ファンの嬉しい1日


   こちらの小品はガラかめの部屋15000カウンタ記念のお遊び作です。出演・ユーリ、のびら〜。
   ただ単に、私が遊びたかっただけなんですよー。
   どうぞ、笑って読み流してやって下さいましね。
   のびら〜さん、メールでのご協力、誠にありがとうございました!

   ※再アップにあたりまして:あいやー、私、こんなものも書いていたんですねぇ(苦笑) 
     サイト再開以来、宝塚ファンの皆さまより「パラレルワールド」のご高評を頂き、
     それまですっかり忘れていたこの、私にしては珍しい軽いお笑いモノの存在を思い出しました。 
     こちらは、書く当人がPCに向かって爆笑しながら書いた、というシロモノです。
     ま、ただの自己満足のためのアップなんです。大目に見てやって下さい!
     HN「のびら〜」さん、今はどうなさっていらっしゃることでしょうか。
     すっかり今ではご縁も無くなってしまい、時の沈黙を、少し恨めしくも思います。
     それでは。どうぞ。



  ある日、ユーリはどうしても手に入れたい本があって、地元では手に入らないため仕方なく、
都内大手書店の芸術書コーナーにほてほてと出向いた。
芸術関係の品揃えなら、都内でも有数のオタクな品を揃えている大型書店である。
そこで、ユーリは探していた本をみつけ、買うより早く読みたくて、立ち読み、ならぬしゃがみ込み読みをして、
熱中していた。
いい加減足が痛くなってきたので、仕方ない、レジに行くか、と立ち上がったはいいが、途端に立ちくらみを起こして
あららら〜と後ろによろけた。
よろけた勢いで、ちょうど後ろにいた、本を山ほど抱え込んだ女性にドン、とぶつかってしまった。

その女性の抱えていた本が山崩れを起こして周囲にバラバラと散らばる。
 「ああ〜ご・ごめんなさい〜〜(><);;」
眩暈でフラフラしながら、慌ててユーリは散らばる本を拾いにかかった。
 「だいじょうぶですかぁ?」
その女性が親切に声をかけてくれる。
 「は、はい〜スミマセン〜…」
本を拾い集めながら、ユーリのオタクには目端の利く目がキラリ、と光った。
演劇関係の専門書に、蜷川幸雄舞台写真集、西洋軍服史資料、宝塚歌劇舞台写真集、などなど。
こいつ、何物?
俄然ユーリは興味を引かれた。
一通り女性の手に山積みしたところで、一緒にレジに向かい、さりげなく、ユーリは話しかけた。
 「どうも、すみませんでしたぁ。宝塚、お好きなんですか?」
 「え?ああ、まあ、そうですねぇ。好き、というか…。」
 「は?お嫌い?あ、そうですか。」
 「あ、いえ、違うんです。」
レジで清算が済む。それでもユーリは、お人好しの何気なさを装って、その小柄でオタクの同類をひしひしと感じる、
20代後半の女性につきまとった。
 「重そうですね〜。本、痛めちゃってごめんなさいね〜。お詫びに、なんですがよかったらお茶しませんか?
  私も持っている本、その中にありますよ。」
 「あ、そうなんですか? なら、ちょっとだけ。」
ナンパ、成功。本屋近くの行きつけの珈琲店にユーリは女性を連れ込んだ。

