70000番ゲットやなちゃま様リクエスト:ふたりが結ばれてから1年後くらいで
   初めて紫のバラが贈られた日の記念に、
   マヤちゃんがお礼の気持ちを込めて真澄さんを1日デートに誘う、という内容でお願いします。
    いままで真澄さんが全部リードしてきたから、その日一日の主導権をマヤちゃんが握りエスコート。
   今までの感謝の気持ちをマヤちゃんらしいデートコースで真澄さんをおもてなしさせてください。
   ※他、数点のリクエストがございます。それらは全て網羅すべく、進めさせて頂きます。   




  「次の土曜日、絶対スケジュール、空けておいてね。」
2カ月も前から、マヤは真澄にその日の約束をとりつけていた。そして、その日を翌週に控えた日、マヤは真澄に電話で念押しをした。

「速水さん、スケジュール、大丈夫?」
「ああ、問題ない。随分前からの約束じゃないか。俺は約束は守る男だぞ。」
そう言って、真澄は電話口で微かに笑う。
「そうよね。むかしそう言って、台風なのに初日に来てくれたこともあったものね…。」
マヤはふと、懐かしむ深い声音で口にした。
「憶えてる?あの日のスカーフのこと…。」
「ああ。俺の正体を君が気づいたスカーフ、だったんだろう?」
「そう。懐かしい…。あれからよ。あたし、速水さんのこと、本気で思いはじめたの。」
「…なんだ?あらたまって…。」
とっさに、真澄は照れ隠しをする。
「…ううん、なんでもない。とにかく、来週は会ってね。オフの格好で来て。動きやすい服で。」
「ああ、それも何度も聞いている。判った判った。車も無し、なんだろう?」
「そうそう。じゃあ、10時、新宿西口地下ね。交番前。待ってるから。楽しみにしてる。」
「了解だ。」
マヤは、急に声を落として、そっと電話口に囁いた。
「ありがと…速水さん…好きよ…。」
真澄は今にしてあらためて、どきりと胸がときめいた。
「ああ…俺もだよ…。」
真澄も低く、囁いた。
「ん…。」
そして今度はとびきり明るく、弾むようにマヤは口にした。
「じゃあね。おやすみなさい。」
「おやすみ。早く休むんだぞ。」
「はあい。じゃあね。」
マヤはそこで電話を切った。
  水城が、新たな書類の束を抱えて、真澄のデスク正面にドサリと置いた。
「真澄さま!お気持ちはお察ししますけれど、今日はこれだけはご決裁願いますわ。」
「あ?ああ。判っている。」
「お顔、きちっと元にお戻しなさいませ。まだ他の秘書も社内におりますのよ。」
せっかくのいいムードだったのに……。やれやれ、かなわんな、と、真澄はわざとしかめつらしく、渋面を作り直した。



