エリザベートの一日

日本語歌詞著作権:東宝・宝塚歌劇団








 満開の桜も散り初めようかという盛りの春の輝かしい一日、百合は、期待を胸一杯にふくらませ、地下鉄有楽町線から、外の桜に目をやった。
今日は、先月の半ば、ヤフーオークションで苦労してチケットを落札した、帝国劇場東宝ミュージカル『エリザペート』を観劇するのだ!
昼の部。ダブルキャストの死に神役トートは、今日は内野聖陽。有楽町線が地下鉄に潜る。だんだん日比谷駅が近づいてくる。
ああ、楽しみ……。百合は一人、今日目にするであろう魅惑と幻惑の世界に、わくわくと思いをはせた。
百合には、帝劇は、高校生の頃森繁久弥『屋根の上のヴァイオリン弾き』他『ラ・マンチャの男』などを観て以来の来場である。
昔を懐かしく思い出しもするが、なにしろ、今日の演目は、『エリザベート』、なのだ…!



 言うもまでもなく『エリザベート』は、1992年9月3日のウィーンのアン・デァ・ウィーン劇場で初日を開け、以来ウィーンで大ヒットロングランとなった
初のドイツ語ミュージカルである。凋落寸前の19世紀中央ヨーロッパを支配したハプスブルグ帝国皇妃、エリザベートの数奇な生涯を、
ハプスブルク家の崩壊という全く新しい視点から描き出し、その抽象的な舞台装置、圧倒的な主演陣の歌唱力・ダンス力で一世を風靡した、
大作・名作ミュージカルだ。日本では、当時殆ど認知されてはいなかった。が、宝塚歌劇団は阪神大震災の復興のさなか、紹介を介して
この名作の国内上演に向けて始動した。当時の雪組に、歌唱力では当代随一を誇り、ウィーン国立歌劇場オーケストラと共演ビデオを作成するなどの
経緯も経ていた一路真輝を擁していた。この一路真輝をもってして、宝塚歌劇団はウィーン劇場協会に、日本上演権獲得に動いた。
それこそ、インターネットを駆使した、日本とウィーンとの交渉、打ち合わせが続き、ついに1995年9月、宝塚歌劇団は、
『エリザベート』上演の記者発表を執り行った。翻案・脚色・演出は、歌劇団外部作品でも評価の高い菊田一夫賞受賞者小池修一郎。
男役主体の宝塚が皇妃エリザベートをタイトルロールとするこの女性劇をどう脚色するのか。その点、この『エリザベート』には、「死に神トート」という
まさしく宝塚にうってつけのキャラクターが存在したのである。このトート役こそ、ウィーン版『エリザベート』の真骨頂である。
黄泉の帝王、ドイツ語で正しく「死」を意味するトート。トートはエリザベートを愛し、その一生涯を通じて、エリザペートを死の世界に誘惑する。
宝塚版制作に当たっては、この一路主役トートのために、作者・ミヒャエル・クンツェ及び作曲者・シルヴェスター・リーヴァイが
新しく新曲「愛と死の輪舞(ロンド)」を書き下ろしている。これが、天界の調べもかくや、という珠玉の、この上なく美しい名曲であった。
かくして1996年2・3月、宝塚大劇場で『エリザベート』雪組公演は上演され、演劇界各方面から絶賛された。
6月には、一路真輝退団公演として、東京で、これも大成功を収めている。その後、宝塚歌劇団では、星組、宙組で連続再演され、絶大な人気を博した。
殆ど、セリフの無い、全編が歌唱で綴られる、圧倒的な歌唱劇。出演者には通常のミュージカル以上の歌唱力が要求される。
この『エリザベート』上演を経て、宝塚生徒の歌唱力も飛躍的に向上したことは間違いがない。退団後も一路真輝にのみ歌唱が許諾されている、
名ナンバー「私だけに」を、一路はコンサート、テレビ出演の際などで披露していた。
そして、早くも2000年、宝塚歌劇団は、同系列である東宝ミュージカルに、『エリザベート』の外部上演許諾を与えた。
無論、一路真輝によるエリザベート、が主眼である。
オーストリァ、オランダ、スウェーデン、ハンガリー、ドイツ各国でこの『エリザベート』は絶賛上演されているが、
玲瓏としたトート役と端麗この上なく歌唱力に秀でたエリザベート役、両方をこなしたのは、世界でもこの一路真輝、ただ一人である。
2000年6〜8月の3ヶ月ロングランとして帝劇で上演された、この東宝ミュージカル『エリザベート』は、連日満員御礼、観客は熱狂し、
大成功を収めた。その8月末には、翌年つまり今年の全国縦断4箇所上演も決定された。その皮切りの、帝劇再演。
それが、百合が今日観劇する、この日の『エリザベート』公演であった。
前年に引き続き、トート役は内野聖陽と山口祐一郎のダブルキャスト、それもウリである。
内野は、昨年の『エリザベート』で、ミュージカル初出演、文学座俳優であるが、映画、TVで大活躍の人気役者である。
山口は、劇団四季を経て「レ・ミゼラブル」日本初演のジャン・バルジャンを当たり役とし、以来ミュージカル界の重鎮である。
百合がオークションでようよう落札した公演は、ちょうど内野トート公演だった。昨年「両性具有」と評判の高かった内野トート。
百合は楽しみでしかたない。


 地下鉄が日比谷駅に着いた。ワクワクと胸躍らせて、長い地下通路を帝劇に向かう。全セリフが歌唱、歌詞を聴き損ねたら、わけがわからないよ、
というのはこの舞台を説明する畢生の名文句。百合はヅカファン当時雪組版は東西合わせて50回強は観ている。
準備は万端だ。さあ、宝塚版とどう違うのか。東宝版は、ウィーン版を小池修一郎が再度演出しなおしたもの、と聞いている。

 開演30分前が開場時間だが、その10分前には帝劇地下食堂街で、百合は軽食を済ませた。ああ、いよいよだわ!
ちょうど開場時間過ぎに、地下街からエレベーターで劇場に入る。ロビーには、濃い紫色の深々とした絨毯。圧倒的に多い女性客たちが
ロビーを埋め尽くしていた。売店に群がる人々、飲み物を買う列。ライブCDの申し込みに並ぶ列。その隅に追いやられた目立たない一角に
もうもうと紫煙の立ち籠める喫煙コーナーがあった。百合の目は、ハタ、とその喫煙コーナーに釘付けになった。
長身を淡いブルーグレーのスーツですらりと覆い、彫りの深い、冷たく厳しく人を拒否する雰囲気を漂わす、その横顔。
(は・速水真澄……!!)
な、なんでこんな平日の真っ昼間に大都芸能社長ともあろうものが、こんなところに……!
百合は内心パニクりながらも、このチャンスを逃すまじ、
と、ジュース売り場の列にさっと陣取りコーヒーを二つ買い求めると両手に掲げて、真澄に歩み寄った。
「あの…失礼ですが、速水社長、でいらっしゃいますよね?…これ。どうぞ。」
そう言って、百合はコーヒーを差し出す。
「ああ、これはこれは。どうもありがとう。」
真澄は言って、百合をまじまじと見おろす。百合は素直に尋ねる。
「あの…今日はまた、どうされたんですか?」
「ハハハ、妻の代理ですよ。妻に急に急ぎの仕事が入りましてね。」
その率直な妻、という言葉には百合の胸はちくりと痛んだが、道理で、と納得した。
「センターに空席を作るわけにはいきませんからね。僕もちょうど息抜きが出来ていい。」
そう言って、真澄は百合から受け取ったコーヒーに口をつけた。煙草とコーヒーと、代わる代わる、真澄は口にする。
百合はまさか、の僥倖に、今日は本当に来て良かった、と二重の喜びに、小躍りせんばかりに嬉しかった。まさかまさか真澄さまと会えるなんて!
「貴女はこの観劇は?もう何度かいらしていますか?」
「い、いいえ、今日が初めてなんです…」
「そうですか。それは楽しみですね。じっくり堪能されるといい。」
「あ、はい、楽しみです、とっても。」
真澄は煙草を揉み消すと、大して美味でもないコーヒーを飲み干し、座席に向かおうと座を外した。真正面の29番席なので、先に着席していないと、
後が面倒だからである。
「お嬢さん、どうもありがとう。楽しんできて下さい。」
真澄は百合に声をかけ、幽かに微笑むと、手を振って客席に向かった。
「はい、ありがとうございます!」
百合は真澄の背に声をかけた。『エリザベート』を観るだけじゃなくって、それも真澄さまと同じ空間で観られるなんて!
心の底から、百合は幸運に感謝した。
さて、百合はセンター上手(かみて)寄りのC列である。やはり真澄同様、ブロックの中間の席なので
早めに着席しないと、他の客の迷惑になる。が、プログラム売り場を探してウロウロしている間に、客達は早々と前方座席を埋めている。
1500円の分厚い、B4版のプログラム。帰りに買えばいいわ、と、百合は劇場内に入った。通路には補助椅子席まである。
オケボックスから生音が聞こえるので、思わず百合は最前列に歩み寄ってオーケストラボックスを覗き込んだ。ナマ演奏だ!
てっきり録音、とばかり思っていたので、百合はますます幸福感に満たされた。38人編成による、オーケストラ生演奏での、上演である。
「スイマセン…」
既に着席している観客の前をなんとか通り、自分の席に着いて、百合は人心地ついた。そして、舞台と花道、照明、音響設備、緞帳、と一通り見回した。
ええと真澄さまは…。真澄は、百合と同じ、C列のど真ん中に着席して淡々と正面を向いていた。
別の日の29番の席、オークションで40000円で出ていたっけ。
誰が落札したんだろうなあ。百合は思った。百合はわざわざ調べなかったが、
それを落札したのは、実は百合も先日会ったばかりの、ユーリなのであった。
縁、とは、得てして、そうしたものだろう。A列35番には、お供の女性をともなって、歌舞伎町でヅカ・バーを営む瑠美子ママも、
今日は来席していた。あ、瑠美子さんだ、挨拶しようかな、とは思ったものの、すでに、もう座席からは立つことが出来ない。


