〜2〜





  「マヤ…マヤ!」
 真澄はマヤの耳元に大声で必死で呼びかけた。
 それを聞き届けたかのように、
 「…う…ん……」
 小さく呻いて、マヤの瞼が、薄く開いた。なんとか、意識が戻ったようだ。真澄は追い打ちをかける。
 「おいっ、しっかりしろっ!マヤっ!大丈夫かっ!?」
 真澄はマヤの肩を掴んで、はげしく揺さぶる。
 「あ…つ…い……」
 マヤが弱々しく喘いだ。
 「待ってろ!」
 真澄は冷蔵庫に駆け寄って、ミネラルウォーターと氷をひっつかんでグラスに注ぐ。そしてバスルームに駆け戻る。
 「飲むんだ!マヤ、飲めるか!?」
 真澄はマヤの頭を支えてやり、マヤの口を開かせてグラスの水を口腔にゆっくり注ぎ込んだ。
 半分ほどは口の端から零れてしまったが、マヤは注がれた冷水を、こくり、と一口、呑み込んだ。
 「もう少しだ!飲むんだ、マヤっ!」
 真澄はまた、マヤの口に冷水を注ぐ。マヤは朦朧としている。少しずつ、マヤは水を飲んだ。
 真澄は無性に喉が渇いて、残りは自分で飲み干してしまった。
 いったん、真澄はぬるくなったバスタブから、水を払った。そして、今度は冷たいシャワーで、頭からマヤに冷水をかけた。
 頭部から、首筋、顔、胸、腹、と、慎重に真澄はマヤにシャワーを浴びせる。
 マヤの呼吸が荒い。
 マヤの身体は、表面は冷たくなったが、呼吸の息は熱い。内熱がこもっているのだろうか。
 体温上昇は、熱中症の典型症例だ。焼けつくような焦燥に、真澄は居ても立ってもいられない。
 ああ、そうだ、水着を脱がせてやらねば。
 真澄は水着の胸元に手を掛けた。
 たっぷり水を含んだ水着は、きつくマヤの胸に貼りついて、容易には、ずらしても脱がせられない。
 焦りと緊張に、真澄の手元も狂う。
 後ろにホックがあるのか?
 真澄は自分もバスタブに入って、膝をつき、マヤの上半身を支え起こした。
 マヤの熱い息が、真澄の頬にかかる。ずぶ濡れの、マヤの髪。しずくが滴って、真澄の肌に一筋、それが流れた。
 「…うう…ん…」
 苦しげにマヤがうなされる。
 不意に、真澄の裡で、自分でも思いもよらない欲情が一気に高ぶった。
 無抵抗に苦しげな水着のマヤの、えもいえぬ強烈な色香。
 真澄の胸は激しく高鳴った。が、
 “そんな場合じゃないだろう…!” 真澄は、自らを戒める。しかし…。
 目の前の、マヤの姿の、なんと蠱惑的なことか…!
 真澄はぐっと、息を呑み込んで、自らを律しようと、なんとか心した。
 片腕でマヤの上半身を支え、マヤの背に別の片手を回して、水着のホックを探る。
 どうやら、なんとか片手で、水着の背中のホックを弾く。ぱらり、と水着がはだけ、マヤの胸が露わになった。
 いつもは淡雪のように白いマヤの胸の豊かな膨らみは、熱に火照って、ほんのりとした薄桃色に上気していた。
 愛撫もしていないのに、尖端の蕾は、鮮紅色に染まっている。
 それが、真澄の色情をひどく刺激した。思わず真澄はごくりと唾を飲む。
 しかし、真澄は内心に呟いた。
 “何を考えているんだ、俺は。こんな場合に。どうかしているぞ…”
 だが、理性とは裏腹に、マヤの無防備であられもない、しどけないその姿態は、真澄の自戒をみごとに打ち崩す。
 くっ、と、息を詰めて、それでも真澄は、高ぶる欲情に耐えた。
 真澄はそっとマヤの躰をバスタブに横たえ、ハイレグの水着の下に手をかけた。
 これも、水を含んで、きっちりとマヤの肌に喰い込んでいる。
 高ぶった感情に震える指先で、なんとか、そうっと、水着を剥ぎ取ろうと、真澄は苦心した。
 まるで、抵抗してでもいるように、水着は真澄の思うように動いてくれない。
 それが余計に真澄の感情をかき乱す。
 狂おしく惑乱する思いで、真澄は思い切って水着を引きずり下ろした。
 「う…っ…」
 火照った皮膚に擦れて、痛みでもしたのだろうか。マヤが小さく呻いた。
 その声色にも、真澄はむらむらと、胸が騒ぐ。
 “俺としたことが…”
 真澄は自らの奥深くから突き上げてくる熱い欲情の奔流を、必死で抑えた。
 そして、もう一度マヤの全身に、丁寧にシャワーを浴びせてやり、自分も水着を脱いで、砂を洗い落とした。
 真澄はバスタブから出て手早くタオルストックからタオルを手にすると、ざっと自分の身体を拭い、
 また新しいバスタオルを取って、マヤの濡れた長い髪の水気を絞って拭き取った。
 マヤはぐったりして、荒い呼吸が苦しげだ。
 新しい乾いたタオルで、マヤの髪をくるむと、真澄は腰にバスタオルを巻いて、2階の寝室へ冷房をつけに、ひとまず上がった。
 寝室は、むせ返るような暑さだった。急速冷房のスイッチを入れる。
 今度は忙しくキッチンに駆け込んで、真澄は冷凍庫をあさった。確か冷凍の氷枕があった筈…。
 焦って冷凍庫をかき回すと出てきた氷枕、グラス、水差しに氷片と水を入れて、また寝室にそれらを持って駆け上がる。いくらか冷房が効いていた。
 急いでバスルームに戻り、マヤを見ると、マヤは眉を顰めて唇を半分開き、苦しい息づかいで、ぐったりしていた。
 そのマヤの姿には、愛しさ半分、哀れさ半分。その真澄の胸中に、抑えていた欲望が、再び頭をもたげる。
 「…くっ…!」
 真澄は頭を振って、邪念を振り払おうとする。
 マヤの身体の水滴を拭い、バスタオルでマヤの身体を覆って、バスタブからそっと抱き上げると、真澄は静かに寝室にマヤを運んだ。



