77777番ゲット:m様リクエスト:マヤちゃんと真澄さんが出演する舞台のことで喧嘩して、
      マヤちゃんが演技する元気を失くす。そしてマヤちゃんが行方不明になる。
      真澄さんも意地になってマヤちゃんを探さない。
      でもそんな二人の意地の張り合いを仲介するのはやはり聖さんしかいない…
      それでやはり最後には仲直りして、
      マヤちゃんを甘く口説く真澄さん(実はこれが見たいのです)。
    ※ということで、切りのいい短編をm様にお捧げできれば、と思います。




「マヤちゃん!ニュース!ニュース!」
大都芸能社内の事務所に出社したマヤに、マヤ付きの大都でも指折りの敏腕マネージャー政木が書類を高く掲げて、明るい声をかけた。
「なあに?いい仕事?」
「まあ、抜擢だろうな。」
マヤはその、出演依頼の書類を渡されてざっと読むと、目を輝かせた。
「これって、わたし専用のキャスティングじゃないの?」
「そうだね。まあ、『紅天女』さまにご出演願おうという腹だろうな。社長の決裁待ちだ。」
「じゃあ、明後日くらいかしらね。」
「ああ。決まったら即連絡を入れる。」
「楽しみだわ。お願いします。待ってるから!」
マヤは、スケジュール調整、諸々の書類の確認などを終えて、テレビ局に収録に向かった。


その2日後。
深夜もほど近く、マヤのマンションの電話が鳴った。マヤはそろそろ眠ろうかという時刻。
「はい。ああ、マネージャー。うん。おとといの話。…ええっ!なんで…速水さ…じゃなくて社長が!?」
マヤは声を荒げた。
「……、うん、うん、わかった。いいわ。直談判するから。え?いいんだってば!」
「とにかく、明日、朝イチで会いに行くって、社長に伝えておいて。じゃあ!」
マヤは憤懣やるかたなく、受話器に八つ当たりした。ガチャン!
その電話はくだんの出演依頼を、真澄の決済で断った、との連絡だった。
なんで…速水さん…どうして…。

ベッドに入ったが、いささか興奮気味で、寝付かれない。寝返りを打っては、マヤは真澄の、ふたりだけの時の笑顔を思い返していた。
あの速水さんが、私に舞台をさせてくれないなんて…。
マヤはどうにも、納得しかねた。
とにかく、明日だわ。眠らなくっちゃ…。
しかし、眠ろうとすればするほど、目が冴えた。マヤはいい加減、短気を起こし、起き上がってナイトキャップにワインを呷った。
もうっ、いいわよっ、寝てやるんだからっ!
いつしか、ワインの火照りで、マヤはまどろんでいった。