  その、オフの土曜日が来た。陽光も美しく透きとおる、空も高い盛りの秋の日だった。

およそ、世間の大抵の人間が待ち合わせ場所にする、その交番前。
土曜日だが、午前中なので、まだ比較的人混みは少なかった。
時間10分前にマヤは到着した。
マヤのいでたちは、真澄の好きな、バラ色の薄いシルクブラウスに膝丈の白いフレアスカート。何気ない、ショルダーバッグ。薄化粧も、軽装に映える。
ロータリーを見ていると、時間2分前に、黒塗りの大型車がさっと地下に入ってくる。真澄の送りの車だ。マヤにはひと目で見分けがついた。
真澄が後部ドアから降りて、交番に歩いてくる。マヤはさっと真澄に手を挙げた。
「おはよう。」
マヤを見つけて、真澄の笑顔が、ひとしきり明るい。
真澄はグレーのコットンシャツに麻混のベージュのジャケット、黒羅紗のズボンに持ち手のついたダブルファスナーのセカンドバッグ。
「速水さん!おはよう!」
マヤは輝く笑顔で、足取りも軽く真澄に駆け寄った。そして、さっと真澄の腕に腕を組んだ。
「さて、どこへ行こうか?」
真澄はマヤのいでたちを一瞥して、さらに笑顔をほころばせた。
「今日はね、速水さん、あたしが1日、案内をするわ。ねえ、いいでしょう?」
「え?ああ、まあ、そりゃあ構わないが…。」
「一緒に行ってくれるでしょう?」
僅かな甘い媚びを含んで、上目遣いでマヤが真澄を斜め下から見あげる。それは愛おしい、しぐさ。一瞬、真澄の胸が甘く高鳴る。
気を取り直して、真澄は言った。
「そのための、今日だからな。いずこなりへと、お供しようじゃないか?お嬢さん。」
真澄は笑って、マヤに腕を貸した。
「速水さんなら、まず絶対自分からは行かない場所。そういうところに案内するわ。」
「まさか遊園地なんかじゃないだろうな?」
「やだ、分かっちゃったの?豊島園に行こうと思うの。」
「でも、その前に、美味しい珈琲のお店と、美味しい食べ物、ね。」
マヤは真澄の腕をとって、客待ちのタクシーに乗り込んだ。
「千川通りの三菱銀行の前まで。」
マヤが運転手に告げる。
「その辺りは…西武池袋線の江古田あたりじゃないのか?」
車が発進する。
「そうなの。麗と昔住んでた下北沢とはまた違った学生街よ。単科大学が3つあって。」
「麗の昔の同級生がそこの武蔵野音大に入ったんだって。それで、この間、麗たちと遊びに行ったのよ。」
「昔ながらの小さい商店街の街だけど、あんまり下町っぽくもなくて、でも、生活感があって、あたしくらいの年の人たちがたくさんいたわ。」
「学生街なら、そうだろうな。」
じきに車は甲州街道から中野通りに進む。土曜なので、道は空いていた。マヤは、車の後部座席で、黙って真澄に身を凭せかけた。
真澄は、柔らかく、マヤの手を握る。少しだけ、マヤの髪が、幽かに香る。いつも使っている、シャンプーの香り。
新井薬師の前を通って、中野から車は一本道だ。秋の透明な陽差しが、車の外に美しい。
15分ほどで、車は到着した。支払いは、さっさと真澄が済ます。
なるほど、高層ビルも高速道路もない。平穏な、土曜の私鉄沿線の駅前商店街が、そこにあった。
群れを為す学生たち、自転車を漕ぐ地元の主婦、普段着の老人。街に人は多かった。
確かに、真澄には、、非日常には違いない。
車を降りてから歩いてすぐ、荒物雑貨屋の二階に、そのマヤのお奨めの珈琲店があった。
階段入り口に、松の木で作られた看板が出ている。『松風窓』。
『歩み入る者にやすらぎを 去りゆく人に幸せを』
看板には白ペンキで、そう記されていた。これはたしか、ドイツのどこかの城郭門扉に記されているセリフでは…。
どこの城だったかな…。真澄が思い巡らせて看板を眺めていると、マヤがさっさと階段を登っていく。
真澄も素早く後を追う。凝った取っ手のガラスドアを引いて、中に入ると、まさしく20坪ほどの店全体の内装は、「松」で飾られていた。
カウンターも天上も、テーブルも椅子も、全て、松の木の内装。独特の、しっとりした、いい雰囲気の店だった。モダンジャズが流れている。
おそらくはオーナーの趣味だろう。カウンター奥の棚には、所狭しと、ロイヤルコペンハーゲンにマイセン・ブルーオニオンの食器が並んでいた。
マヤは窓際の席をとった。真澄に窓側を勧める。
「いらっゃいませ。」
真澄より少し年長らしいオーナーがカウンターから出てきた。レモン水を注いだグラスは、ボヘミアクリスタル。よく見ると、灰皿も揃いである。
「こちらがメニューでございます。ご注文は?」
マヤはともかく、オーナーは真澄を一見して、ただの一元客とも思えない慇懃だが丁重な接客をした。
珈琲専門店らしく、余計なメニューは一切無い。
「ブルマンを頼みます。マヤは?」
「あたしは、カフェオレ・グラッセ、下さい。」
「かしこまりました。」
オーナーがカウンターに引っ込む。店はまだ空いていて、他の客も、従業員もまだいない。
「素敵なお店でしょ?速水さんが好きそうだなって思ったのよ。」
「ああ。確かにな。落ち着くよ。」
「あたしは珈琲は素人だけど、堀田団長が、ここの珈琲は絶品だ、って言ってたわ。速水さん、珈琲好きだから、連れてこようと思ったの。」
確かに、カウンターの中で、オーナーみずから手で、珈琲豆を豆挽きで挽いていた。おそらく、ドリップも、ひとつひとつ、手で淹れるのだろう。
「ねえ、速水さん…。」
マヤが僅かに声音に甘えを含ませて、真澄を呼んだ。そして、バッグから、なにやら紙片を取り出した。
そして、そっと、大事そうにそれを真澄の前に差し出した。
「これ、憶えてる…?」
見ると、それは、紙の端がだいぶ傷んで黄ばんだ、紫のバラの花びらの押し花、だった。
真澄は、マヤの顔をまじまじと見つめた。
少し含羞を含んで、うっとりと夢見るように、マヤが口にした。
「今日はね、あたしが初めて紫のバラをもらった、記念日なの…。」
「若草物語、ベス役、か…!。」
「そう。それで、嬉しくって、押し花にしたの。中学の生徒手帳にはさんで、いつも持ってたわ、これ。」
「ああ…、いつだったか、俺の前でそれを落としたこともあったな…。大事なものだと言って、俺からひったくったんだぞ君は。」
「ひったくったりなんか、しなかったわよ…」
「俺は、あの時は、嬉しかったよ…。あの頃、君からは、毛虫のように嫌われていたがな。」
「君はこんなものまで、今でも大事に持っていてくれるのか…。」
真澄は感慨深げに、その長い年月を経たその紙片を凝視した。
「ええ。だって…。このひとひらから始まって、ほんとうに長いこと、あたしを支えてきてくれた紫のバラ…。」
「速水さんが贈ってくれたものは、全部大事にとってある。」
「今のあたしがあるのは、速水さんが紫のバラの人だったからだわ…。」
「あたしはどんなに紫のバラの人に感謝しつづけたか…。」
「俺は君が、正体を気づいているとは夢にも考えなかった。」
「いろいろ、あったわよね…。」
「ああ、そうだな…。こんな“記念日”が来るとは、昔は想像もしなかったよ…。」
「今日は、“記念日”だから、あたしにお礼をさせてね?」
「そうか…。嬉しいよ…。」
ふと、ふたりは眼差しを交わし、互いに思いこめて、しばし見つめ合った。
なにも言葉にせずとも、それで通じ合ってゆく、深い想い。ようやく築いた、ふたりの絆だった。
まず、真澄のブルーマウンテンが来た。芳ばしく、香り高く、見た目からしてなるほど、美味そうだ。
カップはロイヤルコペンハーゲン、ブルーフルーテッド・フルレース。
「カフェオレ・グラッセは、いま少しお待ち下さい。」
オーナーが声をかける。訳知り顔で、マヤはオーナーに頷いた。
「速水さん、冷めないうちにどうぞ。美味しいって。」
真澄はその高価なカップをさりげなく手にとって、熱い最初のひと口を口にした。
「うん、旨い。」
「…良かった!」
マヤの笑顔が華やぐ。
「ここのカフォオレ・グラッセって、変わってるのよ。作るのに時間がかるの。」
「一杯ずつの手作りか。洒落たものだな。」
「都心の高級なお店より、あたしはこういう街の、趣味に凝ったお店が好きだわ。」
真澄は、その言葉にふっと笑った。
「君らしい。」
その、カフェオレ・グラッセが来た。細長いワイングラスに珈琲が入って、その上3分の1ほどに綺麗にミルクが分離して浮いている。
「変わっているな。」
真澄が面白そうにその品に目をやる。
「でしょ。ミルクが混ざらないの。グラスを冷やしてぐるぐる回して作るらしいんだけど。この間来て、いっぺんで気に入っちゃったの。」
マヤはミルクを浮かせたままで飲めるよう、そっとグラスを傾けた。
「速水さんに気に入ってもらえて、良かったわ。」
ふたりは店と珈琲をたっぷり味わって、じきにその『松風窓』を後にした。



