花女将

44444番ゲット・リヤ様リクエスト:なりなりさんの掲示板に書き込んでいてひらめいたんですけどね。
   私を、小料理屋の女将にしてくださいませんか?
   客は、もちろん真澄さんです(^o^)
   真澄様、お酒が入ると「何上戸」になるんでしょうか?私の別名は、「宴席の心療内科医」です。
   何でも聞きます。口は堅いですわよ。(^o^)
 ――ということで、これは、リヤさんをお相手にお酒を召し上がる真澄さまのお話です―― 



  東京、赤坂の夜。夜も結構な時間。最も華やかなネオン煌めく一ツ木通り。突き当たりを左に折れて少し歩いた一本裏手の路のすぐ脇に、
「璃弥」(りや)と上品に仄明るい灯籠看板の出た、和風の小料理屋があった。
暖簾も夏らしく清潔に、麻の紺地に白の染め抜き。檜のガラリ戸の風情も純日本風。
都会の夜の喧噪のただ中で、どこかしんと静やかに落ち着いた、しかも華をともなう雰囲気を醸し出す、いいムードの店構えだった。
  カラカラカラ…。快い響きを立てて、店の戸が開く。夜11時も回っている。長身の男性が、ひとり、ふらりと店に入ってきた。
カウンターの中から、女将、リヤが艶のあるよく通る明るい声で、声をかける。
「いらっしゃいませ〜。あらぁ、速水さん!」
「やあ、女将、先日はどうも。世話になりました。」
真澄が前回この「璃弥」を訪れたのは、先週、銀座での接待の二次会。接待相手が、この店に真澄を連れてきた。真澄は接待「される」側だった。
接待相手はここの馴染みだったのだろう。お初の真澄を、女将はそれは気配り細やかに、上客の扱いに徹してくれた。真澄には、それが心に残った。
今度は、独りの時に、また来たいものだ。その時から、真澄はこの店が、実に気に入っていた。上品な日本画の壁飾り、座卓の上の、さりげないが
味わいのある季節の小花。清潔感溢れる微に入り細に渡った、小物、内装の数々。カウンターを含めて座敷ともに15坪ほどの店だが、
真澄にはどこか懐かしい、どこか心温まる、ゆかしい情緒に満ちた不思議な空間だった。
女将の上品な趣味の良さが、店のそこここに細やかに満ちている。女の、心配り。その、優しさ。細やかさ。美しさ。それらが醸し出す雰囲気の佳さ。
およそ、殺伐とした真澄の日常からはかけ離れた、情に満ちた空間が、店に入った真澄の心に滲み入るように、彼の心を穏やかに解きほぐす。
「今日はお一人で?まあ、よくいらしてくださったわねぇ。さ、こちらへこちらへ。」
女将は身軽くカウンターを出ると、カウンターの奥の椅子を引き、真澄を招き入れる。
座敷の紫檀の座卓には3組ほどの先客があった。店の女性が接客している。
小袖を小粋にたすき掛けし、結い上げた髪もサッパリ決まって楚々と女らしく、実に感じの良い女将だ。何より、声が綺麗だ。
こうした商売には、女性の愛らしい声の美しさは、貴重である。真澄の耳に、女将のその明るい高い声がころころと心地よく響く。
カウンターで女将は、冷たいおしぼりを真澄に手渡し、手早く京焼陶庵の趣味の良い箸置きに輪島塗の男箸、有田焼小鉢のお通し、と卓に並べていく。
「お飲物は?何をお召し上がり?」
「そうだな…、女将のお奨めは何かな。」
「吟醸がよろしい?」
「ああ、任せますよ。」
「あたくし、郷が茨城なんですよ。郷から取り寄せの銘柄で、こちら。石岡市の作りですよ。」
女将は酒瓶を手にする。「大吟醸『渡舟』」と、達筆でラベルに記されている。
「ああ、そうですか。じゃあ、まずはそれで頼みます。」
「渡りに舟、か。今の俺のようだな。」
真澄はひとりごちる。女将は聞こえなかったふりをする。
女将はクリスタルの冷酒セットを配し、徳利に空いた腹に氷を入れ、酒を注いだ。少し冷やして、真澄はその徳利からクリスタルの盃に酒を受ける。
「いただこう。」
「どうぞ、どうぞ、ご賞味くださいな。」
言って女将は徳利を真澄の手元に置いた。
真澄は冷酒の盃にひと口、口を付け、舌鼓を打った。
「うん、うまい。」
そのまま盃をぐい、と真澄は飲み干す。そして続いて、真澄は2杯目の酌を受ける。女将は、徳利をカウンターに置いた。
「お食事は?」
「まかせますよ。」
「まあ、ありがたいお客様だこと。」
