24日目の真実

written by さくらさま








コトン。

机の上に万年筆を置き、書き終えたばかりの便箋を二つ折りにして封筒に仕舞い込む。

再び万年筆を手に取り、宛名を書く。

『北島マヤ様』

白い封筒に書いた、愛する女の名前。

机の上に置かれた一輪の紫のバラにそっと手を伸ばす。

封筒に書かれた宛名に目を移した、ほんの一瞬だけ、戸惑いを覚えたが、
己の決断に抗うことなく机から離れた。

そうしてコートを羽織り、重厚な扉の向こうの闇に姿を消した。

エレベーターで地下駐車場まで降り、カツン、カツンと靴音だけを轟かせて自分の車に近づき、
左のドアから身体を滑り込ませた。

助手席に白い封筒と一輪のバラを無造作に置いた数秒後、
夜の静寂をエンジン音が引き裂いた。





   ***********************





「...様、真澄様?聞いていらっしゃいますか?」

名前を呼ばれて、我に返った。

「あ、はい。
 、、、あ、いえ、申し訳ありません。何でしょう?」

目の前に座る女性は、怪しげに、でも恥じらいながら顔を向けた。

「真澄様でも緊張さなってるのですか?
 そう、、ですわね、お仲人さんのお宅へご挨拶に行くのですもの。」

そう、、だ。今日は仲人に挨拶するために彼女とここにいる。

会社のための結婚。愛はない。
それでもいいからと懇願され、己の優柔不断さが招いた罪を背負う覚悟をした。

あの子への想いに鍵をかけ、心の奥底に封じ込めた。
それができると高を括っていた。

試演を見るまでは。

試演が終わったら結婚するとあの子に言った。
試演が終わったら本公演が終わってから、と彼女に言った。

あの子への溢れる想いが留まらず、抑えれば抑えるほど、あの子を欲する自分がいる。

一真を見つめる熱い眼差しを俺に向けてほしい。
一真に投げかけた愛の囁きを俺に語ってほしい。

求めて止まないあの子へ背を向けたのは、紛れもない自分自身。
違う女性の手を取ったのは己の選択。

もがけばもがくほど深みに嵌り、容赦なく引きずり込まれ、
気づいたときには囚われ人となっていた。

「いえ、緊張など、、、
 ふっ、そうですね、緊張しているのかもしれません。
 どのようにお話すればいいのかと。」

「ご心配なさらないで。わたくしからもお口添え致します。
 ただ、こういうことは男性である真澄様から仰っていただかないと....」

少しだけ眼を伏せ、たおやかに微笑んだ。

「でも、、そうですわね、、ありのままをお話されたらいかがですか?」

「ありのままを?」

「ええ。
 婚約披露パーティからこんなに時間が経ちましたもの。
 あれから今か、今かとずっと心待ちにしておられたとお聞きしてますの。
 ですから、正直にこれまでの経緯をお話になったほうがよいと思います。」

そう言い終えて、テーブルに置かれたカップに手を掛け、口元へ持っていった。
その一連の動作を見ながら、彼女が洗練された気品を持ち合わせていると気づいた。

上品で優雅な物腰、細やかな気配り、優しい心遣い、女性としてのたしなみ、
結婚相手としてこれ以上は望めまいと思えるほどの女性。

あの子よりも先に出逢っていたら、間違いなく彼女を選んでいただろう。

いや、違うな。

たとえあの子と後から出逢ったとしても、きっと惹かれた。
理屈じゃなく、魂が求めるのだから。

そんな簡単なこともわからなかった。
気づいた時にはもう遅すぎた。

「そうですね。
 貴女の言うとおり、正直に話しますよ。」

冷めたコーヒーに手を伸ばし、一口口に含んだ。

「それと、、、」

彼女は少し言い淀み、膝の上に置かれた自分の手を見つめた。

「お願いがございます。」

「お願い?」

突然の申し出に、思わず眉を顰めた。

「はい。」

辛そうな表情をそのままにして顔を上げ、真っ直ぐに俺を見た。

「どうか、お怒りにならないでくださいね。」

「何です?」

「あの、、、あなたのお心にけじめをつけてください。」

意味がわからなかった。彼女が何を言おうとしているのか。

俺の心のけじめ?