簡単にそれぞれ名乗りあって、
 「お芝居、やってらっしゃるんでしょう?」
ユーリは単刀直入に尋ねる。
 「よく判りますねぇ。でも、やってるのは私じゃないんです。」
 「お姉さまかどなたが?」
よくよくうまいこと聞き出すと、なんと、華子と名乗るその女性は、
「劇団つきかげ」の青木麗の、地下劇場の頃からの追っかけをやっている、という。
 (やっぱり…私の目に狂いは無かったわ)内心、ユーリはほくそ笑む。
 「今度、麗さまはヅカものでもなさるんですか?」
 「ええ、寸劇なんですけど、衣装を作るのに資料がないって仰ってたんです。」
 「まあぁ、それで差し入れをプレゼントなさるのぉ。ファンって、えらいですねぇ。麗さまもお幸せですね〜。」
などと甘言を言ってはさらにユーリは内情をつつく。
どうもかなり、麗に近いところにいる長年のファンらしい。
すると、その寸劇とは、なんと、今年ちょうど日曜日に当たる速水真澄の誕生日に、新婚のマヤの発案で
内輪のサロンパーティーを催し、その演し物で麗がオスカルに扮する、というのだ!!!!!
 「華子さん!!!」
ユーリは思いっっっきり身を乗り出した。
 「は・はいっ(汗)」
思わず華子さんは引く。
 「実は私、宝塚の内部に知り合い居るんです!
  私も長年宝塚の追っかけやってまして、多少の人脈はあるんですよ!」
 「えっ、そうなんですかぁ!」
 「思わぬご縁ですねぇ。衣装部さんに、ちょっと訊いてみましょうか?」
 「ホント〜?わあ、麗さまに早速報告しなくっちゃ〜!」
華子さんは嬉しそうに揉み手すり手をする。
 「宝塚の花の道に、ファンが衣装を着せてもらって記念写真を撮る施設があるじゃないですか。
  そこのオスカルの衣装でお役ご免の払い下げできそうなのがあれば、もらってしまえばいいんですよ。
  劇団つきかげなら、申し分ないでしょう、内部の知人に、連絡とりますわ。」
 「よろしくお願いしますっ!!」
形勢逆転。
華子さんはすっかりユーリに乗せられている。
やったわっ!ここまで話が進めば、あとはユーリの思うつぼだ。
華子さんと連絡先を交換した。麗と直接合うのも時間の問題だろう。ふっふっふっ。
華子さんはユーリに平身低頭の態で、この日はお別れとなった。


  その夜。ユーリはのびら〜さんに電話をかけた。
「のびら〜さん!出番よ出番!のびら〜さんのチェロで私が伴奏するわっ。ぜひやりましょう!」
ユーリは、そのサロンパーティーに、殴り込みをかけ、演奏出演する根回しを始めた。
のびら〜さんは、ユーリのネット友達だ。関東と関西に分かれてはいるが、あるファンサイトを通じて知り合い、
共通の音楽という趣味もあり、にわかに仲良しになった人だ。
なんのファンサイトか、は、絶対速水真澄に気づかれてはならない。
限りなくプロに近いアマ、として、サロンパーティーで、祝典演奏するのだ!
のびら〜さんの学友も、宝塚歌劇団管弦楽団オーケストラに就職している。
こちらのほうからも、プッシュは期待できる。
この夜から、急いで二人はそれぞれの楽器の演奏データをMIDIデータにしてメール交換し、
ネットで演奏の練習を始めた。
ユーリの思惑通り、オスカルの赤の軍服が一着ひと揃い、ちょうど演劇スクールにでも
払い下げされよう、というところだった。
知人を通して、ユーリは素早くまんまと衣装部さんからそれを入手する手配に成功した。
これと交換条件に、真澄の誕生パーティに出るのだ!
まだ2ヶ月ほど余裕がある。



  まずは、外堀から。
宅急便でユーリ宅に届いた、オスカルの衣装一式。
ユーリは車の運転はできないので、買い物キャリーに衣装をのっけて、
へろへろと荷物を引きずって電車で吉祥寺の劇団つきかげに出向いた。
華子さんとは、つきかげの前で待ち合わせである。

