落葉



風はもう秋の気配。
秋風が吹けば、人肌が恋しい。



秋の日のヴィオロンの溜め息の身に凍みて、
ひたぶるに、うら悲し。
ヴェルレーヌは「落葉」でそう詩った。
ランボーは去り、巴里の秋風は彼には如何にか身に凍みたことだろう。
時を経て、現代の東京。
厳しかった残暑は夢のようにかき消え、
今は黄昏に涼風がひいやりと吹き過ぎる。


ちょっと薄着すぎたかな。
長袖とはいえ薄手のシルクのブラウス。
そろそろカーディガンがいるかしら。
宵闇の迫る街のショウウインドウにマヤは自分の姿を映してみた。
人混みの中で見つけたのは、
少し寂しい目をした自分。
まるで迷い子のように、誰かを探している。
約束したわけでもないのに、
いつの間にかここへ来ていた。
街は影絵。
人影は街を染めつくしたまま。
偽りで着飾った女達が、指折り数えている。
情人を待って。
有楽町マリオン。
そこは恋人たちの森。
森は枯葉の寝床に続くと言うのだろうか。
吹き抜ける風の肌寒さに、マヤは心許なく震えた。

もう、すっかり秋なんだ…いつのまに…。

今夜は久々に真澄と一夜を過ごせるというのに。
こんな夜風は、寂し過ぎる。ひとりでは。

速水さん…逢いたい、早く。
早く…。速水さん…。

あの熱い、真澄の肌が、マヤには俄に恋しくなった。
人肌恋しいとは、こうした思いなのか。
胸の奥が冷たい。
虚ろな心の間隙。
どこか、痛む。
どこか、切ない。
やるせない。どこかが。
薄着を通して、肌はうすら寒い。
待ち合わせまでの時間が酷く長く思え、
そぞろにマヤは自らの腕を抱いた。
それでも、足りない。今のマヤには。
知ってしまった真澄の温もりは、
もうマヤの肌から消えることは二度とは無い。
恋しいひと。その人の熱い抱擁。
ひとときそれに思い馳せ、ふとマヤは小さく溜め息をついた。
そこは、初秋の夕まぐれの街。
人波が行き交うばかり。
灯り始めた煌びやかなネオンも、一瞬、モノクロームの世界に見える。



西五番街の馴染みの寿司店で、マヤは顔見知りの職人と他愛ない会話を交わしながら食事を終えた。
今夜、速水さんと逢ったら、何から話そうか。
話したいことは沢山ある。
今年のボージョレ・ヌーボーは去年のようにドミニク・ローランがいいかしら。
今年はどこの土瓶蒸しが美味しいかしら。
西洋美術館の催し物はどうかしら。
芸術祭賞は誰が獲るかしら。
だが、いざ逢えば、言葉は何も要らない気もする。
暫し独りもの思いに耽るマヤに、寿司職人が軽口を叩いた。
マヤは含羞んで俯いた。
そして時計に目をやる。
そろそろ時間…。
するりとマヤはカウンターから滑り降りた。
勘定を済ませて店を出ると、弾む思いでマヤは晴海通りへ歩いた。
タクシーで、いつも真澄と密会する皇居堀沿いのホテルに向かう。
銀座からは車で5分もあれば着いた。
すでに深い夜。秋の長い夜が始まっていた。



随分と久しぶりのような気がする。
だが、いつもの部屋に入ってしまうと、
部屋の空気は穏やかに澄んで、すっかり慣れた場所。
つい昨日、この部屋を訪れたばかりのような錯覚もマヤは覚えた。
見覚えたキングサイズのベッド。
真新しい清潔なシーツ。
豪奢な羽布団。
シャワーを済ませて袖を通す厚地の綿のバスローブの感触もまた。
だが、真澄の到着を待つ胸の高鳴りには、マヤは慣れるということを知らない。
幾度逢瀬を重ねても、このひとときの時めきは、マヤを果てしもない恋情の高ぶりに誘う。
恋のさなかにあるマヤの感性は自然、鋭くなっていた。
ドアがノックされるのが、確かに予感できるのだ。
革張りのソファでワイングラスを傾けながら、一瞬、マヤは息を詰めた。
次の瞬間、部屋の扉が鳴った。
――速水さん…!――
マヤは身を翻してドアに駆け寄り、施錠を解いた。

