二日酔いのシンデレラ

written by サキさま











その場にいる誰もが後悔していた。

確かに調子に乗りすぎたとは思う。
ドラマの打ち上げで多少はじけすぎたとは思う。
ただ、彼女は意外に酒が強く、飲んでも飲んでも底なしだった。
つい調子に乗ってどんどんすすめてしまった結果が、この軟体動物のように
机に突っ伏した、やたらに明るい、足元も危うい、ろれつの回らない・・・・

「みーんなどうしたろっ??? まだまだ飲めるろっ???」



「・・・・・・・・・・・かなりヤバイな。」「そーとーきてるよ。」
「おい、誰かマヤちゃんのマネージャーの携帯の番号知らないか?」
「・・知らない」「どうする・・・?」「家知ってるか?」「・・知らない」

そこにマヤの携帯にかかってきた電話は渡りに船で、マヤが怪しい動作で
通話ボタンをなかなか押せずにいるところを、ドラマの共演者の男が代わりに
電話をとってやった。
彼は電話の相手に、マヤが酔って前後不覚になっているので、迎えに来て欲しい
ことを告げたが、電話の途中で幾分かしこまった口調に変わっていた。

彼は電話を切ると、やたらにニコニコしているマヤに言った。
「あのね、マヤちゃん、きみの事務所の社長が迎えに来るって。」




速水はその日、純粋な仕事の用事があって、北島マヤの携帯に電話をかけた。
・・・・・というのは、半分くらい口実で、まあ、ありていに言ってしまえば、
久しぶりに声が聞きたかったのだ。
婚約をとっくの昔に解消した彼は、何にも束縛されない花の独身であったが、
紅天女を背負った大都の若手看板女優である北島マヤに、想いを打ち明けられ
ないでいた。
もう少し詳細に言えば、二人の関係は、以前に比べれば改善していた。
相変わらす紫のバラは、匿名で欠かさず贈っていたが、
社長として看板女優をたまに食事に連れてってやったり、アクセサリーを買って
やったりする気遣いを、彼女は嫌がる風でもなく、むしろ喜んで受けていた。
嫌われてはいないことはわかったが、しかし、それ以上踏み込むことができず、
凪ぎの状態・・・とでも言おうか、二人の間に進展はなかった。


電話を切るなり、速水はすぐに自分の車を走らせ、マヤのいる店まで
彼女を迎えに行った。
実は彼女は酒が強いことを、何となく知ってはいたが、前後不覚になるまで
飲んだのは見たことがない。
ドラマの打ち上げであるから、一応、メンバーの身元は知れているが、
それにしても、酔ってどこかの男に連れ込まれたらどうするんだ・・・・
彼はマヤの軽率さに、腹を立てた。


目的の店に着くと、ドラマでお馴染みの顔が並ぶ座敷はすぐに見つかり、
速水が入っていくと、周囲が皆、多少かしこまって挨拶をしてきた。
一応立場というものがあるので、
「北島が迷惑をかけたようで・・・・申し訳なかった。」と言って、
辺りを見回すが、マヤの姿がどこにもない。

共演者の一人が、「ここです↓↓」と、指差す場所を見ると、
すでに軟体動物化したマヤが、にへらにへらとしながら、テーブルに
へばりついていた。
瞳はどろんとして濁り、目は完全にすわっている。

「おい北島、帰るぞ!」と速水が呼びかけると、

「あらしぃ、まだよってらいもん!! まだ飲めるろ?」と
軟体動物がダダをこねた。

あまりの酔っ払いぶりに速水は一瞬驚いたが、マヤの腕をつかんで無理やり
立ち上がらせると、周囲に詫びを入れながら、マヤを引きずるようにして、
店を後にした。



外に出ても、マヤは意味不明な言葉をつぶやきながら、ほとんどまともに
歩けなかった。
それでも何とか車を停めてある駐車場まで引っ張ってくると、速水は言った。

「マヤ・・・お前、”らりるれろ ”って言ってみろ。」

「へ・・・?」

「いいから言ってみろ。」

「・・・・らぁぃゅいぇよ。あれぇ・・? らいりゅれぇぉ。あっれぇぇぇ・・・?
 らぃゅりぇ・・・・・」

「もういいっ!」速水は頭をかかえた。

誰だこいつにこんなに飲ませた奴は・・・・・

ほとんど正体をなくしているではないか。
これでは、誰かにホテルに連れ込まれたって、相手の思う壺だ。

速水は、胸の大きく開いたミニのワンピースからのぞく、すらりとした
白いマヤの生足にちらりと目線をやって、余計に腹立たしい気分になった。

「とにかく帰るぞ。送っていく。」
そう言って、速水はマヤを車の助手席に押し込むと、車を発進させた。




飲み屋街を抜けるまでは人通りが多く、運転に集中していた速水だったが、
一般道に入って助手席を見やると、マヤは自分の肩に顔を埋めるようにして
安心したように眠っていた。

