しあわせの花冠

written by さくらさま












「春が見たいな。」

どこに行きたい?と聞いた真澄にマヤがそう答えた。
春の香りに誘われ、郊外へと車を走らせて辿り着いたそこは、色取り取りの花が咲き乱れ、蝶が舞う園。
その先に広がる視界には、小さな白い花が一面に敷き詰められていた。
都会の喧噪から離れ、春の訪れを感じる瑞々しい薫りに心が解き放たれる。
マヤは履いていたサンダルを脱ぎ捨て、裸足で白い絨毯の上を軽やかに、春を訪れを喜ぶかのように歩いた。
瞳を閉じ、ゆっくりと深呼吸をして心を春に同化させる。
足先から伝わる春の息吹き。
耳を澄ませばそよそよと吹く風と小鳥のさえずりが聞こえる。

眩い光に溶け込んでしまいそうなマヤの姿に、真澄の心がひどく揺れる。
出会った頃のマヤはほんの小さな少女だった。
それが今、蛹が蝶へとその姿を変えるように美しい輝きを放ち、一人の女性として真澄を惹き付けて止まない。
昨日よりも今日、今日よりも明日、という具合にマヤへの愛は日毎に増していく。
これ以上ないほど愛しているのに、次の瞬間にはもっと愛している自分がいる。
こうして何気ない一日を過ごす喜び、穏やかな春の日をともに感じることのできる幸せ。
マヤがいる、それが何よりも真澄の心を温めた。





遠い昔、記憶の片隅に残っている幸せな頃の思い出が甦る。
母と行ったあの場所がどこなのか、いつだったのかも覚えていないが、それでも楽しかったことは覚えている。
そう、あの時も今と同じ香りがした。

「うふふふ。」

「あははは。」

広い野原ではしゃぐ真澄をやさしい笑顔で見守る母。

「おかあさん、何作ってるの?」

「さぁ、何かしらね。」

1本の花を芯にして次の花を重ねて茎を絡めて、それを何度も繰り返し、最後に輪にして括ってできた花冠。
「はい」と頭に乗せられて、嬉しいような恥ずかしいような思いを抱いたような気がする。
あれはシロツメクサではなかったか。
心地よい春風にのって草の青々しい香りが立ち込める。
緩やかな時間の流れの中で、真澄の意識が何時しか夢の中へと誘われた。

柔らかな春の日差しに包まれ、やさしい春風に頬を撫でられながら、真澄は白い絨毯の上で静かな寝息を立てている。
マヤは真澄の隣にそっと寄り添い、スカートの裾に広げられた小さな花を編み始めた。
母から教わった花冠。
小さな手で一生懸命作ったそれを、不器用だねぇと言った母の笑顔を思い出す。
母の頭に乗せると、照れたように「ありがとう」と言ってくれた。
そしてマヤの首に掛けられた、母が作った首飾り。
たった一日の小さな出来事だったけど、幸せだった時間。

今、その母はいないが、マヤの隣には真澄がいる。
影になり日向になって支え、常にマヤの進む道を指し示す。
そして、これ以上ないほどの愛で包んでくれる。

マヤは、真澄への想いを一本一本の白い花に込めた。

できあがったシロツメクサの花冠を真澄の頭の上にそっと乗せた。
亜麻色の髪に白い花が映える。

「似合ってる、、」

自分で真澄の頭に乗せたのに、その姿に驚きとおかしさが込み上げる。
大都の鬼社長と恐れられているのに、こうしている姿は眠り姫?
白雪姫もオーロラ姫も王子様のキスで目覚めるんだっけ、と思いながら、かといって自分が王子様になるなんてとんでもない。
そう思ったのに、マヤの瞳には真澄の形の良い唇しか映っていなかった。

花の甘い香りに吸い寄せられるミツバチのように、マヤの顔がゆっくりと真澄に近づく。
唇が重なるまであと1cmというところで琥珀色の瞳が開かれ、黒漆の瞳とぶつかった。
それぞれの瞳がお互いの瞳を映し出す。

「何をしようとしてたんだ?」

フッとやさしい笑みをこぼしながら真澄がマヤに問いかける。

「あ、あのっ、えっとっ、、」

マヤは真っ赤になりながら慌てて真澄から離れようとしたが、真澄がマヤを捉え、その腕に閉じ込めた。
寝転んでいる真澄の上に覆い被さる形となり、マヤの顔はますます紅く染まる。
突然の出来事にマヤは心臓が飛び出すほどの動悸を覚え、逃れようとしてもしっかりと背に回された腕がそれを許さなかった。

「どうせなら起きている時にお願いしたいもんだな。」

真澄は唇の端を僅かに上げると、マヤの唇に視線を落としたままそっと顔を近づけた。

パサッ

マヤの唇に触れようとしたその瞬間、真澄の頭上から何かが落ちた。

「あっ。」

マヤの視線を辿ってみれば、それはシロツメクサで作られた花冠だった。

「これは?」

真澄は落ちた花冠を手にしてマヤに聞いた。

「えっと、シロツメクサの花冠、、」

「知ってる。」

「あ、あたしが作ったの。」

「他に誰が作るんだ?」

「あ、あの、せっかく作ったんだし、速水さん男の人なのにすごく綺麗な顔してるから似合うかなぁなんて思って、それで、、」

「それで俺の頭に被せたのか?」

「、、イヤだった?」

マヤの作ったものならば嫌なはずもないが、ただ自分の知らない間に花冠を乗せられ、さらにその姿を見られていたという事実に真澄は苦笑した。

「俺よりもきみの方が似合うだろう。」

真澄は拾い上げた花冠をマヤの頭に乗せると眩しそうに目を細めた。
よく似合う、そう思った時、一ヶ所だけ白い花が取れているのに気がついた。
先程落とした時にでも取れたのかと思ったが、目を凝らしてよく見ると、そこには白い花ではなく四つ葉のクローバーが編み込まれていた。
真澄の視線が自分の頭上のある一部分を凝視していることに気づいたマヤは、取り繕うように説明した。

「花冠を作ろうとして花を摘んでた時、たまたま見つけたの。幸せの四葉のクローバーって言うでしょう?だから、、」

きっとマヤは知らないのだろう。四葉のクローバーの花言葉が『Be Mine』(私のものになって)ということを。
そして四葉はそれぞれFame(名声)、Wealth(富)、Faithful Lover(満ち足りた愛)、Glorious Health(素晴らしい健康)との願いがかけられ、四枚そろってTrue Love(真実の愛)を表している。
真澄の中に伝えきれないほどの愛しさが込み上げる。
たった今愛しいと思ったその何倍もの愛が真澄を支配する。
理屈ではなく、マヤの心に惹かれる自分がいる。
マヤの想いの込められた花冠。
花冠に寄せたマヤの愛。

真澄は手元にあったシロツメクサを一本手折り、器用に指先を動かしながら何やら作るとマヤの左手を取った。

「お返しだ。」

マヤの薬指に小さな白い花が咲いた。

「ずっときみだけを愛すると約束する。」

真澄はマヤの頬を両手で包み込み、マヤの唇に愛を誓った。





−−シロツメクサの花言葉はね、『約束』『私を思って』っていうのよ。忘れないでね、真澄−−

それは遠い暖かな春の日の記憶。
















Fin








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