 開演5分前の音楽が鳴り響く。すると、音もなく「富士ゼロックス」と左端に刺繍された白地金張りの緞帳がするすると上がる。
そこには、エリザベートの象徴である「扇」を死の世界を象徴するようにボロボロに頽廃的にデザインした、薄物の吊り物が下げられていた。
左右袖には、硬質な鉄柱と、ひび割れたレリーフの柱が聳え立ち、この物語全てが実は亡霊が廃墟で演じているのかもしれないという想像の可能性を呈していた。
客席の照明が急速に落とされ、オーケストラが調弦、チューニングを行う。A音。444ヘルツ。百合の席からは直接聞こえるそのナマの音の響きに、
百合はゾッと全身に、足の先まで痺れるような鳥肌が立った。百合の感受性は、最大限に拡大されていく。
沈黙する客席。百合は背後に何とも言えない存在感を感じた。
その直後、C列の後ろにある上手花道入り口から、2人の「トート・ダンサー」(トートの弟子達)が音もなくしずしずと登場した。下手からも、2人登場する。
そして舞台中央に進み、それぞれの振り付けで、黄泉の世界を描出する。
音楽もなく、衣擦れの音だけが響く。すぐに、後の2人ずつが左右袖から登場。
これで、トートダンサー8人が揃った。薄手の黒のダンサー衣装を片袖を脱ぐ。
これだけ近くで若い男性の半裸を舞台で観るのは百合には初めてで、その妖しい白塗りの色香には、度肝を抜かれる。
舞台上では、その異様な風体でのトートダンサーズ達が、前衛的な振り付けで着々と黄泉の世界を描き出していく。
不気味な、その緊張感。
トートダンサーたちの狂気の踊りが頂点に達した時、ダンサー達の手で薄手の吊り物が破り去られ、吊り物が上がり、舞台全貌が現れた。
中央奥には、皇妃暗殺者ルイジ・ルキーニが、首を吊った姿の吊り物で登場する。ほの暗い舞台にスポットが当たる。そして、録音の、裁判官の声が響く。
黄泉の世界は、基本的な照明は濃いブルーのカラーフィルター。それにさらに3割方、色調がアップして、より深みのある色が演出されている。
「ルイジ・ルキーニ!なぜ皇后を暗殺した!」
物語の狂言回し役であるルキーニは、首吊りの縄を引き千切り、裁判官に反論する。
「へえーぇっへっへっへっぇ、グランド・アモーレ!偉大なる、愛だ!」
「死にたがっていたから、殺したのさ!証人だっている!」
ルキーニは、霊界で、エリザベートの物語を語り始める。黄泉の世界を再現させ、死者達、エリザベートと同時代を生きた人々の死霊・霊魂を、次々呼び覚ましていく。
エリザベートの夫・フランツ・ヨーゼフ、義母・皇太后ゾフィー、父親マックス、少年の息子ルドルフと、青年の息子ルドルフ、母ルドヴィカなど。
百合には聴き慣れた、音楽が始まる。曲、『我ら息絶えしものども』。霊界の音楽、死者達の合唱、そこに混じる主要キャスト達の独唱。
百合の席では、キャストの生の声が直に聞こえる。フランツ・ヨーゼフ、鈴木綜馬のバリトンが見事に響く。
百合が小学生の時、昭和初演の月組「ベルサイユのばら」で初代マリー・アントワネットを観た初風諄の皇太后ゾフィー。
変わらぬその豊饒なドラマティック・ソプラノ。
死者達の合唱は、じきに最高潮に達していく。早いテンポだ。何せ、2時間半で総ナンバー48、シーン数40。
「エリザベート!」「エリザベート!」
合唱は鬼気迫り、主人公を連呼する。すると、舞台奥中央高くから、「双頭の鷲」ハプスブルク家の紋章を模した吊り物に乗り、
高音ヴァイオリンの「死」の音楽とともに、黄泉の帝王・死に神トートの登場である。ハプスブルク家に、「死」が君臨している図だ。
吊り物が下がりながら、内野トートの独特なソロが妖しく響き渡る。しゃれこうべを愛おしそうに手に抱いている。
東宝オリジナルの演出だ。冒頭からしてここまで宝塚版と、大きく異なっている。
とにかく、転換が早いのだ。その速さは宝塚並み。照明のキュー(転換合図)だけでも総数400に及ぶ。
もともと、宝塚雪組版を後生の宝にする百合には、内野トートには特に関心はない。ごく客観的に、観察を続ける。
(一路さんのトートの方が、綺麗だったわ…)そのように、ひとつひとつ比べながら、百合は舞台に没頭していく。
だが、なかなかどうして。内野トートの役者魂は相当なもので、ブレヒト的「異化」の演技をあますところなく披露していた。
生身の男性が抽象的存在である「死」を演ずる苦労は、宝塚男役が演ずる比ではなく、困難なことだろう。
宝塚男役の方が、そもそも男女の性を超越し、性を消し去った役者であるため、トートの抽象性は限りなく美しくソフィスティケイトされたものになるのだ。
それを内野トートは、自らの「男性」を「表面的に」消すことで、死に神トートたりえていた。「両性具有」と評されたのも、尤もだ、と
百合は思った。高嶋・兄のルキーニも、轟悠のルキーニを至上とする百合には、もの足りなかった。が、まあ、そこそこだろう。
内野トートは、しゃれこうべをルキーニにヒョイと投げる。ルキーニはそれを物珍しげに眺めやる。
死者達の合唱が、テンションを上げていく。音楽、一気に盛り上がり、
“エリザベート”を連呼するあの名ナンバーが最高潮に達すると、左右奥、額縁に皇后シシィの絵が飾られ、左のその肖像画から、
一路のエリザベート・愛らしい白地に花柄の衣装を纏った少女シシィがヒョイと、飛び出した。
舞台は2場ポッセンホーフェン城の庭。15歳のエリザベート・シシィの一路真輝登場。愛らしく生き生きと若々しい。
処狭しと、舞台じゅうを駆け回る。おお、一路さん、5年ぶりです、と百合は内心呟き、オペラグラスならぬ10倍双眼鏡で、
一路の姿を追う。テレビでアップで観ている状態だ。愛らしく喜々としたシシィ。一路さん、素でやってるんじゃない、と百合は内心ひとりウケていた。
一路は登場と共に、猟銃を手渡され、舞台前方のテラスへ出て、発砲する。その音で、ベンチの裏でシシィの家庭教師とおふざけをしていた父親の二人が飛び起きる。
やがて曲は『Wie du・パパみたいに』。シシィの父親マックス公爵は、有名な放浪家。貴族のしきたりを嫌い、野山を巡り、旅から旅へと放浪し、芸術を愛する。
ヴィッテルスバッハ家の血を濃く継いだ男である。そして、シシィこそ、この父親に強く憧れ、父親の最も濃い影響を受けている。
その、二人の掛け合いナンバー。
“パパみたいに、生きたい”
シシィは歌う。マックス役の寺泉憲のバリトンが、生の実声で、客席の百合の耳を揺さぶる。春の時代のエリザベートらしい、明るく軽やかな、楽しいナンバーだ。
家庭教師とシシィの掛け合い、そしてシシィの母親登場。親戚一同も登場し、姉娘ヘレネをハプスブルク家皇太子に見合いに連れて行く、と宣言する。
一同の会する中、ホリゾントの幕に、影絵でシシィが木にぶら下げたブランコを漕ぐ影が映し出される。
制止の声を聞かないシシィはブランコから転落する。暗転。
第4場、冥界。トートダンサー8人が、各々に舞う、そこは黄泉の世界。
鏡が舞台にぐるりと設えられる。舞台の盆が回り、円卓でチェスをする帝王トートが現れる。
そして、シシィの姿を目に留めたトート。
全ての者の死を司るトートによって、シシィもまた生命を断たれるはずだった。が、トートは、シシィの魂に触れた瞬間、彼女を愛してしまう。
運命の、出会いである。あの、美しいピアノのトレモロによって始まる、名曲『愛と死のロンド』が、トートによって滔々と歌われる。
“返してやろう、その命を。その時おまえは俺を忘れ去る。お前の愛を勝ち得るまで、追いかけよう…いつまでも追いかけてゆこう…愛と死の、ロンド…”。
命の象徴として、チェスの駒が、シシィに渡される。トートはシシィを抱き上げ、舞台にセットされたベッドに横たえる。わ・さすが男優、一路さんを抱き上げた…。
トートが舞台奥に向かって進み、シシィの家族がベッドを取り巻く。意識を取り戻したシシィ。蘇生の歌は、『パパみたいに』のリプライズ。そして、トートは舞台から去る。
第5場・ウィーン王宮、謁見の間。ルキーニが場面を紹介する。18歳の若き皇帝フランツ・ヨーゼフが、皇太后ゾフィーと政官たちに取り巻かれて、政務に勤(いそ)しむ。
宮廷で只一人の「男」と言われている皇太后ゾフィーがフランツに歌いかける。“強く、厳しく、冷静に、冷酷に。”
宮廷人達のコーラス、“皇帝陛下は神のご加護で臣民すべてに義務を果たす”。
みごとな生の声の美しい混声合唱に、百合は鳥肌が立った。皇帝と臣下たちのやりとりも、すべて歌唱である。一悶着あるが、ゾフィーがそれを裁いてしまう。
そして、「謁見を終わります」と、その場を抑える。オケのコーラスリプライズとともに、場面は転換。
この皇帝フランツ・ヨーゼフこそ、エリザベートと運命的な出会いをする、もう一人の男である。
当時のヨーロッパ上流階級の保養地、アルプス麓のバートイシュル。
第6場・バートイシュル。この日はそもそもは、シシィの姉ヘレネと、フランツとの見合いの席の筈であった。ゾフィーとシシィの母ルドヴィカ姉妹がその縁組みをした。
“バートイシュルの夏は暑い。この日は格別…” 狂言回し役ルキーニによって難曲『計画通り』が歌われる。
この見合いの席で、フランツは、しとやかなヘレネではなく、
野性的な生気に満ちたシシィの方に一目惚れしてしまう。そして、どうしてもシシィと結婚する、と、この時ばかりはゾフィーに譲らない。
“け・い・か・く〜通りに運ぶわけはない、予定通り、行かない、番狂わせ。面白い!”
ルキーニが歌う。
そして、場面は7場・天と地の間。フランツとシシィの二人のラブソング。“あなたが傍にいれば嵐も怖くない”。
この場面の締めで、舞台上で生のキスシーンだ。百合は思わず双眼鏡をさっと取り上げる。う・ウソ、ホントにキスしてる……。百合は絶句した。
宝塚時代には、まずあり得なかったことだ。いや〜ん、一路さんが男優となんて〜。内心、百合はかなり焦ったものだった。
舞台には吊り物の幕が下ろされ、ルキーニが語りつつ吊り紐を引っ張ると、さっとカーテンが開く仕組みになっている。
そこで、8場ウィーン・アウグスティン教会。
二人の結婚式である。幕が上がると、結婚式の場面。司祭はトート。そして、迫力のナンバー『不幸の始まり』。9場シェーンブルン宮殿の鏡の間。
何度観ても、この結婚式の集団演技と合唱には、百合は圧倒される。
“全ての不幸をここに始めよう、ハプスブルクの栄光の終焉…” 鳥肌の立つ、総員の演技である。
そして、その合唱のラスト、総員による斉唱、“エリザベート!”。
このあたりから舞台は、象徴的な意味合いをどんどん深めてゆく。客席が、舞台の迫力にぐっと呑み込まれてゆくのが客席の百合にも判る。
百合はオケの表現力とボリュームアップに、総身に鳥肌が立った。
結婚式のワルツにのせて宮廷人達が、二人が似合う、似合わない、と噂を繰り返す。そして、ゾフィーとマックス公爵が、結婚の失敗を嘆く。
結婚式の後の舞踏会、いつの間にやら宮廷人たちの姿は失せ、鏡が一面に張り巡らされ、舞台は黄泉の国に転換する。
そして、フランツと踊っている筈のエリザベートは、いつの間にか、トートの腕に捉えられる。
トートダンサー8人が、見事に揃って床に転がり、黄泉の国を描き出す。フランツは舞台端で、塑像となる。
音楽、『死』のテーマから、名曲ロックナンバー『最後のダンス』へ。
婚礼の最後のダンスを踊るのは、フランツではなく、最後に勝つのはこの俺さ、と、トートは絶唱する。
曲のラストに、ピタリ、タイミングを合わせて、百合は思いっきり拍手を贈った。宝塚ファン時代に鍛えた爆竹拍手である。
トートは照明の翳りに去り、フランツとの現実が、エリザベートに戻ってくる。エリザベートはフランツの腕に縋り、左袖のドアに消える。
  翌朝5時。10場・エリザベートの寝室。皇太后ゾフィーが、供を引き連れて寝室にやってくる。そして、皇后教育、と称して寝間着のままのエリザベートを責め立てる。
“ゆうべのあなたは、ぐっすり眠ったそうね”
“ウソよ、そんなこと、(フランツが)言うはずがない”
“(親子は)強い絆で結ばれてる”
ゾフィーは、ベッドの布団を剥がす。処女の証がないことを確かめるために。エリザベートは悲鳴を上げる。嫁と姑の、激しい諍いが、歌で展開される。
そこにフランツ登場。エリザベートはフランツに縋る。“フランツ、助けて、あなたが頼りよ”。ところが。
“僕は君の味方だ。でも母の意見は、きみの為になるはずだ” これを聞いて、ゾフィー一行は去る。
これには、エリザベートは絶望する。
「わかったわ。あなたは私を見殺しにするのね」 「一人にして…!」 フランツは憮然として左袖のドアに去る。
ベッドの端にうずくまり、むせび泣くエリザベート。そこに、ピアノのイントロが始まる。主題曲『私だけに』である。11場・天空。
“嫌よ おとなしい お妃なんて なれない 可愛い 人形なんて あなたのものじゃないの この私は……”
歌唱とともに、力強さが増し、エリザベートが次第に確固たる自我に目覚めていく。感動的な美しいナンバー。一路の歌唱は冴え渡った。
歌の間奏に、背後の大きな扉を左右に一人で開ける。そして開かれたホリゾントからの真白い照明に、眩しくエリザベートが煌々と浮き上がる。
“たとえ 王家に嫁いだ身でも 命までは 預けはしない 私が 命 委ねる それは 私だけに。 私に…!”
みごとなソプラノ絶唱だった。途中、百合は歌詞の合間に双眼鏡を下ろし、拍手に備える。一路の絶唱がフェルマータで終わったその瞬間、バチッと、
百合は思い切り拍手を贈った。満場の喝采が、一路に贈られる。拍手はしばらく、鳴りやまなかった。

