髪がそっと撫でられている、繰り返し、繰り返し。
とてもやさしく。
誰?ここはどこ……?
……夢……?
微睡みから覚めたマヤがうっとりと見開いた瞳に真澄の双眸が間近く、マヤはたじろいだ。
「あ、あれ? あたし、寝ちゃってました?」
跳ね起きたマヤの腕を取って真澄は胸元にマヤを引き寄せ、笑った。
「俺ともあろうものが、というところだな、先に寝入ってしまったから」
いつの間にか真澄はバスローブ姿。初めて目にする真澄の胸元。
今まで知ることのなかった、好きなひとのけぶる肌の香り。
マヤにはわからない、その香しさをなんと形容すればいいのか。
ただ戸惑うだけだ、はだけた胸元にも香る肌にも魅せられ胸高鳴ることに。
そう、そうだった、今夜は……。
この人のものになる、とマヤは覚悟したはずだった。
「あの……」
「うん?」
「あたし……速水さん、わかってると思うけど」
「こういうことって、初めてで……」
「当たり前だ。きみが初めてでなかったら今頃相手の男は生かしてなんぞいない」
「え、そんな…」
「ああ、悪かった。ものの喩えを言ったまでだ」
「きみにいやな思いはさせない」
「怖いか?」
「……少し」
マヤが瞼を伏せた。それが合図。
真澄は部屋の照明を絞った。
傍らに横になっていたマヤを右腕で引き寄せると真澄はマヤをその逞しい体躯で覆った。
小柄な娘だとは思っていた。
が、こうして躰を重ねてみて初めて真澄はマヤの肢体の儚さに改めて驚く。
小さく震えている華奢な肩、か細い喉元。
違う、真澄が知っていたこれまでの姿と、あまりに違う。
思い切り抱き締めたら砕けてしまうのではないかと真澄は幻惑された。
欲情の赴くまま抱いてしまうことは今はできないと真澄は思う。
やっと手に入れた、大切な宝。
そう、望み得なかったはずの宝が今、掌中にあるのだから。
頬に乱れてひと筋かかっていたマヤの長い髪を選り分けて、
真澄はマヤの両の頬を掌で包んだ。
滑らかな頬だった。
「マヤ……」
呼びかけのその甘さにマヤが目を瞠った。
こんな声で名を呼ばれたことはこれまでに一度もなかった。
見上げると、真澄の瞳が湛える深い慈しみの色。
優しい目、と、その眼差しがマヤの心の琴線に触れた。
そうだった、この人は本当はやさしい人だったとマヤは思い出していた。
何も言葉にしなくても、伝わってくる想いが今確かにある。
それに応えたいとマヤは唇を開きかけたが、
真澄の視線が俄に熱を帯びて、マヤから言葉は失われた。
熱い、視線。
好きなひとが、こんな目で自分を見てくれる。
それもマヤには初めて知る喜びだった。
こうやって、触れ合って、見つめ合って、そして……
連れて行って、知らない世界に。
マヤのその想いは緩やかな溜め息となって言葉の代わりに唇から洩れた。
それが媚態とも知らぬマヤがなお可愛い、と真澄の愛しさが募る。
始めはゆっくりと、静かに真澄がマヤの唇にくちづけた。
頬を包み込む真澄の掌のぬくもり、繰り返される柔らかなくちづけ。暖かい広い胸。
愛されている、確かに。
愛してくれているのだ、このひとは。
ひたひたとマヤを満たす幸福、幸せという実感は涙になって伏せた睫毛から溢れた。
「どうして泣く…?」
嬉しくて、と答える代わりにマヤは真澄に縋りついた。
次のくちづけで、マヤは躊躇いがちに真澄にくちづけを返した。
思いがけぬその反応に、眩暈を起こすような欲情が真澄の裡に逆巻いた。
息を詰めて、真澄はそれを怺える。
まだ早い、今夜には。
それも真澄にかろうじて残された理性の砦。
恐がらせぬよう、驚かせぬよう、急いではいけない。