翌朝。
マヤは水城に「社長面会」のアポイントを確認し、社長室へ直行した。
「おはようございます。北島です。」
「ああ、入りたまえ。」
鷹揚に真澄が応じる。
マヤは後ろ手で重厚な社長室のドアを閉めると、真澄に詰め寄った。
「速水さん!『風と共に去りぬ』キャリーン役、なんでキャンセルなんですか!?あたし、演りたかったのに!」
「なんでですか!?」
「…相変わらずの豆台風だな。」
真澄は苦笑する。
「“帝劇創立90周年記念公演 東宝ミュージカル『風と共に去りぬ』”。」
真澄はセリフでも諳んじるように口にした。
「いいか、君は「紅天女」なんだぞ。何もライバル芸能社が総力を結集した歴史ある大舞台に、話題集めの客寄せ端役で出演するんじゃない。」
「大都では君は、君ひとりで一枚看板を張る女優だ。キャリーン役は、「紅天女」で注目される君をネタに、舞台に華を添えるためだけの役だ。」
「でもあたしは…!」
「東宝にとっては、今回の『風と共に去りぬ』は、菊田一夫時代から30年越しの集大成、悲願の舞台なんだ。メインキャストを見たのか?」
「君が生まれる前から、ミュージカルを演っていた大先輩ばかりだぞ。大地真央、山口祐一郎、杜けあき、今井清隆、藤堂新二。」
「制作スタッフも、東宝生え抜きのオリジナル俊英スタッフじゃないか。敵陣真っ只中だ。」
「いくら君が『紅天女』だからといってもだな。この舞台では端役とはいえ、今の君では、実力不足だ。時期早尚だ。」
「実力不足!?あたしが!?あたし、この2年、歌だって踊りだって、ずっと基礎からやってきてるんですよ!」
「確かに、きみなら、人が10年かかるところを、3年でものにするだろうな。だが、駄目だ。」
「どうして!?」
「『紅天女』の成功に、どんな疵をもつけるわけにはいかない。大都芸能としてはな。」
「キャリーン役が、疵だって言うんですか!?」
「そうだ。」
真澄はにべもなく断言する。
「そんな…」
マヤは絶句した。
「大都芸能は、きみの『紅天女』を安売りはしない。」
「ストレートプレイならいい。だがいいか、台詞劇なら3時間かかるところを3分で表現するのがミュージカルというものだ。
 マヤ、今の君のキャリアでは、まだまだ役不足だ。」
「いずれ、大都で君が主演の描き下ろしの新作ミュージカルを演る。その時が、君の正式なミュージカルデビューだ。それまでは、外部出演は許さない。」
「どんな端役だって、絶対、成功させるわ!無駄な経験じゃないわ!」
「ダメだ。実力の差が、今では明確過ぎる。差がつき過ぎるんだよ、他の出演者と。」
「速水さん!」
「ミュージカルの経験不足なんだ、君は。」
「だから、いい経験になるんじゃないですか!」
「完成させた形で、世に出さなければ、君のミュージカル出演の意味がない。」
真澄の言質には、マヤには、とりつくしまもない。確かに、「大都芸能としては」真澄の言う通りなのだ。
「あたし…あたしは…キャリーン役、速水さんに観て欲しかったのに…」
「まあ、な。さぞや可憐な、初々しいキャリーンだとは思うよ。だが、今回はダメだ。」
「…意地悪!」
「おいおい、これはビジネスだぞ。」
「仕事、させてくれないなんて、意地悪だわっ!もう、いいっ!速水さんなんか、金輪際もう知らないんだからっ!」
ついに、マヤは拗ねて、机をバンと叩いて、ふくれっ面で出ていこうとした。
「マヤ!いい加減にしないか!」
真澄も、さすがにマヤのその子供っぽい拗ね具合は、腹に据えかねた。ドアに駆け去るマヤの腕を掴んで、引き戻そうとした。
「離してよ!」
「よさないか。仕事に感情を交えるんじゃない!」
「知らないっ!」
マヤは真澄の手を振り切って、扉をバンと閉めると、社長室から駆け出した。
「まったく…いつまでも子供みたいに…。しようのないヤツだ…。」

基本的にマヤには、真澄に対しては今では、男と女の間柄での、甘えがある。真澄はそれは、仕事とは別に割り切れるが、
マヤには、真澄の女、としての、真澄への甘えを優先させたい女心もまた、確かに存在している。
その真澄に、ヘタだから出演はダメだ、と言われたのだ。
マヤはいたく、女心も傷ついていた。
こと、仕事となると、マヤなりの女心への気遣いも、つい忘れる真澄の長年の癖も、抜けていないことも、また、確かだった。
なまじ、男女の仲であるふたりだからこそ、この局面では、昔ながらのすれ違いが、再現していた。皮相なものである。
マヤが現状をきちんと自覚して、素直に謝ってくるまで、真澄は許してやらない気になっていた。



 3日後。
真澄は水城から、マヤ失踪の報告を受けていた。
「何だって?」
「3日前、こちらで面会のあとから、行方が知れないそうです。」
「政木は何をしているんだ。」
「ちょうど1本、テレビ収録をキャンセルしただけで、あとはスケジュールは空いているそうですわ。レッスンにも現れないそうです。」
「自宅に電話連絡もとれないとか。自宅も間違いなく留守とのこと。真澄さま、また何かなさいましたの?」
「何かしたとは、何だ。随分だな。まったく…。いつまでも手を焼かせる…。きちんと出社するまで、放っておいていい。頭を冷やさせる。」
「そう仰いましても…。若い女性の行方のことですのよ。危険ですわ。探させた方がよろしいでしょう?」
「……構わん。自覚させる。」
「そんな…。余計な意地を張るものではございませんわ。」
「意地?それはお門違いだ。水城くん。とにかく、自分から出てくるまでは放っておけ。」
「…承知しました。」
しかし、なんらか、手は打たないと…。
水城は内心、どこの芸能記者にリークしようか、と密かに算段した。
そうそう、週刊セブンジャーナル。あそこに確か、松本とかいう大都番がいたわね。
「松本」宛にマヤ失踪を、真澄には内緒で、水城はリークすることにした。
水城は、それが聖の連絡先とは知らずに、密かに匿名でマヤ失踪を、密告電話した。

