光の中で・パニック・イン・ジャパン

written by さくらさま







12月1日。
13時28分。
某テレビ局内ニュースセンター。


「ふあぁ〜。」

壁に取り付けられた沢山のモニターの前で、大口を開けて欠伸をする男がいた。

日本各地からのみならず、世界各国からの映像が次々と飛び込んでくる。

子どもが犠牲になる事件は後を絶たず、耐震強度偽装だの、政府系金融機関の統廃合だのと問題は山積み。
円安・ドル高でデフレ基調からインフレ基調へ転換かと一抹の懸念を抱かざるを得ない今の日本。
海外(そと)に目を向ければテロが横行し、アジアは腹の探り合い、突っつき合い。
“できちゃった婚”を発表する姿は微笑ましいのかどうなのか。
天皇のご息女の御結婚というめでたい話題は遠い昔のような気さえする。

オン・エアまであと3時間半。
いくつもの送られてきた映像と原稿をチェックする。
NYのクリスマスツリーの点灯式もその一つだ。

原稿のリライト(手直し)はいいな。
画面上の右端に点灯したツリーと画面下に字幕を入れ、リードの後にカウントダウンとともに点灯する模様を流し、ツリーの出身地を紹介する。
時間にして50秒。
映像は、ツリー正面よりやや右寄り。
まあ、いい位置だろう。
点灯後の歓喜溢れる群衆の表情もうまく撮れてるな。

おーお、どこにでも居やがるんだな、こーゆー奴らが。
ったく、能天気でい....

目を細め、画面に顔を近づけ注意深く見る。

バンッ!

机を叩き、その勢いで立ち上がった。

「おい、今何時だっ!?」

突然振り下ろされた大声に、周りのスタッフの手が止まった。

「え?ああ、14時13分ですけど、、」

勇気ある若いスタッフが答える。

「バカッ!あっちだっ!ニューヨークだっ!」

「あ?はい。えーと、日本との時差が14時間ですから今は12月1日の0時13分です。」

もう一度勇気ある若いスタッフが答える。

「くそぉ〜、あっちに連絡してホテルを探せっ!
 いやっ、空港だ。空港で張ってろっ!」

「それから、こっちにも人をやれっ!中継車も出せっ!」

あっちだのこっちだの、隠語で言われてもわからない。

「あの〜、すみません。意味がよくわからないので5W1Hでお願いします。」

またしても勇気ある若いスタッフが質問する。

「ったく、バカか?お前は。
 これを見ろっ。」

ここまで彼を興奮させた映像。
いったい何が映ってるというのか。
勇気ある若いスタッフだけでなく、誰もが好奇心いっぱいにモニターを覗き込んだ。

「よ〜く見ろよ。」

画面上に映し出された二つの影。
恋人同士の熱い抱擁。
口付けを交わす男と女。
長身の男と小柄な女性。

う〜ん、どこかで見たことのあるような、、
でもよくわからない。

「へへ、画像処理するぞっ。」

コンピューターに取り込んでからのデジタル編集なので、マウスを動かしクリックしていくと、先ほどよりはっきりと二人の姿が映し出された。

「「「あっ!」」」

画面を見ていた殆どのスタッフが驚き、次の瞬間には各々やるべき仕事に取り掛かった。
ある者はニューヨーク支社へ連絡し、3ヶ所の空港を押さえる指示を出す。
またある者は裏を取るべくレポーターとカメラマンをある場所に向かわせた。
違うある者はプロデューサーに連絡を取り、急遽編集会議を開く準備をする。
さらに、映像の再編集、原稿のリライト、スーパーの作成、アナウンサーの下読み、などなど。

「頼むぞ〜。」

静かな室内が一転、戦場と化した。




     *****************




15時05分。
大都芸能社秘書課。


「水城さん、、あのぉ、1階の受付から電話が、、、」

真澄の連休により生じた懸案事項を整理していた水城に他の秘書が話しかけた。

「どうかしたの?」

彼女は入社5年目。
受付からの電話で自分に取り次がなくてはならないようなことはないはず。

「それが、、」

言葉を濁し、はっきりとしない。
何だか嫌な予感がする。
おずおずと出された受話器を受け取ると、受話器の向こうが騒がしい。

「もしもし?水城です。
 ロビーが騒がしいようだけど、何かあったの?」

受付嬢の声が聞き取れるように少しだけ強く耳に受話器を押し当てた。

「た、大変なんです!レポーターやカメラが押し寄せてっ!!
 とりあえずガードマンが抑えてますけど、玄関の外はすごい人ですっ!」

「何があったの?」

「わかりません。少し前にテレビ局の車が社の前に停まったと思ったら、次々に停まって。
 営業から戻ってくる社員も中に入れないんです。」

「わかったわ。今そちらに行くわ。」

いったい何が起こったというのか。
所属の女優でもスキャンダルを起こしたのか。
それとも真澄さまに何か?

