written by リカリカ






「マヤ様、お帰りなさいませ。」

「ただ今、戻りました。」
 
 地方先のホテル選びには夫が気を使ってはくれるが、マヤにはやはり家の方が落ち着く。

「真澄さんは、もう出掛けました?」

 夫の真澄が根っからの仕事人である事はわかっているマヤだが、それでも念の為に尋ねてみた。

「それが、今日はまだ下に降りて見えませんので、朝倉さんが様子を見に行かれたばかりで……」

「まだ2階に?」

「はい。」

時計の針を見直すと、9時を回っている。

「そう。じゃあ、あたしも様子を見て来ますね。」

 そういい残し、階段の方へ行くと、ちょうど上から朝倉が降りて来る所だった。

「朝倉さん。真澄さんが、まだ降りて来ないと聞きましたけど。」

 そう問いかけられた朝倉は、マヤの顔を見てあきらかにホッとした顔になった。

「マヤ様、お帰りなさいませ。いやあ、助かりました。」

「え?」

いきなり“助かった”と言われ驚くマヤに、朝倉が呆れた口調で話す。

「それが、お熱があるご様子なのですが、大丈夫だと仰って。」

 困った様子でそう言いながら、2階の方を振り返る。

「わたくしの言う事等お聞きになられるような方ではありません。マヤ様から、
 あまりご無理をなさいませんよう仰って頂けると助かるのですが。」

「わかりました。とにかく、部屋に行ってみます。朝倉さん、ご面倒をおかけして
 ご免なさいね。」

「とんでもございません。そうそう、お熱のせいか、ご機嫌の方が……」

「ありがとう。」



「真澄さん、ただ今戻りました。」

 寝室に続く居間に入りながら、真澄に声をかけてみたが返事が無い。
 軽くノックをして、寝室に入る。

「真澄さん?」

 中を覗いて見ると、そこには着替えを終えた真澄がいた。
 確かに、少しばかり疲れているようにも見える。

「ああ、マヤ。帰っていたのか。」

妻の傍まで来てギュッと抱きしめ、懐かしむように髪を撫で始める。

「朝倉さんが、困っていましたよ。」

どうにか夫の抱擁から抜け出して、困った顔をしてみせる。

「ああ。」

「ああ、じゃありませんよ。」

「微熱だよ。」

「微熱でもベッドから出られなかったんでしょ?」

「明け方まで書類を見ていたからな。」

口で言っても聞くつもりはないらしい。
マヤは作戦を変えることにした。

「真澄さん。あたしがお願いしてもダメなの?」

夫が、一番弱い顔をしてみせる。

 もちろん、そういう手を使って来る事ぐらい真澄はお見通しで、わざとあらぬ方向を見ている。
 何時もならすぐに負けを認める真澄だが、抵抗されたマヤには対抗心が芽生える。

「わかりました。じゃあ、あたしの前で熱を測り直して下さい。」

「騒ぐほどじゃないさ。」
 
 互いの額を合わせさせ、納得させる。

「もしかしたら、熱が高くなるかもしれないでしょ?」

 そう言いながら、真澄の首筋に手をまわして、自分の方を見るように強要すると、
ニッコリと微笑んでみせた。

 この可愛い妻に、どうして勝てようか?

 本当は寝不足と疲れから来る微熱だとわかってはいたが、久しぶりに会った妻と
ベッドでゆっくりと過ごすのもいいかもしれない。
 そう決めたら、後は妻をその気にさせるだけだ。

「マヤ。」

 首にまわされた手を解かせ、自分の手で包み込み、真澄が甘く囁く。

「なあに?」

勝った事に気付かない振りをして、マヤが尋ねる。

「わかったよ。きみの言うとおりにしよう。」

「真澄さん。わかってくれて嬉しいわ。」

「もちろん、きみが看病してくれるんだろ?」

「微熱なのに?」

「熱が高くなったら、どうする?」

マヤが暫く考えるふりをして、難しそうな顔をしてみせる。

「わかりました。でも、お仕事があるから、それが終わってからね。」

「仕事? 一ヶ月ぶりに帰ってきたら、夫が熱を出して休んでいるのに?」

拗ねたような口調に、マヤは笑ってしまいそうになった。

「さあ、パジャマに着替えてちゃんと休んで下さいね。」

そういい残し、マヤは隣の部屋へと消えて行った。



妻がさっさと自分を残して、隣の部屋へと消えた事が、真澄には面白くない。

仕事を休めと言っておきながら、着替えの手伝いもしないとは如何いう事だ?
マヤを初めて介抱した時、誰が着替えさせてやった?
大体、一ヶ月ぶりに夫の顔を見たって言うのに、キスのひとつもしないなんて。
そう言えば、留守中に一度も電話をかけて来なかった。
それに、会えなくて寂しかったとも言わなかった。

耳を澄ましても、隣からは物音ひとつしない。

何時のとおり、台本にでも集中しているのだろうと思うと、腹が立って来る。
 と同時に、何だか可笑しくなって来た。

元々、他人に依存するタイプでは無かったし、ひとりで過ごす時間が唯一の楽しみだった。
 それなのに、今ではすっかりマヤに依存しているし、一緒に過ごす時間だけが楽しみになってしまった。
 そして、そのマヤがどれほど大事な存在かという事も、自分でよくわかっている。

 ふふん、俺から逃げられると思うなよ。
 


 マヤが、主演映画の台本のチェックをしていると、ドアが開き真澄が入って来た。

「仕事って、これかい?」

マヤが手にしていた台本を取り上げると、そのまま横に座って読み始める。

「真澄さん。ちゃんと休んでなきゃダメじゃないの。」

「大丈夫だよ。それに、本当に騒ぐほどの事じゃない。」

「困った人ね。」

わざと怒った顔をする妻を見て、真澄が笑う。

「持ち帰った仕事に集中して、寝不足が続いてね。」

「お仕事、そんなに忙しいの?」

「いいや。」

「じゃあ、何でそんなに無理をするの?」

「寂しかったんだ。」

「え?」

「何時もは傍にいて、かまってくれるか奥さんが留守だったから、寂しくてね。
 それで、仕事で気を紛らわせていたのさ。でも、きみが帰って来てくれたから、
 何時でもかまって貰える……」

 そう言いながら、台本をテーブルの上に置くと、マヤを腕の中に抱き寄せ、耳元にキスをしながら、ベッドが待つ寝室へと誘う甘い言葉を囁いた。

「お仕事が……」

 夫の唇で口を塞がれ、何も言えなくなったマヤを抱き上げて、寝室へと歩き出した真澄の顔には、特別休暇の恩恵に感謝の気持ちが浮かんでいた。









END






いきなりの『裏』デビューでしたが、本当はこんな甘いお話が書きたかったんです。
(力説)





紫苑より

リカリカさんっ!何ともはや、すんごいお早いご執筆ペース(@@;)
そしてまたこうして私がページを作っている間にもお書きになっているんですよね?
メールチェックしまして椅子から20センチは飛び上がりましたですよ〜
2月といえば風邪のお話はどのジャンルでも共通ですが^^
速水さん、カワイイんですけどっ!
ドツボ萌え〜〜〜(#^_^#) ほほほ。
なんか、アヤシゲな背景、使っちゃったかしら…(^^;;
素敵なお話、誠にありがとうございましたm(_ _)m






HN:(無記名OK)


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