  12場・夫婦の絆。ルキーニが、例の語りのカーテンを引く。
“結婚1年目、皇帝は忙しい…結婚2年目、女の子が産まれた 子育ての義務は無かった…”
生まれた長女は、ゾフィーと名付けられ、皇太后が引き取った。それを抗議するエリザベートにフランツは、皇太后の方がベテランだから任せようと言う。
そんなフランツに、エリザベートはますます孤独に陥っていく。
やがてエリザベートは気づく。“自分の美貌が武器になると”。フランツは、エリザベートに懇願する。
エリザベートの助力で、ハンガリー訪問を成功させて欲しいと。
ルキーニは、場面を歌い継ぎながら、皇帝夫妻のハンガリー訪問へ場面を導く。13場・ハンガリー訪問。
ハンガリーには、ハプスブルクによる支配をよしとしない、革命派の貴族たちも登場する。民衆の待つさなか、革命党達に、人間に扮したトートが近づく。
そして、皇帝夫妻登場。そこに、銃声一発。混乱する民衆。「待ってください!」 エリザベートは、来ていたマントを脱ぎ捨てる。すると、ハンガリー国家の色、三色旗を模したドレスをエリザベートは着用していた。そして、エリザベートは宣言する。
「エーヤン!ハンガリー!」
民衆は、それに応える。
「エーヤン!エリザベート!」
エリザベートのテーマ音楽とともに、民衆の歓喜の踊り、革命党の慚愧が交錯する。
エリザベートによって、ハプスブルグのハンガリー制圧は成功したのだった。
ヴァイオリンの高音。「死」のテーマと共に照明が変わり、トートダンサー2人が、子供の棺を運んでくる。ハンガリーに同道した長女ゾフィーの死、である。
トートが後ろ姿で登場、エリザベートを見つめる。そして、エリザベートは、
“娘の命をあなたは奪うのね あなたを決して許さないわ!” フランツは棺を抱き締める。

  舞台は一転。盆が回り、セットが変わる。場面は14場・ウィーンのカフェ。語り部ルキーニは、ウィーン・インテリ達の皇室批判を紹介する。
リズミックな2ビート曲『退屈しのぎ』に乗せてカフェの客が歌う。
“王家のニュースにはうんざり 退屈しのぎにピッタリ”。ここで曲に合わせて、エリザベート周辺のニュースが紹介される。
小道具に新聞を使い、“今日はビッグニュースがあるぞ 皇后が男子を出産 皇太子の名はルドルフ 姑のゾフィが連れて行ったよ”。
このカフェに、ハンガリーの革命党とウィーンの反体勢派が密かに集結している。
そこに、人間に化けて先のハンガリー場面で革命党の危機を救ったトートも現れる。
彼らは秘密裡に、革命の成功を誓う。
  そして、また場面は一転。ウィーンのカフェから、15場・エリザベートの居室へ。
机に向かい、書き物をするエリザベート。左手にドアのセット。宝塚版と逆だ。
そこに、夜のガウンを纏ったフランツがドア越しに歌う。
“エリザベート、開けておくれ 君が 恋しい…今日も問題が一杯…やすらかに眠りたい せめて今宵だけは…”
“扉を開けておくれ 心やさしい エリザベート…”。
その独白を聞きながら、エリザベートは苦悩する。そして、意を決して書面を手にし、ドアに向かって歌う。
“お義母さまが きいてくれる あなたの言うことなら”
“エリザベート どうして!”
“ルドルフに酷いしつけを”
“聞いてない”
“体罰よ 小さな子をムチで打つの”
“しきたりだ”
音楽が盛り上がる。
“古すぎる もういいわ どちらかを選んで” 「お義母さまか 私か!」
音楽、一転、エリザベートはドアを開け、フランツに書面を突きつける。
「それは最終的な最後通告です。よく読んで、選んでください。私を失いたくないのなら、その条件を呑んでください!」
そう言って、エリザベートは扉を閉める。
うなだれて下手(しもて)ドアに去るフランツ。
照明の消えていたエリザベートの机に明かりが点ると、そこには、トートがいた。そして、呼びかける。絶妙の歌唱だった。
“エリザベート 泣かないで…おやすみ 私の腕の中で”
そして死へとトートはエリザベートを誘う。
“今こそおまえは自由になれるのさ 終わる時のない永遠の世界へ”
“エリザベート…行こうよ…二人で…”
この上なく甘美な妖艶な、そして妖しいそれは誘惑であった…。しかし、
音楽、一転して、エリザベートは、
“嫌よ 逃げないわ 諦めるには早い 生きてさえいれば 自由になれるわ”
「出てって!」 “あなたには 頼らない!”
エリザベートは決然と気迫で誘惑を断つ。トートは、闇に消える。そして、場面、転換…。
  16場・ウィーンの街頭。宮廷内の確執の一方で、ハプスブルク帝国の崩壊を示唆する動きが随所で起こっていた。
ハンガリー独立を目指すエルマーら若き革命家はオーストリア市内の反体制派と組んで、地下活動を行い、街では民衆がミルク不足に怒りの声を上げていた。幼い赤ん坊が餓えているのを余所に、宮廷はミルクを独占していた。皇后の美しさを保つため。ミルク風呂に彼女を入れるために。ルキーニが左袖から、ミルク缶を積んだ荷車を押して出てくる。これも、出は宝塚と逆だ。
“ミルク 今日また 品切れ どうして” “空っぽのままじゃ帰れない 家にゃ赤ん坊が待ってる” “俺達が腹空かせひもじい時に 贅沢を持て余す奴らが居る そう!”
この『ミルク』ナンバーも、ロックリズムに乗った名ナンバーで、市民に扮したカンパニー全員による、大迫力の名曲である。ルキーニと市民達の掛け合い。
“ミルクはどこへ行った” “あるところにはあるさ” “何処?” “それは?” “ミルク風呂に入ってる” “誰?” “皇后! 真実だ” “子供が餓えて 病人が倒れる…”
“外国に構うより国を見ろよ” “市民よ怒れ” “俺達を見捨てると復讐するぞ” “皇后の美貌が国を救うなんて、誰も信じないさ” “彼女に知らしめよう 市民の怒りを”
“もう、ハプスブルグの終わり 近づいてる 立ち上がれ!” “新しい時代をこの手で掴みとろう” “時は来た 立ち上がれ 権利つかもう” “帝国の政府を倒そう”
“革命 起こす 市民革命 始めよう!” “新しい時代をこの手で掴みとろう!”
客席から、舞台の見事なアンサンブルに向けて、万雷の拍手。
  そして、1幕のラスト。17場・エリザベートの更衣室・鏡の間。皇后お付きのリヒテンシュタイン公爵夫人を筆頭に、侍女たちが、皇后のエステの準備に余念がない。
ミルク風呂、シャンプー、苺のソフレ。
“皇后陛下はその体型を保つために、一日に卵3個とオレンジ2つしか召し上がりません、そして一日3時間の器械体操に励んでおられます”
曲は『皇后の務め』リプライズ。
“皇后の務めは美貌に磨きかけ 国の威信 世界に示すため”
そこへ、皇帝フランツ・ヨーゼフ登場。“まあ、珍しい こんな時間にお召しとは”
「皇后はどこだ?」「奥ででおぐしを整えていらっしゃいます。お声は聞こえますでしょうから、どうぞお話下さい」 リヒテンシュタイン達は去る。
そして、『私だけに』のリプライズで、フランツが呼びかける。
“君の 手紙 何度も読んだよ 君の愛が 僕には必要 君なしの人生は 耐えられない!
 息子の教育 君に任せる 君の希望 すべて通そう 君が望むものは 君のものだ 感情を抑えるのが皇帝の義務だ でも君を失うくらいなら 
 信念を破ろう…”
音楽、一気に盛り上がって、正装したエリザベート登場。
あの1864年、フランツ・ヴィンターハルター肖像画の、エリザベートの絢爛たる姿…!
堂々たるエリザベートは、優雅にゆっくりと正面に歩み出る。
“お言葉 嬉しく 伺いました 陛下とともに 歩んで参ります” “ただ” “私の人生は 私のもの!”
そこへ、トート登場。
“お前に命 許したために 生きる意味を 与えてしまった”
“私が命 委ねる それは 私だけに!”
一路の、自信に満ちた、堂々たるソプラノ独唱である。
フランツ、エリザベート、トートによる 『私だけに』の感動的な三重唱で、一幕、終了…。
百合はもちろん、客席からは、割れんばかりの万雷の拍手である。なんとも、素晴らしい感動の幕切れ。百合の左目から、深い感動の涙が一筋、流れて落ちた…。

