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written by さくら様










「マヤ?」

麗に声を掛けられて、あたしははっと我に返った。

顔を上げて麗を見たけど、なんかぼやけてる気がする。
なんで?って思った瞬間、つぅーっと頬を伝う熱いものを感じた。

「あれ?」

あたし、もしかして泣いてる?

自分が泣いていることにも気づかないくらい夢中で読んでて、自分でもわからないくらい、言葉が心に沁み込んできたことに気づいた。

それほどあたしは紫のバラの人に、速水さんに守られてきたんだ。
ずっと、ずっと、速水さんに愛されてきたんだ。

どんな時でも見捨てずに励まし続けてくれた人。
紫のバラの人として温かく見守り、大都芸能の速水真澄として背中を押してくれてた。
優しさを仮面の下に隠して、完璧な憎まれ役を演じながら。

一つ一つのカードに込められた速水さんの想いが、今改めてあたしの心に響いてくる。

速水さんと出逢ってから今日までの10年は、決して平坦な道ではなかった。
演劇がしたくて母さんに黙って家を出て、母さんがあたしを連れ戻しに来た時もその手を振り払って、自分から母さんとの繋がりを捨てた。
悪意に満ちた嫌がらせのせいで劇団を失い、でも演劇への情熱は失わなかった。
大河ドラマへの出演であたしの生活のすべてが変わり、荒波に呑まれていき、そんな中で小さな恋もしたけど、でもあっけない幕切れを迎えた。

母さんが死んで、演劇への情熱の火を自分で消そうとしたこともあった。
速水さんを恨み、自分を責め、何もかも忘れて何のとりえもないただの北島マヤに戻ろうとした。
演劇のためにあたしが母さんを切り離し、そのせいで母さんは死んだ。
あたしが演劇を捨てることは、母さんへのせめてもの罪滅ぼしになると思ったし、そうすれば楽になれると思ってた。
でも、そんなあたしを見捨てず信じてくれたのは速水さんだった。
演劇への情熱を思い出させてくれたのは速水さんだった。
速水さんは自分が仇役になることで、あたしの心を楽にしてくれたんだ。
速水さん自身の心が悲鳴を上げて苦しんでるのに。

野外劇場でのアドバイスも、オリオン座の舞台からあたしを外したのも、速水さんはあたしをもっと大きな世界へ、紅天女へ向かわせるため。
イサドラの初日に観に来いと言ったのも、ロビーで吹っ掛けられた喧嘩も、すべて計算した上での行動。

そしてあたしは紅天女への切符を手に入れた。

この10年、あたしの傍には速水さんがいた。
どんな時でも必ずあたしを見ていてくれた。
いろんな人との出会いも別れもあったけど、常に傍にいたのは速水さんだった。
あたしの一番身近なところにいて、あたしの心に住んでいたのは、初めから速水さんだった。

会ったこともない初めてのあたしのファン、そして魂のかたわれである速水さん。
13歳の少女の頃から、あたしは速水さんの手に引かれてここまで歩いてきたんだ。

速水さん
速水さん
速水さん

あなたの愛があたしを埋め尽くす。
あなたへの愛があたしを生かす。

あたしはまた一つ、しあわせの涙を零した。






「マヤ?」

麗のあたしを呼ぶ声に再び我に返った。

「あのさぁ、感慨に耽るのもわからないでもないけど、どうすんのさ、それ。」

深い溜息を吐きながら発した声は、明らかに呆れてる。
え?と思って自分の周りを見回すと、洋服やらバッグやら、とにかくあらゆるものが散らかっている。
あたしは暫し呆然となって、この状況を考えていたけど、思考が上手く回らない。
たしか引越しの準備をしていたはずで、あたしの荷物なんて大した量ではないから簡単に終わると思ってて、確かに簡単だった…はず?
そう、あたしちゃんと片付けて荷物もまとめたよね。
なのに、何でこんなに荷物が散らかってるの?

「なんで??」

あたしは訳がわからなくなって首を捻った。

その言葉を聞いた麗が手を額に当てて、天井を仰ぎ見ながらもう1回大きな溜息を吐いた。

「あ、あの、、?」

たぶんあたしが散らかしたんだろうけど、よく覚えてない。
あたしは恐る恐る麗に聞いてみた。

「あたし、、だよね?これ、、」

「あんたの他に誰がやるってんだい?」

麗は呆れ顔をした。

「、、だよね?やっぱ、、」

しゅんと項垂れたあたしに、麗が状況を説明してくれた。
やっぱりあたしは一度は荷物をちゃんとまとめたらしい。
ボストンバッグや段ボール箱に。
そして忘れ物がないか押入れの中を確認した時、奇声を発しながら箱を取り出して、そこからこの惨状が始まったらしい。