「少し早いけど、お昼に行きましょ?」
車の通らない商店街を、ぼちぼちと歩きながら、マヤが次なる目的の店をめざす。
さっきの喫茶店からまっすぐ線路に向かい、踏切を渡ると、線路沿いに「音大通り」と小さな看板の出た、狭い通りがあった。
いかにも生活感溢れる、学生街の道だ。新旧取り混ざった商店が並んでいる。雑貨に洋服、定食屋にコンビニやら、安売り薬局。そして、
「なんだ?コミニュティ銭湯?」
看板を見て、真澄は笑った。
「ここの二階で落語をやるんですって。団長が早速目をつけてたわ。」
「速水さんは、銭湯なんて、行ったこと無いでしょ?」
「…いや、ほんの子どもの頃の記憶にはある、…母が速水の家に勤める前の話だな…。」
「あらぁ、ほんとに?」
「母と一緒に行ったような気がする…。」
真澄が、遠い記憶を追う。
「じゃあ、女湯ね。ほんとに小さい頃の話じゃない。」
「今の速水さんからは、とっても想像できないわ…。」
「あたしには、速水さんはいつも、ずっと、大人の男の人だった。」
「俺だって、いきなり今の俺になったわけじゃない。」
「しかし、きみと出会った頃は、こんな日が来るとは思わずにいたよ。」
「きみも、大人になった…。」
「速水さんがいてくれたおかげよ。」
ぶらぶらと、武蔵野音大に通じる道すがら、ゆっくりふたりは手を繋いで歩いた。
じきに、右に折れる何本目かの細い道を、マヤは右に入った。通りから数軒目の店。
「ここなの。」
いかにも「学生街」といった小さい店構えの扉には『Poor House』とあった。これもまた、真澄には縁のない単語である。
年季の入った扉を開けると、ガランガランと、ドアベルが鳴る。
「どうぞ、速水さん、入って。」
マヤが促す。中は、細長い、5坪ほどの小さい古びた店だ。こちらは、所狭しとアンティークを飾っている。音楽は、やはりジャズ、そしてスタンダード。
いいアンプとスピーカーを使っている。
どう見ても学生アルバイトらしい店員が、接客に来た。マヤとほぼ同年齢に見える。
店の狭いカウンターには、「常連」らしい中年の男が陣取って新聞を広げていた。
店の中心になる大きなテーブルの角に、マヤは真澄と席を取った。
主に常連客あしらいなのだろう、メニューも見せずに、ご注文は、と店員は尋ねた。
「チキンカレーセット。飲み物はヨーグルトジュースにしてください。」
マヤは暗記したセリフでも諳んじるように、注文した。
カレー?また、マヤらしい。真澄は内心、ひとりで笑った。
「あ、速水さん、笑ったわね!ここのカレーはね、都内でも、ここでしか食べられないのよ。名物なんだから!」
「中村屋なんかと、全然違うわよ。私もこの間来て、ビックリしたんだから。」
言われてみれば、店内には微かに、独特な香辛料の香りもする。
店員が、テーブルをセットする。小さな器に、これも小さく角切りにしたチーズがついてきた。
「このチーズをね、ライスにかけるのよ。」
真澄は壁に背を凭れて、狭苦しいテーブルの下で長い脚を折り畳み、脚を組んだ。
音楽はちょうど、名曲「Nighit and Day」。誰のカバーでも、真澄はこの曲は好きだった。
「速水さんは大学も勧めてくれたけど、もし行ってたら、私もこんなお店でアルバイトしてたのかしら…。」
「ああ、そうだったかもしれないな。」
人生に、もしも、は、誰しもについて回る。だが、今の真澄にとって、今のマヤ以上の存在はあり得ない。
「だが、そうしたら、きみの紅天女はまたお預けだった。これで、よかったんだよ。」
「俺は今まで生きてきたなかで、今が、一番幸せだ。マヤ。きみのおかげだ…。」
真澄は静かにそう言って、両の掌でマヤの片手を包み込んだ。そして、その手の甲に、そっと口づけた。
「速水さん……。」
マヤは瞳を潤ませて、ひととき、慕わしく、真澄をみつめた。
やがて注文がテーブルに揃った。マヤは真澄のライスに、チーズをパラパラと撒いてやった。
「カレーを全部かけちゃうと、かなり辛いわよ。少しずつ、ね。」
「そうか?」
言って、マヤはセットのカレーを真澄の分も、少しずつライスに取り分けてやる。
「さ、どうぞ。忘れられない味よ。」
ひと口、真澄は食べてみた。なるほど、マヤが豪語するだけのことはある。
「うん、旨い。なるほどな。」
「ふふっ、でしょう?」
マヤは、してやったりと、楽しげに微笑んだ。
なんの香辛料だろうか。ブラックペッバーそのままの粒に、ローズマリーか何か。独特のスパイスブレンドに、手の込んだ味付け。
しかし口当たりは爽やかで、口に入れてから、じんわりと辛みが利いてくる。
確かに、これは、高級料理には慣れた真澄にも、独特だった。
今日、マヤに誘われなかったら、おそらく一生、知らずに過ごした味、だろう。
「うん、これは確かに、癖になる味だな。旨いよ。マヤ。」
真澄は、次々、美味そうにカレーを口に運ぶ。
「ふふふ…。よかった…。」
マヤは心から喜んだ。
「きっと、学生の頃の思い出を訪ねて、みんなたまに食べにくるのかしら…。」
「あたしたちには、記念日、のお店、ね。」
そんなマヤの、若い女らしい感覚が、真澄には多少照れくさく、くすぐったい。
真澄もマヤも、カレーをきれいにたいらげて、口直しのさっぱりしたジュースを飲んだ。
真澄は煙草に火を点けた。食後には、やはり真澄は煙草は手放せない。
まだ、香辛料がかすかに残る口の中に、煙草の紫煙が旨かった。
「速水さんに気に入ってもらえて、嬉しい。」
素直に、マヤは微笑む。そんなマヤが、真澄の心には眩しく、愛おしかった。
「さて、メイン会場に行くか?」
食後の休憩にも飽きて、真澄は席を立って会計を済ませた。また、マヤとふたり、ここに来ることもあるのだろうか…。
店を出ると、秋の空も高く澄んで、上天気だった。
駅を背にして商店街を通り抜け、環七に出た。そこで、車を拾って、ふたりは豊島園に向かった。




