Chapter 8 〜Epilogue〜


8月某日。
マヤの出演するTVスペシャル、『2007年度 美生堂夏休みヒューマンスペシャル第二弾
甦る日本のマザーテレサ 井深八重の愛と献身の生涯 』は、全国ネットで放映された。

ドラマは2日とも30%を超える高視聴率を獲得するとともに、
マヤの井深八重役の演技は、高い評価を得た。

演劇の専門家らは、撮影スタッフと同様、井深八重そのままの姿でありながら八重の精神性を
如実に映し出したメッセージ性の高い演技でもあると、こぞって激賞した。
演劇を良く知らない一般視聴者からも、感動して涙が出た、八重役の女優は
どんな人物なのか彼女の劇が見たいという問い合わせがTV局に殺到していたし、
各企業やNPOからも、ハンセン病をはじめ難病への金銭的…人的…物的支援の申し出が
数多くなされた。

多磨全生園の大垣からも、大都芸能を通じ、患者も職員も大変感動したとのお礼の電話が入った。
“八重は、あたし自身にもとても思い出に残る人だけど、
それよりも何よりも患者さんや大垣さんに喜んでもらえた事が本当に嬉しい……“

マヤは八重役にめぐり遭えたことに、
そして色々葛藤があっただろうにこの役をきちんと手配してくれた社長としての真澄に、
感謝していた。



TV放映から、約2週間後の8月下旬。
マヤは、真澄と二人、山梨のとある寺院へと向かっていた。
今日はマヤの母、春が亡くなってから丸6年、春の7回忌の日にあたる。

真澄と母のことを話してから数日後、
マヤは真澄に、二人で7回忌をしたい、と申し出ていたのである。
源造と麗には7回忌の事情を説明し、母の菩提寺が山梨と不便なこともあって、
劇団つきかげからは簡単な供物を手配してもらうことで落ち着いた。

マヤと真澄の二人は朝早めの時間に車で東京を出発、
午後一に7回忌の法要の予約を入れていた。
法要と墓参が済んでから伊豆に向かい、2泊程真澄の別荘で過ごす予定である。
施主であるマヤは黒の洋装の喪服に身をつつみ、
真澄はダークグレーのスーツといういでたちだった。

車の中では、二人ともまだ言葉少なだった。
「もう、6年もたったのね……。」
「ああ………」

中央自動車道の車窓風景は相変わらず側壁の無機質な灰色に覆われていたが、
時折、次第に増えてゆく木々の緑色が顔を覗かせていた。

「速水さん……」
「どうした、マヤ?」
「あたし、大事な人のために喪服を着るのは、今日で最後よ………」

確かに、施主といえども7回忌を超えれば無理に喪服を着る必要はないから、
他に肉親のいないマヤにとっては今日が最後、かもしれない。
しかし、相手が自分かどうかはともかく、若いマヤはいずれ結婚し、家族を再び得るだろう。
何故突如としてマヤがそんなことを言い出したのか、真澄にはわからなかった

「何故いきなり、そんな事を?」
「だってあたし、速水さんのためには絶対喪服なんか着ないもん!」

瞬間、真澄は頭を金ヅチで、ガーンと殴られたような衝撃を覚えた。
“それは、俺とは将来一緒になる気がないって……ことか??”

「…何ヘンな顔してるの?どうしたの?
教えて、速水さん。何かあったら話そう、ってこの間言ったばっかりじゃない!!」
「うっ……」

今思ったことを馬鹿正直に言えるか……と、口ごもってしまう真澄。
そこに、僅かに笑みを含んだマヤの、容赦ない言葉が、更に追い討ちをかける。
「ひど〜い!あたし達二人で一人なのに、母さんの所に行くときまで隠し事するワケ?」

どうやら、真澄にしては珍しく、マヤに一本取られたようだ。
渋々、真澄は返事をする。
「いや、その、喪服を着ないってことは、
マヤは俺と、『喪服を着る関係』にはならないってことか、と思ったものだから……」
「速水さんは『喪服を着る関係』になりたいの?」
「…………マヤはそうなりたくないのか?」

