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眠れない…。
眠りたい……。
眠らなきゃ………。

青白い月の光だけが、一筋、アパートの部屋に差し込んでくる。
時計を見ればまだ午後9時30分、いわゆる宵のうちと呼ばれる時刻。

本来なら無理に眠らねばならない時間ではないはずだが、
ここ数日、ろくに睡眠を取っていない状態が続いているマヤ。
今日こそは寝なくてはと一大決心をして午後9時という早い時間に布団にもぐりこんだものの、
やはり目がひたすらに冴えて仕方が無い。
気が付けば、寝返りだけをゴロゴロと繰り返し、肝心の眠りが訪れないまま
布団だけが意味もなくシワを作っていった。

“あれは本当にあったこと? 試演は本当に、終わったの? …あたしの運命。明後日、決まるの?”

マヤは、未だに抜け出せずにいたのである。
たった数日間の内に人生の大波が一気に押し寄せ自分の心をさらっていったかのような、
フワフワとした感覚から。

恋する阿古夜の心、神女としての悲しみ、そして紅天女の生き様に込めた“彼”への愛。
満場を埋め尽くす大衆の、地を唸らすかのごときどよめき。
直後、思いがけず自分の楽屋に現れた“彼”。
その手に握り締められた紫のバラの花束とともに語られた、全てのいきさつ。
そして、何よりもマヤが欲していた、なのに信じがたい言の葉。

何もかもが夢なのではないかしら、とマヤは思う。

もっとも、試演から約一週間後にあたる明後日に紅天女の後継者発表を控え
発表会見の準備にも追われ、結果のいかんにかかわらず黒沼チームや自分自身が
取り掛かるべき諸事項もあったから、昼間はこれらに淡々と取り組んでいた。

だが試演が終わってからこのかた、昼の日差し眩しい景色にはスモークがかかり、
夜の闇景色を青白い後光が包むかのような現実とも虚構ともつかぬ感覚からは
どうにも逃れようが無かった。

疲労の極致にありながら食さえもろくに喉を通らぬ様子のマヤを、黒沼達も心配していた。
「マヤちゃん、体力を付けないともたないよ。二人で食事でも行こう!」
「ううん大丈夫。心配かけてごめんね桜小路くん。あたし、家ではちゃんと食べてるから。」
幾度と無く熱心にマヤに誘いをかける桜小路であったが、マヤはその一切を断っていた。

こんな折、麗がいれば気を紛らす会話の一つもできるのだろう。
だが折悪しく、早まった試演とつきかげの地方公演が重なり、
試演が終わるや否や麗やさやか達は公演地へとんぼ返りせざるを得なかった。
昨日も今日も、たった一人きりで過ごす、静寂の夜。

マヤは、そっとコートを羽織り、アパートから外へ一人、出た。
“速水さんが見たら、チビちゃんは女優の自覚がないって言いそうだわ……”

澄み切った宵闇の濃紺の緞帳に煌く、かすかな三日月の光、
そしてやんわりと頬をなでて行く冷気は、マヤの孤独を、くっきりと浮かび上がらせてゆく。

何がこんなに自分を孤独にさせるのか、マヤにも思い当たる節がない。
試演は観客の絶賛の内に終了し、紅天女はマヤだと予想するむきが多いとも聞いている。
黒沼チームの面々は皆こぞってマヤを賞賛し、マヤと共演できた喜びに涙するものも少なくなかった。
自分自身、紅天女が、阿古夜が自らの中に確かに息づいていたあの刻にも、何の後悔もないし
何より、自分の阿古夜が一番伝えたい人に伝わったことは、余りある幸福だと言える。
それなのに、寂しさとかすかな不安が、心の内側にホコリのごとく積もるのを感じる。