2001/4/22






  幕間(まくあい)。
百合は座席で涙の痕を素早く化粧しなおし、ロビーへ出た。緊張が一気に緩み、感受性は解放。まるで夢見ごこちだ。それに、ひどく喉が乾いた。
飲み物売り場でオレンジジュースを二つ買う。二つとも自分で飲み干してしまうつもりだったが、
喫煙コーナーに向かうと、案の定、速水真澄が早々とソファに陣取り、朦々と紫煙を燻らせていた。
 「速水社長。」
百合は声をかける。
 「ああ、さきほどの。きみ、さっきはありがとう。」
 「いえ…。あの、これ、いかがですか?」
オレンジジュースを、一応真澄に勧めてみる。
 「いや、僕は結構。貴女が飲まれるといい。」
さすが速水真澄、察しのよいことだ。
 「そうですか?じゃ。」
真澄の視線もものともせず、ジュース1個目を一気に百合は飲み干す。そして、溜め息をついて、ゴミ箱に空を捨て、
真澄の横の椅子にちゃっかり腰を下ろした。
百合は椅子にジュース2個目を置き、バッグのシガレットケースから煙草を取り出した。百合の長い指に、細いロングの煙草。
カルティエのライターで、手慣れた仕草で火を点ける。
 「貴女も喫煙者ですか。」
真澄は幽かに笑う。
 「ええ、この頃は肩身の狭いことですわよね。」
深々と百合は煙草を一服する。舞台の余韻がまだ熱く身体に残っていたのが、これでようやく人心地ついた。
ジュースと煙草を代わる代わる口にして、百合は再びほうっ、と溜め息を漏らす。そんな百合の風情を見て、
 「きみ、みごとな拍手でしたね。」
ゆったりした口調で、真澄がさりげなく声をかけてくる。
 「あら、おわかりでした?」
 「いい拍手が聞こえてくるなと思って見たら、貴女だった。観劇は初めてと言っていたでしょうに。」
 「実は私、『エリザベート』は、宝塚雪組の時に50回は観ているんです。」
真澄は、フッと笑った。
 「ああ、なるほど。いかにも、だな、あの拍手は。」
そう言って、真澄もまた1本、煙草に火を点ける。
百合はふと悪戯ごころを起こし、真澄に手招いて、真澄の耳を自分に近づけさせた。
そして、低い声で、歌詞の替え歌を真澄の耳に囁くように歌った。
 「“観客のつとめは拍手に磨きかけ 舞台を客席でしっかり、支えること!”」
真澄はハハハと上向いて声を上げて笑った。
(ふふっ、やった!ウケたわ!)百合は内心快哉を叫んだ。
 「さすが、『50回観た』だけのことはある。では、この東宝版は興味深かったことでしょう?」
さすが、速水真澄、話題を逸らさないものだ。百合は真澄のそのソツの無さに、内心舌を巻いていた。
まあ、男性のあしらいには慣れた百合も百合ではある。丁々発止。
 「ええ、それはもう。一路さんのトートとエリザベート、両方観られて。感慨もひとおです。」
 「一路真輝のファンでいらした?」
 「いえ、今トップの轟悠でした。ルキーニは轟悠の方が、はるかに美しくて素敵でしたわ。」
 「判りました。高嶋には、それは内緒にしておきますよ。」
そう言って、真澄は笑った。
 「あら、ぜひそうお願いします。」
百合は苦笑した。関係者に、うっかりしたことは言えないものだ。そういえば、『紅天女』と引き替えに、北島マヤが『エリザベート』を演るという噂もあった。
でも、どちらも、まず譲れはしない上演権だろう。互いに垂涎の的であるだけ、というのが現状のはずだ。
これが、マチネ(昼の部)ではなく、ソワレ(夜の部)だったら……。百合は、内心妄想した。
25歳も過ぎたとはいえ、女一匹都会で生きて相当の場数も踏み、容姿とスタイル、性戯には、腕に覚えの女盛りの百合なのだ。
が、今日は、平日の真っ昼間だ。縁がなかった、としか、言いようがない。まあ、この場限りで、よしと満足することにしよう。
これにしたって、かなりの幸運なのだから。

  じき、2幕の開演となった。2幕、カーテンコール、と見事に舞台は進み、百合の感動も非常に深かった。
終演後、席を立った真澄に百合は声をかけた。
 「社長、お車までお送りします。」
 「僕を『出待ち』していただけるとは、光栄だ。」
真澄は冗談めかして受け流した。そして真澄は、混雑するロビーを百合を従えゆっくりと歩き出た。
真澄のすらりとした姿勢の良い後ろ姿。百合は目に焼きつける。
劇場外には、黒塗りの社用車が、真澄を待っていた。
 「社長、今日はどうもありがとうございました。」
 「どういたしまして。また観においでなさい。」
 「はい。お疲れさまでした。」
真澄が車に乗り込む。真澄が頷く。百合は一礼して、車が走り去るのを、見送った。ああ、今日はラッキーだったわ…。
出演者の出待ちもせず、百合は家路についた。
  この日の後、もう一度、今度は山口トートで、百合は観劇した。
山口トートの美声と歌唱力、抑えた芝居の演技力には、百合は客席で悶絶、させられる有り様だった。
そして、千秋楽のチケットをも、百合はオークションで落札した。千秋楽、真澄たちも来ているかもしれない。
『エリザベート』を北島マヤがいずれ演りたいのなら、千秋楽にはマヤ一人か、あるいは上演権を共有する夫婦で来場するはずだろう。



  そして、迎えた帝劇『エリザベート』千秋楽。
第1回目の観劇の時には桜が満開だった。今日は、葉桜の新緑も目に濃かった。うつろう季節の中の、公演だった。
帝劇、開演前、おおいに盛り上がって混雑するロビー。喫煙所を覗いたが、真澄は居なかった。今日は来ていないか。
あるいは、マヤひとり、または夫婦でどこか目立たないところにいるのかもしれない。
だが却って、百合にはその方が気が楽だ。『エリザベート』観劇に集中できる。
大枚はたいて百合の落札した席は、G列29番。待望の、ど真ん中、前々回の真澄と同じ29番席だ。
G列は、音響が抜群に良い。音楽には過敏で反応の鋭い百合には、もってこい、の良席だった。
音楽、といえば、この作品の音楽監督、この世界の第一人者・甲斐正人。今年演劇大賞最優秀スタッフ賞を受賞しているが、
かつて一路雪組「JFK」で轟が演じたかのキング牧師役で、牧師のあの有名な演説「私には夢がある」を、ゴスペル調の名ナンバーに作曲した人だ。
やはり縁があるなあと、百合は思う。
さて、千秋楽は、1幕から、舞台も客席も、大変な盛り上がりようだった。
出演者総員がかりの、全身を余すところなく使い尽くした目一杯の演技が、序幕から観客の目を釘付けにする。
初めの総員合唱、『我ら息絶えし者ども』。すでに出演者のテンションが高く、百合は視野・音響の良さにも相俟って、全身に鳥肌が立った。
そして、『最後のダンス』ラスト、
“最後に勝つのは この俺さ”の山口トートのソロ、ラスト1音を延々と長く引き延ばす山口のソロアドリブに、自然に湧き起こる拍手、
それにつれて満場の大喝采。
さすがは山口祐一郎。やってくれる。心得たものだ。百合は舞台からもよく見えるよう、顔の前まで手を挙げて爆竹拍手を贈った。
各ミュージカルナンバーへの拍手も、大きく長かった。これぞ、千秋楽、だ。
一路エリザベートも、絶妙に尽きる『私だけに』以降、大人の女としての皇后が冴え渡った。
フランツ・ヨーゼフとの愛憎、トートへ反映させる複雑な心理の描写が見事だった。
そして山口トートに感心させられたのは、照明が当たるまで、登場を感じさせない点。気づけば、そこに居た、という、その摩訶不思議な存在感。
さすがだ、と百合は感嘆した。1幕ラストの、一路エリザベートの圧倒的な美と存在感、そして絶唱。
感動の第1幕終了だった。

