303303番ゲット・のぶりん様リクエスト:お陰様で、2度目のキリ番をゲットすることができました。
 今回は、以下のようなものでお願いいたします〜。
 コミックス17巻で、演劇をやめると決心したマヤが家出をし、公園で雨に打たれていたところを真澄さまに連れかえられます。
 熱で意識のないマヤちゃんを前にして、真澄さまは彼女への愛をはっきりと自覚し、口移しで薬を飲ませるシーンがあります。
 この夜、明け方までマヤちゃんに付き添っていた真澄さまの心情をユーリさまに克明に綴っていただきたいのです。
 コミックスではほんの数ページ分しかありませんが、真澄さまの心の内には言葉には表せないほどのさまざまな思いがあったと思います。
 それらを、ユーリさまの筆をもってして、作品にしていただければと思います。
 以前のリヤさまのリクエスト『ひとり想う』とかぶる部分があるかもしれませんが、何卒よろしくお願いいたします!

※ということで、再度ながら、真澄さま独白短編で参りたいと思います。



 速水邸。

「発見が早くてよかったですよ。もう少しで肺炎をこじらせるところでした。」
「2、3日安静にしていれば熱も下がるでしょう。」
マヤを往診した医者が言った。
「ありがとうございます。」
「あとでこの薬を飲ませてあげてください。」
「はい。」
使用人が受け答えする。
速水邸の客室ベッドで高熱に呼吸を荒くするマヤを、真澄はじっと見つめた。



俺のせいか…。
俺のせいでおまえの母親が死んで…
その時からおまえの歯車が狂い始めた…何もかも…!
胸が痛む…
今まで自分の仕事を後悔したことなど無かった…
仕事を成功させるためにはどんな卑怯な手を使うことも平気だった…
冷血漢…。
そう呼ばれてきたこの俺が…!

マヤ!おまえを救いたい…!

どうした真澄…!
俺の歯車まで狂い始めたか…!


夜も更けて、使用人が眠たげに欠伸をかいた。
「あとはいい。俺が診ている。」
「じゃあこの薬、忘れないようお願いしますよ。」
「ああ。」
使用人は部屋を出た。
外は激しい雨。まるで荒れ狂うふたりの運命を象徴するかのごとく。



マヤ…
舞台の上でひたむきに燃えあがるおまえが好きだった…
ずっとおまえの情熱にひかれていた…!
影で紫のバラを贈り続けたのも、そんな気持ちの現れだったんだ…

真澄はマヤの手を取った。

そうとも!
今こそ認めよう…!
俺はおまえを愛している!
マヤ…!

気づきたくはなかった、こんな気持ちに……
大都芸能一の堅物
仕事の鬼
冷血漢。
本気で誰かを愛したことも無かった…
女優も歌手も商品だった…
大都芸能の速水真澄が誰かのファンになることなど許されることではなかったんだ…
それが、10歳以上も年下のこの少女に、これほどまでに心を惹かれていたとは…!
なんてことだ、速水真澄…!

いつまで待てば大人になるんだろう マヤ、おまえは…

俺のためにおまえがこうなってしまったものなら、
俺の手でどんなことをしてでも立ち直らせてやる…!
もう一度、演劇へのあの激しい情熱を甦らせて、おまえを『紅天女』に向かわせてやる…!
たとえどんなに憎まれても…!

真澄は薬の瓶を手に取ると、口に飲み薬を含んだ。

マヤ…
おまえの生き甲斐…
おまえのすべて…
みんな取り戻させてやる
俺のこの手で…!
そのためにはどんなに憎まれようが―――
俺にしてやれることはこれしかない――