どのくらいの間、歩いていただろうか。
いつのまにかマヤは、いつも来慣れた公園の前までたどり着いていた。
月影との厳しい稽古、楽とは言えなかった日々の暮らし、速水とのやりとり……
想い出がたくさん詰まった公園はこの辺りにしては比較的広かった。
ブランコやジャングルジムなどの遊具以外にも、季節を織り成す草花の生気が、マヤに力をくれる。
秋の深まる今、マヤの目の前には萩に薄、そして金木犀がひっそり、だが力強く花を咲かせていた。

「速水さんに会いたい。」
マヤはふと、口にした。
試演の日以降、互いに忙しい二人は一度も会っていない。
無理とわかりつつも、誰かにこの気持ちを聞いてもらいたかった。
……それでも現実に今、語りかけられる相手は、ただ頼りなげな光を寄せる三日月のみ。

そう思ううちにマヤから自我が遠ざかり、その瞳からは堰を切ったように、涙の滴が流れ落ちた。
半ば阿古夜が意識を支配したまま、彼女はそっと呟き、心の底から月に呼びかける。
「天地一切の万物はわれと同じもの。
風は我が心、火は我が力、水は我が生命、土は我が愛。
かたや……月は我が悲しみ。月の雫は、わが涙。」

“ゆかしい三日月よ、あたしの心を照らして!あたしの心を、あの人が見つけてくれるように。”
“かそけき三日月よ、あの人を…速水さんを連れてきて!あたしと彼がどこかでめぐり会えるように。
“強かな三日月よ、なんど欠けてもなおまた満ちるその力を、ひとしずくあたしにこぼして!
試演の結果がどうなろうとも、演じることへの想いを、もっと強く持てるように。“
なお強く月に念を込めた刹那、

『パラパラバラパラッ……』

風の一吹きとともに、霧のようなこまかい霧雨がマヤの頭上に、降りかかった。
「えっ、…雨?? なんで??」
宵闇に浮かぶ月は曇りなく、天気予報でも今日明日は全く雨は降らない筈なのに、
一体どうしたことだろう。

マヤが怪訝に思ったそのときには既に霧雨の姿は無く、
かと思うと、黄金の滴が次々と眼前の宙を舞いながら、涙にぬれたマヤの頬を次々に撫ぜていった。
「これは…月の、涙?」

頬の涙を指でそっとぬぐうと、指先に残ったのは眩いばかりの金木犀の花びらであった。
“たぶん、今の雨と風で散ったのね…。でも何だか、月にあたしの気持ちが届いたのかも。“
マヤの鼻先を、金色の滴たちとともに芳しい香りがかすめてゆく。

明日は速水に会えるかもしれないと、マヤは思った。


次の日の夜。
やっぱりマヤは眠れずにいた。
布団と枕が違うから、なおさらだ。

いよいよ紅天女後継者の発表と記者会見を明日に控えるなか、
多数押し寄せるであろう取材陣との混乱を防ぐ目的もあり、
会見場所のシティホテルから自宅が比較的遠い関係者(黒沼チームはマヤと黒沼ほか数人)は
演劇協会からの指示を受けて、この会見場所のシティホテルに前泊していたのである。

“全力を尽くしたのだからあとは天命を待つだけだわ”
何度もマヤは自分に言い聞かせ、
おきまりの羊カウント何十匹もやってみた(→マヤはきまって数十匹で数えた数を忘れるのだ)が
高まるドキドキや募る不安には、こうした努力も何の役にも立たなかった。

それに、昨夜の黄金の涙に寄せた期待も結局は空振りに終わったことも、
マヤの不安を一層掻き立てていた。
「もしかして今日こそ会えるかも、と思ったのに……。」
速水と会って話をするどころか、今日はその姿さえもチラリとも見ることなく終わってしまった。

ホテルの部屋の時計は、午後9時を指していた。
いってもたってもいられず、部屋で眠る気分になれそうにない。
ロビーでお茶を飲むか、バーに行くかとも思ったマヤであったが、明日の発表を控え
ホテル内には既に情報を求めて相当数の報道陣が宿泊、ないし張り込みをしていた。