  幕間、あちこちで、観客の女達がお喋りに盛り上がる。
百合は2幕に備えて、急いで飲み物を飲み干し、続けざまに煙草を一気に吸って、早めに着席した。
すると後ろの列の女性客が、喋っている。
 「…エレベータでね、どっかで見たことあると思ったら、ミルクの缶とかなのよ。もう、小道具とか衣装とか、済んだ順に積み込んで名古屋に速攻で運ぶんじゃない?」
そう、百合にとってはこの日が「千秋楽」だが、公演は今年、まだあと3箇所で10月まで続くのだ。次は、早々と名古屋、5月3日の初日だったか。
2幕開演5分前音楽から開演まで、やけに短く感じられた。あっという間にオケがチューニングし、客席の照明が落ちる。緞帳が上がり、
例の「扇」の吊り幕の後ろに、2幕早々の『キッチュ』に備えて、高嶋ルキーニが裏方とともにスタンバイしている。
2幕開始は、オケ指揮者の客席挨拶。スポットが指揮者に当たり、指揮者が一礼。拍手も常に増してとにかく大きい。
音楽開始とともに、高嶋ルキーニの登場である。場面、ブタペストのカテドラル前。2幕1場A。曲は『キッチュ』。
高嶋も、山口に負けず劣らず、曲の最初からアドリブ。客席常連から笑いが起こる。
このナンバーは、ハンガリー訪問を成功させた記念のエリザベートグッズを売る売り子に高嶋が扮し、肩からグッズ売りの小道具を下げて高嶋が歌いつつ、客席に下りてくる。
そして、最前列を歩きながら、エリザベートを皮肉る、という曲内容である。
が、高嶋は「千秋楽〜〜!」と一声かけて、客席に何かあめ玉のような小さいものを投げやった。
これには客席はオオウケ、歌詞を替えるアドリブにもウケた観客からは、全客席から全曲に、高嶋の歌に併せた手拍子となった。
そして、歌い終えて舞台に上がった高嶋は、舞台中央で、深々と一礼。それが、実に長々と頭を上げない。
これで、客席はまた爆笑。満場拍手。ウケたのを見計らって、高嶋が再び帽子をくるくる回して最敬礼。またまた、長々と礼をする。
礼への盛んな拍手に顔をあげて、今度は両手で、拍手を制止する仕草。そのタイミングの絶妙さには、高嶋の役者魂を、百合はありありと感じた。
そして高嶋は、オケの指揮者と目で合図、次のシーンに転換した。
これだから、千秋楽観劇は、やめられない。それにしても、再演とはいえ、高嶋ルキーニも、洗練されたものである。
  ハンガリー訪問を成功させた皇帝夫妻に、ハンガリー国王としての戴冠式が執り行われることとなった。
ルキーニが例のカーテンを開けると、そこは戴冠の場面。
パイプオルガンの劇的なBGMに合わせて、若き反体勢派たちの鬱憤が左袖で語られる。
「信じられない!一滴の血も流さずにハンガリー国王とは!」…「そしてハンガリーは、皇后の美しさに騙され続ける…」「おい、出てくるぞ!」
場面、2幕1場B、曲『エーヤン』。ハンガリー国王夫妻として、フランツとエリザベートが登場。
民衆による讃歌が歌われる。エーヤン、とは、ハンガリー語で「万歳」。聞いていてワクワクする、輝かしい総員の合唱である。ところが。
いつの間にか途中、トートが登場。オーストリィ・ハンガリー帝国の宿命を司るトートの圧倒的な歌唱。
“今のうちだけだぜ お前が微笑んでいられるのは。災いの種は お前自らが撒いたのだ
 もう誰にも歯車を止められはしない!束の間の女王 今だけだ 思い知らせよう エリザベート!”
戴冠の馬車の手綱を取るのは「死」のトート。トートの手綱で、民衆の歓喜の中を、盆の馬車が回る。
トートに導かれ、歓喜の民衆に手を挙げるエリザベート。この図式には、百合はゾッと鳥肌が立った。
全く、『エリザベート』とは、見所のツボを見事に外さない…。
エリザベート讃歌の終了と共に場面は転換。一転、暗く何も装置のない盆に、大きな地球儀が一つ回ってくる。
「皇太子、ルドルフ殿下。」ルキーニが紹介する。
 2場ルドルフの寝室。少年の皇太子ルドルフが、小道具の大きな本の上を飛び歩いて、「ママ!」とエリザベートを呼ぶ。
3人の少年キャストのうち、最も歌唱に優れたキャストの少年だ。
変声期寸前の輝くようなボーイソプラノで、『ママ、何処なの?』を歌う。そこに、奥から例の存在感でトート登場。ルドルフに歩み寄る。
エリザベートの形代にトートはルドルフに目をつけたのだ。“僕は独りぼっち” と歌う少年ルドルフに、トートは誘惑の手を延べる。
いつか、エリザベートの愛の代わりに、ルドルフを手にするのだと。山口トートの、妖しい甘さ…。なるほど、山口ファンの心理が、百合には判る気がした。
“ママ、どうして旅に出るの?…お城にいる時だけでも 僕を独りにしないで”。
少年ルドルフの歌唱にも、盛大な拍手が贈られる。まさしく、千秋楽。
全場面平均して3分。転換は早いが、それを感じさせない場面場面の重量感、印象の強さだった。
この少年ルドルフとトートの場面も、百合は吸いこまれるように観入った。
ムードタップリの少年ルドルフの場面の後は、3場ホーフブルグ宮殿の廊下。ドアのついた吊り物が下りる。
左右からフランツとゾフィー登場。ゾフィーはハンガリー統一に異を唱える。皇后の差し金だろうと。そして、エリザベート一族に流れる
狂気の血筋について言及する。ついにはフランツは、「止めてください!これ以上妻の悪口は!」
決裂した親子二人は左右のドアに消える。
そしてルキーニが、「興奮した親子は、その会話を陰で聞いている人が居ることに、気づかなかった…」と、
吊り物のドアを開け、先の会話を聞いて呆然としたエリザベートを舞台に導く。
エリザベートが次の訪問先に選んだのは、精神病院だった。吊り物が上がって、4場・ウィーン近くの精神病院。
「患者さんに会わせて下さい。」
エリザベートは院長に申し出て、傘をお付きの女官長リヒテンシュタイン公爵夫人に手渡す。
白い鉄格子。白い患者服の精神病者達。グロテスクなカリカチュア(戯画)シーンである。
患者達が次々出てきては、一人一人エリザベートにその狂気を指し示す。
そして、自分は皇后、という妄想に憑かれるヴィンデッシュ嬢の登場である。音楽も、不気味に不協和音。
なかば絶叫に近い歌唱で、ヴィンデッシュは迫真の名演技。音楽、『精神病院』。力強いメジャーナンバー。
“さあ、皇后自ら手をさしのべているのよ どうしてひざまずかないの!私はエリザベート!” 院長・女官長たちがこれを制止しようとする。
「彼女と話をさせて!」と、エリザベートはそれを制する。
“よく見て” “よく見て” “私が” “私が” “皇后エリザベート” “皇后エリザベート!” 
「ひざまずくのはあなたよ。」
エリザベートは誇り高い。
“この人ウソをついてる おやめなさい!病院に閉じこめるのよ メイレイよ!”
周囲の患者達も同調した合唱になる。音楽、強烈に盛り上がり、
ヴィンデッシュの狂気が頂点に達する。そこで、一転、照明が暗く落ち、曲、『魂の自由』。
エリザベートが独白する。美しい音楽。見事な、歌唱。
“ 私がほんとうに貴女なら良かった 束縛されるのは身体だけ。ああ、あなたの魂は自由だわ…そうよ、自由!
 私が闘い続け手に入れたものは何?孤独だけよ 耐えられず気が狂いそうになるの!”
苦悩するエリザベートに併せた不協和音。そして、もとの曲調へ。
“ ああ、このまま歩んでも行く先は見えない 何も見えない!狂える程の勇気を私が持てたなら!
 ああ、私に出来ることは強い皇后を演じることだけ… あなたの方が、自由……”。
エリザベートは、狂気にうすら笑うヴィンデッシュの拘束服を解き、強く手をとる。あまりにも、美しすぎる音楽。エリザベートの心情が、劇場一杯に満ちる。
ヒソリとも音を立てない劇場全体が、エリザベートの生の苦悩に強く引き込まれた。沈黙の後、音楽、リプライズ。黄昏の照明の中を、舞台中央、
皇后が毅然とした孤独の後ろ姿で、去っていった…。畢生の、名場面、であった。百合の我知らず涙が一筋、頬を伝った。
  場面、転換。例のドア付きの吊り物が下りる。5場・ホーフブルグ宮・ゾフィーのサロン。
ゾフィーが側近を集めて、皇帝への発言力を増したエリザベートに対抗する手段を、腹心たちと一計する。
ゾフィーがドアをノック、独りずつ側近登場。つまり、皇帝にワナをしかけ再び実権を握ろうという計画である。
ワナ、つまり皇帝に浮気をさせようという計画である。
“我慢できない!君主制の危機!息子を盗られたわ! 皇后のいいなり!” リズミックで、コメディな、しかし皇帝を巡る宮廷の確執を底知れず語る
力に満ちた場面である。そして、吊り物が上がると、そこは娼館。
  6場。マダム・ヴォルフの館。ここはさすがに、宝塚版より、はるかに実写的な演出。エロティックな女達の衣装、振り付け。毒々しい色の照明。
この場面の『マダムヴォルフ』のワルツは、96年のアトランタオリンピック新体操で、ロシアの選手が床の演技音楽に取り入れていたことも記憶されている。力強い個性的な名ナンバーである。
娼館を訪れた重臣達は一人の職業病持ちの娼婦を、宮殿に連れて帰る。
 7場・エリザベートの体操室。今も、ハプスブルグ宮殿に残る、有名なエリザベートの吊り輪体操具が、舞台左にセットで現れる。
白いブラウスにリボンタイ、黒のロングスカート姿のエリザベートが体操具に手をかけようとする。が、ふらついて、そのまま、床に倒れ込む。
そこにリヒテンシュタイン女官長があわてて登場。
「誰か!お医者様を!皇后様がお倒れに!ドクトルゼーグルガーをお連れして!ゾフィーさまの所にいます!」女官達が駆け寄ってくる。
「リヒテンシュタイン…」エリザベートが呻く。
「神様!お気づきになられた…!」「あちらにお連れして!お痛みは?」煩わしそうにエリザベートが否む。「大丈夫よ」
エリザベートは右セットの長椅子に横たえられ、リボンを解かれる。
「無茶ばかりなさって!」
「ドクトルが参られました!」
「どうなさいました…」
「貧血でしょう。何も召し上がらず体操ばかり!ゾフィーさまや私の言うことなどひとつもお聞きになりません!」
「下がりなさい…!」
エリザベートは強気である。
「二人だけにして下さい。」
横たわるエリザベートに、医者に扮したトートが近づく。ナンバー『微熱』。トートはエリザベートの手を取る。
“脈は?” “大丈夫よ” “微熱が” “普通よ” “蒼い顔色 あの病気の特徴が 顕れ始めてる” 山口トートの甘く物憂げな歌声が秘匿した事実を歌う。
「伝染病ですが、命に別状はありません。フランス病とも呼ばれ、男女の性的な接触で感染します。」曲、『第四の諍い』 音楽、盛り上がって、
“嘘だわ!酷いこと!あるはずのないこと!” “陛下とて男です” “真面目な方” “でもないさ” “陛下が私を裏切るなんて!” “事実だ”
“本当なら許せない!別れるわ いっそのこと!” 音楽、止んで、エリザベート、決然と。「いいえ!命を絶ちます!」 それを受けて、
山口トートがゾクリとするほど甘い声で、
「それがいい!エリザベート!」
呼びかけて、医者の衣装をバッと脱ぐ。黄泉の帝王、である。音響、エコー。
「待っていた…!」
「あなたは…!」。曲、『最後のチャンス』。
トートの絶唱。
“今こそ出かけよう 黄泉の国へ おまえを愛する 俺と二人で”
“待ってよ この先 彼には心閉ざしてゆくわ 彼が罪を犯したなら 私自由になれる!”
“誤魔化すなよ おまえはあいつを愛しちゃいない! おまえが愛するのは この俺だ!”
「違う!」
エリザベート、絶叫して、トートを振り切る。音楽、停止。エリザベート、荒い息遣いで、
「まだあなたとは、踊らない…。」
そして、セットの鏡台引き出しから、「生命」の象徴であるチェスの駒を取り出し、投げ捨てる。
音楽、決着。暗転。激しく葛藤する二人、エリザベートとトートとの迫真・迫力の見せ場であった。
舞台下手に歩み出たエリザベートの顔からスポットが当たり、イントロ開始。8場・夢と現実(うつつ)の狭間に。
この帝劇一路『エリザベート』のために、新たに書き下ろされた新曲『夢と現実(うつつ)の狭間に』、である。
スポットライトのソロの間にセットは全て片づけられ、背景は、真白い筋状のライトが種々の角度に舞台を照らすのみ。
“私が求めてきた生き方は何 見つけたはずの道が見えない 今鎖が断ち切られ 自由を手に入れたのに 何処へ行くの…”
エリザベートの絶望の淵にある内面を明らかに解き明かす名ナンバーである。照明の描き出す情景も美しい。一路の名唱が続く。
舞台を自在に動きながら、滔々と、ナンバーを歌い上げる。悲劇ではあるが、決して感傷に流されない、深みのある大人の歌唱であった。
背景、遠景を縦に6分割しぐるりと描いた遠い山々と海も美しい。
“…今の私は立ち竦んでる 昨日と今日の狭間で 生命の炎をもう一度 燃やせる時は来るの?”
深い一路の一人歌唱劇に、客席からは、万雷の拍手。
暗転の間に、ルキーニの語り。セットが換わる。
「失意の皇后陛下は、当てのない旅に出た。一方ウィーンでは、喜んでいる人と、悲しんでいる人が、いる。」
  9場・安らぎのない年月。“いつになったら帰ってくるのだろう 治療のためなんて言いながら”
“二度とあやまちは犯さないよ ひたすら帰りを待っているよ”
“皇后様は一時も休まず歩き続けられる 一日に8時間も ついて行くだけで身が持たない”
“瞬く間にも年月は過ぎる ついにあのゾフィにも、寿命が来たようだ…”
トートダンサーが登場、倒れるゾフィーを抱き止めて、ストップモーションで回る盆に乗り、場面が進んでいく。
舞台中央では、重臣達がセリに乗って合唱。“帰ってこない”
一方エリザベートは、お供の女官を伴い、下手花道から舞台上手へ、猛スピードで歩き去る。そしてまた、衣装を替え、今度は
舞台上手から下手へやはり猛スピード。
「旅」を続けるさまを、舞台上に描き出す。
盆が回り、フランツが歌いかける。“母上はもういない、帰っておいで 今も君だけを想っている” エリザベートは旅を続ける。
「そして、年月は更に行き過ぎ」と、ルキーニが歌い継ぐ。エリザベートに女官が手鏡をかざす。
「自慢の髪にも白髪が一本。残酷だ〜!」高嶋ルキーニの巧みな揶揄。
舞台後方ではセットが換わり、10場・ギリシャ、コルフ島のアキレイオン別荘。ギリシャ彫刻を模したセットが数点。
舞台上手のその大きな彫刻セットに、エリザベートが腰掛ける。
そして、「尊敬する詩人・ハイネを真似て、詩を書こうとしている。」ルキーニが語る。
エリザベートは紙とペンを手に取り、ふと、中空を見あげる。そして、曲は『パパみたいに』のリプライズ。しかし、死者との会話である。
不気味にして味わい深い不協和音が混じる。死んだ父親の霊魂と、エリザベートは会話する。照明は、仄かに明るい微妙な影。
一路エリザベートは、厳しかった人生の回顧を歌う。“パパみたいになりたかった…” そして、終曲。
“もう遅すぎる 今からでは パパみたいに なれない…”。
エリザベートに流れる狂気の血も彷彿とさせる、死者の霊魂との孤独な会話。
一路の力の抜けた、同時に説得力に満ちた歌唱がひたすら見事だった。
この時、生の黄昏にあるエリザベートの人生とは、いったい何だったのか。エリザベートの自我とは。
この場面、舞台は観客に、無言のうちに鋭く問うてくるのだった…。
言葉にはならない感動を、客席は盛んな拍手で舞台に贈った。
  薄暗い舞台には、皇帝フランツと、成人した息子ルドルフが登場。このルドルフ役・井上芳雄。
百合は実は最初の観劇の第1幕から、かなり気に入っていた。
東京芸大声楽科在学中の21歳。1000人の応募者からオーディションで選ばれた、金の卵。
身長180センチ、長くスラリと伸びた手足。全出演者中、最も若い。その全身から溢れる清廉な若さが、舞台で水際だって目を引く。
8頭身のスタイル。そして朗々たる天界の調べのごとき美しいテノール。まさに、ベストのはまり役であった。
ダンス力も相当なもので、はて、芸大生が何故?と百合は初回のあとプログラムを読んだところ、
小学生の頃からミュージカル役者を目指し歌とダンスのレッスンに通っていたという。
東宝も、水を得た魚、のキャスティングを行ったわけだ。女性客の人気も、相当らしい。このルドルフ役も、場面場面で、百合も期待大である。
  さて、舞台は11場・ホーフブルグ宮殿の廊下。この作品が舞台としているホーフブルグ・カペレは、
現在は、ウィーン少年合唱団の本拠地として少年らの学舎である。
「皇后が魂の放浪を続けている間に皇太子ルドルフは成長、国と世界を憂う青年皇太子となった。
 そしていつの間にか、父と息子の間には、深い亀裂が生じていた。」ルキーニが語る。
父と息子は、対立する。皇太子は皇室批判の文章を新聞に書き、皇帝はそれを厳しく問い詰める。一方息子は、
母の放浪は父の責任だと責め立てる。そして、現在の国内政治情勢に目を向けてくれと、父・皇帝を促す。
“ハプスブルクはこのままでは崩壊” “あり得ない!” “国中に渦巻いてる 憎しみが!” 「よく見て下さい!」
 12場・憎しみ(Huss)。舞台上2mはあろうかという平板の吊り物中央には、ルキーニ。吊り物には、なにやら幕が巻いてある。
舞台には、市民が勢揃いして整列している。強烈なバスドラムのリズムとともに、市民達が同じ振り付けでセリフを絶叫する。
“Huss!憎しみ!ユダヤ人 追い出せ!ハイル!ドイツ人!ウィーンの あるじだ!” その音量と強烈なビートの真に迫った迫力。
客席は誰も身動きも出来ない。吊り物の上から、ルキーニが国粋民族主義者に扮し、市民を煽り、扇動する。
「私の帝国内で諸民族は平等だ!」 “皇帝は 甘すぎるんだ ハプスブルクを 打倒せよ!”
”ドイツ人の統一国家、プロイセンと作る!ハンガリーは スロバキアを取り戻すのだ!” …“20世紀はドイツ人の指導者が作る!”
“20世紀はドイツ人のものにする時代!ジークハイル!”
ここで、巻かれていた大きな幕が、バッと引き下ろされる。
ナチス・ドイツの、卍マークであった…。皇帝は絶句して、舞台から去る。百合はふと、現代にも続く東ヨーロッパの民族紛争に思いをはせた。
時代の、根が深い……。
  舞台、13場・ルドルフの寝室。音楽、『闇が広がる』。何度聞いても、この曲のイントロは、深い。そしてピュアな、悲劇の音である…。
舞台の市民達は、ルドルフが声をかけようとしてもフン!とそっぽを向く。その繰り返し。やがて市民全員が去り、場面、ルドルフの寝室。
大きな地球儀が、また盆に乗って回ってくる。トートが舞台奥中央から現れ、苦悩するルドルフに、歌いかける。百合はザッと鳥肌が立った。
“長い沈黙の時は終わったのさ 君は思い出す 子どもの頃のあの約束は君が求めれば 現れる”
ルドルフが応える。山口トートとの見事な声のバランスのテノール…!
“友だちを忘れはしない 僕は今不安で壊れそうだ” “そばに居てやろう”
そして、二人の、この作品の真骨頂とも言えるデュエットが始まる。百合は烈しい、惑乱する感情に酷く揺さぶられた。
“闇が広がる 人は何も見えない 誰かが叫ぶ 声を頼りにさまよう 闇が広がる この世の 終わりが近い”
ルドルフを後ろから抱え、ルドルフの手を取り踊りながら、トートがルドルフを導く。より絶対な、悲劇へと。
トートがルドルフに口づけを誘う。それを逃れて、ルドルフは地球儀に身を持たせかける。
“世界が沈む時 舵を取らなくては 僕は何も出来ない 縛られて”
“不幸が始まるのに見ていていいのか 未来の皇帝陛下?” “我慢、出来ない!”
歌の高まりとともにコーラスも加わり、ナンバーは最高潮に向かう。
トートがルドルフの手を取り導く振り付け。
“闇が広がる 人は何も知らない 誰かが叫ぶ 革命の歌に踊る 闇が広がる この世の 終わりが近い…”
…“闇が広がる 今こそ立ち上がる時 沈む世界を救うのはお前だ…皇帝ルドルフは立ち上がる――”
圧倒的な、二重唱であった。百合は身動きも出来ず、ただ握りしめたハンカチが、手の中で微かに震えていた。万雷の拍手。百合も、従う。
 そして舞台は、ルドルフ怒濤の20分間演技の後半へ。14場・ハンガリー独立運動。例のカフェのセットが手前に。
独立運動の同志たちにルドルフが苦悩する。「済まない、父を説得することが、出来なかった…」
テンポ速い男声の独立運動の合唱にルドルフのソロが掛け合う。“新しいドナウ連邦組み直そう 帝国政府を倒す時だ”
そこへ人間に扮したトート登場。“今なら 救える ハプスブルグ お前が 自ら 導くのだ!”
ルドルフの苦悩は続く。“だが私は反逆者” “いいや!救世主になれる!”“違う!”
同士はルドルフを誘う。 “ハンガリーの王冠が、待つ!”
ルドルフ、唯一の道がそこに開けたかのように、「ハンガリー、国王!」舞台中央へ走り出る。
舞台奥にかつての馬車。盆に回って来る。曲、『エーヤン』リプライズ。
“我らを導け エーヤン エーヤン ルドルフ!” ルドルフ、ルドルフ、と連呼する合唱。運動同士と、いつの間にかそれに混じったトートダンサー8人が、
馬車を取り囲んで踊る。早い展開。トートはいつしかそこには居ない。この圧倒的な展開に観客は呑まれていく。
“さあ、今こそ共に立ち上がろう 今を逃すともう二度とチャンスは無いぞ!”
独立運動のダンスが次第に烈しく盛り上がり、音楽、頂点に達して。銃声、一発。「逃げろ!」
暗転。沈黙。トートダンサー・死の使いに緊縛された独立運動者たちが、警官に尋問を受ける。
「名前は!」「エルマー・…バチャーニ」「次!」「ルドルフ…」「姓は!」「…ハプスブルグ…」
「殿下!」音楽、強烈に。場面、転換。群衆は去り、皇帝登場。スポットのみ、二人に当たる。
「血を分けた息子に裏切られる日が来ようとは。」「父上…」「何も言うな!ハプスブルグの名誉にかけて、処分は追って沙汰する!」
皇帝は去り、ルドルフはその背中に片手を伸ばして懇願する。「父上!」 ルドルフの悲劇は、いよいよ切迫。
  場面、15場・ラビリンス(迷宮)。背景左右に両面、黄泉の国を表現する鏡が設えられる。ルキーニの重苦しい語り。
「挫折した皇太子が蟄居を命じられた宮殿に、久しぶりに母親が帰ってきた…。」
曲、『僕はママの鏡だから』 舞台中央奥から、エリザベートが重々しく登場。女官を従えている。女官達は直に去る。
ルドルフは跪いてエリザベートの手を取り、
“ママの帰り、いつも待ち侘びてた 二人きり話がしたくて 僕たちは似た者同士だ この世界で安らげる居所がないよ”
エリザベート、背を向ける。
“僕はママの鏡だからママは 僕の思い すべてわかるはず”
エリザベートは否む。“わからないわ 久しぶりなのよ”
音楽、一旦止んで、ルドルフ、意を決したように、
「うち明けるよ…!」音楽、美しく。
“最悪の事態に陥ってしまったんだ 孤立無援 誰も助けられない ママだけが パパを説得できる”
ルドルフの清冽な哀切に、観客は身を切られるがごとく。歌唱は胸に強く響く。
“ママは昔” “政治の話ね” “ハンガリー助けた ドナウ連邦” “昔のことよ” “今ハプスブルクを 滅亡から 救える道はない…”
内容に反して音楽はあまりにも美しく、歌唱は切なく聴くものの心を揺さぶる。音楽、一転して、否のテーマ。
“鎖は断ち切られた 陛下には頼めない あなたのためだとしても…”
そう否んで、「お休みなさい」 エリザベートは背を伸ばしルドルフの頬に接吻し、自らの孤独に閉じこもるように左袖に去っていった。
「ママも、僕を見捨てるんだね…」
ルドルフの独白から、場面は16場・マイヤーリンク。不気味なア〜という母音合唱が始まる。そして音楽は『マイヤーリンク(死の舞踏)』。
トートダンサーズ8人の乱舞に翻弄されるルドルフの、烈しいダンス。
ウィーン版では、マリー・ヴェッツェラもこのワルツに登場してルドルフを誘惑するが、衣装を脱ぎ捨てると、それは女装したトートだった、
との演出もあったとのこと。が、ここではそれはない。純粋に、ルドルフのみの一直線の奈落への落下が、語られる。
ワルツが次第に最高潮に達し、トートが妖しく微笑んで、ピストル銃を手にして登場。ルドルフに「死」の接吻を与える。
そして、ルドルフの身体を支えて手に銃を握らせ、ついに左頭部に、発砲…。銃の爆裂音が劇場空間をつんざく。
照明、血の赤に換わり、ルドルフは舞台前方に倒れ込む。全劇場、沈黙。戦慄の、カタストロフィーであった。
  史実でも、この皇太子ルドルフの死には、謎が多い。マリー・ヴェッツェラとの心中であるとか、反体制派による暗殺であるとか、
現代をもって、議論が呈されている。
  場面、17場・葬儀。トートダンサーズによって、ルドルフの全身が高く掲げられる。舞台奥中央からは空の棺が運ばれ、
ルドルフは其処に収められ、蓋が閉められる。
皇帝はじめ臣下たちが蝋燭を灯して登場し、棺を取り巻く。皇帝は棺に額をつけ、無言で嘆く。音楽、『死の嘆き』。
左袖から女官の蝋燭に導かれて、エリザベート登場。
皇帝が、よろけるエリザベートを支える。エリザベートは空に向かって歌う。
“ルドルフ 何処なの 聞こえてるの 寒くないの 震えてるの? ママは自分を守るため あなたを 見捨てて しまった…”
エリザベート、棺に歩み寄る。
“この罪は 消せない!”
エリザベート、棺に取りすがり、号泣する。そのエリザベートに為す術もなく、
臣下はじめ皇帝も、エリザベートをひとり残し、去っていく。皇帝の去る位置も、宝塚版と逆。演出は徹底している。
“私たちは鏡同士 この世で安めない 今 あなたは最後に 安らぎを 得たのね…”。
背後にトート、照明が当たると、棺にひらりと乗る。
「死」のテーマと母音合唱。山口トート真骨頂の存在感であった。
エリザベートは、トートに気づく。
“あなたね 息子奪った これ以上 待たせないで 苦しめないで。 あげるわ いのちを 死なせて…!”
エリザベートはトートに取り縋る。音楽、盛り上がり、
トートはエリザベートの首を絞め、顔をじっとのぞき込み、そしてエリザベートを突き放す。音楽、劇的に。
“まだ 私を 愛してはいない!”
トートに突き放されて床に突っ伏し、号泣するエリザベート。音楽、『夢とうつつの狭間に』リプライズ。
そして、右袖ドアからルキーニ登場。顔をあげたエリザベートに、ポラロイド写真のフラッシュを浴びせかける。
「嫌あっ!」絶叫して、喪服のエリザベートは右袖に走り去る。
  場面、18場・キッチュ。音楽、『キッチュ』リプライズ。
「この写真は非売品だぜ。見せるワケにゃいかないんだよ、うひゃひゃ。皆さんにご覧いれるのはこちらの方。」
そう言ってルキーニは、幕下りた例の語りのカーテンの紐を引っ張る。
史実の、葬儀の写真、ルドルフの死の床に跪くエリザベートの写真が、次々スライドショーされる。
そして、キッチュ音楽をゆったりしたマイナーに換え、場面を、老皇帝夫妻が最後に愛について語り合うコートダジュールに、導いていく。
  19場・コートダジュール。ルキーニが語り幕が上がると、そこは、一面の夜空と、海の遠景。曲、名ナンバー『夜のボート』二重唱。
「わかっているだろう。なぜ私がここへ来たか」「いいえ。でも予感が致しました。」
「戻っておいでシシィ!私達は一つなんだ。今でもそう信じている。愛しているよ。そう、愛は、どんな傷をも癒すことができる…」
音楽、始まり、
“愛にも癒せないことがあるわ 奇蹟を待ったけれど起きなかった いつか互いの過ちを 認め合える日が来るでしょう。
 夜の海に浮かぶ 二隻のボートのような私達 近づくけれども すれ違うだけで それぞれのゴール目指す…”
時、此処に至って、二人の主張はすれ違うばかり。音楽が美しすぎるだけに、その悲劇はくっきりと観客に明暗を分ける。
曲の後半、音響係がぐっと音量を上げるのが百合にはわかった。胸の詰まるような、しかし大声で涙したいような、強い感情に大きく揺さぶられる。
感動の、圧倒的な二重唱であった。
“ボート着けようとしても 夜霧に巻かれ 相手見失う”
“すれ違うたびに 孤独は深まり 安らぎは 遠く見える” 「愛してる」 “わかって 無理よ私には”
静かに、音楽が消えていく。エンディング。暗転。一瞬の間をおいて、大きな拍手が湧き起こり、それは長く続いた。
暗転の間にフランツがコートを脱ぎ、皇帝の衣装となって、セットの椅子に座る。場面、20場・悪夢。ルキーニが語る。
「その夜、皇帝陛下はあるオペラを夢に見た。血縁の王族が総出演、マエストロはトート閣下。題して、あ・く・む!」
Huss(憎しみ)場面と同じ平板の吊り物が下がり、中央には白い装束を身に纏ったトート。指揮棒を振る。
舞台では、トートダンサーズが大きな藤色の光り物の布を広げ次々、悲劇に巻き込まれていく王族ひとりひとりを絶叫の登場のごとに、
布に巻き込んでゆく。実質、初めてエリザベートを巡ってトートとフランツが対決する壮絶な場面となる。
吊り物の下には、既に死んだはずのゾフィー始めルドルフ、死霊達が立ち並び、狂うように踊っている。そして死霊達の絶唱 『我ら息絶えしものども』。
“全ての不幸が ここに始まった ハプスブルクの栄光の終焉 おまえだけ知らぬ帝国の滅亡 賽は投げられた おまえの過ち”
フランツは歌う。“これは悪夢か!”トートが応える。壮烈な掛け合いの歌。“正夢になるさ おまえが撒いたんだ”
(死霊たち) “全て悪夢だ”
(フランツ)“皇后の姿がない”
(トート)“エリザベートは私のもの”
(フランツ)“我が妻だ彼女は”
(トート)“恥を知れ!”
(トート)“彼女は”
(フランツ)“なにをたわけたことを!”
(トート)“俺を愛している!”
(フランツ)“彼女のために全て与えた”
(トート)“俺だけが与えられる 自由を”
(死霊たち)“すべて悪夢だ!”
(フランツ)“早く救わなくては”
(トート)“私が救うのは これだ!ルキーニ!早く取りに来い!”
トートは細いヤスリを手に掲げる。
(フランツ)“何をする気だ!”
(死霊たちの大合唱)“誰も知らない真実 エリザベート”
(トート)“エリザベート!”
(死霊たち)“誰も知らない その愛 エリザベート!”
フランツは死霊達の絶叫と乱舞に取り込まれる。場面、音楽最高潮に盛り上がり、ついにルキーニはトートからヤスリを受け取る。そして絶叫。
一瞬のうちに、総員が袖に散る。凄絶なカタストロフ。総毛立つ舞台の迫力であった。戦慄なのか快感なのか、判然とはし難い、
それは唯一無二の瞬間瞬間であった。
暗転。場面、ラスト21場・暗殺。
  ルキーニが舞台前面のエプロンステージに出て、スポットが当たる。狂気の眼差しで、ヤスリを掲げ、舐めるように眺めやる。そこに、録音の裁判官の声。
「ルキーニ!ジュネープで何を企んでいたんだ!」
「オルレアン公を殺すつもりだった!でも、来なかったんだ…」
「ではなぜエリザベート皇后を!」
「新聞さ!皇后がお忍びで来てるって書いてあったんだ」
「いつだ」
「1898年9月10日。アンジュ・アンレ・ベリッシモ!よく晴れた日だった……。」
舞台後方では、桟橋の光景。老いて喪服のエリザベートと女官が居る。
「陛下、遊覧船のベルですわ。参りましょう」
「ええ…」
母音の合唱が次第に高まる。ルキーニはギラリと目を光らせ、
あっという間にエリザベートに駆け寄り、ヤスリで心臓をひと突き。
人々の絶叫、ルキーニの哄笑。
「陛下!」
「ご無事で!?」
頷きかけてエリザベートは群衆の腕の中にふらつく。混乱する群衆。
「誰か!この方はオーストリィ皇后陛下です!」
ルキーニを捕らえようとする人々とルキーニのスローモーション。人々は散る。
エリザベートは一人、舞台前面中央に俯せて倒れ込む。そこに、ルキーニの公言。
「ウン・グランデ・アモーレ!」。暗転。