速水は短くため息をついた。

まったくこの子は・・・・・かわいい顔で眠って・・・・・
俺がどんな気持ちできみの寝顔を見ているのか気付きもしないで・・・・・


しばらくすると、マヤは夢にうなされているのか、
「うぅん・・・うぅん・・・・・」と助手席で体をよじり始めた。
大きく開いた胸元から続く白い首筋が、窓から切れ切れに差し込む街灯の
光に照らされ、悩ましげに速水の目に飛び込む。
そのうち、短い丈のスカートが動くたびにせり上がり、太股が晒されると、
速水の心も穏やかではなくなった。


ま、まずい・・・・これは・・・・目の毒だ・・・・・・
とにかく・・・あれだ・・・・その太股さえ隠せば・・・・・

まくり上がってしまったスカートをとりあえずなおそうと、
速水はハンドルを固定して前方を見たまま、おそるおそるスカートに
片手を伸ばした。


その途端にマヤが突然ガバ!と跳ね起きた。

一瞬心臓が飛び出したかと思うくらい驚いて、あわてて速水は手を引っ込めた。

前を向いて運転に集中しているフリをしつつ、「起きたのか?」と、
横目でマヤを見ると、
マヤは突然、速水のほうを向いて不気味なほどニンマリと笑い、
悪戯っ子のような目つきになって、両腕をブンブンと激しく振り回した
かと思うと、元気よく大声で言った。

「それぎだ!おぃぎだ!だったんりんのやょるもはゃぐ!」

「??????? 何? 何だって??」

「だったんりんのやよるもはやぐっっっ!!」

「お前、、、それ・・・・・パックか?」


「あったりぃぃぃ〜〜〜!! おぃぇらはぱっく!」


速水は爆笑していた。
お腹の皮がよじれそうに痛く、運転するハンドルをまっすぐに
するのに苦労した。
マヤのろれつは全く回っていないが、その表情だけは活き活きとした
パックそのものだった。
まさに真夏(ではないが)の夜の夢でも見て、寝ぼけているのか?


相変わらずパックになりきって意味不明な言葉をしゃべり続けるマヤに、
速水も悪戯心が起き、少し神妙な面持ちでマヤに言った。

「アルディス姫、そろそろ出番です。ご準備ください。」

するとマヤは、静かに目を閉じ、しばらくして目を開けたときには、
美しい可憐な花の咲いたような微笑をたたえ、背筋を伸ばして右手を
無遠慮に速水の肩に置いて、優雅な物腰で口を開いた。

「今日はあぅりすのために、よぉこそおあづまりくらさいまぃた。
 あぅりすはれぇをもおうします。」


「お、お前はイタコか・・・・」

ふたたび速水は爆笑しながら、他に何かないか、などと考えていると、
マヤはいきなり速水の首っ玉に抱きついてきた。

「ねえびぇな?」

ハンドルが危ういのと、腕に薄着マヤの胸が押し付けられて理性が危ういのと、
両方の危険を感じた速水は、
「こらっ、マヤよしなさいっ! 俺はビエナじゃない!」
とマヤの肩をつかんで引き離そうとするが、すでに酔っ払いの目つきに戻った
マヤは、”えへへぇぇぇ・・・”と不気味な笑いをたたえながら、速水の首に
しがみついて離れなかった。

そのうちマヤの肘があたってギアが2速に入ってしまい、速水が慌てて戻そう
と手を伸ばすと、マヤがまたしがみついて邪魔をする。
そんな攻防を車中で続けながら、車はやっとのことで、
−−−速水の理性はすんでのところで、
マヤのマンションに到着した。




速水の腕にしっかりとすがりついたマヤを引きずるように部屋まで運びながら、
「酔っていない状態でこれならば、どれだけ幸せか。」と思いつつ、彼は
マヤの部屋の鍵を開けてやり、玄関にマヤを押し込む。