  豊島園遊園地。都内城北でも、古くから歴史のある大規模な遊園地だ。江古田からなら、車で15分で到着した。
広大な敷地に、緑はあふれ、透き通る秋の陽光が葉陰にちらちらと美しく舞う。
1日遊園券を真澄に買って貰って、マヤは真澄の手を引いて、勇んでアトラクションに向かった。
「速水さん、ここも初めてでしょう?」
「ああ。まさか、自分から来るわけがない。」
「速水さんが初めてのこと、なんて、なんだか、笑っちゃう。」
マヤはクスクスと、真から楽しげだ。マヤにも、初めて来る遊園地である。夏場なら、プールの施設も充実しているそうだが、この季節泳ぎは無しだ。
土曜の午後。ちょうど小学校が休みの日に当たっていた。子連れの親子も目立つ。そして、若いカップルたち。
近年充実してきた施設の「絶叫マシン」の数々から、遊びに興じる人々の甲高い叫び声も響いている。
真澄とすれば、緑濃い公園部分で、マヤとゆっくり芝生にゴロゴロ、と願うものではあった。
マヤは、真澄の視線の先の、寝そべるカップルたちに目をやると、
「乗り物を済ませたら、あとで休憩しましょ。」
真澄の心中を見透かして言った。今日の主導権は、あくまでマヤにある。
数あるアトラクションの中でも、最もスリル感の強いいくつかをマヤは選んで、真澄と共に乗り込んだ。そして、文字通り「絶叫」に興じて遊んだ。
マヤのように叫びこそしなかったものの、立て続けにそれら乗り物を制覇して、さすがに真澄も、近年の遊園地施設の進歩には驚いていた。
もっとも、真澄は子どもの頃に遊園地など、連れてこられた憶えも無い。
実質、マヤに今日連れてこられて、人生始まって以来の経験をした、といってもいい。その意味をこそ、真澄は楽しんだ。
セルフサービスのランチコーナーで一服して、マヤは先程真澄が目をやっていた公園の芝生に向かった。
誰憚ることなく、堂々と腕を組んで、ふたりは歩く。よもや大都芸能社長と『紅天女』の北島マヤが、こんなところで遊んでいるなどとは誰もゆめ思うまい。
マヤは芝生に腰を下ろすと、真澄を導いて膝枕を貸した。
「はい。速水さん、どうぞ。ごゆっくり。」
「やけにサービスがいいな。」
真澄は笑う。
「だって、感謝デーだもん。」
真澄は横座りするマヤの太腿に頭を乗せて、思い切り伸びをした。
「ああ…いい気分だ。」
「そう?よかったわね。」
真澄は瞼を閉じる。目を閉じても、午後の陽光は、瞼の裏に眩しい。爽やかな秋風が、真澄の頬をなぶって、吹き抜けていく。
空は高く、緑は薫り、マヤが愛しい。
感謝するのは、俺の方だ…。真澄は内心、呟いた。マヤは真澄の髪を、ゆっくり掌で撫でている。
ふっと、真澄は童心に帰ったような思いもした。ずっと昔、こうして、母に頭を撫でてもらったこと…。遠い遠い、記憶のふしぎ。
うっとりと、真澄は俄に眠くなった。
…マヤ……。
真澄は寝言に呟いて、マヤを呼んでいた。
マヤも、同じ姿勢がしんどくなって、真澄に膝枕を貸したまま自分もごろりと横になった。
“ほんと、いい気持ち…。”
青空が、ぽっかりと丸く広かった。

