京在住の二十歳の女性しかも芸能人としては珍しい部類に入るかもしれない。
田中は多少驚いた表情をしつつも、説明を加えてくれた。

「そのクリスマスツリーのイルミネーションを、毎年有名な芸能人がプロデューズしていて、
今年はイギリスの有名バンド『トリックスター』なんです。それで今回、『トリックスター』が
CDの日本発売イベントでイブの日に来日して特別イルミネーションの点灯式をやるんですって。」
「へ〜っ。わざわざイギリスから来るんですか?すごいですね!」
「でしょう?北島さん。それでこの『クリスマスwalker』の企画が
CDのプロモと連動してて、『大事な人へのメッセージ』を募集してるんです。
優秀作品5点を点灯式に合わせてツリーに掲示、副賞がなんと星の命名権ですって!
しかも命名する星は2等星か3等星…星の命名って普通6等星とか小さいものが普通だから、
欧州や豪州の天文台と連携して肉眼ですぐ見える星に名づける。これ、珍しいんですよ。」

「大事な人と空をみたら、二人の名前の星が…って、なんだかロマンチックですねぇ。」
恋愛といっても高校生の頃に里美茂とごく短期間付き合っただけで
甘い話に無縁だったマヤは、田中の話に、うっとりとため息を漏らした。
“これって速水さんが自分の星とかできたら、嬉しいんじゃないかしら?”
梅の里やプラネタで、満天の星に魅入られていた速水の姿を、マヤは思い出す。
まだ付き合っている訳でもないのに、星とくれば速水、速水とくれば星と連想してしまうあたり、
マヤも相当、重症だ。

「あ〜なんか北島さん、幸せそうです〜。さてはイブにメッセージ贈る『いい人』できました?」
「えっ、そんなことないですよ!…残念ながらあたしは『紫のバラの人』に片思いだもん」
「あぁ、確かにそうですよね。直接会えないって気持ち的に大変ですよね。」

黒沼チームの一員である田中も、マヤが試演の稽古中に『紫のバラの人』への恋のせいで
(勿論、その正体を田中は知らない)演技がボロボロになる様子を目の当たりにしていた。
そのせいか、苦し紛れのマヤの言葉にも特段訝ることもなく、得心した様子を見せる。

「でも折角ですし北島さんも、応募してみましょうよ!
皆で応募しようって話してたんです。ほら、企画ページのコピーもばっちり、はいどうぞ♪」
と言いながら田中はその場にいた役者達、そしてマヤにもコピーを手渡した。
「あ、ありがとう、田中さん…。」


その日の夜、稽古からアパートへ帰宅したマヤは早速、コピーされた記事に目を通す。
応募要綱には、こんな風に書かれていた。

***************************************
 『トリックスター』から読者の貴方へ素敵なプレゼント!
 『トリックスター』の最新CDアルバム『With You, With Love』日本版発売を記念して
 大事な人へのメッセージを募集します。素敵なツリーの下、気持ちを伝えてみませんか?
 採用された5名の方にはメッセージをツリーに掲示するほか、
『トリックスター』からのクリスマスプレゼントとして『星』の命名権を贈呈!
 大事な人と一緒に、一生残る思い出を作りませんか?
○ 官製はがきか封書に、住所氏名年齢電話番号を御記入の上、掲示したいメッセージを
以下の通りカッコ内を記入し、11月末日必着で当編集部宛に送付ください。
 『(宛名:8文字以内)へ (メッセージ:40字以内) (差出人:8文字以内)より』
○ 宛名や差出人は個人情報の関係上本名ではなく、通称またはペンネームを記入下さい。
○ 応募の方の身元及び個人情報は当企画以外には使用転用せず、秘密厳守いたします。
○ 当選発表は紙面では致しません。お手数ですが、現地でメッセージを確認下さい。
12月24日18:00 クリスマス特別ミサ&賛美歌斉唱 ※メッセージ掲示披露
同日   19:00 『トリックスター』による特別ライトアップ点灯式と発売挨拶 
***************************************

