花街浪漫

written by さくらさま























「マヤちゃん、きっときみを幸せにするよ。」
「桜小路くん。」

桜小路はマヤの手を両手で包み込み、真剣な眼差しで言った。




「何ですか?お母さん。」

マヤは部屋に入ると正座しておかみの言葉を待った。
おかみは手に持っていたキセルを火鉢の上に置くとマヤに向き直り、彼女の目をじっと見たあと静かに言った。

「おまえの水揚げが決まったよ。」
「え?」
「おまえのよく知ってるお人だよ。」

おかみは柔らかい表情で一息つくと、キセルを燻らせた。

「ま、待ってください!あ、あたし、まだお座敷にも出たことないし、それに、、。」

マヤは慌てておかみに詰め寄った。

「なあに、心配するこたぁない。女なら誰でも一度は通る道さねぇ。」

キセルから紫煙が立ち上る。

「でも、、。」

マヤは突然の話に戸惑いの表情を隠せない。

「おまえの相手として申し分のないお人だよ、あのお人は。
 死んだあんたのおっかさんの分まで幸せになってほしいと思うあたしの親心さね。」

おかみの言葉にマヤは何も返すことができなかった。

母親を亡くし、路頭に迷っていたところをおかみに拾われた。
そして置屋の暖簾を潜った時、マヤの運命はすでに決まっていた。
年齢的にもっと早くにお座敷に上がっていてもおかしくないのに、「仕込み」の立場で下働きをさせてくれていた。
お姐さん達からも可愛がられ、お菓子を分けてもらったり着物のお下がりを貰ったりもした。
今まで運が良かったのかもしれないとマヤは思った。

マヤには背負うべき借金はないが、助けてもらった恩があった。
おかみの恩に報いるためにも承諾する以外なかった。

「いつですか?」

マヤは瞳の奥に翳りを隠し、おかみをまっすぐに見た。

「今夜。」
「今夜?」
「あちらの都合でどうしても、と言われてね。」
「そんな、、。」

マヤは言い知れぬ不安に押し潰されそうになった。
水揚げの話を聞いたのはほんの数分前ではないか。
それが数時間後にはこの身体を抱かれ、一人の男のものになるというのか。
マヤは両手を交差させ、自分の身体をぎゅっと抱きしめた。

「さ、まずは風呂に入っておいで。仕度はあたしがするよ。」

おかみはマヤの戸惑いに気付いていたが、見てみぬふりをして浴場へと促した。




髪を『おふく』に結い、両脇に梅の花かんざしを挿す。
薄紫の襦袢を素肌に纏う。
着物は『梅』と呼ばれる、表は白で裏は紫紅色をした蘇芳の重ね色目が使われ、白梅と紅梅の両方をイメージさせる。
さらに裾には淡い紅梅色の絹糸で梅の花が鏤められ、上品な仕上がりとなっていた。
帯は銀糸で織られた袋帯で、金糸で梅の花の刺繍を施している。
帯揚げに丸い枕の芯を入れ、だらりと垂らした『柳腰』という帯結びを男衆(おとこし)によってされる。
仕上げに上下の唇に紅を挿す。

「さ、できたよ。」

おかみの声に、マヤは閉じていた瞳を開けた。
鏡に自分ではない自分が映っている。

「さすがだねぇ。あのお人はおまえのことを一番わかってらっしゃる。」

マヤの身に着けているものすべてがあの人からの贈り物だとおかみから聞かされた。
あの人に送られた着物を纏い、あの人のために彩る。
神聖な儀式を迎えるために。
マヤは言い知れぬ哀しみに支配された。

ー初めてあの人と出逢ったのはいつだったかー

確か玄関先に打ち水をしていた時、誤ってあの人に水をかけたのが最初だった、とマヤは思い出していた。
それ以来、道端で会っても笑われ、からかわれた。
初めてあの人がこの店に来てマヤを指名した時には、おかみがやんわりと断りを入れた。
しかし彼はマヤ以外を受けつけず、おかみはただの話相手になるだけとの約束でそばにあがることを認めた。
初めは嫌々ながらも相手をしていたマヤだったが、少しずつ男の優しさに触れ心を開いていった。

いつかは自分も見習いとして姐さん達についてお座敷に上がる。
もちろん、旦那を迎える時も来る。
あの人ならば、、と、淡い恋心を抱いてもいた。

しかし、突然の水揚げ話。
置屋にいる自分に選択権はない。
所詮この身は自分のものではない。
今日、あの人のものになる。
淡い恋心を奪われ、生々しい男と女になる。

マヤは自分の心だけが取り残されるのを感じていた。

「さあ、速水さんが待ってるよ。つかまり。」

マヤは左手で褄を持ち、差し出されたおかみの手に自分の右手を乗せ歩き出した。




「マヤ、おれが怖いか?」
「い、いいえ。」

マヤの肩が微かに震えていた。

「フッ。力を抜いておれに任せればいい。」

マヤは力を抜くこともできず、さらに身を堅くすると唇をぎゅっと噛んだ。

速水は白い肌をゆっくりと這い、紅い花びらを散らしていく。
少女から大人の女への階段を昇りだしたマヤの躰は、相応の色香を漂わせていた。
豊かな乳房、滑らかな肌、柔らかな曲線、しなやかな肢体。
速水の愛撫によって、マヤは全身を仄かに上気させていた。