聖の車内電話が鳴る。出ると、水城の声だった。低い声音に誤魔化してはいるが、聖にはそれと判る。
「まだ内密の情報だけと、北島マヤが3日前から行方不明。探って記事にしてちょうだい。」
それだけ言って、電話は一方的に切れた。
マヤ様が?真澄さまとまた何かあったのだろうか?
聖にしても、考えることは水城と同じである。
とりあえず、マヤが泊まり歩きそうな人脈を、聖は追ってみることにした。
まずは、劇団つきかげ。
つきかげの麗を、聖は訪問した。
「週刊セブンジャーナルさん?マヤなら、おとといはあたしのところに居たけど、一晩泊まっていって、またどこかへ行ったよ。」
「旅行でも行きそうな支度だったな。マヤがどうかしたのかい?」
「いいえ。それなら結構です。追って、また取材に参りますので…。」
聖は辞して、別口を当たることにした。
つきかげ人脈でないのなら、どこだ?
マヤがテレビドラマで共演した女優から、テレビ局の女性AD、別の舞台で知り合っている筈の女優、など、およそを当たったが、
マヤが訪問した話は一切出なかった。あまり、手広く尋ね歩くのも憚られる。
マヤ様おひとりでホテルでも泊まっているのか…。

 そうこうするうちに、10日も経とうとしていた。いくら真澄でも、さすがにそぞろ後悔して、気になりだした頃合い。
いつものように、社外ビルのエレベーターを利用した書類の受け渡しに、聖は真澄と落ち合った。
「マヤ様はまだ発見できません。見つかり次第、ご連絡します。」
短く、聖は真澄に告げた。
「おまえ、知っていたのか。」
「はい、真澄さま。では、私はこれで。」
「ああ。…では頼んだ。」
じきに、エレベーターの扉が開いた。



 ふと、聖は思い当たった。麗の言った“旅行にでも行きそうな支度”。
――梅の里か!

マヤにとっては、今では第二の故郷でもある土地だ。すぐさま、聖は寺の源造に電話を入れた。
やはり、であった。源造によると、マヤは毎日、梅の谷で稽古を積んでいるという。
聖は即、真澄に報告を入れた。
「真澄さま、私が迎えに参りましょう。」
「……、いい。構うな。子供じゃないんだ。」
「真澄さま…。あななこそ、意地になっておいでですよ。他ならぬマヤ様のことではありませんか。
 明日、夜までには私が必ずお連れします。パレスホテルですね。お部屋に夜10時には参ります。必ずお待ちくださいますよう。」
「聖…。」
「よろしいですね?」
聖は念を押す。
「…判った。では、頼む。」
心中、複雑ではあったが、とりあえずはマヤの行方は明らかになり、真澄もいたずらな焦燥は解決した。



 翌日。
のぞみ号の一番列車で東京を発った聖は、昼前には梅の里に到着した。
山寺の源造を訪ね、月影千草に焼香し、源造の案内で、梅の谷に向かう。
聖は、里までは折々調査に来ていたが、梅の谷に足を運ぶのは、これが初めてだった。
なるほど、神秘境…。
さすがの聖も、この「紅天女の聖地」には、圧倒された。
この谷に漂う神気。人智を越えた、人間の天然の本性に迫ってくるような、底知れぬ太古の神々の息吹…。
聖の理性の奥深くに、梅の谷は、その精髄を刻み込んだ。聖もまた、この地でひととき、時の巡礼の旅人となった。
月影千草の埋葬された地の石碑。そこにも詣でて、聖は川岸のマヤの稽古地に案内された。
発声と基礎訓練、天女の動き。しばし、黙って聖はマヤのひとり稽古を見守っていた。
やはりこの地が、マヤの心には、大切な変化をもたらしているのが、聖には見て取れた。
俗世の一切を洗い流して集中し、進行する、それはひとり稽古だった。