笑ってリヤは、カウンターの中で、手際よく肴を用意し始めた。
「速水さん、お若いのに芸能社の社長さんでいらっしゃるのね。」
先日名刺交換したのを、リヤはきちんと覚えていた。真澄は旨そうに冷酒を舐めながら、機嫌良く答えた。
「ああ、二代目でね。義理の親父から早々に引き継いだんですよ。こうなるように育てられた養子ですからね。」
些か自嘲気味のその物言い。だがリヤは如才なく話題を継ぐ。
「こんなに立派な若社長におなりで、お義父さまもさぞご安心なことでしょうね。」
真澄は二杯目を空けて、次々、酒を飲み継いでいく。
「安心?そういう関係ではないな。ウチは。」
リヤが肴をカウンターに並べた。ひらめのエンガワの唐揚げ、ごま豆腐、ジュンサイの酢の物、と小粋に気が利いている。
見た目も美しく、食欲をそそる。真澄は早速箸をつけた。どれも、巧みに美味だ。さすがは、この赤坂の一等地で店を構えるだけのことはある。
居心地の良い店と旨い酒、美味な食べ物、いい雰囲気の女将。真澄より2つ3つ、年上だろうか。女盛りの女の華。真澄はいい気分になった。
「紅天女、という幻の芝居があるんですよ。それを自分のところで上演するのがオヤジの生涯かけた夢でね。」
真澄は徳利2本目を催促する。速いピッチだ。真澄には珍しく、饒舌になる。リヤの醸し出す雰囲気が、真澄にそうさせている、という部分も多々ある。
「だが、俺はオヤジにはやらせない。俺が、上演権を獲る。必ず…。」
真澄は低い声で、怨念めいた本音を漏らす。
「ま、仕事が恋人ですか?せっかくのいい男が。彼女が泣きますよ。」
歌うようにリヤが揶揄する。彼女、と言われて、真澄は眉根を寄せた。真澄がまだ独身なのは、前回の接客でリヤは知っている。
真澄は、上着を脱ぎ、ネクタイを緩めた。冷房は利いているが、ワイシャツを腕まくりする。真澄はこの店と女将の雰囲気で、すっかりくつろいでいた。
「女将はこういうお仕事柄、男女のことはよく心得ておいでだろう?」
「あら、私にお鉢が回っちゃったわ。」
リヤは、明るく受け流す。だが、リヤがしばし黙ると、真澄が言葉を継いだ。
「……立場上、政略結婚しなきゃならない男がいる。だが、そいつには、長年かけて見続けてきた若い子がいるんです。」
「その男は、その若い子ただひとりに本気だ。だが、彼女は男の本心なんぞ、知りもしないし、親の仇だと思っている。」
「家の格では遥かに格上の婚約者の女性もその男を好いてくれて、どうにも仕方なく、そんな成り行きで婚約はした。」
「だが、そいつはこのごろ、どうにもその子がそいつを愛していると言って泣く夢ばかり見て、うなされるんですよ。」
「女将はどう思います?」
真剣にそう尋ねて、真澄は徳利3本目を空けようとしていた。
「殿方は、立場、の世界に生きている生き物ですからねぇ。」
鷹揚にやんわりと、リヤが立て続けの真澄の重苦しい喋りを受け止める。
「11も年下のその子が、まさか…」
真澄はカウンターの中空をじっと見据える。真澄の目の端がほんのり赤く染まり、上々の酔い加減になってきた。
「速水さん、女はね、はたち過ぎれば11くらいの差は、あっという間に追いつくもんですよ。女の方が精神的に早熟なのよ?」
「なるほど…。」
時刻も夜半を回ると、銀座から流れてくる客で、店が立て込んでくる。
馴染みの客が来たようだ。
リヤは真澄に、別の吟醸を勧めた。
「速水さん、ちょっとご免なさいね。今度はこちらをいかが?」
酒瓶には「富久心」(十王町)とある。
「ああ、結構。お構いなく。やらせてもらってますよ。」
リヤは手早く真澄の卓回りを整えて、新しい酒を用意し、カウンターの別客に回る。
真澄は、リヤとその客らを眺めるともなく眺めながら、先程自分で口にした言葉を、内心で反芻した。
“まさかマヤが俺を想っている、そんなはずはないだろう…、いや、だが…。あれはやはり夢だったのか…?”。
“夢にしては、マヤのくちびるの感触は…、生々しい…”
真澄は、その感触を思い起こして、額に手を押し当てた。
“もしも、もしも、マヤが俺を想ってくれているのなら…俺は…”
“だが、もう…遅い。俺はこれ以上紫織さんを、無下にすることはできない…”
“マヤ……俺は…俺はおまえを愛している…!おまえだけだ…マヤ……!”