そしてマヤは、酔っ払いのお約束のように、「たらいまぁ・・・」と言ったきり
上がり框に顔をのっけたまま、寝息を立て始めた。

あまりにお約束の展開に、速水はため息をつくと、「こら起きろ!」とマヤを
揺さぶり起こし、部屋の中まで運んだ。


まったく・・・・これじゃ、送り狼のやりたい放題じゃないか・・・・


初めて入るマヤの部屋に多少緊張しながらも、速水はマヤをソファーに座らせると、
キッチンから水を一杯汲んできて、マヤに飲ませた。
マヤはごくごくと水を飲み終わると、速水にコップを返しながら、
「ねえびぇな?」と言った。

途端に速水は、もしかするとマヤは、自分が誰だか分かっていないのではないか
という疑問がわき、マヤの横に座って、目を見て質問してみた。

「マヤ、俺が誰だかわかるか?」

マヤは酔っ払いの動作で大げさにうなずくと、上体を揺らしながら
速水を指差して言った。


「むらさきのばぁのひと!」


その言葉に射すくめられたように、速水の動作はかたまった。

・・・・・酔っているだけだよな?



「マヤ、俺は速水だ。わかるか?」

「だぁーーかーーら、むぁさきのばぁのひとっ!」

「俺は、速水だというのに。」

「だぁぁぁもーーっ!! どっちれもいっしょれしょっ!!」

速水は面食らっていた。
一緒って・・・・マヤは知っていたのか?


酔っ払いに聞くのは無駄かもしれないと思いつつ彼は、
「きみは紫のバラの正体を知っていたのか?」
とおそるおそる聞いてみた。


するとマヤは、にんまりと微笑み、

「うん!! 知ってるろ!」

と答えるがいなや、舌足らずな口で、

「だいすきらもんっ!!」と叫んで、

勢いをつけて速水の首根っこにしがみつき、速水をソファーに押し倒した。


「おっおいっ!! マヤっ! こらっ! 馬鹿っ!」

速水はあわてて起き上がろうとするが、マヤはケラケラと笑いながら、
全身の体重をかけて彼の首を狙ってタックルしてくるので、くすぐったいのも
手伝って、彼らは訳のわからないまま格闘していた。

そのうちマヤの口数が少なくなり、速水がやっと起き上がると、彼女は
彼の胸に顔を押し付けたまま、眠り始めた。


そのシチュエーションに速水は心臓の鼓動を早くさせながら、同時に、今
彼女が言った言葉を頭で反芻して、動揺していた。

知っている・・・・大好き・・・・・・本当なのか?・・・・・・・

しかし、これだけ泥酔している人間の言葉を信じるのも・・・・何だな・・・


彼の胸に感じる彼女の身体の重みは、非常に心地の良いものだったが、
それ以上黙ってそのままでいられる自信もなく、速水はマヤをソファーに寄り
かからせると、自分は少し離れてソファーに座り、煙草を吸い始めた。