何故彼女がそんなことを言うのか。

「あなたのお心には今もマヤさんがいらっしゃるのでしょう?
 今のままでは、あなたもわたくしも幸せにはなせません。
 どうか、わたくしのためにも、ご自分の想いに決着をつけてください。」 

彼女は僅かに手を震わせ、しかし、しっかりとした口調で言った。

長年、彼女を苦しませてきた、俺のあの子への想い。
彼女の誠意に報いるためにも、真摯に受け止めよう。

「わかりました。」

俺の返事に彼女はほっとした表情をし、これまで見たことのない微笑は、心の底から美しいと思えた。





   ***********************





間もなく日付が変わろうとしている。

この時間ではさすがに底冷えがするな。

軽く身震いをし、コートの襟を立てた。

見上げた先には、優しい明かりの点った部屋。

「マヤ。」

抑えきれない想いが言葉とともに溢れた。

紅天女の上演権を俺に託し、その身を大都に置いたと同時にセキュリティのしっかりしたマンションに移らせた。

きみは知らないだろう。何度、ここからこうしてきみを見つめていたか。
きみには聞こえないだろう。俺の心が語るきみへの想いを。

一度だけ、そう、たった一度だけあの子を送ってきたことがあった。

本公演初日の後、水城くんに手を引かれ、俺のもとにやってきたあの子。

無理矢理俺の車の助手席に座らされ、困惑していた。

大都劇場からここまで僅か20分、ひとことも話さず、
彼女の顔は窓の外に向けられ、ただの一度も俺を見ることはなかった。

彼女の瞳に映るものは通り過ぎていく景色だけ。

俺などその視界にすら入らない。

期待などしない、といったら嘘になる。

試演で、そして今日の本公演であの子は確かに俺に語りかけていた。
一真に愛を語りながら、俺を求めていた。

魂が叫んでる。ひとつになりたい、と。

だが、それは己の浅はかな妄想に過ぎない。

現実を見ろ。

彼女は俺を避け、その瞳に映すことすらしない。

マンションの前に車を止め、正面を向いたまま発した言葉。

「着いたぞ。」

重たい沈黙。

今ここで何かを口にすれば、己の均衡が崩れ、何をしでかすかわからない。

歪められた表情が俺を拒み、走り出した後姿が俺を否定しているというのに。

苦しい。苦しくて、愛しくて、その場から去ることができなかった。

部屋に戻って明かりを点けたのを確認した後、想いだけをその場に残して車を走らせた。

何故、上演権を俺に託した?
何故、俺のもとに来た?
何故、俺の心を乱す?

答えることのない問いを何度も投げかけ、溜息をつく。

「所詮、行き場のない想いだ。」

腕時計に目をやり、日付が変わったのを確認すると、マンションのエントランスへ入っていった。





   ***********************





「う〜ん、、」

カーテンの隙間から朝の日差しがやさしく部屋に差し込む。

少し重い瞼を開け、時計を手に取ると、8時を少し回ったところだった。

昨夜は来年春の舞台の台本を夢中で読み、気づいたら日付が変わってた。

いい加減に寝なくちゃ....