   冷房は大分効いてきた。真澄はベッドに、静かにマヤを横たえた。
 氷枕にマヤの頭を乗せてやる。濡れた髪はタオルにくるんだまま、横によける。
 「マヤ…!マヤ!しっかりしてくれ…。」
 真澄は自分もマヤの脇に横たわり、マヤの額に手を当てた。熱く火照っている。
 真澄は水差しからグラスに氷水を注ぎ、自分の口に含むと、口移しで、マヤに水を与えた。舌で舌を奥へ押しやる。
 こくん、と、マヤが水を飲みこんだ。
 「…ん…、は、やみさん…かいがら…」
 朦朧と熱に浮かされて、マヤが譫言を言う。
 真澄はそんなマヤが切ないほど愛おしくてならず、このまま抱いてしまいたい衝動と必死で戦った。眉間に皺が寄る。
 いったん、真澄はベッドから離れ、階下に降りて、煙草を一服した。それで、なんとか、いっときは気も紛れた。
 真澄はタオルを水で絞って、間に砕いた氷を挟んで寝室に上がった。
 真澄が寝室に入ると、ちょうどマヤは寝苦しそうに、寝返りを打っていた。
 躰を巻いていたバスタオルが、はらりと解ける。真澄は激しくドキリとした。
 全裸の、マヤ。昼間の明るい陽差しの中で見ると、夜とはまた違う色気が漂う。真澄は、たまらない。
 が、心を鬼にする思いで、真澄はマヤの脇に腰を下ろし、マヤを仰向かせると、氷で冷やしたタオルで、額を覆ってやる。
 氷の冷たさも、マヤの熱で、直にぬるくなる。真澄はそのタオルを裏返して、今度は胸元に当ててやる。
 「…う…ん…」
 マヤが微かに呻く。
 「マヤ、マヤ!判るか?俺だ!」
 「あ…あ、はやみ、さん、あたし…」
 「気がついたか?」
 「く、る、しい…」
 「…ああ。熱があるんだ。水を飲むか?」
 「…ん…」
 真澄は水差しからグラスに冷水を注ぐ。片手でマヤの頭を持ち上げてやると、口元にグラスを当てた。
 「そら、水だ。飲めるか。」
 マヤはゆっくり傾けられるグラスの水を、喉を鳴らして半分ほど飲んだ。
 「…もう、いい…」
 真澄はグラスをベッドサイドテーブルに戻した。
 胸元の氷タオルを再び額に戻してやる。そして、そっと手を添えた。
 「マヤ……。」
 これで、発汗できれば、解熱するのだろうが…。
 熱で仄かに上気するマヤの頬、虚ろに彷徨う瞳、薄桃色の耳朶、荒い呼吸に大きく上下する胸。真澄はいやでも目で追ってしまう。
 それらは徒に淫らに真澄の目に映り、真澄を妖しい惑いに誘っていく。
 心配と、欲情との間を、真澄の想いは行きつ戻りつする。
 そんな真澄の心の裡など、まるで知らないマヤは、無邪気に真澄に身体を委ねてくる。
 「はやみさん…、脚、冷たくて、気持ちいい……。」
 ベッドに腰掛ける真澄の脚が、冷房で冷えているのだろう。それが、マヤの熱した身体に触れて心地よい、と、マヤは言うのだ。
 「…それなら、こうしてやる…。」
 真澄は、全身で、マヤに覆い被さった。
 「…ああ、いい気持ち……。」
 うっとりと、マヤは口にした。
 その一言が、決定打だった。
 マヤのその声音で、真澄の裡で耐えに耐えて真澄を支えていた理性が、ぷつんと音を立てて弾けた。
 「…そうか…、じゃあ、もっと良くしてやろう…。」
 欲情に掠れた声で、真澄はマヤの耳元に囁いた。