「あ、これなら速水さんへのメッセージ、送れそうだわ!」
昼間、田中から記事を受け取った際には、
命名権は欲しいが速水や北島マヤの名前を出せないし応募は無理だと、諦めていたマヤ。
しかしこれなら、ペンネームに気をつければ身元バレもない。
“応募しても恥ずかしくて速水さんに言える訳ないし…。多分当選なんてしないだろうけど。
それに速水さん忙しいから台場に来るわけないし、あたしだけこっそり見れればいいわ“

「何してんだい、マヤ? 一人で百面相してると、あたしゃ怖いよ。」
鉛筆なめなめ頬が緩むマヤに、同居している麗が声を掛けてきた。
「え? あたしそんなヘンな顔してた、麗?」
「当たり前だろ?マヤ。難しい顔して紙見てたと思ったら急にニヤニヤするし。どうしたのさ?」
「ああ、これ昼間に黒沼チームのスタッフさんが教えてくれて、応募しようと思って。」
と言ってマヤは麗に、件の記事を見せる。
「ヘぇ、メッセージ掲示に星の命名権か。素敵だね。
で、当然相手は社長、じゃなかった、これはまだ禁句だもんね…紫のバラの人?」
「う、うん…。 今は無理だけどいつか名前付けた星とかあげられたらなって…。」

顔をほんのり赤くし俯きつつも、マヤは頷き、微笑んだ。
現時点では決して表沙汰にできない想いではあったが、麗に対してだけは、
速水が『紫のバラの人』であることや彼への想いを、既に打ち明けていたのである。
妹のように可愛がってきたマヤの幸せそうな愛らしい表情に、麗は相好を崩しながらも、
ハタと何か思い出した様子になり、口を差し挟んでくる。

「マヤ、今すぐじゃなくてもいつかはきっとプレゼントできるよ…当選すれば、だけどね。
たださマヤ、まさか『速水さんへ』とは書かないだろうけど、『紫のバラの人へ』って
宛名に書いちゃダメだよ!」
「え、なんで、麗?」
マヤには、麗の言葉の意味が良く分からない。実際、宛名は当然そう書くつもりだったのだ。
“速水さんは他ならぬ『紫のバラの人』だし、それにまだ恋人とかじゃないんだから、
ダーリンとか真澄さんとか書く訳にいかないじゃない?“

「当たり前じゃないか、マヤ。宛名に『紫のバラの人』って書いた日にゃ、
あんたが自分の名前をポチだのタマだの誤魔化したって一発で北島マヤのメッセージって
バレちゃうじゃないか。黒沼チームの面々だって応募してるだろうし、それでなくても
芸能界じゃマヤの『紫のバラの人』の話は有名なんだから。
それに所属も決めてないのに、万一『紫のバラの人』の足がついたらまずいよ?
ちゃんと、もうちょっと誰でも使いそうな、他人にバレにくい名前を使わなきゃ、マヤ!」
「う、うん…。ありがとう、麗。あたし全然気づかなかったわ。ちゃんと考えて書くね。」

“やっぱり麗に打ち明けておいて良かった…”
内心、ホッとするマヤ。
考えなしに『紫のバラの人へ』と書いていたら、きっと後で速水に迷惑がかかってしまう。
持つべきものはやはり、遠慮せずに忠告をくれる人なのだ、とマヤは身に沁みて感じた。

とは言え、どう宛名と差出人を書いたものか。
「う〜ん、あたしと速水さんだけ判る名前かぁ。なんて書こう?難しいなぁ…。
なんかいい言葉ないかしら、麗?」
「あのさぁマヤ、あたしに振らないでくれるっ?ホントに手がかかるったら…
マヤの『紫のバラの人』だろ?一体あたしが何回社長とまともに話したと思ってるんだか…」
呆れたように手を額に当てて苦笑する麗をよそに、
くるりくるり、と鉛筆を掌の上で回しつつしばし迷っていたマヤであったが、
つと何かを思いついたらしく、パタンと鉛筆を置いた。