頃合いを見計らって、聖はマヤに声をかけた。
「マヤさん!」
マヤは集中から醒めて、ギョッと振り返った。
「あ…あ、聖さん…?…驚いた。」
「お迎えに参りました。帰りましょう、東京へ。もう、充分でしょう?」
「……、そう、そうね…。ここに来ると、何もかも忘れちゃう。けど、帰らないとね…。」
「真澄さまがお待ちかねですよ。」
「……。」
「速水さんは、なんて言ってるの?」
「お待ちだそうですよ。」
「…ほんと?」
「私が嘘を申し上げますか?」
「…そうね。ごめんなさい。判った。帰ります。」
この素直さが、マヤのパーソナリティの佳さだ。
梅の谷をマヤと肩を並べて歩きながら、聖は縁の不思議さを思った。自分が、この谷に巡り合わせるとは…。
もっとも、自分は真澄さまの影。こうしたことも、あり得ないことではなかったのだろう。
「聖さんの軽装って、珍しい。」
聖は、旅の軽装である。マヤは物珍しそうにしげしげと聖を眺めた。
「そうそうはいつも背広ばかりではありませんよ。」
聖は苦笑する。
「思ったより、聖さん、肩幅広いのね?」
「また、なにをおっしゃるかと思えば…。」
これにも、聖は苦笑する。
「東京までは長旅です。マヤさん、大丈夫ですね?」
「ええ。役者は体力勝負なのよ。平気、平気。」

修復された吊り橋を渡り、山寺へ戻る。マヤは荷物の荷造りに、宛われた部屋に向かった。
源造は客室で、聖にお茶を勧めた。
「東京では皆さん、お変わりありませんか。」
「はい。速水社長も、つきかげの皆さんも。お元気でいらっしゃいます。」
「そうですか。それは奥様もお喜びになることでしょう。」
「源造も元気にしております。またお訪ね下さいと、皆様にお伝え下さい。」
「はい、承りました。」
マヤが支度を終えて、出てきた。
「源造さん、お世話になりました。また、来ていいですか?」
「ええ、ええ。いつでもおいで下さい。奥様と一緒にお待ちしておりますよ。
 亜弓さんにも来ていただけるといいですね。
「ああ…。ほんとに…。」
迎えのタクシーが来た。マヤは源造にか、千草へか、ぺこりと深々とお辞儀をした。
「じゃ、また。ありがとうございました!」
マヤの挨拶とともに、車の後部ドアが閉まった。


 帰途の道々、マヤは聖相手に喜々としてお喋りに興じていた。聖も、今のマヤにとっては心許せる、数少ない人物である。
聖は相槌を打ちながら、他愛ないマヤのお喋りに応じてやっていた。
「この前梅の里へ行ったときは、速水さんと一緒だったわ。やっぱり速水さんも軽装でね。」
「途中は旅行気分だったけど、先生が亡くなって、初めてのお参りだったから…。」
「梅の谷…。あの谷が、私の「紅天女」の原点なの…。役者、としても。私の、ふるさと…。」
「紅天女のふるさと…。私が私の『紅天女』に帰ることのできる、ただ一つの場所…。」
「マヤさんは、女優として、そうした場所がおありで、お幸せですよ。」
「…ホントにそう思う。あたし、梅の谷に帰れば、どんなことがあっても、くじけないで済む…。」
「でも、速水さんにじかに、ヘタだから出演させないって言われた時は、そりゃあもう、頭に来たわよ。」
…そんなことだろうと思った…聖は内心、納得した。

新幹線に乗り込んだ頃には既に夕刻も回っていた。いくら“体力勝負”のマヤでも、ビュッフェで夕食を食べたあとは、睡魔が襲ってきた。
“意外と広い”肩幅の聖に凭れて、マヤは道々、うたた寝していった。
マヤ様…昔から少しも変わらずに屈託ない、素直で純粋なおかただ…。そして、今では、役者として人間として、随分と成長なさった…。
聖は、マヤに肩を貸してやりながら、あらためて、長の年月の、真澄のマヤへの愛を、思い巡らした。