「やあ。久しぶりだったな。」

恋い焦がれた真澄の慕わしい声が、マヤの胸に途方もなく甘く響いた。
ひと刹那見交わす、瞳と瞳。
真澄の瞳の深い色。
ふっ、と、真澄のまなじりが緩む。

「どうした?」

マヤは何も言葉にすることなく、真澄の胸に頬を寄せた。
後ろ手で真澄はドアを閉じて鍵を掛ける。そしてその両のかいなにしっかりとマヤを抱き竦めた。
湯上がりのマヤの頬に真澄の上質な仕立ての上着の感触が心地良い。
つと真澄はマヤを抱く腕に力を込めた。

どれほどか、この抱擁が恋しかったことか。

真澄の腕の中で、マヤは高ぶる想いに、瞳を潤ませた。
言葉に、できない。
今は。今は何も。
マヤのその激しい動揺を心得たかのように真澄の腕が緩むと、真澄は身を傾けてマヤに唇を寄せた。
最初は軽く触れるだけの接吻。慰撫するがごとく。
あ、い、た、か、っ、た。
真澄はマヤの唇に唇でそう語った。
恋人達のくちびるはこの時熱く互いを求めて止まなかった。



真澄の半裸。
美しく均整の整ったその逞しい四肢を、ベッドに横たわってマヤは眩しく見あげた。
腰にバスタオルを巻いただけの真澄はベッドの羽布団を捲り上げると、ゆっくりと裸身のマヤに躰を重ねた。
ベッドが僅かに軋む。
重なり合う、裸の肌と肌。
ぬくもりとぬくもり。
マヤは真澄の広い胸にしっかりと抱き締められた。
真澄の拍動が力強い。
ああ、この温もり。この真澄の肌の暖かさ。恋しかった。これこそが。
涙するほどの喜びが、感激が、ひたひたとマヤを満たす。