そう思ってベッドに入ろうとした時に微かに聞こえた、遠ざかる車の音。
エンジン音を聞き分けることなどできるはずもないが、
何故かあの人を思い出した。

一度だけ、あの人に送ってもらったことがある。

本公演の初日、憔悴しきった私を心配した水城さんに、無理矢理乗せられたあの人の車。

神様がくれた二人きりの時間。

でも、大都劇場からここまでの20分、ただのひとことも話すことなく、
あの人は只管車を走らせ、私は呆然と流れる景色を見ていた。

期待などしない、といったら嘘になる。

「よくやった」という言葉とともに、紫のバラをその手で渡してくれるのでは?
と、意識だけは彼に向けていた。

試演で、今日の本公演で、あなたへの想いをぶつけた。

一真に話しながら、あなたの魂へ語りかけていた。
一真を見つめながら、瞳はあなたを探してた。

魂が求めていた。あなたのもとへ行きたいと。

でも、それは紅天女が見せた幻。儚い夢。

現実は甘くない。

あの人はただの一度も私を見ることはなかった。

マンションの前に車を止め、彼が言った最初で最後の言葉。

「着いたぞ。」

正面を向いたまま発せられた、別れの時間。

沈黙が痛かった。

こんなに好きなのに、離れたくないのに、でも一緒にいることが苦しくて、辛くて、
こみ上げる涙を見られたくなくて、逃げるようにして車を降り、マンションへ駆け込んだ。

部屋に戻って明かりを点けた後、走り去る車の音がした。

慌てて窓を開け、見えなくなった車を瞳はいつまでも追いかけていた。

「だめだめ。朝からこんなんじゃあ。」

頭(かぶり)を振りカーテンを左右に開く。

冬の空はどこまでも澄み、青い。

気分転換にジョギングでもしようと考え、洗面所へ向かった。

「よしっ、と。」

支度を整え、玄関で靴紐をキュッと縛ると、心も引き締まる。

「いってきます。」

返事をしてくれる者のいない部屋に告げ、玄関のドアを開けた。

と、同時に目に飛び込んできた足元の紫のバラ。

立ち竦み、身動きが取れない。

何故こんなものがここにあるのか。

昨日帰ってきた時は確かになかった。すると何時(いつ)?

あの車の音は....

大切な落し物を拾い上げ、ぎゅっと抱きしめる。

速水さん、、、

言葉にならない呟きと溢れる想いが透明な雫となって頬を濡らす。

いったいどれくらいぶりだろう、紫のバラを手にするのは。

試演の後も、本公演の時も紫のバラは届かなかった。

試演が終わったら結婚すると言って、幸せそうに微笑んでいたあの人。
試演が終わっても結婚はしなかったけど、今でも婚約中の身であることに何ら変わりはない。

美しい人とふたり揃って本公演を見に来たではないか。
美しい人の流す涙を、あの人のハンカチが受け止めていたではないか。
届かなくなったバラが何よりの証拠ではないか。

「何故、今ごろ、、」

この中に何が書いてあるのだろう。

開けるのが怖い。でも....

ほんの少し前に閉じられたドアを再び開け、玄関先にもかかわらず、その場で封を切った。


   「早く元気なベスになってください。
         あなたのファンより
                ベスへ」

病気の演技ができないからと一晩中雨に打たれたと聞きました。
わからない、何故そこまで夢中になれるのか....
あなたの舞台を見て、私の中に眠る熱いものが呼び醒まされた気がしました。
仕事上、花束を贈ったことはあります。
しかし、自ら買い、贈ったのは初めてでした。
思えば、あなたはこの時から私を動かすことのできる唯一人の人間だったのかもしれません。
紫のバラ。
ここからすべてがはじまりました。
あなたのファンより