 エリザベートにのみ、スポットが当たっている。そして、『愛のテーマ』音楽とともに舞台の中空から吊り物が下りてくる。そこにはトート。
白い装束のトート登場とともに、エリザベートは死の世界で顔を上げる。トートのラストソング。
“今こそ おまえを 黄泉の世界へ 迎えよう”
エリザベートは応える。
“連れて行って!闇の彼方遠く 自由な魂 安らげる場所へ…”
ふたり、
“沈む世界に別れを告げたまま終わるときのない永遠(とわ)に旅立とう!”
音楽、『私だけに』に転換。
エリザベートは纏め髪を解き喪服を脱ぎ、白の死に装束となる。そして、トートと向き合い、ひととき抱き合う。そして、「死」と「愛」の接吻。
背景では鉄柱の柱に、トートダンサー8人がいつの間にか登り、素早く被っていた衣装を下ろし半裸の白塗りで上半身だけで踊る表現になる。
背景と人間が、一つになった絵であった。
そしてエリザベートのソロ。観客の視界は、涙でぼやける。
“泣いた 笑った くじけ 求めた 空しい闘い 破れた日もある” ここからはトートとの二重唱。
“それでも 私は(おまえは)いのち ゆだねる 私だけに(俺だけに)!”
そして、総員の母音大合唱の内に、エリザベートはトートとふたり、舞台中央奥に、歩んでゆく。真白い照明。スモーク。そうして、全劇場の大喝采の内に、
この感動の一大歌劇の緞帳は下りた……。




