50000番ゲット・ラッセ2様リクエスト:地下…とも思ったのですが、地下だとすべての方に作品を読んでもらうことができないし、 いろいろ悩んだ末、こんなのはどうでしょう。 1.三大真澄様理想図(嫉妬する、我慢する、爆発する真澄様)を盛り込む 2.世の乙女の胸をしめつけた あの「社務所」で…(はあと) 3.地上以上地下未満(難しい!) てな、感じで ひとつお願いできませんでしょうか。 ――ということで、2は、他の書き手さまの予告作品と重複しますのでカットとさせていただき、1と3、で、参りたいと思います。―― |
桜小路優が、強引にマヤのくちびるを奪った。 事後になってその報告を受けた晩、桜小路への嫉妬と己の無力に、酔い潰れるまで真澄は荒れた。だが、時、すでに遅し。 いかに速水真澄といえど、時を過去に戻すことは出来ない。 紫織が伊豆の別荘からマヤのアルバムを持ち出し、偽の絶縁状を捏造してマヤに送りつけた。そのショックで、マヤが再三、演技が出来なくなった。 その苦衷の挙げ句の、桜小路の行動だったのだから。 しかし…。マヤのくちびるは、誰のものでもない…俺のものだ…!他の男になぞ、渡すものか…! 真澄の胸中は、苦々しく荒れ狂う。 だが、別荘で、紫織にマヤとの絶縁を迫られ、否も応もなく、真澄はそれを受け入れざるを得なかった。 長の年月(としつき)、マヤとの密かな、たが互いに強い絆で結ばれてきた「紫のバラ」。その唯一の絆すら、いま、真澄は失わざるを得ないのだ。 半身を千切られるような、根こそぎの痛み、苦しみが、真澄を襲う。 “俺が支えてきた。俺が守ってきた。…マヤ…!それすら、もう叶わないのか……!” 叶わぬ想いとは知りながら、マヤへの想いは、真澄の内で尚いっそう深く沈潜し、懊悩は真澄自身を緊縛していった。 “…愛している!マヤ…!今になって、この想いは、もう俺にも止められない……!” 心深い、マヤへの傾倒。障害が多ければ多いほど、ひたすらに純粋に、燃え上がる、熱い想い。 真澄は、歯を食いしばって、それに耐えた。 想い傾けるほど、真澄の心の眼には、愛しいマヤの可憐な華奢な姿が、浮かんでは消える。 あえて激務に身を晒し、紫織も近づけず、ただ独り、孤独の淵にあって、真澄は自身の本心を自ら封印しようとしていた。 一方マヤは、真澄への断ちがたい恋心に胸焦がし、烈しく揺れ動く。初めての恋。初めて人を愛した、その尽きせぬ情と苦しみ。 “紅天女は人間ではありません” “人間の心を忘れることができて初めて、演じることが出来るのです” 千草の教えが、鋭くマヤに迫る。だが、 ……速水さんが好き…!。あたしには、それを忘れることなんて、出来ない…! 伊豆の海辺で夜明かししながら、マヤは麗に切々とその想いを語ったものだった。 「あたし紫のバラの人だから速水さんを好きになったんじゃないわ。たぶん、もうずっと前から惹かれてた。」 「でもあたし、わからなかった。速水さん、いつも冷たくて。仕事以外はどんなことでも冷酷になれる人だと思ってた…。あたしの母さんを犠牲にすることも 平気だった…。ずっと、許せなかった…。」 「だから、時たま感じるあのひとの優しさも無視してた。意地張って、憎もうとしてた。でも、心の奥底では、きっと気づいてた。速水さんの 誠実さや優しさ…。ただ、認めたくなかったの…。」 「速水さんが紫のバラの人だってわかったとき、初めて意地がとれて、速水さんの素顔が見えたの。」 「誰よりも暖かくて、優しくて、忍耐強くて、広くて、大きい人……。ロマンチストで、現実主義者。意地悪で、親切で、おっかなくって、傷つきやすくて、 不器用で、意地っ張り。頑固で寂しがりやの少年……。」 「でも、誰よりも深くて大きな愛を持ってる……。海みたいに、何もかも飲みこんで、生かしてくれる……。」 「あたし、速水さんが好き。こうしていても、涙が出るくらい速水さんが好き!」 「変だよね…。自分で自分の気持ちにびっくりしてるの。胸の底から思いもかけない熱い気持ちが次々溢れてきて、自分がどんどん変わっていく…。」 「今まで感じたことのなかった、優しさ、暖かさ、幸福感、それから悲しみ…。