“仕方ないわ、ちょっとだけ、散歩に行って気分転換しよう……”
普段は殆どスッピンでも、普段着に毛の生えたスカートでも余り気にしないマヤであったが
さすがに今日ばかりは人目がありそれは不可能だった。
薄化粧を施し濃緑のベルベットのAラインワンピースに着替えると、マヤは内線を掛ける。
このホテルは、ル・クレドール国際会員であるコンシェルジュが籍を置くことでも知られていた。
「すみません、あの、ホテルの近くで金木犀が見られる場所は、ありますか?」

マヤがホテルの裏口から大通に出た。
「わあ、今日も月がきれいだわ……。」
昨晩と変らぬ冷たい外気に、僅かばかり太くなった三日月を頭上に認めると、自然に独り言がもれる。

ホテルは都心に位置するが、
表側が歓楽街に近い一方で、裏口側には広大な公園が広がっている。
夜になると昼間のオフィス街の喧騒とは裏腹に、あたりはひっそりと静まり返っていた。
ホテルと反対側の公園入口付近に金木犀があるとコンシェルジュから聞き
通りを公園の外周沿いに歩いていると、
はす向かいからジャケットを着た男性のシルエットが近づくのが、マヤの視界に入った。

“えっ、ひょっとして、もしかして……!?”
今日一日のひそかな期待が最高潮に達し、胸が早鐘のように脈打つマヤ。

「よぉ、若い女性がこんな夜に誰だと思ってみれば、北島じゃないか。」
「黒沼先生!」
“なんだ、黒沼先生か…。身長も体格も全然速水さんと違うのに、あたしったらどうかしてるわ”
ドキドキしていたマヤの鼓動は、ものの一瞬でおさまってしまった。

「北島、お前舞台を降りると本当、大根だなぁ。
そんなに拍子抜けしたような顔をもろに見せられてもなぁ…残念だったな、若旦那じゃなくて♪」
「なっ、なにを突然ヘンなこと言ってるんですか、黒沼先生っ。」
突如本音をズバリ言い当てられたマヤは、思いっきりうろたえてしまう。

「ヘンも何も、顔にも服にも思いっきり書いてあるじゃないか。若旦那に会えないかな、と。
それより北島、どうしたんだこんな時間に?」
「ちょっと散歩しようかなって思ったんです。黒沼先生こそ、どうして外に?」
「あぁ、俺はコレにきまってるだろ。ほら、あれだ。北島は目がいいから見えるだろう?」
と言いながら、黒沼はお猪口をくいっと傾ける仕草をする。
つられて黒沼の視線の先に目をやると案の定、大通りの狭間の路地を100m程入った辺りに
屋台提灯の灯りが見え、マヤはフフフっと軽く笑みをもらした。

「よし、せっかく会ったんだ。この際ちょっと一杯付き合わんか、北島。」
「ええっ、でも明日記者会見じゃないですか。二日酔いの紅天女候補なんてシャレにならないですっ。」

慌てる、マヤ。
寂しさや不安がますます募るこの状況にあって、速水ではないにしても
自分に近い人間と話ができるのは気晴らしになるし、黒沼の心遣いも有難かった。
しかしマヤ自身酒が強い方ではなく、しかも滅法酒癖が悪い。
とても前夜に飲酒する勇気は、なかった。

「まぁそう言いなさんな、北島。時間はかけん。
俺たちだって人間だ、外に出てきた理由はおまえも俺も同じだろう。」
と言うなり黒沼はマヤの肩をポンっとたたき、自分はさっさと屋台へ歩いていく。

“金木犀の近くにいれば、月が速水さんと引き合わせてくれるかもと思ったのにな…”
後ろ髪を惹かれる思いではあるが、黒沼の善意も邪険にはできない。
マヤは黒沼の後ろを急いで追った。