真澄はマヤに口移しで薬を飲ませた。
マヤの舌を奥に押しやり、液体を嚥下させる。
「ん…」
高熱に魘されながら、マヤは無意識に薬を飲み下していた。


真澄はベッドサイドの椅子に腰掛けながら、ひととき、回想に耽った。


マヤ…出逢った頃のおまえはまだ13歳。
ほんの小さな少女だった…
劇団つきがげを潰す計画で乗り込んだ『若草物語』の舞台…
マヤ、おまえは40度の高熱を出しながら、見事に舞台を勤め上げた。
あの時の衝撃は、よく覚えている…
そして、あの時が、最初に紫のバラを贈った始まりだった…
強く印象に残る可憐なベス役だった…今でもよく覚えている。
そして『たけくらべ』の美登里。
亜弓くんとは正反対の美登里。いかにも少女の恋。切ない恋心に見ていて引き込まれ、胸が熱くなったものだった…
春の全国大会の『ジーナと青い壺』。
無謀にも、マヤ、おまえはたった一人で舞台に立った。
1時間45分もの芝居を、マヤ、おまえはただ一人で演じ抜いた。
その芝居にかける情熱。俺は心底、心惹かれてやまなかった…!
マヤ、おまえに出逢って、初めて俺はそれまでの自分を省みた。
なにかに情熱をかけて生きたことが果たしてあったのか?
ありのままの自分を晒け出して、情熱の赴くまま生きたことがあったか?…マヤ、おまえのように…
俺は、マヤ、おまえのひたむきな生き方を、羨ましいと思ったものだった…
月影先生を入院させたこともあった。
月影先生は、『紅天女』の貴重な上演権保持者。俺には黙って見ていることは出来なかった。
月影先生に、竹のギプスを嵌められていたこともあったな。
なんて無茶をするんだ、と呆れる反面、そこまで芝居に賭けるおまえの生き方に、俺は心揺らぐばかりだった。
「紫のバラの人のために演じる。」
おまえの素直な言葉には、率直に嬉しかったものだった。
まだ恋を知らない、少女キャシーの『嵐が丘』。
おまえの才能が舞台に溢れんばかりだった。
アドリブで演じ切った『夢宴桜』。
あの時は、俺ともあろうものが、人前で無様なほど取り乱した。
舞台の上は役者の世界。亜弓くんとの呼吸の合わせかた、あれは見事だった。
マヤ、おまえを高校に入れて、影から俺はおまえを見守った。
そして、『奇跡の人』。
長野の別荘で、三重苦の稽古に苦しみ、マヤ、おまえは俺に取り縋って涙した。
俺は思わずおまえを抱き締めた。
この腕にすっぽり収まった、マヤ、おまえの華奢な身体。柔らかい肌。素肌の香り。
俺ともあろうものが、酷く動揺したものだった…。
『奇跡の人』。
マヤ、おまえのヘレンは、何度観ても感動的だった。
言葉に尽くせぬ感動を、紫のバラに託した。
そして、助演女優賞の受賞。
影になり日向になり、俺はおまえに厳しく当たった。
だが、おまえに惹かれていく自分を知らなかった。
マヤ、おまえに出逢うまでは、俺は自分を知らなかったんだ…!
月影先生の意向で、マヤ、おまえを大都芸能が預かった。
そして、光と影の交錯する芸能界で、マヤ、おまえはひたすらに輝いた。
水城くんに、マヤ、おまえへの愛を指摘されて、俺は改めて繰り返し自問自答したものだった。
里見茂との恋、俺にはどうすることもできなかった。
ただ影から、見守ること。それだけが、俺にできるすべてだった…。
だが……。
おまえを付け狙うプロダクションの策略を突き止められなかった。
そして、北島春さんを監禁。
俺は初めて、仕事に躊躇いを覚えた。
部下には、女優も歌手も商品、と命じながら。
そして、春さんの死。
俺はこれまで感じたことのない、深い罪悪感に苛まれた。
おまえが芸能界から失脚していくのを、何の手助けもできなかった。
マヤ、おまえはさぞかし俺を憎んだことだろう…。
ああ、胸が痛む…。


ひとしきり回想に耽ると、真澄は再び飲み薬の瓶を手に取り、口に含んでマヤに飲ませた。
柔らかな、小さなマヤのくちびる。
真澄はそっと、そのマヤの小さな赤いくちびるに触れ直した。


誰かが言っていた、舞台の上は虹の世界だと…
手に捉えることのできない、ひとときの美しい幻の世界…舞台の上はまるで虹のようだと。
だが役者はその虹の中で生きることができる…
普通の人がただ一度の人生しか生きることができないのに比べ
千も万もの人生を生きることが出来る、その虹の中で…
マヤ、おまえは、虹の彼方へ、そのありったけの情熱で歩んでいた…
それを阻んだのが、他ならぬこの俺だとは……!
どんなに悔いても悔い足りない…!

過ぎた時は戻らない。
マヤ、俺の小さな少女…
どんなことをしても、きっと取り戻させてやる、おまえのあの激しい演劇への情熱を!

マヤ、おまえは知っているだろうか?
おまえの幸福こそ、俺の幸福だと…
舞台に輝くマヤ、おまえの輝き。その耀よい。
どんなに俺はこころ惹かれたか…!
立ち直ってくれ、マヤ…!
そして、また、舞台で俺を魅了してくれ…!
どんなに憎まれても、きっと俺がこの手でマヤ、おまえを立ち直らせてみせる!
マヤ…おまえが愛おしい……。
マヤ、俺はおまえの紫の影。
しっかりと、影からおまえを見守ろう…。
マヤ、愛している!
愛している!
愛している!
この想いに、偽りはない。
ありったけの想いをこめて、マヤ、俺はおまえを愛して行こう。
この想いをしっかりとこの胸に刻み、この胸に秘め、マヤ、俺はおまえを見守って行こう。
二度と、自分を偽ることはしない!

マヤ、いくらでも俺を憎んでもいい。
憎しみがおまえの力になるのならば、
俺はおまえの想いをしっかりと受け止めよう。
おまえのため、俺は、あらん限りのこの力を尽くそう。

マヤ、おまえに憎まれるのは、心が痛む。
だが、マヤ、おまえが立ち直れるのならば、俺はその痛みに耐えてみせよう…!