  千秋楽の拍手は、大きな喝采となった。感涙に浸るのも束の間、カーテンコールの音楽が始まる。そして、全会場からの手拍子。
役付け順に出演者達が晴れやかな笑顔で登場。一礼とともに、盛大な拍手が贈られる。ラストシーン登場の主演陣は早変わりに忙しいことだろう。
千秋楽のこの日、どの役者陣も弾けていた。
出演者に合わせて、曲が換わる。拍手を受けた出演者は左右脇に並んで、次の登場者を待つ。
ルキーニ、少年皇太子と青年ルドルフにゾフィ、トートダンサーズ、そして、フランツ・ヨーゼフ、山口トート。
大トリは、一路エリザベート。総員、拍手で出迎える。1幕終了時点のあの衣装と鬘、舞台化粧である。一路登場だけ、会場の拍手が止む。
そして、左右に一路が優雅に手を挙げ、深い礼とともに、劇場全体から大喝采が起こった。そして、全員揃って横一列に並び、また一礼。盛大な拍手。
ここで、いったん幕である。拍手は続いている。指揮者が、BOWS2、カーテンコール2度目の拍手を会場に促す。今日はその必要もないのに。
BOWS2の音楽とともに、再び手拍子が起こり、幕が上がる。2度目のカーテンコール。出演者一同、揃って礼。そして、全員前に出て、
オケにも出演者からの拍手を贈る。
劇場からも、大きな喝采。音楽終了とともに、幕がゆっくり下り、一同、客席に笑顔で手を振る。緞帳が下りきっても、拍手は止まない。
そしていつの間にかそれが手拍子に換わる。客席も点灯。
上手最前列の2・3人が腰を上げかけ、中央客席に向かって立つように促している。それを見て百合は、
お隣さんに「立ちましょうよ」と声をかけ、スパッと立ち上がった。
千秋楽独特の、スタンディングオベーションである。
直に、全客席が立ち上がる。鳴りやまない手拍子に、待ちかねた緞帳がようやく上がる。全客席総立ち。
それを一路は感慨深げに見回す。そして、また全員で、深々と一礼。ここで、一路の千秋楽挨拶となった。一路が口を開くと、拍手がピタリと止む。
「みなさま、本日はたくさんのご来場、ありがとうございました。」
そこで再び拍手。そして、一路が言葉を継ごうとすると、またピタリと拍手が止む。観客も心得たものだ。
「…この公演、再演ということで全員にプレッシャーはありましたが、今日このように皆様に喜んで頂けた公演になりましたこと、出演者一同、本当に嬉しく思います。」
続いて、一路が、高嶋を紹介する。高嶋の真面目くさった挨拶には、自然笑いが起こる。
次に「愛する夫、フランツ・ヨーゼフ皇帝陛下です。」鈴木總馬の挨拶。
そして、一瞬一路が吹き出しかかるのを寸出で止め、「黄泉の帝王、トート閣下です。」
山口祐一郎は、「生まれてこのかた22年、こんなに嬉しい思いをしたことはありません。」シレッとそう言ってのける。
これには一路は一人でオオウケし、しゃがみ込んで山口の挨拶の間中笑っている。それを受けて一路も負けず、
「生まれてこのかた18年…」と笑いを取る。そして、何を間違えたか、ドレスの裾でも踏んだかして、一路はうしろにコケた。舞台も客席も一同、大笑い。
そう、一路真輝とは、こういう人なのだ。左右の高嶋と山口に手を取られて支えられながら、一路も照れ笑いを必死でこらえている。
一通り挨拶を終えて、一同礼とともに幕。だが、緞帳が下りても、拍手は鳴りやまない。
「本日はご来場ありがとうございました…」アナウンスが流れるが、スタンディングオベーションは一向に収まらない。再び、幕が開く。
客席からはやんやの歓声。キャーという女の子の嬌声も上がる。客席も大盛り上がりである。高々と諸手を上げて拍手する人、舞台に手を振る人、大騒ぎである。
「一路っ!」かけ声もかかる。一路は下を向いて照れてしまった。一同礼で、幕が下りる。しかし、拍手は続く。
鳴りやまないスタンディングオベーション。ラストは一路と山口2人だけになるが、この日、2人は袖に控えた全員を再び中央に呼んだ。
役替わりの少年ルドルフキャストも登場して、スタンディングオベーションを受けた。そして緞帳はこの後さらに2回、上がっては下りた。
最後には、緞帳を開けたまま、出演者が袖に去った。これが、終了の合図だったようだ。
最後に下りた幕で、拍手は止み、観客は席を離れた。なんとも見事な、千秋楽の締めであった。