本当はそのまま帰ってしまえばいいのだが、酔っ払いの言うこととはいえども、
彼女の言った言葉の真意が気になり、その場を離れられないでいた。

少し眠って正気になったら・・・聞いてみようか?・・・・・・・





速水が煙草を3本吸い終わる頃・・・・

マヤがふと首を動かし、目をこすりながらむっくりと起き上がった。
速水は期待と不安にドキリとしながらも、平静を装って、「起きたか?」
とマヤに声をかけた。


「あえっ? なんれはやみさんがいるろ?」


ろれつは・・・全然まわってない・・・・速水はガクリと肩を落とした。


しかし、初めて速水の名前を口にし、先程よりは少し理性の戻った眼差しで、
彼を不思議そうに見つめている。


「きみが酔っ払って、俺のことを離さないから、ここまで連れて帰ったんだ。」

嘘はない。・・・一応。

「ふぅぅぅん・・・・そうなんら・・・」まるで他人事のようにマヤが答えた。


特に驚きもしないマヤを眺めながら、速水は思い切って一歩踏み込む・・・・
多少の脚色を加えて・・・・正直、酔っている安心感もあって・・・・


「一つ聞きたいんだが・・・・・」

「なんれすかぁあ・・・?」

「さっききみは、俺のことが ”大好き ”だと叫んでた。
 ・・・・・・ずっと ”愛してた ”とも言っていたな。
 本当のことなのか・・・?」


マヤは大げさとも言えるほどの身振りで驚いて、少し演技が入っているのでは?
と疑うほどのリアクションをとった。

「エエッっ!!・・・やらっ・・もう・・・・そんなこといってらんれすかぁ?」

「ああ、確かに言っていた。・・・本当なのか?」

「ふふっっ・・・・どっちらと思いますかぁ?」

「聞いているのは俺のほうだ・・・・本当なのか?」


マヤは、「うふふ・・・」と妖しく笑い、獲物に狙いをつけた女豹のように
上体を低くかがめ、じっと瞳をこらすと、いきなり大声で

「ほんろうらもんっ!!」

と叫んで、狙いをつけた速水の首筋にむかって全体重をかけて飛びついたかと
思うと、ソファーに倒れた速水に馬乗りになって、彼の首を両手で絞めた。


「馬鹿っ! 手を離せ! 死ぬって・・・・」

マヤはけたけた笑いながら彼の首を絞めていたが、そのうち彼に手を解かれ
そうになると、今度は彼のわき腹を思いっきりくすぐり始めた。

「わっやめろやめろ! うわっはは・・・やめろっ! ふざけてる場合か!」

本当にふざけてる場合かっっ!!
こんな馬鹿なことをしてる場合じゃないじゃないかっ!
きみは、どれだけ重大なことを口走ったのか、わかってるのかっ!

−−−そう声を大にして叫びたかったが・・・・・


「ぎゃははは・・・・・はゃみらんくすぐったぃのら?」

マヤは魔女のように笑いころげながら、実は速水の一番のウィークポイントで
あるわき腹を執拗にくすぐり続けた。
妙な具合に取っ組み合いながら、速水はようやくマヤの両手を拘束すると、
彼女の膝に押さえつけて、自分はソファーの上に起き上がった、

その途端に、マヤが両手をバンザイして叫んだ。


「あぁーーーーーあ! 楽しかったっ!!」


急にマヤがまともな発音ではっきりと言い放ったので、速水はドキリとして
マヤの顔を覗き込んだ。

マヤは蕩けそうにまったりとした表情でにんまり笑うと、
そのままぱたりと崩れるように倒れこみ、すーすーと寝息を立て始めた。

速水はあわててマヤを激しく揺さぶり起こした。
「マヤ起きろっ!! 寝るな!・・・・寝る前に・・・・・」

「一筆書くんだっ!!」

「へ・・・?」

速水はその辺にあった紙とえんぴつを急いで手繰り寄せ、マヤにえんぴつを
持たせて言った。
「俺のことが大好きなのは本当なんだろう? じゃあ、ここに一筆書いてくれ。」

「なんれ?」

「証拠だ。明日になって忘れてもらっちゃこまるからな。」

「え?・・・・・あ?・・・・・なんれかくの?」

「そうだな、ポイントは、”速水 ”と ”好き ”と ”マヤ ”の三語だ!」


マヤは訳がわからないといった顔つきで、それでもえんぴつを動かし、
「はやみ」「すき」と書いた。

おおっ・・・酔っていても字は書けるんだな、と妙なところに感心しながら、
速水は、「はやみ」と「すき」の間に、「さん」と入れさせ、そして、
マヤの名前はサインでいいから、というと、マヤは慣れた手つきで自分の
サインを入れた。

”はやみさんすき  北島マヤ ”

おおっ・・・カンペキだ。これで立派な証拠の出来上がりだ。

速水は、そのチラシの裏の黄色い紙を持ち上げて眺め、「なあマヤ・・・」
と呼びかけるが、マヤはすでに速水の膝を枕にして、寝息を立てている。

「おい・・・マヤ?・・・・お前なぁ・・・寝てるのか・・・・・」

速水はマヤの肩を軽く揺さぶってみたが、彼女は深い眠りについたらしく、
幸せそうな寝顔をさらして、ぐっすりと寝込んでしまった。


少し安心して、彼は脱力してソファーの背にドサリと身体を預けた。

「つ・・疲れた・・・・・・・」

長い道のりだった。
マヤは果たして明日になっても今日の出来事を覚えているのだろうか?
この酔っ払いは、自分の言ったことを覚えているだろうか?
明日になったらきれいさっぱり忘れているのがオチではないか?
まあ、しかし、証拠もとったし・・・

そんなことをぐるぐる考えているうちに、速水も急に睡魔に襲われ、
マヤの膝枕になったまま、そのままソファーでうつらうつらとしてしまった。

時計の針は深夜0時を過ぎていた。










肩の辺りに少し肌寒さを感じてうっすらと目を開ける・・・・・

ん・・・・・?朝・・・?・・・・・・あたしの部屋・・・?
ん・・・・・? 枕があったかい・・・・・・ん・・・?