そう自ら律するほど、マヤの背に回した真澄の腕には却って力が籠もってしまう。
だがマヤは従順にくちづけを受けていた。
唇から頬へ、頬から額へ、瞼へ、真澄は唇を滑らせた。
そしてまた唇に戻る。
マヤの小さな脣もとを押し包むようにくちづけると、マヤが微かに身じろぎした。
ただ唇を重ね合うだけのくちづけ。
それだけで心満たされ、いっそう真澄への慕わしさがつのる。
触れ合い、想い合い、許し合い、与え合う。
それが、愛するということ。
真澄の腕の中で、ひとつ、マヤが階段を登った。
真澄の唇がマヤの喉元に下がってゆく。
左肩のバスローブが引きさげられ、マヤは息を呑んだ。
首筋に息を吹きかけられ、裸の肩に真澄の愛撫の指が這う。
言い知れぬ戦慄がマヤの総身に奔った。
それが快感だとマヤが知るのに時間はかからなかった。
首筋から鎖骨へ、真澄の接吻が往復する。
右肩も露わにされ胸元近くに宥めるような接吻が落とされた時。
薄く開いたマヤの脣から熱い吐息が洩れた。
殊更に心がけて真澄はマヤの反応を確かめ、
誘い出す愛撫に時間をかける。
次に何をされるのかと、マヤが待つようになった。
もういいだろう。
真澄はゆっくりとマヤのバスローブを脱がせた。
小さく叫んで、マヤが両腕で裸にされた乳房を覆った。
羞らいの抵抗もマヤの好きなようにさせ、
丹念な愛撫と接吻で真澄は羞恥と抵抗をも射落としていく。
ほどなく幽かに喘いで、マヤの腕から力が抜けた。
片腕ずつ、真澄はマヤの腕を取った。
初めて真澄が目にする、マヤの嫩く皓い両の乳房。
肌理が詰み張りのある十分な嵩だった。
大人の女の、それは実り。
ひと思いに揉みしだいてしまいたい衝動を意志で封じると、
次に真澄に去来したのは深い感慨。
どれほどこの時を待っていたか。焦がれてきたか。
形良く整った豊かな双つの乳は弾む呼吸で秘やかに震えていた。
綺麗だよと囁き、押さえきれぬ熱情を強い抱擁で真澄はマヤに伝える。
真澄の心臓の鼓動がマヤの胸にあまりに力強く、速い。
驚きはしたがマヤは、求められている、と直感した。
マヤが初めて知る蠱惑だった。
ただ優しいだけではない、
巧みに情感を高めていく愛撫を真澄はマヤの乳房に施していく。
これまで誰の手に触れられたこともない臈長けた白さ、弾力、
淡く色づいた尖端の美しい薄桃色。
そこここに、性の快楽を呼び起こす過敏な神経が通っている。
指先で、掌で、脣で、さまざまに刺戟されるうち、
羞恥にまさる陶酔でマヤの喘ぎが速くなった。
躰の奥深くに響いていく妖しい感覚。
思いきり泣き叫びたいような、あるいは、譫言でも口走りそうな、
狂おしい想いがひとときマヤを乱す。
耐えようとすると、真澄の愛撫が緩急を変える。
幾たびかその繰り返しが続き、いつか知らず、
マヤのあえかな歔欷が艶めいて響いた。
落とした、と、真澄は思う。
手早くマヤを全裸にすると、真澄もバスローブを脱ぎ捨て、
裸身をマヤの肢体に被せた。
いだき合う肌と肌。
熱い、とマヤはときめき、
柔い、と真澄は堪能する。
くちづけはマヤにはひたすら甘かった。
マヤの下腿に真澄の手が伸びると、本能の懼れでマヤが身を固くした。
あやすようにマヤの頬を撫でながら、真澄はマヤの花襞を確かめた。
僅かに潤っているだけだった。
まだ無理もない、何の手解きをあれこれ施すより今は貫いてしまった方がいい。
その判断は強ち真澄の独善ではない。
男と交わるとはどういうことか、まず知らせる。
処女であることから解放させてやる。
それも、導く男の側のある意味責務とも言える。
快楽を覚えさせるのはその後からだ。
初めは痛がるだろうが……。
「マヤ」
「……」