まさか...ね。

一瞬頭を過ぎった考えに苦笑し、受話器を置くと颯爽と出て行った。

エレベーターのドアが開きロビーに足を踏み入れると、思った以上の騒々しさだった。
玄関のドアは3人のガードマンによって辛うじて守られている。

レポーターが何かを叫んでいる。
社内に向けられた数台のTVカメラ。
眩しいほどたかれるフラッシュの嵐。

「いったい何が、、」

俄かに信じ難い光景を目の当たりにし、受付で呆然と立ち竦む二人に近づく。

「わかりません。一番最初に来たのは、ドアの正面にいるあの男性レポーターなんですけど、いきなり中に入ってきて。
 ガードマンが取り押さえてとりあえず外に出したんですけど、その後からどんどん集まって、、」

「、、そう。」

正確な情報が得られない。
まぁ彼女たちに責任はないが、これでは対処の仕様がない。

だいたいこれまでレポーターが押しかけたことなど唯の一度もない。
スキャンダルは事前に抑えてきた。
たとえ洩れたとしても先手を打って動いてきた。
それが状況も掴めず、ただこうして彼らが諦めて帰るのを待つしかないのか。

そういえばレポーターが入ってきたと彼女は言った。
レポーターと何か話をしたのでは?

「ねぇ、あのレポーター、中に入ってきた時何か言ってなかった?」

水城の問いかけに、記憶の糸を辿っていく。

「そういえば、、、、確か、北島マヤがどうとか。」

「え?」

彼女の言葉に我が耳を疑った。

「、、社長のお名前も叫んでいたような、、ねぇ?」

ほんの僅かな情報が思わぬ結果を生む。
善くも悪くも。
北島マヤと速水真澄。
二つの名前が水城の脳内コンピューターにインプットされ、弾き出された答え。

バレた。

思わず口元を手で押さえ、息を呑む。

「水城さん?」

水城の只ならぬ様子に遠慮がちに声をかける。

なんで?
いつ?
どこで?

いや、そんなこと考えてる場合じゃない。
とにかくこの騒ぎをなんとかしないと。
でもどうやって?
当の本人たちは海の向こうなのに?

落ち着いて。落ち着くのよ、冴子。
敵がどの程度の情報を握ってるのかわからない今、迂闊に口を開くことはできない。
とりあえず情報収集が先ね。
レポーターの前に立ち動向を伺う。
それから上手く煙に巻けばいいわ。

水城は簡単な会見を開く決断をした。

「あのね、これから、、」

二人に指示を出そうとしたその時、「社長の第一秘書だっ!」と何者かが叫んだ声を聞いた。

わ、わたし?

遠くから発せられた言葉にびくっと反応し、ドアの方へ振り返る。
その瞬間、これまで守られてきたドアはものの見事に決壊し、ロビーは溢れる人で埋め尽くされた。

光の閃光が視界を遮り、出されたマイクに行く手を阻まれる。
カメラを向けられ、揉みくちゃにされながら、安易にロビーに降りてきた己の浅はかさと上司の思慮なき行動を恨んだ。




     *****************




16時24分。
大都芸能社長室。


疲れた、、

揉みくちゃにされ、正しくボロボロになって漸く辿り着いた最上階。
同僚達の同情と好奇の視線を避けるため、厚いドアの向こうに逃げ込んだ。

コーヒーの芳ばしい香りだけが今の自分を癒してくれる。
喉元を通り過ぎていく濃茶の液体が、疲れた身体を生き返らせてくれる。

外界から切り離された静かな空間の中で、ようやっと落ち着くことができた。

しかし未だ真相は掴めていない。
何故、バレたのか。
どこから洩れたのか。

ふと、自分が何かを握り締めていることに気が付き、そっと掌を開いた。
くしゃくしゃになった名刺。
会見を終えて戻る際、一人の男から無理矢理渡された。
事の発端はこの男から始まったのだ。