「きれいだ。」

速水の手が下腹部へ伸び、マヤを捉える。
指を挿れ時間をかけて解きほぐし、女への目覚めを導いた。

速水はマヤの変化を見逃さなかった。
指を引き抜くと、己の熱い塊で一気にマヤを突き上げた。

マヤは只管痛みに耐えた。

「愛してる。」

速水はマヤの目から零れる涙を唇で拭うと、律動を早め想いのたけを吐き出した。




「マヤちゃん、いい旦那に逢えてよかったね。」

隣で幼馴染の舞が頬を染めて言った。

「え?」

珍しいお菓子があるからと舞に呼び出された桜小路は、意味がわからず聞き返した。

「旦那って?」
「知らないの?マヤちゃん、今日が水揚げだって。」

桜小路の顔から血の気が引いた。

旦那
水揚げ

真綿でじわじわと首を絞められるように、2つの言葉が桜小路の胸に突き刺さり呼吸さえできない。

「桜小路くん?」

放心状態の桜小路に舞は声をかけたが、返事はなかった。
舞の声に意識を取り戻した桜小路は、止める舞を振り切ると置屋へと駆け出した。





「マヤちゃん?マヤちゃんはどこっ?」

桜小路の悲鳴にも似た怒鳴り声が店中に響き渡る。

「何だい?騒がしいねぇ。」

キセルの吸口で耳の後ろを掻きながらおかみが桜小路を睨みつけた。

「おかみさん、、。」

桜小路もおかみを睨みつけ、一歩も引かない。

「優、おまえの気持ちは知ってたさ。でもね、マヤは置屋にいる娘なんだ。」
「でもマヤちゃんは“見習い”にもなっていない“仕込み”じゃないかっ!」

桜小路が荒々しく言い放つ。
桜小路にも置屋の仕組み、しきたりはよくわかっている。
自分も男衆の見習いとして花街に生きる女達を見てきたし、男衆と舞妓の恋はご法度だということも理解していた。
だから一人前になったらおかみの許しを得て、マヤとここを出て新たな人生を歩こうと夢見ていた。
それなのに、マヤは、、。

桜小路は両手に握り拳を作り、怒りに打ち震えていた。

「それに、速水の旦那はマヤを身請けしたいとまで言ってくれてるんだよ。
 あの娘の幸せを思って後生だから諦めておくれ。」

桜小路は形相を変え、2階の座敷へと駆け上がった。




マヤは気怠そうに躰を起こし、襦袢を羽織った。
艶やかな黒漆の髪が肌に纏わり付く。
速水に存分に愛されたマヤは、匂い立つ女になった。

「マヤ、、。」

速水は掠れた声でマヤの名を呼び、背後からそっと抱きしめる。
マヤは触れられた部分が熱く、躰の奥が疼くのを感じた。

バタンッ。

突然障子が大きく開かれた。

「きゃあっ。」

マヤは身を隠すように速水に寄り添う。

「マヤちゃんっっ。」
「え?」

名前を呼ばれマヤが振り返ると、そこには蒼白となった桜小路がそこに立っていた。

「桜小路くん、、。」

マヤの小さな呟きは桜小路には聞こえなかった。
桜小路は自分の目を疑った。
着崩れた薄紫の襦袢を纏い、襟元から覗かせるマヤの白い肌はほんのり紅く染まっていた。
襦袢の合わせ目から見える足すら、女を感じさせる。
こんなマヤを桜小路は見たことがなかった。

速水はマヤを見て身動き一つ取れない男の姿を目の端で捉えると、小バカにした笑みを向けた。

桜小路はカーっとなった。

「マヤちゃんから離れろっ!」

速水はフっと鼻で笑うと、桜小路から目を離さないまま右手でマヤの右腕を掴んだ。
左膝を立て、マヤを背後から抱き込むようにすると速水の左手がすっと伸びた。
速水は左手を襦袢の襟元から滑らせ、敏感になっている蕾に触れた。

「あっ、、」

初めて絶頂を迎えたマヤの肌は、速水の手にしっとりと吸い付く。
マヤは微かに躰を捩り、官能の波に攫われそうになるのを耐えた。
速水は大きな掌でマヤの乳房を覆い、ゆっくりと揉みしだく。

マヤは耐え切れず、桜小路を前にあられもない声で鳴いた。

速水は桜小路を挑発するかのように見据え、言い放つ。

「この娘にこんな顔をさせられるのはおれだけだ。貴様にはできまい。」

速水は左手だけでマヤを翻弄する。

「この娘はおれのものだ。」

マヤの右腕を捕らえていた速水の右手が襦袢の合わせ目に分け入った時、桜小路はその場から逃げ出した。
その一部始終を見ていた速水は、桜小路がいなくなると荒々しくマヤを組み敷いた。

「マヤ。おまえはおれだけのものだ。」

速水は己の燃え滾る想いのまま、マヤを抱いた。














終わり









さくら様コメント:
ゆきこさんの『着物』、拝見しました。ありがとうございました。
それでですね、えっと、妄想しちゃいましたっ!!
もうね、止まらなくって....(苦笑)。


紫苑より:
さくらさん、あなたっておヒトは(笑)
あら、姿が見えないわと思っていましたらゆきこさんイラストから、速攻で新作を書かれました。
脱帽の妄想力ですわ。もう、どんどん行っちゃってくださいね。次回作も楽しみにしております。
さくらさん、今回も誠に誠にありがとうございました。


2006/1/10

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