言葉にならない嗚咽が込み上げ、その場に崩れ落ちた。





   ***********************





、、ン、、トン、、、トントン。

「あ、はい。どうぞ。」

聞こえてきたドアをノックする音に、慌てて返事をする。

ガチャッ。

「マヤちゃん、お疲れ様。
 支度はできてる?
 、、、って、何でまだ稽古着のままなわけ?」

「あ、えーと、、、」

曖昧に返事をして、テーブルの上に置かれた5枚の封筒に視線を向けた。

「それ、どうしたの?」

訝しげに聞かれても仕方がないかもしれない。

切手も張られず、消印もない。
ただ同じ字で同じ文字が書かれているだけ。

北島マヤ様、と。

「それって、嫌がらせとか何か?」

「えっ?」

「あ、もしかしてストーカー?」

「えっ?あっ、ち、違うの。」

両の掌を左右に振って、思い切り否定する。

「こ、これは、その、、、えっと、、、紫のバラの人からの手紙なの。」

「紫のバラの人?」

「うん、そう。」

久しぶりに口にした言葉だった。

口にした瞬間から愛しさが込み上げてくる。
愛しいのに胸の奥が痛い。
苦しくて呼吸ができない。

「ふ〜ん、それで?」

「え?」

「どうしたの?」

「なにが?」

「だから、何かあったんでしょう?」

「なんで?」

「ふぅ。ご丁寧にテーブルの上に綺麗に並べて睨めっこしてれば、
 何かあったってことくらいわかるわよ?ふつーは。」

「あ、そっか、、、」

えへへ、と苦笑いし、右手で頭を掻いた。

いくら考えても自分には答えは見つけられなかった。

話してみようか、、、

差し障りのない程度に話すぶんには構わないよね。
このままじゃ訳わかんないし、ずっとこの手紙に囚われちゃう。
答えが出なくても、何かヒントは見つかるかもしれない。

うん、聞いてみよう。

「あ、あのね、、この手紙、紫のバラの人からだって言ったよね?」

「うん、聞いた。」

「あの、この手紙の内容は言えないんだけど、、、これね、毎日届くの。」

「毎日?」

「うん。毎日。1日一通。」

「1日一通?」

「そう。紫のバラと一緒に。
 あ、紫のバラも一輪づつなんだけどね。
 5枚あるから今日で5日目。」

自然、二人同時にテーブルに並んだ封筒に視線を向けた。

「それでね、毎日届くから明日も届くのかなぁ、って。
 で、いつまでそれが続くのかなぁ、って。
 何か意味があるのかなぁ、って、いっぱい考えちゃってるの。
 あ、もちろん、稽古はちゃんとやってるし、台本も頭に入ってるからっ。」

慌てて付け足した言葉が可笑しかった。

「うん、わかってる。
 、、ねぇ、その手紙っていつから届き始めたの?」

「え?あ、えっと、届いたというか、見つけたのは12月1日。」

「ふ〜ん。」

口角の端を少し上げ、ニヤリとする顔は何かに気づいたらしい。

「で、1日一通、毎日届くってわけね。」

「あ、あの?」

「なかなかやるわね、その“紫のバラの人”ってひとは。」

「え?」

軽く首を傾げ、食い入る視線で答えを待つ。

「それ、アドベントカレンダーだよ。きっと。」

「アドベントカレンダー?」

「そう。聞いたことない?
 12月1日から24日のクリスマスまでの間、1日1枚捲っていくの。
 いわゆる日めくりカレンダーみたいなもんかな?」

アドベント (Advent) とは、キリストの降誕を待ち望む期間のこと。

西方教会では、11月30日に最も近い日曜日(11月27日〜12月3日の間の日曜日)からクリスマスイブまでの約四週間を指す。
日本語では「待降節」(たいこうせつ)または「降臨節」(こうりんせつ)という。

アドベントの1日目をカトリック教会では「待降節第一主日」、聖公会では「降臨節第一主日」といい、
カトリック教会、聖公会、ルーテル教会など教会歴を用いる西方教会ではこの日をもって1年の始まりとしており、
「第1アドベント」とも言う。

以下、「第二アドベント」、「第三アドベント」と週ごとに数え、「第四アドベント」がクリスマス直前の日曜日となる。

ろうそくを4本用意し、第一アドベントに1本、第二アドベントに2本、第三アドベントに3本、第四アドベントに4本のろうそくに
灯をともす習慣がある。

各家庭では壁にアドベントカレンダーをかけてクリスマスの訪れ(イエスの降誕)を待ちわび、
12月1日から24日までの毎日、絵の中にある窓を一つずつ開けて、クリスマスまでのカウントダウンを行う。

「日本でも結構売られるようになってね、絵だけじゃなく、中にキャンディやチョコレートなんかが入ってる  のもあるかな。」

「へぇ、、」

「実はあたしも持ってるんだ。
 といっても、友達からもらったんだけどね。
 高さ50cmくらいの木製のクリスマスツリーで、台座がアドベントカレンダーになってるの。
 その日の数字の扉を開けると、中にツリーのオーナメントが入ってて、1日1個づつ飾っていくの。
 結構ワクワクできるよ。時々お菓子もはいってるしね。」

「知らなかった、、、」

「そう、きっとアドベントカレンダーだよ。
 24日まで1日1通届くはずだよ。」

「何のために?」

「何って、それはあたしにもわからないけど、、、
 紫のバラの人からのクリスマスプレゼントじゃないの?」

クリスマスプレゼント?