……うっかり、マヤもしばしウトウトしてしまったらしい。ハッと気づいて起き直ると、真澄はすっかりうたた寝していた。
日は翳って、空は夕刻も近づいていた。じき、閉園時間にもなろうか。
「速水さん、速水さん、起きて…。」
マヤは、やさしく真澄を揺り起こした。うん、と微かに喉を鳴らして、真澄が目を開けた。
「あ…あ、寝てしまったか…。」
真澄は欠伸をひとつついて、起き上がった。そして、さらに腕を上にのばして、伸びをする。
「うーん、いい気分だった。ありがとう。」
「あたしも、ちょっと寝ちゃったわ。そろそろ閉園になるから、行きましょう。」
ふたりは広大な敷地を、寄り添ってゆっくり歩いた。出口も近づくと、人波も混雑してくる。
真澄の前を、子どもを肩車した若い男性が、よそ見をしながら歩いていた。“危ないな” 真澄がそう思った瞬間、
4・5歳の男の子が、人波とは逆方向に走ってきて、その肩車の男性の足元に、まともにぶつかった。
「うわっ!」
足元など見ていなかったその男性は、足をすくわれる格好でバランスを崩し、肩車した子どもと一緒に後ろの真澄に倒れかかった。
「危ない!」
真澄はまともにその男性の子どもに頭をぶつけられ、真澄は子どもを抱きとめる格好で、腰から後ろに倒れ込んだ。
「わぁっ、すいませんっ!すいませんっ!」
大の男ふたり、道に転がりながら、若い男は、平謝りに謝って、真澄が抱きとめた子どもを、真澄から抱き上げた。
尻もちをつく格好で腰から倒れ込ん真澄だが、打ち所が悪かったか、腰にひどい痛みがあって、すぐには起き上がれなかった。
「うっ…」
「速水さんっ!大丈夫!?」
マヤが顔色を変えて、真澄に手を貸す。転んだ男も起き上がって、真澄を抱き起こした。
「すいませんっ、だ、大丈夫ですか!」
「ああ…、なんとかな…きみ、気をつけたまえ。」
「は、はいっ、ありがとうございました…。」
真澄はゆっくり体勢を立て直し、出口に向かった。が、
「つっ…!」
真澄は歩くたびの差し込むような腰痛に、思わず顔を顰め、腰に手を当てた。
「やだ、速水さん、大丈夫!?腰、どうかしたんじゃないの!?」
マヤが血相を変える。
「速水さん、ゆっくり歩いてこれる?あたし、案内所でお医者さん訊いてくる。」
言うが早いか、マヤは入り口の案内所めがけてすっ飛んで行った。
土曜の夕方に開院している外科などあるだろうかとマヤは怪しんだが、そこは、行楽地。よくしたもので、駅前にすぐ整形外科があるとのことだった。
真澄の背に腕を回して、しっかり真澄を支えながら、マヤはゆっくり歩いた。
「痛い?速水さん?」
「…なんとかな…。」
真澄はいかにも辛そうだった。マヤの胸がひどく痛む。
マヤは案内所で訊いた、出口からすぐのビルにある整形外科に、真澄とともに入っていった。
せっかくの記念日デートなのに…。子連れの若い男なんて、キライだわ…。マヤは嘆いた。



「レントゲンもお願いします。」
診療室で、マヤはきっぱり医師に願い出た。保険証は、あとからコピーを郵送する処置にしてもらった。
ひととおり診察を済ますと、造影されたレントゲンを見ながら、医師はすらすらとカルテを書いた。
「骨に異常はありませんな。打撲です。湿布と痛み止めを出しておきますよ。2・3日は痛むでしょうが、心配ありません。」
マヤはホッと胸を撫で下ろした。取りあえず、真澄は鎮痛と消炎の注射を受けた。薬の処方を受け取って、ふたりは医院を後にした。
「やれやれ、しかたないな。今日はひきあげるか。」
「そうね。まだいろいろ、案内したいところがあったのに…。」
ふたりは、駅前からタクシーに乗り込んだ。そろそろと、真澄が痛みに注意しながら座席に座る。
「パレスホテル。」
真澄が運転手に告げる。それを制して、マヤが素早く言い直した。
「いえ!代々木上原1丁目のローソンの前にして下さい!」
そこは、マヤのマンションがある場所である。真澄は、思わずマヤの顔を覗き込んだ。
「今日は、私が案内するって言ったでしょ?ね、一緒に来て…。」
「…ああ、判った。」
秋の日はつるべ落とし。あっという間に夕闇が迫る。車は黄昏の環七から明治通りを走り抜けていった。