リヤは接客しながら、重々しく行き場のない物思いに耽る真澄の卓も、さりげなく陶磁の灰皿など替えては、肴の皿を下げた。そして鋭く真澄を一瞥する。
真澄は煙草を燻らせながら、ひとり訥々と杯を傾けていた。
店は深夜まで、賑わっている。真澄は軽い眩暈を覚えた。少し、過ごしたらしい。酔ったか。そろそろ退け時、と、真澄は上着を手にすると、席を立った。
「女将、ご馳走さん。勘定を頼みます。」
「あらぁ、もうお帰り?済みませんでしたね、じゃ、これで。」
リヤは茄子紺染めの絞りの布をあしらった二つ折りの勘定表を真澄に手渡した。「舌代」と記されたそれを開けてみればさすがは赤坂、の勘定であった。
「お車は?迎えを呼びましょうか?」
「いや、結構。また寄らせてもらいます。」
「ありがとうございました、またお越し下さいね。」
リヤは戸口まで送ってきた。真澄は、軽く頷いて、店を後にした。
そして、電話で聖を呼びだした。
「ああ、悪いが、来てくれるか。そう、その突き当たりの左だ。」
真澄は、聖にこの場所を覚えさせるつもりだった。聖と密会するのも、ここならいいかもしれない。麻布に住む聖なら、ここから車で10分だからだ。
酔いにまかせて虚ろに佇んでいると、じきに聖が真澄の前で車を停めた。
「真澄様、お珍しいですね。」
「ああ、その店だ。」
真澄は「璃弥」を指差す。
「判りました。今日はご自宅でよろしいんですね?」
「ああ、頼む。」
言って真澄は聖の車に乗り込み、深夜の家路についた。


  翌週の週中、午後9時。真澄は「璃弥」で聖と落ち合うことにした。
聖が先に時間より早く「璃弥」に到着した。カラリ、と聖が店に入る。店はまだ空だった。
「いらっしゃいませ〜。あら、こちらは初めてかしら?」
リヤは聖を一見して、ただの一元客ではないと考えた。
「速水真澄さまの下の者です。速水さまはまだお着きでないですね。」
「あら、速水さんの!それはそれは、ようこそお越し下さいました。」
「ではお席は…」
「奥に頼みます。」
言って聖は最奥の座席に着いた。
「女将さん、これが私の連絡先です。速水さまに何かありましたら、必ず私が参ります。これは極秘で願えますか?」
「はい、しかと承りましたわ。であなた様、お名前は?」
商売柄、リヤも心得ている。聖の電話番号が記された小さなメモを受け取ると、リヤはカウンター奥の螺鈿飾りの文箱へきちんと仕舞い込んだ。
「ああ、失礼しました。聖、とお覚え下さい。」
「ひじり、さんね。判りました。速水さんがお見えになるまで、お待ちになるんですね?」
「ええ。そうして下さい。」
店の奥座敷でひっそりと聖は真澄を待った。
しばらくして、真澄が到着した。
「やあ、女将、また寄らせてもらいました。」
週一でも、ここのところ毎週だ。
「まあ、速水さん、ご贔屓に、ありがとうございます。」
言って、リヤは大きな漆の盆に迎えの用意を乗せ、手早く卓をセッティングする。「璃弥」ご自慢の酒と料理が美しく紫檀の食卓に整う。
「今日は密談、の用なんですよ。女将、お構いなく。」
リヤにそう言って、真澄は愛想笑いをした。
「はいはい、どうぞごゆっくり。」
リヤは心得た、とカウンターに引っ込んだ。
低い声で話しながら、何らや書類を出して話し込んでいる奥のふたりを、リヤは何気ない風情でそっと窺った。
ただの、上司と部下じゃないわね。かなり裏がありそうだけれど。夜9時10時では、この店ではまず、他の常連客は来ない。彼らも心得てるわね。
仕事柄、リヤは星の数ほどの男を見てきた。真澄のようなタイプは、店をやっていく上では上客だ。馴れ初めの今が、肝心。女将としては、そう思う。
そろそろ、他の客も来店しようかという時刻。それを見計らったように、聖だけ、席を立った。ちょうど、勝手口から店の女の子が出勤してきた。
「では、真澄さま。」
「ああ、頼んだ。」
低い声でやりとりして、聖が席を辞した。
「あら、聖さんはお先ですか?」
リヤが見送りに立つ。
「女将、僕はまだ残りますよ。そちらに移っていいかな。」
言って真澄はカウンターの奥、先日と同じ席に陣取った。