 東京駅21時55分着。奈良の奥地から、マヤは聖に連れられて帰京した。家出してから10日余り、経っていた。
八重洲中央口のタクシー乗り場に、聖はマヤを連れて行く。自宅マンションまで送ってくれるのかと、マヤは思った。が。
「パレスホテル。」
真澄とマヤがいつも密会しているホテルを、聖は行き先に告げた。八重洲口からなら、5分とかからない。
「ちょっと!聖さん!」
「真澄さまがお待ちだと言ったでしょう。まずは真澄さまにお会いなさい。」
「…まったくもう…参っちゃうわ…。」
そうはボヤきながらも、マヤの語尾は弾んでいた。
間もなくタクシーはパレスホテル正面玄関に車をつけた。
「さ、マヤさん。」
聖に促され、マヤは荷物を抱えて、エレベータに向かった。
聖はマヤの荷物を持ってやった。じきに、いつもの部屋に到着した。
聖はドアを変拍子でノックする。それが合図のようだった。
真澄が鍵を開けて、ドアを開いた。聖に背中を押されて、躊躇いがちにマヤは部屋に足を踏み入れた。
「ご苦労だった。聖。」
「いえ。では私はこれで。」
聖は真澄に目で合図して、辞去していった。


 バスローブの真澄はルームバーからオレンジジュースを取り出して、マヤに渡してやる。
「…ありがとう。」
「月影先生は何と言った?」
「…うん……。」
その曖昧な返事で、真澄は、自分の主張をマヤが納得したことを、以心伝心、感じ取った。
ジュースを一気に半分飲み干すと、マヤはクローゼットに荷物を仕舞った。上着を脱いで、ハンガーに掛ける。
ソファに腰を下ろすと、しみじみ、マヤは口にした。
「紅天女だって、まだまだ、もっともっと、いろいろな勉強をしなくちゃ。稽古するたびに、役の深さが身に浸みたわ…。」
「先生だって、稽古するたびに新しい発見がある、って、生前そう仰ったのが、今はよく判る…。」
真澄は黙ってその言葉を聞いていたが、つとマヤの前に立つと、軽々とマヤを抱き上げてベッドに運んだ。
そして、洋服のままのマヤに、身体ごと覆い被さった。
「それならいい…。だからといって、これからはもう、10日も行方をくらますんじゃないぞ。」
「わかってる。大人げない、って、言いたいんでしょ?」
「その通りだ。…梅の谷か。…きみの聖地巡礼の旅だった、わけだな。」
「速水さんに実力不足って言われたら、なんだか先生が、待っててくれるような気がしたの…。」
「そうか…もっともだな。しかし……ちょっと寂しかったぞ、コラ!」
そう言って、真澄は拳の先でマヤの額を、軽くこづいた。
マヤは少し照れて、ほんのりと頬を上気させた。
「ごめんなさい……。」
「俺も、言い過ぎたよ。仕事は仕事と割り切れるのは、俺のほうだけだった。
 悪かったな。きみの心を大事にしてやれなくて。俺は相変わらずこんな男だ。」
「それでも、いいか?」
その言葉は、甘い果実のようにマヤの胸に滲みた。
真澄の整った顔立ちが、間近くマヤに迫る。
マヤは返事の代わりに、真澄の胸元に頬をうずめた。
「長年、女性の女心など、俺には無縁のものだった。気遣いが足りなくて、済まなかった。」
そして真澄はマヤの耳元にくちびるを寄せ、吐息とともにそっと囁いた。
「それでも…俺が好きか?」
「……。」
蚊の鳴くような声で、マヤが口にした。
「なんだって?聞こえないぞ。もっと大きな声で言ってくれ…、ん?」
恥じらいながら、マヤはもう一度、言葉にする。
「…すき、よ……」
「いい子だ…」
言葉にしたマヤのそのくちびるを、真澄は素早く塞いだ。
諍いも、すれ違う感情も、わだかまりも、この接吻が、しだいに静かに、すがすがしく、ふたりから洗い流してゆく。
長い熱い、巧みなくちづけを、真澄はマヤに贈った。
陶然と、マヤの身体から力が抜ける。
そう、あたしには、この人しかいない…。
“おまえさまは おまえさまじゃ”
阿古夜のセリフが、ひととき、マヤの心を力強くよぎっていった。
そして、また、睦み合いの、ふたりの長い夜が始まる――。





終わり






2001/9/11

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