  ふたりがつき合っているのはまだ極秘、よって、密会はいつも外のホテルだった。だが、今日は真澄は初めて、マヤの部屋に泊まることになった。
マヤの2LDKのマンション。真澄には意外なほど、こざっぱりと、マヤは暮らしている模様だった。
「はい、速水さん。これ、タオルと着替え。シャワー浴びてきて。私夕ご飯作るから。」
いつ、男物のバスローブなど、マヤは用意したのだろうか。いつか、自分をここに迎え入れる日のために?真澄は、胸が熱くなった。
バスルームに入ると、洗面台にはさらに、真澄用の歯ブラシとコップ、髭剃り、シェープムース、アフターローションなども、端の方にひっそりと、
用意されていた。マヤが、こんな女らしい、心遣いをするようになっていたとは…。真澄は、腰痛もしばし忘れて、感慨深かった。
こうした成り行きになるとは、マヤは考えてもいなかったが、ちょうど昨日、旬の秋刀魚2日分を買っておいたのが幸いした。
米は2合も炊けばいいか。流行の電気調理器で、秋刀魚を焼き、大根を下ろす。小鉢にはマヤの常食の大豆とひじきの煮付けがちょうど間に合った。
漬け物も、昨日買い換えたばかりだった。大根と玉葱のみそ汁。卵焼き。こんなものでいいか。手早く、マヤはキッチンで調理を進める。
じきに、真澄がシャワーから出てきた。マヤは真澄が昼間来ていた服を受け取ると、ハンガーに形を整えて掛け、部屋の隅のコートハンガーに掛けた。
マヤは室内着に着替え、エプロンを掛けていた。真澄はリビングのソファに腰を下ろし、物珍しそうに、その姿を眺めた。まるで、若妻の風情。
「速水さん、食欲ある?ご飯、もうすぐ炊けるけど?」
「マヤの手作りにありつけるとはな。感激だよ。」
「やあね、からかわないで。たいして上手じゃないんだから。」
マヤは照れた。が、真澄はいたって真面目である。
米の蒸らし時間も入れて、炊飯器から「炊けたよ」の音が鳴る。マヤはダイニングテーブルに盆で料理を運び、手際よくテーブルをセットする。
そして、リビングソファの真澄に歩み寄って、立ち上がるのに腕を貸した。
「大丈夫だ。まだ痛み止めが効いている。」
「はい、どうぞ。」
マヤはダイニングの椅子を引いた。真澄用の茶碗も箸も、いつしかついつい、買ってしまった分だ。
「つたない品ですが、召し上がれ。」
「ありがとう。いただこう。」
真澄は料理に箸を付けた。どこか、懐かしい、そして、やさしい、素朴な味がした。
「うん、旨いよ。」
「まさしく、“記念日”になったな?」
マヤは照れながらうんうんと頷いた。そんな風情も、真澄には愛おしくてならない。
「好きな女に、手料理を食べさせてもらえる。こんなに嬉しいことはない。」
「うふ…なら、よかったわ…。」
マヤは、初めてのことが、ひたすら恥ずかしかった。たが、確かに、真澄の食はよく進んだ。器用に箸を使って、綺麗に、秋刀魚を食べた。
さすがに、真澄のテーブルマナーは洗練されている。こんな席でも、普段通りに通してくれるのが、マヤには嬉しかった。
やがてふたりの食膳は、すっかりきれいに片づいた。
「ごちそうさま。ほんとに楽しい夕飯だった。」
心から、真澄は喜んでいるようだった。マヤはとりあえず、ホッと胸を撫で下ろした。
マヤの強い薦めで、処方された食後の薬を真澄は服用した。
「はい、灰皿。ええっと、お酒はね…、たしか貰い物の何かがあったと思うけど…。」
マヤはキッチンの棚から、とっておいたウィスキーを探し出した。
「あった、あった。これでいい?」
見ると、バランタインの17年。まずまずではないか。
「水割りにする?」
「いや、ロックにしてくれるか?」
「ロックグラス…あったからしら…?」
マヤは心許なげに言って、キッチンに消えた。ゴソゴソと、新しく食器の箱を開けているらしい。
「これってロックグラスよね?はい、どうぞ。」
氷のセットとともにマヤは酒を運んできた。真澄はリビングソファに座を移した。
「シャワーを浴びてくる。テレビでもみててね。」
マヤは食膳を片づけて洗い物を済ませると、着替えを持ってバスルームに消えた。
やがて、シャワーの水音が、かすかに聞こえてくる。
真澄は、このマヤの空間で、不思議な暖かい心に満たされていった。幸せだ、と、しみじみ真澄は思う。ひとり、傾ける酒も、舌に甘かった。
じき、マヤがシャワーから出てきた。真澄が見ると、揃いのバスローブだった。マヤは寝室の化粧台で、肌を整える。そして、真澄の横に来た。
「速水さん、怪我人なんだから、お酒もほどほどにね。」
「一杯だけ、つきあってくれないか?」
「うーん、じゃあ、少しだけよ。」
マヤは自分のグラスに氷を入れて、ボトルからバランタインを少し注いだ。
「“記念日”に、乾杯!」
真澄が合図する。湯上がりのマヤは艶っぽく、グラスと微笑みを返した。
マヤはグラスの酒を、ゆっくり舐めて、なんとか、飲み終えた。
「速水さん、横になった方がいいわ。湿布薬、貼ってあげるから。」
すっかり、病人扱いである。
「そんなに大げさにしなくていいぞ。」
「ケガは初めが肝心なんですっ!」
たしなめるマヤに、真澄は、首を竦めた。マヤは真澄を立たせ、寝室に入った。
「あっと、シーツ、替えなきゃ。」
「いや、そのままでいい。マヤのシーツなら、俺はその方がいい。」
真澄は、はっきり言う。マヤは思わず照れて、俯いた。
「じゃ、じゃあ、速水さん。横になっていて。」