「ええ、ええ。どうぞ。」
まだ、他に客は無い。真澄は先週と同じ、とオーダーした。だか、器は、夏らしく目に涼しい白磁の藍を中心に揃えられていた。
「先日はお話の途中で失礼しましたね。それで、その彼の意中のかたは?」
リヤがソツなく、話題を継ぐ。
真澄は、盃を煽りながら、痛いところを衝かれて思い詰めた様も隠さず、呻くように口にした。
「彼女は…彼女の本心はわからない…。ただ、芝居にかけては、ほんの子どもの頃から、閃くような才能があった…。」
無言だが、リヤは聞き上手である。聞き上手の呼吸で、次の言葉を待つ。真澄は自然、言葉を続ける。
「舞台の上で、ひたむきに燃え上がる芝居をする。誰もが、心惹かれてやまないような芝居を…。」
「速水さんが、一番に見抜いてらしたんでしょう?」
リヤはやんわりと指摘する。真澄は、苦しげに肯んじた。
「そうです。…僕は、それまで彼女のような生きることへの情熱なぞ、考えてもみませんでしたからね。」
「僕の立場では、誰かのファンになることなど許されることではない。だから、素性を隠して、影から彼女を助けてきたんです、もう、ずっと長いこと…。」
語りながら言葉の合間に、真澄は次々徳利を空にしていく。この店に来ると、真澄は飲まずにはいられなかった。
「その上、僕づきの秘書は切れ者の女でね。この秘書には何の隠し事もできない。こと、マヤのことになると、すべてお見通しだ…。」
真澄が思わずマヤの名を口にしたことを、リヤは素知らぬ顔で聞き流した。
「今の僕の立場では、マヤをどうすることも出来ない…!もし、彼女が僕を想ってくれていても、もう、遅すぎる…」
リヤは相槌を打ちながら真澄の喘ぐような言葉を聞いていたが、
「速水さん、お飲みなさいな。ほら、どうぞ。」
明るく、そう声をかけて、真澄に盃を促した。
「“なにともなやのう 浮き世は風葉の一葉よ”」
リヤは謡曲の一節をさりげなく明るい声で謡った。
「“水に降る雪 白うは言はじ 消ゆ消ゆるとも”。そうとも言いますよ。」
「ああ、女将、いい声だ…。」
真澄は、少し、気持ちが軽くなったような気がした。リヤの、気の利いた計らいだ。
「ありがとう、いただこう。」
ほとんど、一升瓶半分以上は空いた頃合い、真澄は今度は、ひたすら無口になった。苦しげだった目つきも、虚ろに変わっている。
店にも次第に客が入ってくる。他の客はひとまず店の女の子にまかせ、今日はリヤは真澄に付いていた。
「あたしたちの世界じゃあ、女には相応の“旦那”が居ます。あたしだって、一人でこの店を構えている訳じゃありませんよ。」
真澄が無口になった代わりに、リヤが会話を継いだ。
「支えていてくれる男がいて、初めて、女は一人前のことを世間様に通せるものですよ。世の中、そう甘くはありませんからね。」
「あたしも若い頃は、“叶わぬ恋”にはそりゃあ泣いたもんです。」
「それがあっての、今のあたし、ですわよ。」
やんわりと宥められるようなリヤの語り口に、真澄はドッと気が緩んで、急に烈しい疲れを覚えた。
もの憂い口調で、真澄は口にした。
「女将、ありがとう。悪いが、聖を呼んでくれませんか。」
「ああ、はいはい、かしこまりました。」
リヤはいったんカウンター奥に引っ込んだ。
「すぐお見えだそうですよ。」
「…どうも…」
言葉を発するのも、真澄はだるそうだ。そんな真澄に、
「速水さん、心の無理、は禁物ですよ。お楽になさいませな。」
リヤは暖かく声をかけた。真澄は、黙って頭を垂れている。
じきに、勝手口から聖がリヤを呼んだ。
「速水さん、お迎えですよ。きょうは“つけ”にしましょうね。」
「ああ、それは…どうも…。」
長身をゆらりと起こして、真澄は席を立った。
リヤは戸を開けて、外まで見送りに出た。
「またお越し下さいませ。」
真澄は黙って頷くと、聖の車に這うように乗り込んだ。リヤは車の発車を見送った。今どき珍しい、純真な男(ひと)だわ…。リヤはひっそりと呟いた。






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