 「華子さん、これですよ、これ!」
 「まあ、ユーリさん、お手数おかけして…」
華子さんも麗のファンとして、面目躍如なのである。
 「麗さまは今お稽古中よ。じき終わるから、少しお待ちになってね。」
華子さんとユーリは、ナマ麗に特権的プライベートに会えるというので、二人で盛り上がっていた。
しばらくして、稽古のはねた麗が、身支度を整えて出てきた。
 「やあ、華子さん、しばらくだったね。いつもありがとう。」
麗はニッコリと微笑んで華子さんに声をかける。その笑顔のままユーリを振り向き、
 「こちらが、衣装を手配してくださったかただね?」
ユーリは、麗に見下ろされて、ガラにもなく舞い上がっていた。
 「ああああ青木麗さん、はははは初めまして〜〜。どどどどどうもこのたびは、あの〜〜。」
 「ははは、まあそう固くならず。おっ、これがモノホンのヅカ衣装か。どれ。早速ウチで衣装合わせしてみよう。
  ふたりとも、おいで。」
おおおっ、麗の自宅まで行けるのかぁぁっ!!!
普段冷静沈着を持ってするユーリとてもコーフン状態である。
麗は劇団近くのマンションにひとり住まいだ。
マンションの中には、おそらく稽古用だろう、大きな鏡が壁一面に設えられていた。
丁寧に梱包された衣装をひとつひとつ荷ほどきして、中身を確かめる。
ファンの写真撮影用とはいえ、宝塚衣装部のオリジナル手製品である。細部まで、よく出来ていた。
長身用を頼んでいたので、麗には丈は合いそうだ。
深紅のびろうど地に、派手やかな金モールあしらい、階級章、肩の軍服飾りまで、こまごまと手が込んでいる。
白タイツはちょっと麗には短そうだが、ブーツで隠せるだろう。ウエストに巻くショールは、正絹に房付きだ。
ご丁寧に、小道具の剣まで配送してくれていた。
麗はなんのてらいもなくさっさと服を脱ぎ捨てると、オスカル衣装に袖を通した。
れ・麗の下着姿、ナマ・素肌……。ユーリは生唾を飲み込んだ。役得〜〜!!
それにましてのけぞったのは、麗のその衣装のみごとな似合いぶりである。
 「麗さま〜お似合いです〜〜!!!!!」
華子さんとユーリは同時に絶賛した。
 「ん……ちょっとウエストがゆるいかな?ま、この程度なら直しがきくだろうね。」
  『今宵一夜、アンドレ・グランディエの妻に……』
早速麗は、名ぜりふを口にしてみた。華子さんとユーリは、卒倒寸前である。
麗はベッドの端をアンドレの膝に見立てて、有名なポーズで「愛あればこそ」を歌ってみる。
  “愛 それは甘く 愛 それは切なく……”
(きゃぁぁぁぁすてきぃぃぃぃぃーーーー!!!)
ユーリ達は内心悶絶して胸をかきむしってじたばたした。
 「どうだい?こんなもんかな?」
 「はい〜〜!おさすがですぅ〜〜!!」
華子さんとユーリはきゃあきゃあとミーハーをした。ああ、なんて幸せ……。
 「髪はカラースプレーでいいな。すこしきつめにパーマをかけて。それともかつらはいるかな?」
 「ヅカの本舞台とは違いますから、自然な方がいいんじゃないですか?」
ユーリがうんちくを垂れる。
 「うん、そうだね。」
麗はあっさりしたものである。
 「とにかく、ありがとう。これで、マヤ達にも格好がつくよ。何かお礼がしたいな。」
さあ、来た来た来た。今が絶好のチャーンス!ユーリは、決然と申し入れた。
 「実は私、友人と音楽やってるんです。よろしければ、私たちの演奏も、お祝いにご披露差し上げたいのですが、
  マヤさんにご提案いただけますでしょうか?」
 「へえ?何やってるの?」
 「チェロです。私がピアノ伴奏。」
 「ああ、そいつはいいかもしれない。確かサロンに、フルコンサートのピアノがあったよ。」
 「ぜひお願いします! 麗さまからマヤさんにお口添えいただけますか?」
 「うんうん、いいとも。マヤも喜ぶと思うよ。そんなお礼でいいのかな?」
 「充分です〜〜!」
 「わかった。じゃ、マヤに今夜でも伝えておく。今日はありがとうね。」
 「とんでもございません〜〜。こちらこそ、よろしくお願いいたします〜〜!」
深々と頭を下げて、ユーリは内心大きくガッツポーズをした。文字通り、来た見た勝った、の心境である。
 「じゃ、あたしはこれからビデオでも見て、稽古するわ。二人とも、今日はどうもね。」
 「はい〜〜。では失礼します〜〜。」
華子さんとユーリは、麗のマンションを後にした。
道々二人は手を取り合って小躍りしていた。通行人が不審がる。
 「華子さん!やったわっ!」
 「ええ、ユーリさん、やりましたねっ!」
 「華子さんは当日麗さまの付き人やるんでしょ?またお会いできるわね。」
 「ええ、楽しみですね。ユーリさんの出番、お衣装は?」
 「ええ、おいおい考えますよ。今日はどうもありがとう、華子さん。」
 「こちらこそ。では、またお会いしましょうね。」
吉祥寺駅で、大収穫にるんるんと手を振って、二人は別れた。