マヤ、済まなかった…俺がおまえの母親を死に追いやったも同然…
悪かった…許してくれ…
おまえは決して俺を許すことはないだろう、それでも…マヤ、どうか俺を許してくれ…
北島春さん…俺は一生をかけて、この子を見守ります…
決して許されることではないが…
せめて罪滅ぼしをさせて下さい…

マヤ、おまえはいつになったら大人になるんだろう…
俺は待とう。マヤ、おまえが大人になる日を。
いつか対等な大人として、マヤ、俺はおまえに対峙したい。
その時こそ、俺は、マヤ、自分に素直になろう…
いつの日にかきっと…!


マヤ、いろいろなことがあったな…
ああ、時が戻せるならば…!
俺は、もう一度、やり直したい…
春さんを監禁することなど、無かったことにしたい…

それは繰り言だ。判ってはいる。
だが、時が戻せるならば。俺は今度こそ、間違いを犯さなかっただろう。
マヤ、おまえが演技できなくなることなど、させなかっただろう…

マヤ、俺にはまだ信じられない。
おまえが演技できなくなったことなど。
マヤ、おまえはつねにおまえの輝く演技で、俺を惹きつけてきた。
演劇こそ、俺とおまえを繋ぐ、唯一の絆だった。
そのおまえが、何一つ演技できなくなったとは…

演劇をやめることなど、マヤ、おまえには出来はすまい。
マヤ、おまえは天性の演技者だ。
俺はこれまで様々な女優を見てきた。
だが、マヤ、おまえのような演技者は初めてだ。
俺の目に狂いは無い。
きっとおまえは『紅天女』に辿り着くだろう。
そのためには、なんとしても、俺がおまえを立ち直らせてやる!


真澄は飲み薬の最後の一口を口に含むと、マヤに飲ませた。
マヤの荒い呼吸は、大分治まりつつあった。
真澄はマヤのくちびるに、そっとくちづけを贈った。


マヤ…頼むから言ってくれ…俺を許すと…
俺は謝り方を知らん…
俺の犯した過ち、それがおまえをここまで追い詰めた…
頼む、言ってくれ…
ああ…胸が痛む…マヤ…!



真澄は昏々と眠るマヤを凝視した。
音もなく更けてゆく夜の静寂(しじま)、真澄は、巡る想いに、ただ独り、胸を焦がしていた。



マヤ、俺がおまえの運命をここまで狂わせてしまった…。
マヤ、どうしたらおまえは立ち直るだろうか?
あの激しい演劇への情熱を、マヤ、おまえはどうしたら、取り戻せるだろうか…
おまえが立ち直るまで、俺は決しておまえを見放したりはしない。
なんとしても、マヤ、おまえに取り戻させてやる、おまえの生き甲斐、おまえの総てを…!

俺はこの愛情をひた隠しにするだろう。
この愛は、俺、唯一人の胸の裡に仕舞っておくだろう。
マヤ、おまえにこの愛を告げることは無いだろう。
だが、マヤ、これだけは信じていてくれ、
俺は二度と、マヤ、おまえを裏切ることはない、と。

俺をとりまく状況、俺の持ち得る力、そして変わってゆくもの
それらがどうあろうと
なお揺るがないほど いつも
はっきりとしたこの愛を感じていたい。

救いなどある訳がない
眞の救いを見いだした人間など一人もいはしないのだ…、と
考えることは俺にとって救いとなるのか、
なお一層の責めとなるのか。

魂を得ようとする欲求はたいていの場合挫折する。
そして、その痛みによって初めて
愛が認識されるのではないだろうか。

愛は潔癖に十全に愛でありたい。
愛を為すということは、「高い」ことなのだ。

大事なのは過ちを犯さないことではない。
誤るまいとして真実を見誤る過ちを犯さないことだ。

惑乱、焦燥、怯懦、戦慄。
あらゆる心の傷み…
マヤ、おれはもう 独りでは生きられない…!


幸福はいつもくっきりと闇色の影にふちどられている
だから、
おりふしの心の傷を勲章にして、
祝福の接吻を花束にして
誉め歌の高らかな調べを謳いながら、
したたかに、鮮やかに
しなやかに たおやかに
ほほえんで 生きていこう
マヤ、おまえと。

自分に打ち克つことなど究極のことではない
どんなに苦しいこと 腹のたつことにも
最後には俺たちを包んでくれるあの穏やかなもの
優しいものを感じとるような
そういう中心から静かに愛することこそ、
究極のことなのだ。


マヤ、時が流れる…
時がふりつもってゆく…
時が、おまえと俺を隔て、遥かに流れ去って行く…
だが、俺はもう決して見失わない、
マヤ、おまえへのこの愛情を。


時は巡り巡るとも、時の夢よ、一気に巡れ。遥かに、遥かに、時を越えて。終わり無きこの想いを、かの人へ運べ。



マヤ、俺はおまえを愛している!







終わり






2002/11/6

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