マヤはキッチンとリビングの明かりを消し、薬を持って寝室のドアを閉めた。ベッドサイドランプをつけて、寝室の明かりも消灯する。
寝室の広さに合わせて、マヤはベッドはセミダブルを使っていた。その選択には、今日のような日を、どこかで予感したのかもしれない。
マヤは羽根掛け布団をめくった。
「俯せになれる?」
「ああ。」
真澄はマヤに手当を任すことにした。マヤは真澄のバスローブをめくり上げ、下着を少し下にずらすと、医院で処方された湿布薬を切り開いて貼った。
きっちりと、絆創膏で、患部に薬品を留める。そして、下着もバスローブも、もとに戻した。
「はい、出来上がり。どこが痛い?」
マヤは真澄の腰をあちこち強めに指圧した。うっ、と真澄が呻いて、痛みを訴えた。ちょうど、腰椎の中心あたりだった。これは、大事にしなければ。
往々にして長身の男性は、腰を弱くすることが多い。真澄にしても、なにが切っ掛けとなるか、判らないのだから。
マヤは、真澄の横に身を横たえた。真澄が仰向けになる。その真澄に、マヤは身を起こして、全身で覆い被さった。
「マヤ…?」
「お願い…速水さんひとりの身体じゃないんだから…。大事にして…。もう、今では、半分はあたしの身体でもあるのよ…。」
切なく、マヤは囁いた。そして、マヤは真澄の頬を両手で覆い、真澄の唇にそっと口づけた。
真澄はマヤを両腕で抱き締めた。そして、身体を反転させてマヤを組み敷こうとした。
マヤは抵抗して、真澄を仰向けに、身体を押さえつけた。
「ダメ…。動かないで。今日はあたしに任せて…。ぜんぶ…。」
秘やかに、甘く、マヤが真澄に囁いた。
「マヤ……。」
「愛してる…速水さん…。」
真澄は、その声音に、うっとりと目を閉じた。