真澄に組み敷かれ、くったりと躰を真澄に預けていたマヤが真澄の瞳を伺い見た。
真摯な眼差しはマヤに真澄の心のありようを伝えてくる。
「できるだけ辛くないようにする」
「痛かったら、泣いても喚いても構わないから」
「さあ、力を抜いて楽にしていろ」
ゆったりした語り口でも愁いの響き。真澄が自分の身を案じているのがマヤには解る。
好きなひとがこうして深い想いをかけてくれる。それで充分だとマヤには思えた。
不安と、そしてまたあらぬ期待と、せめぎ縺れ合う感情をひと息にマヤは吐息に逃がした。
同時にマヤの下肢の緊張が緩んだ。
「そう、それでいい」
「マヤ……」
――そんな声で呼ばないで、もう何も考えられない――
真澄の大腿がマヤの下肢を広げた。
躰の入り口に宛がわれた熱さにマヤがおののいた次の瞬間、
脳髄まで伝う痛みがマヤを襲った。
マヤに押し入ったあと真澄の侵入を阻む狭い弾力があった。
半ば祈る思いで真澄はそれを突いた。
何を叫んだか、何を口走ったか、マヤには判然としないでいた。
ただただ、圧倒されるばかりの穿たれたものの熱。
貫通の最初の衝撃がマヤから去るまで、真澄はきつくマヤを抱き締め、目を閉じた。
こうして結ばれるために生まれてきた。
この時を分かち合うために出逢い経巡ってきた。
もう二度と、ふたりは離れることはできない。
真澄の背に回していたマヤの腕に、つと力がこもった。
少しでも身動きすれば、貫かれている部分にざらざらとした痛みが走る。
それでも、初めて経験する心の高ぶりがマヤに伝えてくる。
真澄の女になったのだ、と。
肉体の痛みに勝る心の喜びがあるというとをこの時初めてマヤは知った。
好きなだけ真澄はマヤを泣かせた。
やがて泣き濡れたマヤの瞳が喜びに耀いて真澄を見あげた。
そろそろいいかと、真澄は自ら課した自制を解こうと思う。
決して聖人君子でもない、ごく普通の男というもの、
それも教えてしまえばいい。
しかし、欲情に身を任せるには今の真澄にマヤはあまりに愛おしすぎた。
極めて緩やかな抉擦を繰り返しただけで、
まるで初めて女性を経験した少年のように、真澄の限界が近づいた。
荒い呼吸をマヤの耳元に寄せて真澄は達することを告げる。
その意味はマヤには咄嗟に理解できなかったが、
最も尊いものが捧げられるのだ、真澄にとって何より尊いものが捧げられたと同様に。
痛いとマヤは訴えたが、堪える時はさほど長くはなく、
マヤの躰の内奥に激しく弾けた何かをマヤは感じさせられた。
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「シャワー浴びたのにね」
「このまま眠ったっていいじゃないか」
「でも、なんだか…あっ…!」
「なにが?」
「もうっ、人のことおもちゃだと思ってないですか?」
「まさか。ただ、な」
「……あん、…もうまた…」
「睨むなよ。さすが役者の体だ、感じ易くて」
「……」
「意地悪…」
「誉めているんだが?」
「そうとは聞こえないけど、……やだやだ、もうやめて」
「やめない」
気楽に戯れていたふたりにも、外つ国の夜の帳が降りた。
満たされた夜。
心地よい疲れがどちらからともなく彼らを深い眠りに誘った。
目覚めると傍らでマヤはまだ静かな寝息を立てている。
ずっと昔、痛む胸でこの寝顔を見つめていたことがあったように真澄は思う。
繰り言には今は何の意味もない。
枕に頬杖をついて真澄はマヤの眠りを見守っていたが、
健康な男の朝の兆しが熱く疼いた。
終わり
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