真澄の問いに、マヤはにっこり、笑う。
目を潤ませて真澄を見つめるその風情は、喪服にはあまりに不似合いな程、愛らしかった。

「速水さんが、あたしよりも一日でも長生きしてくれれば、お互い丸くおさまるじゃない!!
 そうすれば、『喪服着る関係』でもあたしは喪服を着ないで済むし。
 ね、あたしより絶対長生きしてくれるよね!約束!!」
「お、おいおい…俺がマヤより幾つ年上だと思ってるんだ?
日本人男女の平均寿命知ってるんだろ?」
「100何歳で元気なおじいさんだって、60代70代で亡くなるおばあさんだっているわ。
 自分や相手の運とか、巡り合わせでそんなのいくらでも変るわ。あたしと速水さんの運に
かけてみなきゃ判らないじゃない。生きてみないと判らないじゃない」
「まいったな……」

『やってみなければわからない』、正にマヤらしさ全開のセリフだ。
一般常識ではまずないだろうと些か苦笑しながらも、
顔も知らぬ父、母、月影など大事な人に早くに先立たれたマヤのことを、真澄は思った。
それに、マヤが言うならそうなるかもしれない……と
本当に思えてしまう自分が自分の中にいることにも、真澄は正直、驚いていた。

「わかったよ……マヤ。約束する。君には絶対、喪服を着させないから。」
「有難う、速水さん……」

運転を続ける真澄の、シフトレバーに軽く置かれた左手に、マヤはそっと自分の掌を重ねた。
重ねられたマヤの手を取ると、二人は指をからませ、互いの手を握りしめた。


時間の遅延もなく順調に寺に到着すると、7回忌法要の支度は既に整えられていた。
既に時折の墓参でマヤも真澄も顔見知りになっていた住職と弟子が、
二人を出迎えてくれた。

尤も、出席者はマヤと真澄のみ、故人である春に親戚知人もいなかったから、
法要といってもお斎(仏事後の食事)もなく、極めて簡素なものである。
焼香し、読経をしてもらい30分ほどで法要は終了した。


法要を無事済ませたマヤと真澄は、連れ立って、母、春の墓前を訪れた。

墓標を掃除し、花を手向け、線香を上げる……
墓参する折の習慣ではあるが、二人で一緒にするのは初めてだ。
母の前に共にいることが、二人には嬉しくもあり、少々照れくさい感じもあった。
墓の前に二人で並び、目を閉じて、手を合わせる。

まずマヤが、母の墓前にそっと語りかけた。
「母さん、きたわ。……こちらが速水さんよ。といっても、母さん知ってるよね。
写真も見せたし、速水さんと何回も会ってるんだよね。」
「マヤ……知ってたのか」
「うん。紫のバラのときも、付き合いはじめた後も、来てくれてたでしょ?一人で……」

真澄が、マヤの言葉を継いだ。
「北島さん……また、寄らせてもらいました……。
僕がここに来る資格があるのか、今でも判らない……
 来るたび貴方にお詫びし、マヤを陰から一生見守る、としかお伝えできなかった。」

マヤが再度、真澄の言葉を引き継ぐ。
静かに、しかし確かに、言葉のリレーが続いてゆくのを、二人は感じていた。

「でも母さん、今日は、二人なの」
「母さん、二人で一緒に、母さんに謝って話して、そして伝えるために来たの。
 夢の中で、母さんと、母さんの道は消えてしまった。母さん、本当にごめんなさい。
 でも、約束するから……。
これからは、二人で、消えちゃった道をまたちゃんと作ってゆくから。
これからは、二度と、誰かの生きる道を消しちゃわないように、二人とも頑張る。」

真澄が、再びマヤから言葉を引き取った。
「北島春さん……申し訳ありません……
 だがこれからは彼女を、マヤを陰で見守るのではなく正面から向き合い
お互い支えあってゆく、その決心だけはお伝えしたくて、今日は参りました…。 
 この上願い事のようで本当に心苦しいが、どうか、私とマヤを見守ってください。
私達が間違いを起こさないように。
私達がお互いの力になれるように。
私達が一緒に長い道のりを進んでいけるように。
私達が一緒に開いてゆく道が、しっかり残ってゆくように。  」