「速水さん…。」

マヤはひし、と真澄に縋りつき夢見心地で陶然と呼びかけ、そっと眸を閉じた。
そうしたマヤの可憐な風情。
縋りついてくる華奢な細い二の腕。その柔肌。
真澄にはそれらは愛おしくてならない。
長の年月を費えて、ついに手にした、この掌中の珠。
仄かに香り立つマヤの若い素肌の馨。
それが真澄の欲情に火を点ける。
燃え立つその焔に真澄の瞳がちかりと暗く光った。
熱く貪婪なくちづけが、ふたりの交歓の始まり。
変化に富んだ真澄の深いくちづけが、マヤの紅唇に妖しく性感を誘い出す。
巧みにマヤをいざなう真澄のくちづけの熱。
強く抱き締められ、くちづけの嵐に翻弄され、マヤは誘惑される。果てしもない性の快楽へ。
このひとときには口脣もまた、愛戯のたくみ。
烈しくマヤを貪る真澄のくちづけに、すでにマヤは夢中にさせられる。
くちびるが甘い。蕩けるようだ。
そして性感は痺れるようにマヤの総身にじんわりと広がってゆく。
わけてもなお、マヤの躰の中心に、性感は疼くように響いていく。
酷く感じ易い。くちびるだけでさえ。
我知らず、マヤの吐息は乱れ、真澄のくちびるの下から喘ぎが漏れる。
抱き締められ接吻される。
その悦びは深く、マヤの総てを満たす。
なぜこの腕に抱かれずにいられたのか?
なぜひとりきりで夜々を過ごすことができたのか?
今はそれがとても信じられない。
真澄に抱かれる、この幸福。
真澄と触れ合う、この喜び。
マヤの大腿に、もはや既に真澄の昂ぶりが熱く、硬い。
真澄が自分に欲情している。
それはマヤにはこころ密かな喜悦。そしてそれは蠱惑の誘惑。
ああ、もうどうなってもいい。
どうされてしまってもいい。
速水さん、あなたが好き…。
募る慕情は今この時、みるみる性の衝動へと変わる。
真澄のくちづけだけで、マヤの花芯が性感に痺れた。
…感じ易いな、今夜は。
獣を狙い澄ますように鋭く真澄はマヤの興奮を感得した。
…それならば。
いいだろう。一気にやってやる。
真澄に組み敷かれて、マヤは真澄の嵐のような愛撫に呻いた。
花開くばかりのマヤの若いたわわな乳房は真澄の掌に揉みしだかれた。
ほんの少しの愛撫にも過敏に反応して仰け反るマヤの姿態もまた、真澄には愛おしい。
感じさせてやりたい。幾らでも。
真澄は脚でマヤの両の大腿を押し広げた。
そして、秘められたマヤの花園に手を伸ばす。
マヤが腰を揺らめかした。
真澄が指先で花弁に触れる。
あられもない嬌声をあげて、マヤが身を捩った。
確かに今夜はマヤの反応が速い。
マヤの花園はすでにたっぷりと愛蜜に溢れ、しとどに濡れていた。
これならば。
真澄はそこに施す愛撫も早々に切り上げると、マヤの脚を大きく開かせて
熱く滾る己の先端をマヤの躰の入り口に潜り込ませた。
甲高く叫んで、マヤが腰を浮かす。
真澄はマヤの肩を押さえつけて、ひといきにマヤにその巨きな熱いものを挿入した。
マヤの大きな嬌声が部屋に響いた。思い切り、マヤが仰け反る。
真澄に一気に貫かれる目眩く快感。
征服される。完全に。真澄に。
速水さん…あたし…。
今、結ばれたふたりは確かに、ふたりだけの世界に没入した。
真澄が完全に挿入を終えると熱く爛れたマヤの内壁から秘液がとめどなく流れ出した。
マヤ…こんなにして…。
その淫奔なマヤの秘芯の濡れを真澄は心ゆくまで堪能した。
そしてすぐ真澄は烈しく続けざまに腰を突き動かした。
快感を訴えて、マヤは喘ぎ、すすり泣く。
真澄を咥えこんだマヤの内壁は濡れに濡れて潤み、内奥の襞は充血して真澄に絡みつく。
その感触を真澄は愉しんだ。
真澄が素早く腰を突き上げるたび、互いの最も感じ易い部分は互いに刺戟し合う。
結合したそこから生まれる、えもいえぬ快感。
真澄の力強い律動に、マヤは断続して叫び続ける。
眩暈がするほど強烈な花芯の快感。
ああ、いや…あたし…濡れる…濡れちゃう……。
まさしくマヤの内部は蕩けるように柔らになり、熱して真澄の巨根に擦りあげられた。
真澄はマヤの片脚を高く持ち上げ、より深く力強くマヤに己を穿った。
体位を変えられてマヤは激しく呻いた。
マヤの花芯の内奥、最も感じ易い糜爛した丘を、真澄は飽かず責め立てる。
真澄もまた、吐息を荒げる。
真澄はマヤの内部の一点を狙い澄まして、続けて刺戟を与えた。
快感を訴えるマヤの淫蕩な嬌声が次第に切迫してきた。
官能は俄に高まり、マヤを圧倒する。
真澄に突き上げられるたび揺れる、なめらかな陶磁器のような真白い乳房を真澄は指で愛撫した。
その先端がまた敏感で、触られる快感は真澄に貫かれている花芯に連動していた。
譫言のように、夢中でマヤが真澄の名を呼ぶ。
それはいつも、マヤの絶頂の兆し。
マヤを溺れさせマヤに与える快楽は真澄にとっても深い悦び。
互いの熱い疼きをぶつけ合えば、結ばれた部分は淫靡な音を立てた。
真澄はマヤの秘所外部の肥大した蕾に指を添えてやり、巧みにそこを擦ってマヤを導いてやった。
「いっていいぞ。」
「マヤ、一度いけ。」
もはやマヤは快楽の大波に攫われるまま。
マヤの躰の入り口は肥厚してきつく締まり、初めはゆっくりとだが次第に急速に蠕動して、
そして待ち焦がれた瞬間がマヤを襲った。
素早く真澄はマヤの上体を抱きしめてやる。
真澄の腕の中でマヤは悶え、訪れた絶頂に晒された。
真澄が奪っているマヤの花芯はきつい収縮を繰り返した。
マヤは歓喜に浸りきった。ひとしきり、マヤの嬌声が長く高く続いた。
収縮するマヤの花芯に真澄もまた絶頂に誘われたが、真澄はきつく眉根を寄せてそれを怺えた。
吐息を弾ませて、マヤはベッドにぐったりと頽れた。
真澄はマヤの額の乱れ髪を整えてやる。
「よかったか?」
真澄が囁いた。
乱れた呼吸の下、マヤはまだ喘ぎながら、うんうんと頷いた。その仕種も真澄には愛らしい。
「マヤ…愛している…。」
睦言は優しかった。烈しい快楽の余韻に朦朧としながら、うっとりとマヤはその柔和な声音を聞いた。
真澄はマヤに軽くくちづけると、マヤから身体を離した。
真澄の昂ぶりに絶頂の後の花芯を擦られて、マヤは呻いた。
身体を起こすと真澄は、マヤの花芯に顔を近づけた。
そして、その指をマヤの花芯に差し入れる。
再びマヤが声をあげた。
指と舌戯で、真澄はマヤの秘所を丹念に愛撫した。
10分、20分…。
蕾を舐められる。吸われる。しゃぶられる。内壁を指で掻き回される。舌を差し入れられる。
与えられるその途方もない快感。
真澄があえてマヤを焦らして舌戯を止めると、舐めて、ねえ、お願いと、マヤは羞恥も忘れて夢中で懇願した。
真澄に施される花芯への巧妙な愛戯にマヤは幾度となく絶頂に導かれ、そのたびマヤは狂喜した。
そろそろ頃合いか。
真澄はマヤの四肢をベッドに俯せた。
マヤの膝を立てさせると、真澄は後ろ抱きにマヤを抱いて、再びマヤに押し入った。
今宵の性戯ですっかり熟したマヤの内壁は真澄の昂ぶりにみごとに絡みついた。
真澄はもう躊躇なく思うさまマヤを征服し、マヤを導いて官能の最後の極まりへ赴いた。
真澄が腰を突き上げるたびマヤの乳房が大きく揺れた。
ふたりは互いの性感を堪能し尽くし、やがてふたりともに絶頂の時が訪れた。
「マヤ…!」
「速水さ…ん!」
その時。
真澄はマヤの内奥深く、望むままその激情を解き放った。