  関東と関西で、MIDIデータ交換の綿密なレッスンが続く。どうやら、演奏に幅と深みが出てきた。
MIDIデータ上で、リハーサルも完了した。あとは、本番を待つばかりである。



  さて、いよいよ、その真澄の誕生日の日曜がやってきた。
のびら〜さんは朝イチの「のぞみ」で、東京駅に着いた。迎えに出たユーリの男友達が、今日一日はアッシー君だ。
 「のびら〜さん!おはよ〜。遠路ご苦労様ね。」
 「いやいや。ユーリさん、今日はやりましょうねっ!」
 「もちろんよっ!」
楽器を車に積み込み、昼からのパーティまでの時間に会場近くの音楽スタジオで、一度は生の音あわせをやろう、
ということになっている。
車は一路、吉祥寺へ。
スタジオで、チューニングから軽く指慣らしをして、二人は協奏してみた。
ユーリは聖歌隊時代に伴奏法の教授指導も受けているので、ソロに呼吸を合わせるのは得意ワザ。
のびら〜さんも、絶好調である。
 「のびら〜さん、調子いいわねぇ(笑)」
 「そりゃあ、もう!今日の日のためですからねえ。ふっふっふっ。」
よっしゃ、これで準備万端である。


  パーティ会場であるサロンは、つきかげにほど近いビル、瀟洒なロココ風内装のワンフロア宴会場だ。
時間前、続々と、つきかげと一角獣らスタッフが集まってくる。マヤのつきかげ人脈総勢30名余り。
壁際に金屏風を立て、舞台となる低い演壇を配置する。鑑賞用のゴブラン模様の宴会場椅子を並べ、
円卓には軽食とシャンパン、ワインに誕生祝いの大きなケーキのケータリングも入れて、会場セッティングはできた。
あとは、ご来賓の到着を待つばかり。
  ちょうど昼に、真澄の車で、晴れて新婚となったマヤと真澄が到着した。
 「主賓のご到着〜〜!」
堀田が一同を促す。一同入り口で拍手で迎える。
 「みんな、久しぶり〜!」
マヤが明るく口を切る。
 「やあ、これはこれは。君たちも変わりなさそうでなによりだ。」
真澄はそつなく場の雰囲気にとけこむ。
 (「真澄さまよ、本物だわよ〜〜♪」)ユーリとのびら〜は肘をつつき合う。しぜん、にゃはははと顔が笑ってしまう。
 「さあさあ、ご来賓はお席にどうぞ!」
堀田の仕切で、真澄の誕生祝いの席が始まった。まずは、シャンパンで乾杯。ポンと勢いよく栓が弾け飛ぶ。
そしてバースディソング、ハッピーバースディ、ディア社長、だ。みんな役者なので、よく声が通る。
会場の照明を落とし、誕生ケーキのろうそくを真澄が一息に吹き消す。何本あるのかは、この際適当だ。
明かりを戻して一同拍手で、口々にお祝いを言う。ケータリング業者が、きれいにケーキを切り分けていく。
マヤが、バッグから小さい包みを出して真澄に手渡した。
 「真澄さん、これ私から。」
ヒューヒューと、みんなが冷やかす。真澄は微笑んで受け取った。
 「社長、開けてみてくださいよ〜。」
役者連中に催促されて、真澄が包みを開けると、デュポンのライターだった。マヤにしては珍しい。
 「ありがとう。嬉しいよ。さっそく使わせてもらおう。」
真澄は煙草に火を点けた。デュポン独特の重厚な着火音がする。
 「いゃぁ〜あてられるねぇ〜!」
和やかに、軽食とワインで会話が弾み、祝いの席が進んでいく。
劇団つきかげは、今となっては実質大都傘下に入ったも同様である。
マヤも気心許せる仲間に囲まれて、久々に嬉しそうだ。ユーリとのびら〜は、末席ながら、さりげなさを装いつつ、
目を皿にして、真澄をしげしげ見つめていた。オペラグラスでもあれば、マヤなみに真澄をアップで見れるのに。
と、まあそんな不謹慎なことはさておいて。
そろそろ、演し物、という頃合いになった。一同、真澄を中心に、寸劇客席に移動する。