今まで知らなかった思いやりや力が、自分の中から生まれてくる…」 「人を好きになるって、きっと自分の中の神様を発見することなんだね…。」 なにゆえに神は悩める者に光を給い、なにゆえに、神はそのみ手を、彼らの額におかせ給うか。神よ、彼らを憐れみたまえ。 天才が、人の子ゆえに悩み苦しむ時、時として天上にいます神は、人を残酷に支配する。 阿古夜の恋の演技は、真澄への愛に揺れ葛藤するマヤにはついに、演技として演じ切ることはできなかった。 マヤは意を決し、「紅天女」台本の恋の台詞に線を引き、聖に託す。マヤは記した。 「紫のバラの人へ。これが私の気持ちです。」 紫織のマヤへの執心と邪心。真澄への執着。それに相応して、いっそう深まる紫織との溝。真澄には、もはや紫織に対して、何の気力も無い。 そして、自ら押し殺そうと意志しても、いつしか真澄自身のそれを裏切る、マヤへの深い想い。 愛するマヤの面影は、いつも熱く真澄のその胸に刻まれ、面影を慕い求め、真澄の想いは当てもなく、中有へと彷徨う。 マヤと出会った時から、真澄にとって、世界は姿を変えた。 そして、真実、マヤを愛し、その唯ひとつの双眸、唯ひとつの声、唯ひとつの魂と、真澄の生命(いのち)は、結ばれたのだ。 振り向けば、心の荒野に、可憐に微笑む、愛の面影。振り向けば、飢え乾いた心の荒野に、瑞々しく、優しく微笑む、愛の面影…。 どうして、どうしてそれを忘れることができよう。たとえこの世に生きてある仮初めのいっときにでも。 夜、自宅で、ようやく真澄は、マヤからの台本を読んだ。 まるでマヤが今目の前におり、まっすぐ真澄の瞳を見て、溢れるばかりの恋心を生き生きと切々と、真澄に語っているかのようだった…。 “…なんということだ…!…マヤ…今になって…!” “…俺は…人生を後悔することになるのだろうか……” 真実の愛のためにならば、人に破り得ぬ法則は、一つとして、無い。 真澄は、身をもってそれを実践する、最後のチャンスに、遭遇していた。 「これはどういう意味だ!?」 マヤの台本を読んだ真澄は、激しく動揺していた。真澄は眠れずに血走った目で水城に問う。 「……。」 しばしの沈黙。だが、水城は率直に、淡々と事実を口にする。 「あの子はもう、昔とは違っているのです。成長して、大人になって…、そして今は、紫のバラの人に恋しているのですから…」 そして、諫めるように強い語調で、水城は言った。 「このままでは、あの子の試演は必ず失敗してしまいます。」 真澄は言葉を失った。 「真澄さま、あの子のために、紫のバラの人の正体をうち明けるおつもりはありませんの?」 真澄は咄嗟に返す言葉もない。 「何より、それよりも、あの子の心を傷つけるのがこわい…。拒絶されるのも…。愛しているから…。そうでしょう?」 水城が代弁する、それが真澄の本心だった。 「ああ…。そのとおりだ…。」 そして、水城は、「紫のバラの人」として、もう一度マヤに手を差し伸べるべきだと忠告した。 しかし、紫織が強要してとりつけた拘束と絶縁とによって、花を贈って励ますことも、今やすでに真澄には許されてはいない。 今となっては、俺に何ができる…!? 真澄の自問自答は、歯がゆく真澄自身を苛んだ。 都庁近くの公園。真澄は桜小路に会った。 マヤがこの期に至って、紫のバラの人への思いから稽古がうまくいっていない、と桜小路から真澄は聞かされる。 「速水さん。他の誰かを恋している女の子を振り向かせるのって…難しいですか?」 真剣を振り下ろすように、桜小路は真澄に切り込んだ。 「僕は、舞台の上で彼女と本物の恋をしてみせます…!」 その言葉に真澄の胸はキリキリと鋭く痛む。じっと、真澄はそれに耐えた。 そして桜小路のその率直さに、思いがけぬ泥沼のような妬ましさを覚える。 “本物の恋”……それこそが、真澄が望んでやまない、そして望んでも決して手に入れられはしないものなのだから。 だが、淡々と、真澄は口にした。 「ああ…君ならできるよ…。頑張るんだな。」 “…マヤ…おまえのために、俺はいったい、どうすればいい…?” 真澄は、遥かに思い巡らした。 