 真澄はタオルの間で溶けかかった氷片を手に取ると、その手でマヤの胸の膨らみをつるりと愛撫した。
 そして、氷とともに、全身に愛撫をほどこす。
 マヤの朦朧とした呻きは、次第に歓喜のそれに変わっていく。
 マヤの苦しい息を耳にしても、真澄はもう、躊躇しなかった。
 思うさま、くちびるで、舌で、指先で、マヤの熱い躰を屠り尽くす。
 マヤも真澄の為すがままにされ、普段よりは鈍いながらも直に女の快感を呼び覚まされていった。
 舌と指先で、真澄はマヤを、女の絶頂に導く。その行為の自然の反応で、うっすらとマヤは全身に汗をかいていた。
 そして真澄は、マヤを組み敷いて、自らの下半身の中心の硬い昂ぶりで、熱いマヤの内部を思い切り貫いた。
 交錯する、ふたりの激しい吐息。低い呻き。混じり合う、躰の熱。
 真澄は烈しくマヤを責め立てながら、思いの丈込めて深くマヤに口づけた。
 真澄の躰に導かれて、やがてマヤが歓喜の悲鳴をあげる。真澄も、マヤに合わせて、一気に登りつめ、ふたりは共に絶頂を迎えた。


 整わない呼吸のまま、真澄は片手で羽布団を引き上げ、まだ結ばれたままのふたりの躰に掛けた。
 マヤの濡れた髪は、すっかりバラバラになっている。
 髪が身体に掛からないように、真澄は手を伸ばして、マヤの髪をよけてまとめてやった。
 そこまでは、真澄も覚えている。
 あとは、マヤとともに、真澄もひととき、深い解放感に満たされて、いつかしら眠りに落ちていった。



  真澄が目覚めると、すでに室内は夕闇。夜も間近い時間になっていた。
 真澄は、静かにマヤから身体を離した。
 マヤは眠りながらびっしょりと汗をかいていて、額に手を当てると、熱も下がったようだった。
 ほっと一息、真澄は安堵の溜め息をついた。
 「マヤ、マヤ…。」
 真澄はマヤを揺り起こした。
 「…ん…」
 まどろみから、マヤが目覚める。
 「具合はどうだ?」
 「あぁ…、もう大丈夫みたい…。」
 「汗をかいたな。ひと風呂あびてくるといい。髪も乾かして。」
 「うん、そうする…。」
 マヤは床に落ちていたバスタオルを拾うと、起き上がって身体に巻き、多少危うい足取りで、バスルームへ向かった。
 やれやれ、とんだ成り行きになったものだ。
 戻ってきたマヤに、真澄は念を押した。
 「明日は、泳ぎは無しだぞ?」
 マヤは多少不服そうだったが、仕方ない、と首を竦めた。
 交替で、真澄が風呂に向かう。
 バスタブで勢いよくシャワーを浴びながら、真澄は昼間のここでの騒動を思い出して、ひとり苦笑いし続けた。



 本来なら、その夜は、ふたり、濃密な時間を過ごすはずだった。
 が、街に出て夕食を済ませて戻ると、真澄は大事をとって、早めにマヤを休ませることにした。
 シーツを取り替えたベッドで、真澄はマヤに腕枕を貸しながら、軽く口づけて、マヤを寝かしつけた。
 マヤも、昼間の疲れからか、あっという間に眠りに落ちていった…。



  翌朝。早朝。
 まだ日の昇らない内に真澄は起きだし、マヤを起こさぬようそっとベッドを抜けて、階下で着替え浜辺に向かった。
 前日、散らかした遊び道具をひととおり片づけると、真澄は別荘に戻った。
 今日は、マヤとずっとベッドで過ごそうか。昨夜取りこぼした分の埋め合わせにも。
 マヤが外で遊びたがっても、今日は出してやらないぞ、と、心に決めて、再び寝間着に着替え、
 不敵に忍び笑いしながら、真澄はマヤの眠るベッドに戻っていった。





終わり







2001/7/31

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