  華子さんの手伝いで麗が金屏風の裏で支度をしている間、つなぎに堀田と沢渡美奈で、コントをする。
息のあった、真澄とマヤの口喧嘩のマネをする爆笑コントだった。
まあ、内輪ならではのオオウケで、真澄もマヤも、涙を流して笑った。
さて、いよいよ、お題目。麗によるオスカル役寸劇である。
用意したスポットとライトを点灯する。
たららら〜らら〜ん♪お馴染みの、オスカル登場のBGをテープで流す。
颯爽と、くだんの衣装を抜群に着こなした麗がさっと姿を現した。
立ち姿も、みごとに雰囲気を決めている。一同、おおお〜っとウケる。
ユーリとのびら〜さんは、絶ハマリで舞い上がった。
麗は、フェルゼンへの恋心をひた隠して、アントワネットとの醜聞を憂慮しスェーデンへの帰国を忠告する幕前場面を、
一人芝居した。
フェルゼン役は、2001年版ではなく、平成版の紫苑ゆうのフェルゼンをイメージした。
麗の演技で、あたかもそこに優美にして端麗この上ない紫苑ゆうのフェルゼンが幻に見えるようである。
思わず、フェルゼンに身を寄せかけるあたり、
切なきオスカルの女心の表現は絶妙だった。
そのあと続けて「愛の巡礼」を歌う。
“わ〜たしは愛の、巡礼…私は愛の、巡礼…”
一旦暗転して、途中省略。
場面はオスカルの居室。オスカルがヴァイオリンを弾いて幕開けの、
かの晴れて相思相愛の、告白場面である。
アンドレ役には、つきかげ新人の、長身美男が抜擢された。椅子一個の小道具である。
麗のオスカルは、意を決したように軍服を脱ぎ捨てて椅子の背にひっかけ、レースのブラウス姿になる。
ヴァイオリン演奏真似は略。
 「アンドレ…、星が綺麗だ…」
 「そんなことを言うために、呼びだしたのか。」
 「違う……。」
絶妙な間を取って、麗が熱演の演技をした。
 「今宵一夜、アンドレ・グランディエの妻に……」
 「オスカル…!」
 「アンドレ、愛している……!」
 「オスカル!」
素早くアンドレ役が駆け寄って、ラブシーンとなる。
そして、あの、故・長谷川一夫演出の、伝統的ポーズでの「愛あればこそ」のデュエットだ。
ちゃん、ちゃらららら〜ん、たったっ♪ちゃん、たらたらら〜ん♪タイミング絶妙に、BG前奏を流す。
 「愛 それは 甘く 愛 それは強く 愛 それは切なく 愛 それは儚く…愛 愛 愛…」
麗のオスカルは、宝塚大劇場本舞台より、遙かに細かい微妙な心理描写に長けていた。
寸劇ならでは、の見所も、うまく押さえていた。
寸劇、大成功〜〜! 一同やんやの大喝采であった。
ユーリとのびら〜さんは、もうメロメロ。大破撃沈である。さすがの真澄も、麗には真から拍手を贈った。
これが、自分のために用意された、とあっては、真澄にも嬉しいものである。
 「やあ、社長、どうもどうも。お誕生日おめでとうございます!」
麗が演壇からおりて、真澄に握手を求める。真澄が立って、それに応じる。
ユーリ達はそのツーショットを、しっかりカメラに収めた。
ふっふっふっ…。これは、人生最高の記念だわ……!ああたまらん……(悶絶)


  さて、そうこうするうちに、ユーリとのびら〜さんの演奏プレゼントの段になった。
演壇を片づけてピアノを左端に。フルコンサートだが、チェロ独奏との協奏なので、蓋は閉じている。
のびら〜さんのチェロ椅子を中央に持ってくる。ちょうど、真澄の正面だ。
二人には、今日は絶対、これをやってやる、という目論見があった。真澄さん、待ってらっしゃい!なのである。
演奏曲目と二人の簡単なプロフィールを紹介したコピーが配られ、堀田が二人を紹介する。
「麗の紹介で、チェロの演奏プレゼントをしてくださることになった、のびら〜さんです。ピアノは、ユーリさん。」
「ではお願いします!」
真澄は芸能社社長だけあって、芸術一般には相応の知識をもっいるが、曲目を一見して、思わず真澄は二人を見比べた。