「うん、これがいいかな。これにしよう!」
「何か思いついたマヤ?何て書く?」
「えっと…ごめんね麗、話しておいて何なんだけど、今見せるの恥ずかしいから…
もし採用されてたら絶対麗にすぐ教えるから、ごめんっ」
「ちょっとマヤ、水臭くない?それ。」
「う〜、麗ごめん、ホントごめんね…」
「まったく、もう。しょうがないなぁ。当選してたら絶対教えてよっ。」
少々プッと頬をふくらませながらも、ここは麗が折れ、マヤが書いた内容を聞き出すのを諦めた。

サラサラサラ…、一旦内容を決めたらしいマヤは
意外な程スムーズに便箋に鉛筆を走らせ、あっという間に封筒を糊付けし、切手を張った。
「折角書いたから、出してきちゃうね、麗。」
「マヤはまた、一旦決めると早いね。メッセージ本体の方が迷うんじゃないの、普通。」

アパートのはす向かいにある郵便ポストの前に来たマヤは、手紙に念をこめる。
“当選しますように…速水さんの星をプレゼントできますように…”
…カタン。
マヤの思いとともに投函された封筒が、澄んだ音をたてて、ポストに吸い込まれていった。


マヤが『クリスマスwalker』のメッセージ企画に応募してから約一箇月が経過した12月中旬。
『紅天女』本公演の稽古も次第に熱を帯びてきていた。
そしてクリスマスが近付き街の明かりや装飾もクリスマスモード一色に染まる中、
『キッドスタジオ』での黒沼チームの面々においても、企画の記事の話以来
一旦は沙汰止みになっていたクリスマス関連ネタが自然と話題の中心となっていた。
既婚者なら、妻や夫、子どもにどんなプレゼントを用意するか。
独身者なら、誰と過ごすか。どこへ行くか。彼氏彼女に、何をプレゼントするか。

「でもさぁ、黒沼先生の事だからきっとクリスマスイブだろうが何だろうが稽古だね、きっと。」
スタッフの一人がボソっともらすと、周りからクスリと笑いが漏れる。
皆、決してイブの稽古が嫌な訳ではない。
演劇関係者として『紅天女』に関われる事は大変な名誉であり、前向きに取り組んでいるのだ。
が、プライベートも大事にする昨今のこと、なかなか内心は複雑という訳である。約2名を除いて。
…そう、一人は演出兼監督の黒沼、もう一人は他ならぬ、マヤである。

「マヤちゃん、イブはどうするの?」
「あ、あたしは特に予定ないんで稽古して家に帰って…いつもと同じです。」
「ええっ? だってマヤちゃん『紫のバラの人』は無理でも、これは嫌味とかじゃなくて
ホントに紅天女本人なら、あっちこっちから声がかかるんじゃないんですか?」
「ちょっとは…でもあたしそういう仕事がらみ得意じゃないんで、稽古がいいです。」

“ああ、本当は速水さんに会いたいなぁ。一緒に過ごすのは無理でも、
一目姿を見たい、挨拶だけでもしたい…でもそんな贅沢、言ってられないよね。
あたしには演劇が、紅天女があるんだから…とにかく稽古、稽古っと。“
本当は、速水が恋しくて会いたくて仕方のないマヤであったが、口が裂けても
そんな戯言をチームの面々に言える訳も無く、いささかお茶を濁した返事をする。

“稽古終わったら、ツリーのメッセージだけこっそり確認しに行こう。
忙しい速水さんの事だからきっとイブも仕事、いえ、例え時間があっても
紫織さんと過ごすんだろうな…今は婚約者なんだし…“
そう思うと、マヤは小さなため息を一つ漏らした。

そのため息の意味をどう捉えたのか、小道具の田中も、マヤに声をかけてきた。
「でも北島さん、天女様がそれだとなんか寂しいですねぇ。
あの、もし良かったらイブの日稽古の後で、この間の雑誌のツリー見に行きませんか?
チームで何人か企画に応募してて、桜小路くんとかと5〜6人で行こうと言ってたんです。
応募してなくてもツリー自体きれいで、一度は見る価値ありますよ!」
「ホントですか?じゃああたし、お台場行ったことないのでツリー一緒に見に行きます。」