  どやどやと、興奮と虚脱感の交錯する観客が劇場から出ていく。ロビーでは、まだしきりに話し込む女性客達も、そこここに居た。
真澄たちは、人混みを避けて、帰路につくだろう。百合は、せっかく千秋楽だから、と、楽屋口に出向き、出待ちをすることにした。
地下1階楽屋口には、既に満場の人並みで、立錐の余地もない。
百合は出演者が乗り込むエレベーター入り口脇に潜り込んだ。そして、人いきれに耐えながら待つことしばらく。
ごくごく至近距離で山口、鈴木、井上、初風、一路、と見送った。50センチも無いかという、間近さだった。
エレベーター入り口にひっついていた百合を、一路は一瞬、見あげてくれた。一路独特の、大きな切れ長の瞳だった。
ハイヒールを履くと、百合の方が一路より4センチほど高くなる。
百合は大満足だった。終演後、2時間が経っていた。これで、思い残すことはない。さて、帰ろう。百合は、独り、家路についた。
  帰路の地下道では、まだ端役がファンサービスに応じていた。その彼とは、百合は同じ地下鉄だった。エスカレーターの後ろに、その端役君がいた。
振り返って、握手でも求めようかとも思ったが、どの役だかもわからないのでは却って失礼だろうと、百合はそのままホームに下りた。
地下鉄の強い風が、百合のストレートの髪を思い切りなぶる。
家の最寄り駅までの直通電車が来た。電車に乗り、百合は『エリザベート』の一日を、感慨深く、振り返った。舞台に、熱い想いをはせながら。
まだ身体にありありと残る、舞台の感動と感激をひしひしと感じ取りながら、土曜の夕方の地下鉄に、百合は揺られていた。








終わり


2001/5/1






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