  まずは、チェロといえば定番の、ドヴォルザーク「チェロ協奏曲」ロ短調作品104。時間の都合で、第一楽章のみ。
オーケストラのスコア(総譜)はユーリが即興でピアノ編曲した、というとカッコイイのだが、今時のMIDIソフトでは、このくらいの編曲は簡単にやってくれる。味付けのみ、ユーリが編曲した。
二人とも、白のブラウスに黒のロングスカート、という典型的な演奏家衣装である。
ユーリにしろのびら〜にしろ、今は演奏活動は休止しているものの、長年音楽の舞台に立ってきたセミプロである。
いよいよ演奏開始。
第一楽章アレグロ。ソナタ形式の提示部管弦楽は、ユーリが担当する。
ボヘミアの色濃い、スラヴ民族の情熱に満ちた独特の主題である。
甘すぎず渋すぎず、ほどよい節度でユーリが第一・第二主題を奏でる。
力強い小コーダの後、チェロが第一主題から弾き始める。二人の呼吸はバッチリだ。
のびら〜のチェロの音色は、ドヴォルザークらしい力強さと抒情を、巧みに華麗に引き出していく。
管弦楽のみの展開部はすっとばして、いきなり再現部に入る。
のびら〜は、ドヴォルザークの祖国ボヘミアへの郷愁の念と愛情、そして、初恋の人の死を知った悲しみを、
見事に音に表わしていく。
のびら〜のチェロの音は、魂の叫び。チェロの響きはのびら〜にとって、最も情感を表せる音だ。
耳傾ける者が包み込まれるような、深い響き。
「母の腕に抱かれているような」女性奏者らしい、繊細にして温かい響きを、のびら〜は醸し出す。
郷愁。母の温かさ。
真澄は、遠い記憶に忘れかけていた何かかけがえのないものを、思い起こさせられるような気がしていた。
再現部の拡大されたチェロ独奏は、巧みにオーケストラを模したユーリの伴奏に乗って、堂々たるうちにこれまた長大なコーダに入り、華麗なチェロの音色や技巧を余すところなく発揮して、第一楽章は終わった。
楽器2つとはいえなかなかどうして、の迫力であった。のびら〜が立って一礼する。一同、喝采である。
真澄は、一人、瞳の色を深めていた。
演奏家が、誰に向かって演奏しているか。それによって、聞き手の聴こえ方が違って聞こえるものだ。
 2曲目。ヘンデルの「オンブラ・マイ・フ」である。もともと声楽出身の、ユーリのアイデアだ。
これ以上的確なテンポはない、というイン・テンポで、ユーリがヘンデル独特の3拍子を刻む。
のびら〜は、この時とばかり、浪漫に満ちた華麗なメロディを楽器に歌わす。
ヘンデルらしい、端麗なそのリズム。懐深い旋律。
清浄で清冽ななかにも、感情を大きく揺さぶるドラマティックな、名曲中の名曲バロックである。
のびら〜の弦が、次第に冴え冴えと音楽世界を広げていく。音楽の向こうに、光の世界が見える。
音楽は、一直線に真澄に向かっている。真澄はそれをまともにひしひしと受け止めた。
感動的なア・テンポで、演奏終了。まとめも、決まった。
聴き手の魂を揺さぶる演奏が出来れば、演奏者としても、まずまず満足の熱い演奏だ。
 ここからあとは、フォーレ攻めである。
のびら〜は、演奏家の本能で、速水真澄殺しにはフォーレ、と嗅ぎ取っていた。
3曲目。フォーレ「ピエ・イエズス」。これも、ユーリの持ち歌なのだが、のびら〜に頼んでチェロにアレンジしてもらった。
もともとソプラノの声楽曲をチェロで。これは、冒険である。
だが、のびら〜のチェロの持つ表現力の幅は、その壁をものともせず、
聖潔にして信心深き、中低音の清らかな「ピエ・イエズス」を、見事に実現した。
のびら〜のその奥深い表現力には、真澄も驚きとともに感嘆させられた。なかなか世間に無い発想である。
 4曲目も続いて、これもフォーレ。なんとレクイエムから「アニュス・デイ」を、演ってしまおうというのだ。
有名な6声の混声合唱を2楽器で。どんな内容か、真澄は興味津々である。これは、二人の編曲の勝利であった。
男声主旋律と主題をのびら〜が主に受け持ち、多重唱は、ピアノが粛々と奏でていく。
フォーレ独特の、崇高な天界の音楽。
身も心も洗われる気が、真澄にはする。
決して情緒に流されない、端正にして味わい豊かなフォーレ演奏であった。
 ラスト5曲目は、フォーレ「夢のあとに」。これぞ、のびら〜意図する、必殺真澄殺しの、極意の一曲である。
静かに始まるメロディが徐々にテンションを上げて、感情を迸らせていく。
のびら〜は、この珠玉の小品を、感情を抑制した先のアニュス・デイとは全く逆に、
ララバイのスピリットをたっぷり絶妙に、演奏した。ユーリが巧みにそれを静かにフォローする。
この時音楽を向けられた真澄の想いは一際に深く、
遠い日々母の声でやさしく呼びかけられた記憶の情緒が、真澄のうちで優しく揺さぶられた。
不覚にも、速水真澄、この演奏には目頭が熱くなった。感慨も、ひときわ深い……。
演奏に集中しながらも、真澄の感情の揺れは、演奏者の二人に手に取るように演奏空間に伝わった。
してやったり!これが、二人の今日の渾身の目標なのだった。
  美しいラスト曲で、二人はおよそ30分の演奏を終えた。
二人とも立って、一礼する。一同拍手、やんやの喝采。
うっとりしているマヤの横で、真澄はつと立って、正面ののびら〜に握手を求める。
 「いいものを聴かせてもらったよ。ありがとう。」
 「こちらこそ、ご静聴ありがとうございました…。」
演奏のテンションがまだ醒めやらぬのびら〜である。真澄の率直な感動は、演奏者として、本望だ。
ユーリも、ホッと胸をなで下ろす。他の誰のためでもない、真澄に捧げた、全力の演奏だった。
音楽をやってきて、良かったなあ、と、やっぱりユーリは思う。こんなふうにも、共感と接点が持てるのだ。
真澄はユーリにも手招きした。そして、握手。
真澄の手は大きく、暖かかった。
 「実にユニークだったよ。ありがとう。」
 「喜んでいただけて何よりです。あらためまして、お誕生日おめでとうございます!」
 「ああ、ありがとう。」
真澄がフッと微笑む。
やった〜〜!!! これで思い残すことはないわ!ああ、よかった〜〜嬉しいぃぃ……(感涙)
 「君たち、好きな演奏家は?」
真澄が興味深げに尋ねてくる。
 「はい。カザルスです。」
 「バックハウスとクライバーンです。」
それぞれの答えに、真澄は声をあげて笑う。
 「ハハハハ、いかにも、だな。君たち、生まれる時代を間違えたんじゃないのか?」
ユーリものびら〜も、真澄のそのスルドイ冗談には、照れながらも笑ってしまう。