マヤは、企画に応募したこと自体、黒沼チームの面々には伝えていない。
集団で見に行くのは多少気後れするが、一人で行って現地で鉢合わせしても不自然であるし
お台場自体土地勘がないマヤにしてみれば、田中の申し出は渡りに船である。
マヤはそれ程迷うこともなく、二つ返事で承諾した。


数日後、黒沼の都合もあり稽古は午後早くに終わった。
普段は夕食前に稽古が終わることのないマヤだが、珍しくアパートで夕食の支度を
麗と一緒にしながら、クリスマス話に興じていた。

「それでね、麗、24日稽古の後でツリーを見に行くことになったの。」
「そっか、当選してるといいね、マヤ。
でももし当選してても態度に出さないようにね、一緒に行く皆にバレちゃうからさ。
ホントあんた、舞台降りると大根だから心配で…。」
「大丈夫よ、さすがのあたしでもそれは気をつけるから。
でもメッセージの話じゃなくても、ツリー見に行くの結構楽しみなんだ。
あたし、クリスマスらしい事するの初めてだから。」
「マヤは中一の終わりに月影先生のところに来たし、その前も色々大変だったからね。」
「うん…母さん1人で大変だったし、クリスマスケーキとかサンタクロースに縁がなくて。
実は家を出る直前までサンタがいるって信じてたのね、
なのにクラスの皆がそれはウソだ親がプレゼント置いてるって言ってて
ガッカリした事あったな〜。サンタ、いないのかぁって。」

マヤはボソっともらし、当時を懐かしむかのように、淋しげな笑みをもらした。
そんなマヤの様子に一瞬、麗が返事に躊躇したところに、階下から大声でマヤを呼ぶ声が響く。
「マヤちゃ〜ん、いるっ? メール便来てるよ!!」
「あっ、は〜い、今行きます」

大家の呼びかけに急いで階下へと駆け下り、再び部屋に戻ってきたマヤは、
2通のメール便を手にしていた。
どうも外観からして、クリスマスレターのようだ。
丁寧に二通の封を開けて中身を読むマヤであったが、次第に怪訝な表情を見せ始めた。

「何だろう、これ!」
「どうしたの、マヤ。見てもいいかい?」
「うん…。あのね麗、これ2通とも差出人の名前がなくて、誰からなのか判らないの。
『紫のバラの人』だったら紫のバラが添えられるけど、今回それはないし。」
マヤの言葉に麗が手紙を手にすると、こんな文面が目に飛び込んできた。

一通目は、雪景色にツリーをあしらった普通のクリスマスカードに直筆の手書きメッセージ。
『大切な阿古夜へ メリークリスマス!伝えたいことがあります。
24日19:00にお台場メディアシティのクリスマスツリーの下に来てください。
楽しいクリスマスを一緒にすごしましょう。 あなたの近くにいる僕より  』
 
二人が見る限り、この一通目はメッセージ当選を前提にしたラブレターにしか見えない。
何だか自信満々の文面だ。メッセージ応募は1,000通を超えたと聞いているのに。
「マヤ、この一通目…まさか社長、じゃないよね?」
「ううん、この手書きのは違う。全然、速水さんの字じゃないし。
あたしにカードくれる時、速水さん絶対、僕なんて書かないから。」
「マヤにしては随分細かいところに気がつくね〜ごちそうさまっ。で、誰だろう?」
「え〜と、多分ね。桜小路くんだと思う…字が似てるし企画応募したって言ってたから。
 みんなで24日はツリー見に行くし、桜小路君も来るから、それでじゃないかな。」
「桜小路?!だって彼、いま彼女いるじゃないか。1回アパートに来た、舞さんだっけ?」
「うん。稽古中は一真になりきる為に連絡とってないって言ってたけど。」
「そう?何だかな…。で、マヤ、二通目はどんな感じ?」