そして、二人の声がそっと、合わさる。
「お願いします………」

手を携え、頭を垂れる二人の上を、ゆっくりと時間が流れていった。
どのくらい経ったであろうか、
どちらからともなく二人は頭を上げ、ひとときの別れを告げる。

「北島さん……また、来ます。」
「母さん……また、くるね。」

「行こうか、マヤ。」
「ええ、速水さん!!」

かたく繋がれた互いの手、互いを交差してゆく優しい眼差し。
二人にもたらされるその感覚は、
マヤと真澄それぞれに、例えようもない程の安心感を与えていった……。

歩き出さなければ、道が開けることはない。だが、道を開くための歩みを焦ることもない。
一歩一歩進めば、僅かな一歩であろうともやがてはその一歩の分だけ、道になってゆく。

ゆっくりと、二人で、歩んでいこう。 
……夏の終わりの陽射しが差し込む樹々の下、思いを新たにする二人の姿が、そこにあった。







− 完 −











papipapiさま後書き

これを本当にマス誕に載せてよいものかどうかと非常に戸惑っています。
というのも、話の出来もさることながら、結構、暗い部分もあるんです、展開が・・。
話題が話題ですし・・・・。

と申しましても、実はそんなに話の波も明確な結末もないですし、
役はうまくできて速水さんとも理解を深めてハッピーエンド!にはなってますが。

あえて言えば原作の大きなエピソード一つの文字版のような感覚で
お読みいただくと違和感が少ないかもしれません。

なお、文中に出てくる学校は有名どころからお名前拝借しました。
清泉さんと香蘭さんと聖心さんを混ぜたような学校名ですが、
どちらも私の母校ではありません(笑)。

結末が意外にうまくかけなくて、沈没してしまいました・・・。燃え尽きた感が・・・
初めてだからか、一度にガッと書ける部分と難航する部分の落差が大きく
そのことが少々苦しかったです。

特に結末は、個人的な考えですが
どうしても速水さんのあからさまなプロポーズは入れたくない、
超常現象的な(春さんの霊が語りかける、とか)ものは入れたくない、と
非常にここだけは拘っていたため、不完全燃焼状態になってしまいました。

本当に、この作品は紫苑さまのサイトを拝見していたから書けたものと私も思っております。
私自身はキリスト教の信者というわけではないのですが
(→仏教にもキリスト教にも神道にも共感してしまうのです・・・・)
中高で見聞きしたキリスト教の考えに大変影響を受けているのは事実です。
紫苑さまの作品には、キリスト教に触れたものが散見されましたので、
元々八重をマヤさんに、とは前から思っていたのですが、今回抵抗なく文字にできました。

執筆は大変でしたが、色々裏設定も思いついていて、楽しかったです。
長編は当面・・ですが(←勉強にも影響が出そうですので・・)、
短いものは、思いついたものも含めていずれ文字にしてみようかな、と思っております。


紫苑より

papipaiさま、デビューおめでとうございます!
それはとあるパスワードお問い合わせメールの一文でした。
“私もいつか書いてみたいと思っています”
お問い合わせメールの文章を拝読しこのかたは書ける、と確信しまして(^^)
即、お誘いのメールを差し上げました。
構想を伺い、それならばぜひ、とお願いしたのです。
執筆開始から実に1か月がかりでワード文書50ページの長編を
きっちりお約束通りの日程でご納品下さいました。
ガラパロとしては“マヤちゃん役作りモノ”に相当する本作ですが
着想にズバリの聖句を引用されたことに非常に感激いたしました。
まさしく
『神のなさることはすべて時にかなって美しい』(伝道の書3:11)
であります。

これが処女作ですよ、皆様。
papipapiさまの並々ならぬ熱意とご尽力にどうぞ心からの拍手をお送り下さいませ。
本作につきましての今後の課題は、papipapiさまご自身はきちんと理解していらっしゃいます。
次回作にきっとよき実りをもたらすものと私もとても楽しみにしております。

みなさまのpapipapiさまへの暖かな見守りと励まし、
応援メッセージ、
どうぞくれぐれもよろしくお願いしますm(_ _)m




HN:(無記名OK)



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