そんなことあるはずない。

試演前、投げつけられたのを最後に、紫のバラは届かなかった。
それがあの人の答えなのに。

諦めるしかなかった。
認めるしかなかった。

あの人の魂の片割れは自分ではないと。

身も心もボロボロになって、出した答えなのに。

届けられた5通の手紙。
この先届くであろう、19通の手紙。

24通目に何が書かれているのだろう。
24日目に何がわかるのだろう。

その時、あたしはどうなるのだろう。





   ***********************





   「早く元気なベスになってください。
         あなたのファンより
                ベスへ」

病気の演技ができないからと一晩中雨に打たれたと聞きました。
わからない、何故そこまで夢中になれるのか....
あなたの舞台を見て、私の中に眠る何かが呼び醒まされた気がしました。
仕事上、花束を贈ったことはあります。
しかし、自ら買い、贈ったのは初めてでした。
思えば、あなたはこの時から私を動かすことのできる唯一人の人間だったのかもしれません。
紫のバラ。
ここからすべてがはじまりました。
あなたのファンより




『若草物語』の酷評、パトロン説。
私が書かせたせいで、劇団を失うかもしれない状況に陥っていたあなた。
胸の奥が痛みました。
天才少女と呼ばれる姫川亜弓と同じ演目、同じ役で不安だったのではないでしょうか。
私が見ていることを伝えたかった。
あなたを勇気付けたかった。
ただそれだけの想いで、楽屋に広げてあったあなたの台本の上に紫のバラを置きました。
あなたのファンより




荒削りだが心惹かれたあなたの美登利。
舞台の上のあなたは輝き、私を魅了しました。
次は全国大会。
「おめでとう」と一言伝えたくて、紫のバラを届けました。
あなたのファンより




リヤ王上演中の劇場の前で佇んでいたあなた。
演劇好きなあなたらしく、見たくて仕方ないって顔してました。
あなたの喜ぶ顔が見たくて、
少しでもあなたの役に立ちたくて、
チケットと紫のバラを近くにいた子どもに託しました。
あなたのファンより




劇団を失い、アパート暮らしを余儀なくされ、
満足に演技の勉強もできなかったであろうあなた。
あなたの先生がご病気と知り、
差し出がましいとは思ったのですが、入院の手配をしました。
あなたに対する罪滅ぼしの意でもありました。
たぶん、私はあなたにとって“敵”なのでしょう。
それでも私はあなたの泣く姿だけは見たくありません。
あなたのファンより




『嵐が丘』の舞台で見せた激しい情熱、烈しい愛。
ヒースクリフが羨ましかった。
ある人に「好きなら最後まで見てやれ」、そう言いましたが、
その人は途中で席を立ちました。
本当に逃げ出したかったのは私の方です。
あなたが本気で人を好きになったら....と胸が締め付けられました。
あなたのファンより




高校は行かずにアルバイトをして先生を助けると言ったあなた。
本当は行きたいのに我慢して....
それもこれも、私が追い込んだせいですね。
中学校の校長室で、校長先生から進学の話を聞かされたあなたが、大泣きしたと聞きました。
一ツ星学園で伸び伸びと演劇をやりながら学園生活を送れると信じてました。
あなたのファンより




『無宴桜』での千絵役にはハラハラしました。
台本が摩り替えられ、内容さえ知らずに呼ばれるまま光の中へ向かったあなた。
舞台の上は役者の世界。
何もできない私にとってひどく長苦しい時間でした。
こんなに歯痒いと思ったことはありません。
あなたのファンより




あなたがヘレンを掴めず、苦しんでいると知りました。
わたしにできることといったら、都会の喧騒の中からあなたを解き放つことだけです。
自然の中であなたがあなたらしいヘレンを掴むことを願いました。
こんなことしかできないわたしです。
あなたがわたしの申し出を受けてくれて、どんなに嬉しかったことか。
あなたを支えていきたいと心から思いました。
あなたのファンより