屋台には幸い他の客はだれもおらず、黒沼が勝手知ったるがごとく、店主に声を掛ける。 
「おーい、おやじ、ちょっと一杯ひっかけさせてくれるか。
俺には熱燗、あとつまみになるもの適当に。
それからこの娘は…酒が弱いたちなんだが、レモンかユズか梅干は置いてるか?」
「ああ、ユズはないがレモン果汁と梅干はありますよ。
お湯割なら、弱い方には梅干しのほうが胃が荒れにくいですね。」
「そうか、じゃこの娘には焼酎3でお湯割、梅干入りを一つ頼む。」
「わかりました」
と返事をし、手際よく注文の品を調える店主をよそに、マヤは黒沼に話しかけた。
「あの黒沼先生、梅干入りって飲んだことないんですけど…」
「ああ、多少好みは分かれるが体も温まるしうまいぞ。北島梅干は食べられるんだろう?」
「ええ、あたし大好きです梅干。」
「なら、大丈夫だ。普通の焼酎割の半分の濃さにした。俺には水みたいで物足りない濃さだが、
明日があるから北島にはこれ一杯くらいが丁度いいだろう。」

「さ、できましたよ。お嬢さん、どうぞ。」
「あ、ありがとうございます。」
店主の差し出したグラスを受け取り梅をつぶしたマヤは、まず一口、おずおずと口に含んでみた。
梅の香りと梅干独特の酸味がふわっと口にひろがりながらも、焼酎が梅干独特のクセを緩和している。

「あ、美味しい…」
「そうか、一杯くらい飲んだほうが良く眠れるだろう、北島。天女様が不眠症ではなぁ。」
「黒沼先生!…やっぱり寝不足に見えます?」
「当たり前だろう、その顔色では。気持ちは判るけどな。
俺だって現に今日はお前同様、発表が人生の大きな節目と思うと、寝つきにくくもなっている。
しかし北島、不安や緊張があって当然とはいえ、試演後のお前の様子は尋常じゃない。
色々あったが試演自体はもう終わっているし、周りの声も耳に入っているはずだろう?。」

“黒沼先生も、やっぱり緊張してるんだ”
寝付けないのが不安なのが自分だけではないということだけでも、マヤは少し安心感を覚えた。

「はい…。ただ月影先生には発表までお会いできないのが心配でたまらないんです。
お会いすることなくもし万一のことがあれば…と思うと気が気じゃないんです。
それにあたし、亜弓さんの目のこと全然知らなくて。
見えない状態で何故あんな素晴らしい演技がってショックで、自分だったらとてもできないと
亜弓さんのすごさに圧倒されてます。そういうのが、不安といえば、とても不安です。」
明日の会見は、結果の如何にかかわらず、目の緊急手術を控えた亜弓は出席できないと聞いている。
単独会見という事も、余計にマヤの不安をあおっていた。

焼酎の力もあって、はじめて他人に本音を吐露してゆくマヤであった。
相変わらず緊張は続いていたが、他者に伝えるという行為は、
胸底に沈む重石を少しずつ取り除くような感覚を、マヤに与えてくれる。

「確かに…紅天女を決めるのは、月影先生と演劇協会だ。俺たちは結果を待つほかない。
月影先生の具合も確認しようがないから今現在では、先が真っ暗で手探りの状態だ。
それがもどかしいのは、俺にもよくわかる。
それに、確かに姫川亜弓は素晴らしい。俺も彼女の眼が見えなかったことに
衝撃を受けたし、技術面も合わせれば北島、お前以上に優れた点も多くあるだろう。」
「黒沼先生…」
「だがなぁ北島、こと紅天女に限っては話は別だ。
肝心なのは姫川の目から来る技術的な問題じゃない。
お前の紅天女こそ、本物だ。それは自分が一番わかっているだろう?」

先程よりいくぶん表情の和らいだマヤに対する黒沼の口調は、賞賛の気持ちに溢れている。
芸に厳しく辛口表現が染み付いている彼にしては、最大級の賛辞であるとも言えた。

「そんな、黒沼先生…そう言って頂けるなんて勿体無いです。有難うございます。
でもあたし、月影先生に注意されてたんです。役になりきるのは危険、役者の目を持ちなさいと。
なのに試演の阿古夜があたしに入り込んで離れない、自分の中に息づいて自分は北島マヤじゃないかもと
思えてならないんです。試演やその後の事が現実なのか否かも判らない。
このままじゃどうなっちゃうのか、自分で自分が制御できなくてどうしようもなくて、不安です。」
それでも更なる不安を隠さずに口にするマヤに、黒沼はたたみかけるように話しかけた。