そして、マヤのために、同時に自らの真実のために、この緊迫した状況を打開する意図を固めて、 真澄は捨て身の行動に出た。試演まで、残すところ、あと10日。 水城以外の社内外には極秘で、真澄は10日間休暇を確保し、それをマヤの『紅天女』試演成功のために費やす決意だった。 マヤに喧嘩を売り、亜弓の入院先を訪れて、亜弓の闘争心を煽り、演劇協会会長らと図って梅の里へ、自己所有ヘリで月影千草を迎えに行く。 千草を都内かかりつけの病院へ伴い、診察と投薬を受ける。そして、真澄はマヤ達の稽古場・キッドスタジオへ、千草を送って行った。 すでに、ここまでで3日を要している。試演まで、あと一週間。 キッドスタジオへ千草を送り込んだ真澄は、外からスタジオを見やる。 「頼みましたよ…月影先生…今、あなたの力が必要なのです…。」 “一応の”スタジオ応接室で、千草はマヤと対面した。 「どうしました。マヤ。あなたはもう、紅天女を十分演じられるはずでしょう。」 「……先生…。あたし、あたしは、…。」 「恋をしているのね。」 ズバリ、指摘されて、マヤは必死に懇願した。 「先生!助けてください…!教えてください…、いったいどうしたら、こんな気持ちで演技ができるんですか…!」 「叶わない想いなら、マヤ、その恋は阿古夜の恋と同じ、でしょう。」 マヤは、ハタと、顔をあげた。“阿古夜と、同じ…”。 「人間の欲望の昇華を芸術の本義とするなら、演劇もまた同じ。演技者は、演技にその恋を昇華させる。それが役者の運命(さだめ)ですよ。」 「先生……」 「あなたはその人にあなたの心を伝えたの?」 「…いいえ、いいえ!何度も諦めようとしたんです。でも、あたしには、とてもそんなことは、できません……!」 思い詰めるマヤの瞳に、かつて千草が指導した、“恋の狂気”が溢れ溢れて流れ出している。時は、満ちているのだ。 「諦めるまえに、その人が本当にあなたにとって“魂の片割れ”かどうか、確かめてみることね。」 「もう一度、よく考えてご覧なさい。」 そう言って、千草はマヤに麗を呼びに行かせた。そして、麗には、近くにいるはずだから真澄を探して呼んでくるよう、千草は命じた。 「今のマヤに必要なのは私ではありません。今マヤを助けられるのは、あなただけでしょうね、真澄さん。」 真澄を呼び出して、千草は真澄に告げた。 「僕になにができると…?」 「あの子は今、恋をしています。狂おしいほどのね…。」 「…恋を…誰と、恋をしているんです!?」 「あなたには、もう分かっているのではなくて?」 「あなただけが、あの子を導いてやることができるわ、本物の『紅天女』へ、ね。」 咄嗟に真澄は顔色を失う。 千草は、フッと笑って言った。 「あの子を頼みましたよ、真澄さん。」 “あの子がこの俺に…恋だと!?” その夜、家で真澄は一晩考えた。千草の指摘に、思い当たることは山ほどある。 暴漢からマヤを庇って気を失った時の記憶。 その真偽を問い質したときの、マヤの態度。 何より、「紫のバラの人」への線の引かれた台本。『これが私の気持ちです』そう、記されていた。 …数々の光景が、真澄の目の前を走馬燈のように行き過ぎる。 紫織との板挟みになり紫織にみだりに撹乱さえしなければ、物事は、事実は、もっと明瞭に真澄の眼に観察され洞察された筈だった。 ……あの子は、気づいているのか…。紫のバラの人が、誰なのか。 そう考えると、真澄にはすべての合点がいく。 “なんとかしなければ……!” 真澄は、翌日はマヤを誘い出す、と心に決めた。 翌日。キッドスタジオ。マスコミが、「紅天女」試演取材に俄に騒ぎ出した。これも、真澄の策だった。 マヤは、他の全ての役者の通し稽古を見学した。そして、「演技する」「演技に昇華する」ことの初心に立ち返る思いを噛みしめた。 その日は夕方で、稽古ははねた。黒沼に「説得力のある表現力」の念を押されたマヤは、思い巡らしながら、最後にスタジオから出てきた。 真澄は、そのマヤにすかさず歩み寄り、声をかける。 「やあ、この間は失礼したな。」 マヤはその声に、飛びすさるように驚いた。“…は、速水さん…!” 