「箱?」

「それさ。」

麗が指差したのは、蓋の開いた箱とさっきまであたしが読んでいたメッセージカード。

「あっ!」

「思い出したかい?」

「、、うん。」

紫のバラの人から貰ったメッセージカードをしまっていた箱を押入れの片隅で見つけて、それで懐かしくて読み始めたんだっけ。
紫のバラを投げつけられてからずっと封印してたし、今は直接速水さんから紫のバラを貰ってるからすっかり忘れてた。
忘れてたっていうか、速水さんからいっぱい愛をもらってるから、“今”を速水さんと歩いてるから、だから…
やっぱり忘れてたんだよね、あたし。
だから、この箱を見つけた時、ドキドキしたんだっけ。
それでカードを読みながら、この時はこの化粧箱を貰ったとか、こっちはドレスと一緒に添えられたカードだとか思って、そしたらそれも引っ張り出しちゃったんだ、あたし。
で、この散らかりよう……

納得。

「思い出したんだろ?だったら早くおし。時間、ないよ?」

麗に言われて時計を見るともうすぐ迎えの来る時間。
まずい、こんな日に遅刻なんかしたら、何言われるかわかんない!

あたしは慌ててもう一度片付けを始めた。






ブッブゥーーー

車のクラクションの音が聞こえ、速水さんが迎えに来たことを知らせる。

−−セーフっ!

小さな溜息とともに心の中で安堵の言葉を吐いた。

「マヤ、荷物は?」

速水さんに言われて、あたしは3個の段ボール箱と1つのボストンバッグを指差した。

「それだけか?」

速水さんは意外とでも言いたそうな顔をした。

「うん。ここにはそんなに荷物置いてなかったの。ほとんど速水さんとこにあるから、、」

「そうか。」

そう言うと速水さんは大き目の段ボール箱を2個抱え、階段を降りていった。
残りの段ボール箱を麗が持ち、あたしはボストンバッグと箱を小脇に抱えて速水さんの後をついて行った。

車に荷物を乗せ、速水さんが麗に「世話になったな」と簡単に言ったら、麗が苦笑しながら「いえ。」と言った。
お世話になったのはあたしで速水さんじゃないのに、何で速水さんが世話になったなんていうんだろ?
そのことを速水さんに言うと、

「きみのことだ、一人で片付けられなくて青木君がほとんどやってくれたんじゃないのか?」

とニヤッと見透かしたような顔で言った。

「ぐっ!」

図星を指されたあたしは何も言い返せなかった。
何でわかるんだろ?
でも、やっぱり速水さんの嫌味は健在で、これからずっとことある毎に嫌味を言われるに違いない。
そしてあたしはやっぱり言い返すことができなくて、速水さんは満足げな顔をするんだろうな。
そうやってあたし達はずっと一緒に生きて行くんだよね、明日から。

そんな毎日がしあわせなのかもしれないと思う。

「そろそろ行こうか。」

「あ、待って。」

あたしは麗に向かい直った。

「明日、来てくれるんでしょ?」

「ああ。1時からだろ?皆で行くから。」

「うん。」

「寝坊するんじゃないよ?明日はあんたにとって一世一代の晴れの日なんだから。」

「もうっ、寝坊なんてしませんっ!今日はちゃんと早く寝ます!!」

「どうだか。」

どういうこと?って麗に聞こうとした時、あたしの後ろで噎せてる速水さんがいた。

「じゃあね、麗。今までありがとう。」

「あ、マヤ、待って。」

車に乗り込もうとしたあたしを麗が引き止め、綺麗に包装された箱を渡された。

「何?」

「結婚祝い。明日はゆっくり話す暇もないだろ?」

「開けていい?」

コクンと頷いた麗を見て、あたしは丁寧に包装紙を剥がした。

『Diary  2006〜2015』

茶色の皮の表紙に書かれた文字を見て、次いであたしは麗の顔を見た。

「10年日記だよ。」

「10年日記?」

「これはね、10年分の日記が書けるんだ。ほら、1ページに10年分の枠があるだろ?去年の同じ日にこんなことがあったって振り返ってもおもしろいだろうし、10年後には二人の軌跡がこの1冊に残るんだ。

「すごっ、、」

「書かなきゃって思う必要ないからね。何にも書かない日があったっていいんだし、速水さんと喧嘩した日にこの枠いっぱいに“ばか”って書いたっていいんだから。」

「もうっ!」

「あんたと出逢って今日までの10年間、いろんなことがあっただろ?あんたと出会えたことはあたしの人生の宝物さ。でも明日からあんたは速水さんと生きて行くんだ。それこそ何十年も。」

「うん。」

「10年に一度、この日記帳をプレゼントするよ。」

「麗っ!!」

ああ、あたしはなんてしあわせなんだろう。
あたしの一番の理解者で姉のような存在の麗がいて、あたしを誰よりも深く愛してくれる速水さんがいて、皆に祝福されて明日世界一の花嫁になる。

忘れない、絶対に。
あたしは一人で生きてきたんじゃないということを。
そしてこれからは愛する人と生きていくんだということを。

この先、この日記帳が何冊になっていくかわからないけど、でもずっと速水さんを愛していく。
未来のあたしは、きっと今よりももっと速水さんのことを好きになってる。
だから、今の自分をここに残そう。

花吹雪舞う春の日から。
速水さんとともに歩む新しい人生のスタートの日から。












Fin











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