別荘番からの連絡で別荘に行ってみれば、雨戸も締められ真っ暗な室内、物が散乱し、
あらゆるものが壊れていました。
あなたにはいつも驚かされます。
目隠しをしている、と聞いていたので、私の顔を見られることはないと安心していました。
様子を見るだけ、そう思って扉を開けただけだったのに、
気がついたら、足を挫いたのか倒れそうになるあなたに手を差し伸べていました。
紫のバラを渡したら、私に抱きつき泣きましたね。
あまりにも健気で愛おしくて、あなたを抱きとめる腕に力が入ってしまいました。
あなたのファンより




あなたのヘレンに感動し、思わず舞台に紫のバラを投げ入れました。
あなたは気づいてくれましたね。
しかし、私を探そうとそのままの姿でロビーに出て、
危うく柱の下敷きになりかけましたね。
あなたが無事で本当に良かった。
あなたのファンより




わたしのせいで唯一人の肉親を失い、哀しみに暮れたあなた。
本当のわたしと幻想のわたし。
どちらのわたしがあなたを励ませるのか。
あなたをこの手に抱きしめ勇気付けたかった。
できるはずもないとわかっていても....
あなたが立つことのなかった舞台、
心から見たいと切望しました。
あなたのファンより




あなたに名前を告げたとわたしの部下が言いました。
あなたとわたしを繋ぐ架け橋になると....
正直、不安でした。
現実のわたしはあなたを苦しめる存在でしかなかった。
現実のわたしをあなたは決して受け入れない。
それでも、あなたが彼を受け入れてくれたことで、
あなたとの確かな繋がりができたと嬉しく思いました。
あなたのファンより




真夏の夜の夢....
わたしにとって正しく夢のような出来事でした。
わかりますか?あなたに。
誰もいない、誰も近づくことのできない湖の上で過ごした僅かな時間が、
わたしにとってこの上ない幸せであり、悦びであったと。
紫のバラの人がどんな人であってもいいと言ったあなたに、
真実を言う勇気がなかった。
あの時の太陽の眩しさは、今でも忘れることができません。
あなたのファンより




あなたは覚えていますか?
シューマンのトロイメライを....
奏でた旋律は、わたしの秘めた想いでした。
わたしに寄り添うあなたにこの曲を捧げたい。
叶わぬ、愚かな夢です。
あなたのファンより




バラ色のドレス、よく似合ってました。
紫のバラの人が来ないと知って零れ落ちた涙に、心が痛みました。
わたしはここにいる。
しかし、あなたの望む紫のバラの人はここにいない。
わたしは自分で作り上げた影に嫉妬すら覚えました。
あなたのファンより




天使の微笑みというのは本当にあるのですね。
決してわたしに向けられることのない、あなたの笑顔。
あなたには虹の光がよく似合う。
春の女神に祝福を。
あなたのファンより




アカデミー芸術祭への参加も危うい中で、1%の可能性に賭けるというあなた。
そんなあなたの後押しがしたかった。
今以上に嫌われると思いつつ、喧嘩を仕掛けました。
こんなわたしを赦せないでしょうね。
噛まれた傷さえも愛おしく、自分を取り戻せない。
わたしの心を掻き乱すのはあなただけです。
あなたのファンより




『忘れられた荒野』でのあなたの狼少女ジェーンは素敵でした。
舞台の後、青いスカーフでわたしの濡れた髪を一生懸命拭ってくれましたね。
あなたの優しさが、触れられた場所から熱くやさしく、わたしの中に浸み込みました。
約束を守る男....
そう、あなたとの約束は何があっても違えない。
あなたのファンより




償っても償いきれない罪を犯しました。
代わりなどできるはずもありません。
それでも、影から見守り支えていきたいと、できる限りのことをすると、
あなたのお母様の墓前で誓いました。
あなたのファンより




誰よりもあなたの阿古夜が見たい。
清らかな乙女、荘厳な天女。
わたしにできる最高の演出をしたい。
そんな想いで紅梅の打ち掛けを贈りました。
わたしの贈った打ち掛けであなたが阿古夜になる。
こんな幸せなことはありません。
あなたは喜んでくれると思っていました。
何故泣いていたのですか?
迷惑でしたか?
あなたの心が見えません。
あなたのファンより