ドキッ!!・・・・・人の脚???・・・・スーツの・・・・?男の人・・・??
・・・・スーツの上着があたしにかかってる・・・・うそっ・・・・・

マヤはおそるおそる顔を上げた。

時間・・・遠くに見える時計は5時をさしている。
場所・・・自分の部屋のソファーの上だ。
状況・・・自分は男の人の膝枕で寝ていた。服は着ている。スーツの上着が自分に
     かかっている。

で、問題は・・・・・だれ???

マヤはそのままの体勢で首だけ動かして、恐々とその人物の顔を仰ぎ見た。

ななななな何で?? 何で?? どうして?

マヤは、膝の主を起こさないようにじっとしたまま、
あわてて昨夜の記憶をたどる。

確かドラマの打ち上げで、みんなで飲みに行って、そんでけっこう盛り上がってて、
そんでもって、、、、そんで、、、、えーーと、、、、なんだっけ、、、、、、
あはは、、、、まずい、、、、、、記憶がない、、、、、、、、

何であたし速水さんのひざ枕で寝てんの????
服はちゃんと着てるよね。速水さんも服着てるよね。
昨日の飲み会の時は、速水さんはいなかったよね。うん、いなかった。
あたし、どうやってここに帰ってきたんだろ? 自分で帰った記憶がない・・・
・・・ということは、速水さんがここまで送ってくれたってこと???
何で? あ・・・・・あたし、たぶんすごく酔っ払っちゃったんだ。
すごく飲んじゃった記憶はある・・・・・でも、速水さんに送ってもらった記憶は
ない・・・・だいたい、何で、速水さんもここで寝てるわけ???
しかも、ひざ枕で・・・・もしかして、あたしが離さなかったとか・・・・
・・・・ありえる・・・・・あたし酔うと異常に陽気になるからなぁ・・・・・
もしかして、帰るなとか言ってさんざん速水さんにからんだんじゃぁ・・・・・
・・・ありえるありえる・・・・うわぁどうしよう・・・・・・・


とつぜん、枕が動いてドキリとしたマヤは、そのまま膝に伏せて
狸寝入りを決め込んだ。



速水は目を覚ますと、眉間に手をやりながら軽く首を動かした。

「ああ・・眠ってしまったか・・・・5時か・・・・」

そろそろ帰らねばと思い、マヤを見ると、まだ眠っている。
膝に感じる温かい体温が、彼を優しい気持ちにさせる。

本当は今起こして、昨日の言葉を確かめたい気もするが、
まあ、証拠も取ったし、今日は退散しよう。



彼はマヤの頭を軽く持ち上げて、自分の膝のかわりにソファーのクッションを
あてがうと、寝室に行って掛け布団を取ってきて彼女にかけてやった。

おかしな体勢で寝ていたので肩がこってしまい、首をぐるぐるまわしながら
スーツの上着を着ていると、突然、消え入りそうなか細い声が聞こえた。

「ごめんなさい・・・・」

はっとして速水がマヤを見やると、マヤは縮こまるようにして小さくなって
彼を遠慮がちに見つめていた。


速水は昨夜のことを思い出すと急におかしくなって、言った。

「マヤ・・・・ ”らりるれろ ”って言ってみろ。」

「え・・・?」

「いいから。」

「・・・・・・ら・り・る・れ・ろ。」

「やっと言えるようになったな。えらいぞ。」

「へ・・・??」

「昨日のきみは、らりるれろどころか、ろれつが全然まわってなかった。」

「・・・・やっぱり・・・あ、あのっ!!」
と言って、
マヤはソファーに勢いよく起き上がったが、とたんに割れるような二日酔いの
頭痛が彼女を襲い、倒れそうになる。

「う・・うがぁぁぁぁ・・・・まーわーるーー。」

「バカ・・・急に起き上がるからだ。」

「あ、あの、、あたし、そんなに酔ってたんでしょうか?」

「ああ、ひどくな・・・・・記憶はあるのか?」

「・・・・・・・・」

「俺が連れて帰ったのも覚えてないのか?」

「・・・・・すみません・・・・」

「じゃあ、昨日、俺に言ったことは?」

「・・・・すみません・・・何かまずいこと・・・言いましたでしょうか・・・?」

予想通りとはいえ、速水は軽い落胆を覚えつつも、
昨夜の出来事がなかったことにされるのを恐れて言葉を継いだ。

「それじゃあ教えてやろう。
 昨日きみの携帯に電話したら、きみが泥酔してるから迎えに来てくれと言われた。
 きみは正体をなくすほどに酔っ払っていて、俺はきみをここに連れて帰った。
 俺が帰ろうとすると、きみは、大好き、とか、愛してる、とか言って
 俺に抱きついてきて、俺を一晩中離してくれなかった。・・・・以上。」