  和やかな雰囲気の中、そろそろ会場の貸し切り時間も終わりに迫った。
ユーリとのびら〜さんはマヤとも挨拶を交わし、真澄とマヤが帰路につくのを見送った。
その後、会場の片づけをつきかげの一行につき合って、盛会の1日は終わった。
つきかげ一行は、これから更にどこかへ打ち上げるようだったが、ユーリ達はここで別れた。
別れ際、ユーリは声をかけた。
 「華子さん、今回はありがとうね。」
そもそも、この女性とひょんな出会いがなかったら、今日の日は無かったのだから。
 「いえいえ、またつきかげの芝居、ユーリさんもどうぞ見に来てくださいね。」
 「ええ、ええ。ぜひぜひ。」
今日の日は〜さよう〜な〜ら〜♪また〜会う〜日まで〜♪



  ユーリはアッシー君に、東京駅までのびら〜さんを送らせた。
車中、二人はげらげらと笑いながら、今日の収穫を祝い合った。
 「またセッションできるといいわね〜。」
 「今度はオリジナル、いきたいっすねぇ。」
 「作曲はのびら〜さんにまかせるわぁ。あたしはせいぜいプレイヤーだもん(笑)」
楽器を抱えて、のびら〜さんは、新幹線へ。
 「じゃ、またメールでね〜。」
 「お疲れ〜!」


  こうして、ファンの嬉しい1日は、楽しき思い出とたくさんの友情とともに、無事終わったのだった。
一生、忘れがたい、音楽によって真澄と通じ合えた、貴重な出会いと共感とを残して―――。






終わり

2001/2/14




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