知らないところで歯車が動き出していました。
あなたを悲しませたくないのに、いつも哀しませてばかり。
もっと早くに告げていたらよかったのでしょうか。
わたしが紫のバラの人だと。
ただあなたの拒絶が怖かった。
幻影であってもあなたと繋がっていたかった。
真実、あなたを欲していました。
でも赦されないことなのです。
あなたに届けられた舞台アルバムと絶縁状が教えてくれました。
あなたのファンより




あなたに憎まれる。
それでもあなたが紅天女に向かうのであれば本望です。
あなたの中にある、
わたしの中に在る、
美しいバラを手折ったのは紛れもないわたし自身。
幻想のわたしを葬りたかった。
あなたに浴びせた罵倒。
苦しいと、心が悲鳴を上げていました。
助けてくれと、心が泣いてました。
そしてわたしは紫のバラを贈ることができなくなりました。
あなたのファンより





   ***********************





「お疲れさまでしたぁ〜」

申し訳さなでいっぱいで、深々と頭を下げ挨拶をした。

「おお。
 北島ぁ、ゆっくり休めよ。」

「、、はい。ありがとうございます。」

消えそうな声が届いたのかどうかはわからないが、
右手を挙げて応えてくれた。

皆お互いに挨拶を交わし、舞台袖に散って行く。

「マヤちゃん、大丈夫?」

一番最後に舞台袖に戻ると、いつも迎えてくれる元気な声はなく、
心配そうに覗き込む二つの瞳とぶつかった。

「うん、、」

心配させたくないけど、上手く笑顔が作れない。

「何かあった?」

「え?」

「ここのところおかしかったけど、今日は特にヒドイから、、」

どうしていつも皆に心配かけちゃうんだろう。
黒沼先生も初めは怒ってたけど、途中からは何も言わなくなって、明日のお休みまでくれた。

「うん、、大丈夫。」

「そんな辛そうな顔して、大丈夫も何もないでしょう?」

「あ。」

「舞台を降りたとたん、大根になるんだから、、」

「ごめんなさい。」

「あー、もう、何で謝るかなあ。
 辛い時は辛いって言っていいんだからね?
 もうちょっとマネージャーであるあたしを頼ってね。」

「、、はい。」

いつも自分のことのように親身になってくれる。
誰かに話せば、少しは楽になれるかもしれない。
言葉にすれば整理がつくかもしれない。

顔を上げ、空気を吸い込み、発そうとした言葉は「ごめんね。」という言葉に遮られた。

「本当はマヤちゃんの話し、聞いてあげたいんだけど、
 少し前に水城さんから連絡があって、これから会社に戻らなくちゃいけなくなったの。
 迎えの人は代わりに寄越してくれるらしいけど、、」

「はあ。」

「とにかく、明日お休み頂いたんだからゆっくり休んでね。
 何かあったら遠慮なく電話ちょうだい。
 何時でも構わないから。」

「、、はい。」

「じゃあね。
 控え室に戻るまで考え事しちゃダメだよ?
 迎えの人、すぐに来ると思うから、着替えて待ってるんだよ?
 ちゃんと控え室で待ってるんだよ?
 わかった?」