  マヤはベッドサイドの明かりを絞った。
マヤは真澄のバスローブのベルトを解き、前をはだける。そして、真澄がしてくれるように、くちびるにくちびるで、軽い、羽根のような口づけを続けた。
そしてその口づけを、真澄の頬に、耳元に、首筋に、胸元に、ゆっくりと繰り返していく。
ふたたび、マヤのくちびるは、真澄のくちびるに戻り、今度は熱っぽく、口づけた。熱心に、マヤは真澄に口づけを贈る。
真澄がマヤのくちびるを割って、舌を差し入れてきた。それにも、マヤは応えて、舌を絡める。真澄がもどかしそうに、手でマヤのバスローブを探る。
マヤは察しよく、するりとバスローブを脱ぎ捨てた。真澄の手が、マヤの両の乳房に伸びる。その弾力を確かめるように、真澄は掌に力を込めた。
真澄は指先で、マヤの乳房の尖端を弄んだ。マヤの口から、熱い吐息が漏れる。吐息もまた、素肌には愛撫。
時に躊躇いがちに、優しく、また時に大胆に、マヤが真澄の全身に、熱のこもった愛撫をほどこしていく。
初めてマヤのリードに身を任せるベッドで、真澄は心地よい陶酔に浸っていった。
自分がマヤに憶えさせた愛戯が、マヤの手で、くちびるで、舌で、自分に返される。
マヤに、愛される。その悦びが、ひたひたと、真澄を満たしていく。
マヤが真澄の乳首をくちびるで挟み、一瞬、強く吸って舐めあげた。
「あ…あ、マヤ…」
真澄の甘い呻き。それを耳にするマヤの気分も、愛しさに、乱れ、高揚していく。
マヤは真澄のバスローブを脱がせ、素肌と素肌を重ねた。真澄がマヤを強く抱き締めた。
「…はやみさん…好きよ…。」
睦言も、ふたりの愛の手だて。
マヤは身を起こすと、真澄の下着をするりと脱がす。すでに充分高まっている真澄は、ほの暗い寝室の天上に向かって、逞しいその姿を晒した。
それを眼にすると、マヤの躰の中心も、妖しく熱を帯びてくる。
両手の指先とくちびるで、そして舌で、マヤはそそり勃つ真澄に、ゆっくり時間をかけて丹念に愛撫を繰り返した。
真澄は、マヤに与えられるその疼く感覚に、心が熱く、満たされていく。マヤの髪に真澄は指を絡ませた。
「マヤ…マヤ…」
激しく昂ぶる欲情に、真澄はマヤを呼んで促す。
「はやみさん…あたしが、欲しい…?」
「ああ…頼む…もう、どうにかなりそうだ…」
「動かないで…じっとしていて…」
マヤは下着を脱ぎ、腰を浮かせて、自然に熱を持って潤った自分の躰の入り口に、真澄の尖端をゆっくり潜り込ませた。
「マヤ…!あぁ…」
「じっとして…」
マヤも低く呻きながら、ゆっくりと腰を下に進めていく。真澄の愛撫を受けていない分、普段よりマヤの躰はきつい。
「マヤ…マ……くっ」
真澄は温かくゆっくり、きつく包み込まれていくその感覚に、堪らずに呻いた。
やがて、真澄がマヤに完全に収まった。そのまま、マヤは真澄に抱きつく。マヤの呼吸が荒い。
「マヤ……」
「はやみさん…」
結ばれたふたりは、ひととき、愛おしく口づけを交わす。
やがて、真澄がたまらずに、腰を動かしかけた。マヤは手を伸ばして、それを制する。
「ダメよ…。動かないで。あたしに任せて…。」
マヤは真澄に充分感じさせるよう、マヤなりに工夫して、自在に腰を揺らした。真澄の目の前で、マヤの豊かな乳房が弾んで揺れる。
まさか、マヤがこんなことを出来るようになるとは…。真澄は半ば感動しながら、マヤに、その身を預けていった。
思いつくまま、マヤは様々な姿態をとり、真澄を存分に感じさせていく。
真澄は、マヤに与えられるその感触を堪能した。受け身でいると、真澄も、ひどく感じ易い。しぜん、呻き声が漏れる。
やがて、ふたりともに、官能の大波が襲ってきた。
真澄は、きつく目を閉じ、眉根を寄せて、荒い息の下、マヤに限界を告げる。
マヤも、自分の内部で力を増した真澄に、敏感に反応する。そして、姿勢を定めると、一気に激しく続けざまに真澄を責め立てた。
真澄が大きく声をあげ、マヤの内部で、強烈な勢いで絶頂に達した。それを受けて、マヤもまた、頂点に導かれた。



  ぐったりと真澄の胸に頽れ、マヤは息を弾ませた。真澄は、そっとマヤの髪を愛撫する。
ようやくマヤの呼吸も整う頃、そっと、マヤは真澄の躰を抜け出した。その感触にも、まだ真澄は感じるらしい。真澄が小さく呻く。
「休んでいてね。」
真澄に声をかけると、マヤはシャワーに向かった。そして、手早く行為の痕を洗い流して身体の水滴を拭うと、熱い湯でタオルを絞った。
寝室に戻って、マヤはそのタオルで、行為で濡れそぼった真澄の部分を丁寧に拭ってやる。
真澄はマヤの為すがままにされるのも、今はうっとりと心地よい。
マヤはまた寝室を出ると、使ったタオルを洗濯機に放り込み、氷が溶けて水割りになった酒を、ベッドに運んだ。
「はい、どうぞ。水割りになっちゃったわ。」
マヤは真澄の頭を腕で持ち上げて、口元にグラスを運んでやる。くい、と、一口で、真澄はグラスの残りを飲み干した。
グラスをサイドテーブルに置くと、マヤは真澄に身を寄せて、ベッドに横になった。
「…はじめてだな…こんな夜は…。」
真澄がうっとりと口にする。
「あたしだって、いつまでも“ちびちゃん”じゃないわよ?」
真澄は笑った。
「そうだな。金輪際、その呼び名はもう返上だ。」
「腰は?痛くない?」
「ああ。大丈夫だよ。きみのおかげだ。」
「遊びに誘って、ケガなんかさせたら、あたしの立場もないわ。大事にしてね…。」
「たいしたことないだろう。明日は静かにしていれば、月曜には元通りだ。」
「ならいいけど…。」
「それにしても…」
「なあに?」
「まさか、きみにリードされる日が来るとはな…。」
「あたしは、初めて紫のバラをもらったお礼の1日にするつもりだったのよ。」
「俺の言った意味でも、“記念日”だな。怪我の功名ってやつだ。」
マヤは、照れて、含み笑いをした。
「ベス役は、今でもよく憶えている。あれからずいぶん経ったが、まさか、こんな日が来ようとは…。」
「…ほんとに。速水さんに片思いしている間は、あたしも苦しかったわ…。」
「ずいぶん長い回り道をしていたものだ…。その分は、これからきっと、取り戻してやる。」
「うん…ほんとうね…。」
マヤはそっと真澄の頬に口づけた。
「今日はこのまま眠ってね。『おやすみなされ おまえさま…』」
マヤは阿古夜のセリフを口にした。
「ああ…。ありがとう…。」
マヤはライトを消した。暗がりが、ふたりを包み、静かに、彼らをまどろみに誘っていった。
『記念日』は、こうして、過ぎていった。






終わり






2001/8/29

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