真澄はマヤを横抱きにしてベッドに身を投げ出した。
マヤの胸に真澄の心臓の鼓動がまだ速い。
愛する人に存分に愛されるということの幸福。
今はただ、それに酔えばいい。
それだけでいい。
過ぎてゆく束の間のこのひととき。
まだ収まらない性感のたゆたいに身を任せて、マヤはほうっ、と溜め息をついた。
真澄がマヤの頬に静かにくちづける。
満ち足りた思いがふたりを包んだ。
いつか知らず、マヤは真澄の胸に頬寄せて、軽い微睡みに落ちていった。

秋の夜長。
夜をこめて、神は愛を分かつ者たちに祝福を与えたもう。
みもと近く登らんとする真実の愛の営みのゆえに。
この夜、ふたりは疲れ果ててともに眠りに落ちるまで、思いの丈こめて存分に繰り返し愛戯に耽った。





「身体には気をつけるんだぞ。」
「うん。速水さんもね。」
「今度は、そうだな、12月になるか。」
「クリスマス?」
「まだ判らないが。」
「電話、待ってる。」
「ああ。」
名残の接吻をマヤに贈ると、真澄は上着に袖を通した。
マヤの笑顔に見送られて真澄は密会の部屋を後にした。
真澄の残り香を惜しみながら、マヤも化粧台で薄化粧を整える。


ホテルを出ると、陽差しは透き通り、美しい秋のひと日の始まりだった。
日々、忙しさに紛れて過ごせば、また次に会える日もすぐに来るだろうか。
次に真澄と会う時には、この木立の木々の葉はすっかり落葉しているだろうか。
それでも、いい。
今は。

マヤは燦めく秋の陽光を眩しく見あげた。
空はどこまでも青く澄んでいた。




――ヴェルレーヌ「落葉」上田敏訳――
秋の日のビオロンのためいきの身にしみて ひたぶるにうら悲し。
鐘のおとに胸ふたぎ色かえて涙ぐむ 過ぎし日のおもいでや。
げにわれは うらぶれて ここかしこ さだめなく飛びちらう落葉かな。








終わり





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こちらはくるみんさんご主催「秋の宴」2005/10/15〜11/30 の「夜の宴」ご投稿作です。
以下がアップしていただきました時の私のBBSコメントです。

「夜の宴」ということで、すれすれ地上15禁?でございました。お粗末様です。
私は、人間として性は真面目に取り扱うもの、と考えています。
ですので私にアブノーマルは求めないでくださいね。
相変わらずのワンパターンでスミマセン。
このたびは隠しページ無しということでしたので、
こうした性描写作にありがちな喃語・擬音語は一切あえて省きました。
くるみんさん、このたびはお世話になりました。本当にありがとうございました。
2005/9/29 紫苑。








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