二通目は、エアメール。
差出人は『フィンランドラップランド州在住 サンタクロース』とある。
『メリークリスマス!北極星の輝きが見えるかな?
あの星の光るあたりにわしの家がある。…(中略)…美しい自然や
その贈り物に大きな幸せをかみしめながら、君の幸せを祈っているよ。』
手書きではなく活字で、文章もここまでは定型文のようだ。
だが最後の一行に、活字ではあるがメッセージが入っていた。
『追伸 君にプレゼントを。24日19時台場メディアシティのツリーにて。サンタより』
 
「何だこれ!えらいまた凝ってるね」
「麗、手紙誰がくれたんだろう?サンタって本当にいるの?」
エアメール自体もらうのが初めてであるマヤ。
素敵なメールのイラストもさることながら、正にサンタの署名がある差出人欄や、
桜小路と全く同じ時間を指定した追伸欄の内容に目を奪われ、ボケッとしている。

「マヤ、あんたまた一度に難しい質問をしてくるね…。」
天然ボケマヤらしい突拍子もない質問に、自分にわかるかとまた苦笑しつつ、麗は話を続けた。
「まず誰がくれたか。これはまあ判らないというのが答えだけど。
サンタはフィンランドかグリーンランドに住んでいるって伝説がある。
で、フィンランドのサンタに早めに頼むとサンタから手紙をくれるらしい。
桜小路くんと同じ時間を指定してくる辺り『紅天女』関係者だろうけど、
事前の準備もいるし、随分気が利くというかしゃれた事をする人がいるんだね。」

「あたしがサンタに縁がない、って知ってわざわざ頼んだのかしら?
頼んだのはその誰かかもしれないけど、何かホントにサンタからもらったみたい♪。
 何か、こんな気を遣ってくれるの速水さん?って一瞬願望で思ったんだけど、普通に
考えて台場に19時に来る用事も暇もある訳ないし。黒沼先生とか?…う〜ん、誰?」
まだかなり訝る様子を見せているマヤであるが、
生まれて初めてサンタから何かしらもらえたという事には、かなり嬉しそうな様子だった。

「まぁ、丁度同じ時間なんだし24日19時になれば誰だか判るだろう?
稽古が早めに終わるといいね。」
「うん…そうだね、麗。」
「ただね、あたしは誰がくれたかっていうのはそう大した問題じゃないと思ってるんだ。」
「えっ?」
「マヤはさっき『サンタ、いないのかぁ』『サンタって本当にいるの』って言ってたね?
 あたし個人としては、『サンタクロースは存在する』というのが、答え。」
「麗、それってどういうこと?」
世間知らず且つ天然ボケで名高いマヤにしろ、
サンタクロースの正体の話くらいは聞いたことがある。
フィンランドにサンタがいるといっても“誰か”がサンタになってくれているのだ。
だから麗が『サンタクロースは存在する』と断言したのには、少なからずマヤも驚いた。

「サンタクロースはね、
マヤにこういう手紙をくれた人の心の中に、生きているんだってこと。」
「心の、中に…」
「そう。稽古三昧のマヤが心配なのかマヤを好きなのか紅天女目当てか、動機は判らない。
 桜小路くんも彼女いるのにどうかとは思うけど、
それでもメールをくれたこの二人はマヤに良い感情を持っていて、
マヤの事をたぶん心から思ってこんな手紙をくれているんだ。
もともとサンタクロースの由来は、4世紀に聖ニコラウスという司教が
恵まれない子供にプレゼントをしたり良い素行をして慕われ、
中世ヨーロッパで12月5日に彼を敬うイベントをしたのが始まりだって、
聞いたことがある。そうしたニコラウスの気持ちが、愛情や友情という形で、
手紙をくれた二人の中に時を越えて生きているってことなんだと思うよ、マヤ…。」

「心の中に、サンタは生きている…。とても、とても素敵だわ。
 何だかすごく嬉しくなっちゃった。麗、良く知ってるのね〜。有難う!」
「いや、そんな。たまたま以前劇の関係で聞いただけの話だからさ、マヤ。
 そんな事より、24日に差出人と会ったら、ちゃんとお礼を言うんだよ、マヤ。」
「うん。わかったわ、麗」


Present/Next


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