「俺はな、お前の演技を舞台袖で見て心底、思ったんだ。
俺はお世辞は大嫌いだし、余計なことも言わん。だが、今回ばかりは本音をはっきり言おう。
紅天女を一緒にやったのがお前で良かった、北島という女優と仕事ができて誇りに思うと。
北島、お前のあの紅天女の気持ち…そして一真を恋する阿古夜の気持ちは、おまえの本心だ。
本物にふれて、心を動かされないものが、一人としている筈がない。そうだろう?」
「黒沼先生、そうでしょうか?」
「ああ。……若旦那だって、何か言ってきただろう?」

“黒沼先生!やっぱり鋭い。もう気づいてるんだ…。”
黒沼の問いかけはマヤの演技の核心部分に真っ直ぐ切り込むものであった。
思えばマヤの真澄への気持ちも、黒沼ただ一人が、早い段階で見抜いている。
黒沼にはかなわない、とマヤは思った。

「……はい。」
「で、おさまるところにおさまったんだろう?」

ここでウソをついても、意味がない。黒沼には正直に話そう、とマヤは思った。
「…はい。時間はかかるかもしれないが待っていてくれるか、と。」
「そうか……。試演以来ずっと心配していたんだ。良かったなぁ、北島。」
「はい…、黒沼先生、有難うございます。本当に試演前後には、御迷惑をおかけしました。」
「いや。確かに結果は選ばれた方がいいに決まってるし、俺にはその自信もある。
 だが勝ち負けだけが演劇の価値ではないだろう?本物だと見た人に感じてもらえた、
メッセージが最も伝えたい相手に伝わった、それでいいじゃないか。」
「ええ、そうですよね。」
役者としての成否のみならず、素のマヤを心配してくれる黒沼の心遣いが、マヤには嬉しい。
すっかり顔色の生気を取り戻したマヤが手元を見ると、焼酎のお湯割がちょうどカラになっていた。

「ああ、飲み終えたか。散歩に行ってくるか、北島?」
「はい!折角外にでたので公園の金木犀だけでも。」
と言うなり、元気よくマヤは立ち上がった。
「そうか、じゃあここは俺がもつから、遅くならないうちに行ってこい。公園は夜は暗くて
危ないし、マスコミもいるかもしれん。一人で中に入るなよ。外から見てまわるだけだぞ」
「わかりました、黒沼先生。じゃあ早めに散歩、行ってきますね。
色々、有難うございました。」
「ああ。また明日な、北島。」

黒沼と別れ大通りまで戻ると、マヤは教えられた金木犀を目指し再び公園沿いに歩みを速めた。
時計の時刻は昨日と同じく、午後10時をさしている。

通りの角を曲がって右折したところで、マヤの目に大きな金色の茂みが映りこんでいた。
金木犀の細かい花々が黄金の星団の如き体を成し、かすかな月光が差し込む宵闇に輝いている。
「わあ、すごい!都心なのにこんな素晴らしい金木犀があるなんて…」

マヤが頭上の光景に見とれていたその時、突風が突如、ゴォーッとマヤの脇を駆け抜けた。
「うわっ、何?風?」

月夜の微かな光にきらめく黄金の雫。むせかえるような甘く、だが軽やかな香り。
眼前に拡がる天界とも称すべき風情にただただ圧倒されていると、マヤは強い立ち眩みを覚えた。
“お月様は、号泣しているの…?”
会えなかったあたしの代わりに泣いてくれてるの?…、そんなことを思ううち、ぼんやりと意識が遠のく。
足をふらつかせるマヤの視界が、ぼわっと近づいてくる大きな影を捉えたのは、その時だった。




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