後ろ向きに足を進め、大きな声とともに遠ざかる。
姿が見えなくなるまで手を振りながら。

彼女の姿が見えなくなったのを確認して歩き出した。

控え室のドアを開け、隙間から身体を滑り込ませ中に入った。

壁に掛かった時計に眼をやる。

7時15分。

ふぅ。

溜息を一つつき、まっすぐ進んで椅子を引く。
鏡の前に座ると、視界の端に先ほど見た時計が逆さに写っている。

7時16分。

もう一度、深い溜息を吐く。

今日という日が終わるまで、あと5時間弱。

今更何も起こるわけがない。
今日はもう終わったのだ。

「フフ、バカみたい、、」

自嘲気味な笑いとともに落ちた言葉。

昨日までに届けられた23通の手紙と23本の紫のバラ。

24日の今日、アドベントカレンダーは最後の扉を開けて完成する。

届かない手紙と贈られない紫のバラ。

無言でもって完成と成す。
これ以上のものは生まれないということ。

究極の大悲。

それがあの人からの贈り物。

溢れる涙と込み上げる嗚咽を抑えようと、両手で口を塞いだ。





   ***********************





どれくらいそうしていただろう。
ほんの5分程かもしれないし、20分くらいかもしれない。

泣くだけないて、流した涙のぶんだけ、心が落ち着いた。

トントン。

静かな室内に低く重く響き渡る音。

「は、はい。」

慌てて涙を拭うが上擦った声は隠せなかった。

カチャリ。

静かにドアノブが回され、ゆっくりとドアが開く。

「あ、お迎え、ご苦労様です。」

スンッと鼻を啜り、少しくぐもった声で挨拶をした後、ゆっくりと顔を上げた。
 
鏡に映る鮮やかな紫色。

「待たせたな。」

耳に心地よいバリトンの響き。
鏡の向こうの微笑み。
夢にまで見た愛しい人。

振り返ることもできず、ただただその場に固まる。

時間(とき)が止まった。

「きみを迎えにきた。」

鏡に映るあの人の姿が、ゆっくりと確かに大きくなる。

背後から漂う煙草とコロンの混ざった香り。

眩暈がする。

「何から話せばいいのか、、
 とりあえず、こっちを向いてくれないか?」

言われるままふらふらと立ち上がり、あの人と向かいあった。

速水さん、、

想いだけで言葉にならない。

「マヤ。これを。」

目の前に差し出された24本の紫のバラ。

震える手を伸ばし、受け取る。

「そのバラはおれの真実だ。」

はっとして顔を上げると瞳がぶつかった。

あの人の瞳の奥に映るあたし。
あたしの瞳の奥に映ってるであろうあの人。

身体の奥が熱く震える。

「マヤ。愛してる。」

もう何も考えられない。
溢れる涙そのままに、あの人の胸に飛び込んだ。

あの人の腕がやさしく体を抱きしめ、
あの人の唇がやさしく涙を受け止める。

アドベントカレンダー。
24日目に届けられた紫のバラと真実の言葉。
愛によって完成を成す。
今から生まれる物語。
究極の大幸。

神様からの贈り物。
















終わり





さくら様よりのコメント:
ここ最近、すごい盛況ぶり、、というか、活気に満ち溢れていますねぇ。やはり昨年の42巻の発売とアニメ放映の成せる技とでもいいましょうか。ああ、速水さんのお誕生日もかなり貢献してますよねぇ。もちろん、『秋の宴』も忘れちゃなりません!!
えっとぉ、そのぉ、2作目書いちゃいました(はぁ〜)。ジカキ様も絵描き様も皆様、次々と新作を発表されてて、目を見張るような速攻ぶりに触発されまして、、、
忙しい身ではありますが、思い立ったら止まらなくなっちゃったのでございます。ど〜しましょう!!
クリスマスネタなんですけどね、どこのサイト様でも(ガラかめはもちろん、ガラかめ以外も含めて)扱われている「アドベントカレンダー」ものでございます。手紙ネタもびっくり箱ネタもすでに皆様が書かれているので悩んだのですが、ど〜しても書きたい妄想に取り憑かれ、このようなことになりました。
自分でもビックリするくらい、かなり長いSSになってしまって、、、
しんしんと降り積もる雪をみてはマヤマスに思いを馳せております。

紫苑より:
くるみんさんご主催「秋の宴」に私も参加しましたご縁のさくらさん、早くも第2作ご登場です。
季節はジャストタイミングでアドベント(待降節)です。ご地元アメリカではさぞや厳粛な季節。
もう雪なんですね。よっぽどこのページのBGMに聖歌でも流そうかと考えました。
この切なく甘い24日間の物語、さくらさんの素敵妄想力に心からの拍手をお贈りします。
遠き異国にあってなお熱いさくらさんのガラかめ愛、私も大いに励まされております。
これからもぜひご一緒に末永く43巻を待ちましょう。
妄想大歓迎ですよ。いつでも筆を走らせてください。このたびも誠に誠にありがとうございました。


2005/11/24

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