マ ヤ へ

 

   その子二十(はたち) 櫛にながるる 黒髪の  おごりの春の 美しきかな        与謝野晶子
 

     紅の うす染めごろも  浅らかに  相見し人に 恋ふるころかも              万葉集  作者不詳


     〜〜紅で淡く染めただけの衣装のようになにげなく、初めはなんの気なしに会っていただけの人だったのに
           今ではあの人が恋しくなってしまっている、そう気がつくと、想いはさらに深まってゆくようだ……〜〜
 

     朝寝髪 あれは梳(けず)らじ うるはしき 君が手枕(たまくら)  ふれてしものを    万葉集 作者不詳

     〜〜めざめれば、こんなに乱れてしまっているけれど、私はこの髪を梳(と)かす気にはなれません
            愛するあなたの腕まくらに、ひと晩中ふれていた髪なのだもの……〜〜
 

     黒髪の 乱れも知らず うちふせば  まず かきやりし  人ぞ恋しき            和泉式部
      〜〜情事に乱れた髪に気づかずまどろんで、目覚めればまずわたしの髪をかきやったあの人が、今は恋しい〜〜
 

     甃(いし)のうえ                三 好 達 治

                        あわれ花びらながれ
                        おみなごに花びらながれ
                        おみなごしめやかに語らいあゆみ
                        うららかの跫(あし)音空にながれ
                        おりふしに瞳をあげて
                        翳りなきみ寺の春をすぎゆくなり
                        み寺の甍みどりにうるおい
                        廂(ひさし)々に
                        風鐸(ふうたく)のすがたしずかなれば
                        ひとりなる
                        わが身の影をあゆまする甃のうえ
 

   八 月                       谷 川 俊 太 郎 
 

                          王の王
                          かれはいない
                          ああ美しい夏よ

                            血の血
                            誰のためにも流れない
                            ああ美しい夏よ
                          娘は裸
                          馬は薔薇をとびこえる
                          ああ美しい夏よ

                            誰? 誰?
                            死のために歌う  河の声で
                            ああ美しい夏よ
 

   ある接吻                       紫 苑

                         いっしゅん 彼は逡巡(ためら)った。
                         何かを言おうとしたが、それは言葉にはならなかった。
                         もどかしさに衝かれるように、腕を伸ばして、
                         いきなり彼は私の肩を引き寄せた。
                         ま近い彼の眸(め)が強い光を放ったと思った瞬間、
                         目の前を彼の掌で塞がれた。
                         次の刹那私はくちびるに 彼の乾いた唇がふれるのを
                         感じていた。
 

             刹 那                        紫 苑
 
                                            耳元に囁くのは いつもの定型句  くりかえす
                              愛撫 吐息 熱
                              和毛のような
                              若枝のような 腕が 背の皮膚が
                              わたしを押し流す
                                  ある不可解な和合へ
                                        精緻な 漠大な 源へ
                              歔欷(きょき)のような
                              自分の声が聞こえる
                              浮かんでは 消え
                              返しては 寄せる

 
         La Vie En Rose

                              こんな日には あなたに逢いたい
                              逢えない夜ほど あなたが恋しい
                              あなた そばにいて 
                              抱きしめて 名前を呼んで
                              囁きをかわして
                              眼差しをかわして
                              あなたのかいなにいだかれて
                              恋の倖せに息をつまらせて
                              みる  人生の夢は薔薇色
 

         逢いたくて逢いたくて                                    園 まり・歌

                              愛したひとはあなただけ
                              わかっているのに
                              心の糸が結べない
                              二人は 恋人
                              逢いたくて逢いたくて
                              くちづけをしてほしかったの  だけど
                              はずかしくて
                              笑っていた わたし
 
 