やはり多少の脚色は入ったが・・・まあ、誤差範囲だろう。


マヤは顔を真っ赤にさせておずおずと口を開いた。

「あの・・・・あたし、本当に、そんなこと口走ったんでしょうか・・・・」

「本当に覚えてないのか?」

「あ。。。え。。。」

速水はニヤニヤしながら言う。
「証拠もあるぞ。」

「エッ・・・ななな何の証拠ですか??」

「シンデレラはガラスの靴だったが、きみの場合は、これだ。」

そう言って、速水はスーツのポケットから黄色いチラシを取り出し、
マヤの横に座って、前のテーブルに広げて見せた。



”はやみさんすき  北島マヤ ”



「なっ・・・・なんですかーーーこれ??」

「何って・・・きみのガラスの靴。つまり証拠だな。
 ほーら、サインは確かにきみのものだろう? このたどたどしい文字も
 きみの筆跡だし。」

ほとんど無駄だと思いつつも、マヤは抵抗してみる。
「何であたしの筆跡だってわかるんですか?」

「何でって・・・・俺はきみの高校の成績があまりにひどいんで、
 何度も校長に呼び出しをくらってたんだぞ。きみの筆跡くらい知ってるさ。」

「・・・・・・」

鈍いマヤにもピーンときた。
きっと、自分の気持ちの他にも、いろいろと余計なことまでしゃべってしまったに
違いない。うわぁぁぁぁぁどうしよう・・・・・


あわてて考えを巡らすマヤに向かって、速水が少し真面目な顔をして言った。


「これは、本心として受け取っていいんだろう?」


マヤは、あ、とか、え、とか、口の中でぶつぶつ言っていたが、
そのうち下を向いて小さく「・・・はい。」と答えた。


速水は、少しほっとして微笑んだ。
「これで、シンデレラストーリーが完成だな。」


とたんにマヤは首をかしげた。

完成???
完成してないじゃん。
ぜんぜんよくないじゃん。
ぜんぜんハッピーエンドじゃないじゃん。
あたしの気持ちが速水さんにバレちゃっただけじゃん。

「あのう・・・・お言葉ですが・・・全然完成してないと思うんですが。」

「・・・・・?」

「あたしの記憶では・・・シンデレラストーリは確かハッピーエンドだったかと・・・」

「?・・・・お姫様と王子様が結ばれてハッピーエンドだろ?確か。」

「そうですが・・・・今回の場合、どういう点でハッピーなんでしょうか?」

「え・・・・? きみはハッピーじゃないのか?」

「??・・・・速水さんはどこらへんがハッピーなんですか?」

「はぁ?」

「え??」


速水は意味がわからずぐるぐると考えていたが、
ハッピーエンド=両想い、でやっとそのわけがひらめいた。
そうだった。自分の気持ちを一度も彼女に伝えていなかったのだ。

「・・・・・・・・・ああああ!!!!そうか、そうか、そういうことか。
 ああ、いや、悪かった、俺が悪かった。」

「?????」

「すっかり舞い上がっていたのは俺だったのかもな。
 ・・・・・それでは、お姫様。」

そう言って、速水はマヤの手をとると、一緒に立ち上がり、
彼女の瞳をやさしく見つめながら、ハッピーエンドを締めくくった。

「私は姫のことを心から愛しております。この心に嘘偽りはございません。
 ・・・・たとえ泥酔していても、心から姫のことを愛しております。」


マヤはしばらく瞳を大きくして驚きの表情だったが、
少しして照れ隠しに言った。

「王子さま、泥酔は・・・・余計です。」


速水はおかしそうに笑うと、二日酔いの裸足のシンデレラを、
その腕の中に抱き寄せ、ハッピーエンドの甘いキスをお姫様に捧げた。











<終わり>









SEO [PR] おまとめローン 冷え性対策 坂本龍馬 動画掲示板 レンタルサーバー SEO