こんな名刺、見るのもイヤ。

そう思い、丸めて捨てようと思った時青い文字が目に入った。
印刷ではない、走り書きのメモ。

今日午後5時。 ○チャンネル。

渡された時の不敵に笑った嫌な顔を思い出したが、そこは芸能社の社員、公私混同はせずテレビのリモコンを手にする。
チャンネルを合わせれば、コマーシャルが流れてた。

5時まであと12分。

革のソファに身を沈めると、自然と上下の瞼が重なった。

どのくらいそうしていただろう。
何故かわからないが突然意識が引き戻された。

『....です。次に、海外からのホットなニュースです。』

ああ、始まったのね。

朦朧とする意識の中でアナウンサーの爽やかな声が心地良い。

『今日午前、アメリカニューヨークのロックフェラーセンターで、恒例の巨大クリスマスツリーの点灯式が行われました。』

『クリスマスツリーの点灯式が行わたのは、アメリカニューヨーク州ニューヨーク市のロックフェラーセンター前で、日本時間の今日午前9時からセレモニーが行われ、カウントダウンとともに巨大クリスマスツリーがライトアップされました。
 点灯式には、女優の北島マヤさんと大都芸能社社長の速水真澄氏も参加された模様で、カメラが二人を捕らえ....』

ガバッ!

徐に身を起こし、テレビを食い入るように見る。

画像処理され、くっきり鮮やかに映し出された一組のカップル。
ドラマか映画のワンシーンのような映像。
熱い抱擁。
右に左にと角度を変え、続けられる蕩けるようなキス。

アナウンサーの声がフェードアウトしていき、水城には届かない。

四角い箱の中で繰り広げられる甘い愛の交歓。
主演は休暇中の上司とオフ中の所属女優。

画面上の幸せそうな二人。
その二人のせいでボロボロになった自分。

何だか底知れぬ怒りが込み上げてきた。

こ、このバカップルのせいで、私は、私は、、

「真澄さまぁ。今回のことは絶・対・にお給料に反映させていただきますわっ!!」

仁王立ちで握り拳を作り、主のいない部屋の中で声高らかに自己主張をした。

時同じくして、衝撃映像が日本中を駆け巡り、一大センセーションを巻き起こす。
そう、お茶の間の一般人のみならず、すべての人に平等に。
いやはや、恐るべき全国ネット。

「マ、マヤちゃん、、、(白目・青筋)」

「まっ!(////)、、よろしかったですわね、真澄さま。」

「やっとくっ付きやがった。ったく、世話が焼けるぜ。」

「ま、真澄っ!」

「あら、マヤさんったら。なかなかやるわね。」

「あ〜あ、あたしゃ知らないよ。これ、全国ネットだよ!?」

「ホホ、よかったこと。マヤ、あなたの魂の片割れは真澄さんだったのね。」

「フ、、おやりなさいませ。」

知らぬは半日遅れの海の向こう側だけ。
半日早く迎えた、日本の師走の始まりの日の出来事であった。








おしまい





さくら様よりのコメント:
ま、間に合いましたぁ〜(ホッ)。
先日のメールで「おまけ」を公言し、実はめちゃくちゃ焦ってました。
「光の中で」を書いていた時から「おまけ」の構想があって、、あ、あったのはラストのガラかめ出演者様方の反応だけだったんですけどね(笑)。
テレビの端っこに二人が映ってて、それを皆がみたら面白いだろうな〜なんて思っちゃったりして。
11月30日の夜は12月1日の午前中。ということで、勝手に12月1日に合わせて書いてました。
こんなしょーもない拙作ですが、お読みいただければ幸いでございます。
とりあえず、書きたいと思ったネタは書けたので満足してます。


紫苑より:
さくらさん、今月11日にデビュー作を書かれ、早くも第3作の登場です。
「光の中で」でのあのシーン、こんなに楽しい“おまけ”もあったのですね。
さくらさんの熱きガラかめ愛には、私も本当に励まされます。遠きアメリカに愛をこめて、速攻、アップさせていただきました。
次回作にも期待!さくらさん、もう、どんどん行っちゃってくださいね〜!
このたびは誠にありがとうございました!


2005/11/30



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