         散 文 詩                                    紫 苑

                              部屋に入るなり、ふたりきりになればいつもまず、
                              待ち遠しかったというように、俊敏な身のこなしで、私の躰(からだ)に
                              立ちはだかり、ごく自然に彼の長いしなやかな腕が広げられる。
                              切れ長の瞳の和やかな光輝。
                              黙って。何も言わないで。こうしていて。すこしだけ。
                              彼の腕の感触がそう語りかけてくる。
                              そっと、けれど隙間なく、彼の四肢が私を包む。
                              私もそっと、彼に包まれる。
                              目を閉じても
                              傾きかかる慕情が私に沁みていく。
                              ふれる肌の乾いた繊細な温かさ。かすかに胸元のかおりがする。
                              巧みに思いを伝える、変化に富んだ、接吻。
                              それが、彼だった。かれの流儀だった。
                                 いつの日のことだったのか。
                              なぜいまこんなに鮮やかに、それらの瞬間を思い起こすのか。
                              彼の腕のナイフのような切れ味まで、まざまざと。
                              まるで日ごろのことのように、間近く、親しく。
                              彼の表現方法を私はよくよく知っていた。
                              たとえばいだきかたひとつで、私は彼の真意をいつも理解できた。
                              そういうボキャブラリーを見事に私に教えたのは、彼だった。
                              それほど、私たちは通じあっていた日もあった。
                              さようなら―――And if so,it must be.
                              さようなら、私の神性、わたしの神話。
                              またときおり錯覚する。彼が隣にいるときの自分を。
                              巡る季節のたび、彼がわたしをみちびいた日々が甦える。
                              洗いざらした浅みどりのシャツを着て、松風窓にすわっていた彼。
                              煙草を持つ指。
                              いつも何かに身を晒し、身をかわしていた、のびやかな体躯。
                              横顔。
                              下宿の窓のいたずら書き。
                              楽器つまびく指先。作詞。作曲。歌。
                              甘え。奉仕。腕枕。ふざけ。創意工夫。ユーモア。皮肉。漫罵。
                              きつい性愛。
                              なにもかもが。
                              積み重ねた日々の分だけ、今私には、重い。
                              若いありったけの心ひとつで、どんなに彼を愛したか。
                              夢よ、時よ、巡れ。巡りめぐっては、さらに来よ。
                                  私がいつの日にか、虚空高く煙となって立ち上る日まで。
 

 
                              出会いは、いつも予感がゆらめている。
                                柔らかな物腰、真情のこもった
                                あたたたな、眼差し。
                                森の奥の人知れない湖が映す、深い色合いを幻想さす。
                              ものういゆったりした、声音の醸し出す気分。
                              明晰的確な論理。卓見。洞察。静穏。清廉。
                                憧憬はやさしく、恋は
                                ためらいがちにおずおずと
                                訪れを告げる
                                まだ浅い早春の日に。
 

                              桜が呼びよせた、透明な含羞。
                              まだしなやかな身体を持ち合わせていた16歳の少女たちのように
                              心も熟した一人前の大人の女のように
                              認め、みつめ、語り、惹かれ、愛し、恋うる。
                              “人生に感謝しつつ倖せに”なにげなく素通りしてゆく一日が
                              いつかふいに私たちへの贈り物となる
 

                                     物陰に手をひいて 抱き寄せ
                                     朝までの別れの 名残を惜しむ
                                     吐息をもらし
                                     抱き寄せられた胸に頬を寄せる
                                     おとがいがそっともちあげられれば
                                     くちづけの誘い
                                     そうしたせつな
                                       世界はみずみずしく生成しはじめる
 
 

                              あなたにふれていると
                              自分が変わっていくのがわかる
                                 あなたの眼差しが わたしを包む
                                 目を閉じていても  あなたの心の眸を感じる
                                 わたしはしだいに 透きとおってゆき
                                 あなたがみつめる先のものと 同じものになる
                              光溢れる のどかな春先の公園の 樹々のように
                              そよぐ風にわたしは からだを揺らす
                              夜露に色づく 花弁
                              しづく闇のように あなたの手が
                              わたしのすべてを すみずみまで潤ませる
                                       心の水気
                                       肌と肌 かよう温もりの下の
                                       情熱
                                  あなたの気づかぬように
                                  そっと
                                  あなたの顔を 見あげる
                                          私の好きな笑顔で  笑った一瞬
                                          つかのま 物思いに沈む一瞬
                                          語る言葉のあわい
                                          幾通りも
                                          ほんの少しずつ違う あなたの貌の陰影を
                                          わたしは心の眼に写し撮る
                                          偲ぶ、想い。














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