憎もうにも恋しい人が、マヤの目の前に、まるで涼風でも受けているように、つねの通りに悠然と立っていた。 真澄を目にして、マヤの胸は、甘くときめく。幽かな、切ない痛みを伴って。それはマヤ自身にも止められはしない。 それでも、マヤは先日の敵愾心から、強気に口にした。 「今さら、何か用でもあるんですか。」 「ああ。大ありだ。これから君を連れて行きたい場所がある。さ、乗りたまえ。」 真澄はマヤの腕をとって、さっさと自分の車に連れて行く。助手席の扉を開けると、有無を言わさず、真澄はマヤを車に押し込んだ。 真澄は自分も車に乗り込むと、マヤに、とりつくしまも与えず車を出した。 「速水さん…。」 「…ああ、なんだ?」 「…いえ、なんでもないありません…。」 逆らういとまもない成り行き。抗議も今さら白々しく、マヤは口にしなかった。 混雑する夕方の世田谷通りを抜けて首都高から東名高速へ、真澄は車を急がせる。 夕闇が高速道路に迫る。道の上には、ふたりの静寂(しじま)が流れていた。 マヤは、真澄が上げる車のスピードに本能的な恐怖を覚えた。助手席に座る足に、無意識に力が入る。 それも、じきに慣れて、高速から見える車外の風景に、黙ったままマヤは見入っていた。 矢継ぎ早に、真澄は追い越しをかけていく。その真澄の運転に、マヤは、自分の知らない真澄の「異性」をひしひしと感じていた。 ふと、マヤは巧みにハンドルを捌く真澄の横顔をそっと見あげる。 何か思い詰めたような、余人の推測は及ばない意思を、しかと心に秘めてでもいるような、しかし感慨深げな横顔。マヤの知る今までとは、違う。 「うん?どうした?」 マヤの視線に気づいて、真澄は道路前方から目は離さずに声をかけた。 「じき海老名サービスエリアだ。そこで休憩するから、ちょっと待っていてくれ。」 そういうことじゃないんだけど…。マヤは内心に呟いた。 海老名S.A.。レストランで、たいして美味でもない遅い夕食をふたりは囲んだ。 時刻は午後8時も回っているが、マヤは緊張気味で食欲はまるで無い。なんとか、食べ物を飲み込むが味も判らない。真澄も、箸は滞りがちだ。 「速水さん、こんな遠くまで来ちゃって…。あたし、出かけること、麗に言ってきてないわ。」 「ひと晩くらい、連絡しなくても大丈夫だろう?子どもじゃないんだし。」 「え、ええ、まあ…。」 生返事をして、「ひと晩?」マヤはそこで思考が止まった。ひと晩っ、って……。 「あまり心配なら、あとで人に使いを頼んでもいいが?」 「え、あぁ、いいです…いい、と、思います…。」 (ひと晩…このまま、速水さんと……?)マヤは言葉を失っていた。 「ああ、そのコーヒーは飲まなくていいぞ。あとで、もっと旨いのを煎れてやる。」 食事のセットについてきたコーヒーのことを真澄は言っている。 早々に食事と休憩を済ませて、ふたりは再び車中の人となった。 厚木で高速を降りて、厚木小田原有料道路から国道・東伊豆道路を真澄はひた走る。 真澄には通い慣れた、目をつぶっていても運転できる馴染みの道だ。 左手に、夜の相模湾が黒々と広がっている。 マヤは、黙ったまま、遥かな水平線の向こうの月を見ていた。ちょうど下弦の半月が昇ったばかり。美しい夜景だった。 都内で苦しい稽古ばかりしていて、マヤはこうした自然の風景を目にするのは、随分と久しぶりのような気がしていた。 忘れかけていた何かが、マヤの中で目覚めようとしていた。 稽古に入る前は、梅の里の自然の中で過ごしていたのだ。梅の里…。 紅天女を掴んだ感覚。 川を挟んで、真澄と得た“魂のふれ合い”…。 そう、紅天女は、あたしの中にある…!そして、阿古夜の恋は、あたしの恋…。速水さんへの、あたしの、恋…。 マヤは車窓の風景を眺めやりながら、次第に心を決めていた。 うち明けよう、何もかも。今日、あたしの心を、全部。叶わない想いでもいい…。 夜の中を駆け抜け、後ろに走り去る夜の海が、マヤの心の中をも、行き過ぎる時のように、走り去っていった。 |
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