298298番ゲット・真砂様リクエスト:ユーリさんが書いていらっしゃるのは大人のマヤちゃんが多いので、
 お願いしてよいものか迷ったのですが、高校生の頃の、ちょっと小生意気なマヤを拝見したいです。
 つまり、真澄がマヤに想いを寄せているものの、マヤは彼のことをゲジゲジ程度にしか思っていない頃のお話です。
 世間知らずのマヤが、二流三流の芸能社の口車に乗り、低レベルな舞台に出演することを承諾してしまう。
 それを知った真澄がマヤを咎めるが、マヤはますます意固地になって真澄の言うことに耳を傾けようとしない。
 やむなく真澄が強引にその話を潰してしまい、マヤが逆上する。
 ありがちなパターンですが、こういう流れでお話を進めていただければ嬉しいです。 
 怒り心頭のマヤに対して、真澄がどのような態度を見せるのか――。また、マヤが真澄の真意をどう理解していくのか――。
 ユーリさんの巧みな心理描写で、ぜひ拝見したいです。

※ということで、私には珍しく高校生マヤちゃんで参りたいと思います。





 北島マヤ、16歳。高校2年。

舞台『奇跡の人』でアカデミー芸術祭助演女優賞を受賞したマヤは、亜弓とともに『紅天女』候補として月影千草に指名された。
そして千草の意向で千草の手を離れて大都芸能入りし、一躍、時の人となって多忙な芸能生活を送っていた。

MBAテレビの大河ドラマ『天の輝き』が放映され、日向電機のポスターモデルとして、CMにプロモーションにと『紗都子』役で活躍した。
大都芸能が入魂の一大プロジェクトとして、北島マヤを大スターに仕上げようという企図の渦中に、マヤはあった。
芸能界の光。そしてその鮮やかな幾筋もの光によって出来る、底の知れない深い影。
光と影の交錯するただ中にマヤはあって、ひたむきに演技にその生命を輝かせていた。



 紗都子役の人気は急上昇し、勇躍、マヤは順調にスターの階段を登っていった。
すべては真澄の意図する通りである。
真澄は水城に鋭くマヤへの愛を指摘され、こころ揺れ動き酷く内心で動揺していた。

“愛しているだと…11も年下のあの小さな少女を…”
“速水真澄…俺ともあろうものが……”

真澄は、いつか知らず、マヤへの愛を心の奥深く、秘やかに育てていた。
およそ人間らしい感情を押さえ込み、冷血漢の仮面を被りながら、そうした真澄の心の奥深くに、マヤは生き生きとその存在感を訴えていた。
真澄はいつとも知れず、マヤに心惹かれ、マヤを愛し始めていた。
その真澄自身の本心を、いまだ真澄は自覚しようとはしなかったが。



 MBAテレビ局、第5スタジオ。大河ドラマ『天の輝き』の撮影が進んでいた。
「はーい、本番終了!マヤちゃん、お疲れさん!」
「ありがとうございました!」
ほうっと熱い溜め息をついて、マヤはスタジオのセットを出た。
「マヤちゃん、面会だって。」
スタッフに呼び止められ、マヤは振り返った。
「はーい、今行きます!」
マヤは洗面室で顔を洗うと、スタジオ入り口で待機していた二人の男の元に案内された。
「北島マヤさんですね?」
「はい。北島です。よろしくお願いします。」
躾られた芸能界での厳しい礼儀作法通り、マヤは挨拶する。
「私どもはこういう者で。」
マヤは名刺を渡された。日芸プロダクション専務取締役、と、その名刺には印されていた。
「日芸プロダクションさん?」
「ええ。ぜひ北島さんにお話がありまして。地下の喫茶室に行きましょう。」
「あ、はい…。」
テレビ局地下の喫茶店に、マヤは男たちと同道した。
喫茶店で注文を済ませると、男の一人が鞄から台本を取り出した。
『すばらしき青春』と、台本の表に書かれていた。
「これは?」
「私どもでプロデュースしている舞台です。北島さんにはぜひ主演をお願いしたいんですよ。」
「北島さんは今、紗都子役で大人気だ。ぜひ私どもの舞台にお招きして、舞台に素晴らしい華を咲かせていただきたい。」
「きっと良い舞台になるでしょう。」
「北島さんも、ここのところ舞台の仕事はしていないでしょう、久々に舞台、いいと思いませんか?」
「舞台?ええ、ええ!それはもう。」
マヤは目を輝かせた。
「でも、あたしなんかで、主役をいただけるなんて、いいんでしょうか?」
「何をおっしゃいます。北島さんはアカデミー助演女優賞も獲得された。それに、今では『天の輝き』の華だ。」
「ぜひ、私どもの舞台を成功させていただきたい。北島さんなら、きっとそれがおできになると確信して、今日お話にあがったんですよ。」
「北島さんの実力を見込んでの出演依頼です。どうです?お演りになりませんか?」
「どんな役なんですか?」
「青春群像を描いた舞台で、北島さんはそのヒロインです。」
マヤは台本をパラパラと捲ってみた。
「きっと素敵なヒロインになりますよ。」
「北島さんが主演、となれば、観客動員も見込めます。ぜひお願いしますよ。」
「観客動員…お役に立てるんでしょうか。」
「もちろんですよ。ギャラも十分ご用意しています。」
マヤは暫し考え込んだが、やがてキッパリと心を決めた。
「…判りました。演らせていただきます!」
そのマヤの反応に、男達は密かにほくそ笑む。
「おお、そうですか!それは何よりだ。では早速この契約書にサインを頼みます。」
マヤは差し出された書類に、何の疑いもなくすらすらとサインしていた。契約書には住所も電話番号も書いた。
「では、北島さん、よろしく頼みますよ。」
「はい。これからもよろしくお願いします。」
「詳しい稽古の連絡はまた後日致します。では、今日はこれで。北島さん、ありがとうございました。」
「こちらこそ、ありがとうございました。ご連絡、お待ちしています。」
「では。」
男ふたりは席を立ち、喫茶店を出て行った。
マヤは冷めたミルクティを飲み干すと、第5スタジオに戻った。



 水城が待機していた。
「マヤちゃん、探したのよ。どこへ行っていたの。」
「うん、これ。」
マヤは水城に先の台本を渡した。
「日芸プロダクション!?」
「うん、その舞台に主演で招かれることになったの。」
「ダメよ!マヤちゃん!そのプロダクションは二流三流もいいとろこだわ。大都芸能の足元にも及ばないプロダクションよ!」
「え、そうなの?でももう契約もしちゃったし。たまには舞台の仕事もしたいわ。水城さん。」
「契約書、サインしてしまったのね!?」
「うん。いけなかった?これが、控え。」
マヤは契約書の控えを水城に手渡した。
「社長がお許しにならないわ。報告しないと。マヤちゃん、本社に帰るわよ。」
「ええっ、なんで速水さんが?」
「いいから。いらっしゃい。」
マヤは水城にさらわれるように車に乗せられ、大都芸能本社に向かった。


「失礼します。」
マヤは水城と、真澄の社長室を訪れた。
水城が真澄に事の次第を報告する。
真澄は契約書と台本に素早く目を通した。
「チビちゃん、勝手な真似は困る。きみは大都芸能の役者なんだぞ。」
「こんな二流三流のプロダクションなぞ、大都の名を辱めるだけだ。台本をよく読んだのか?低レベルな舞台じゃないか。許さん!」
真澄の厳しい叱責が飛ぶ。
「あたし、もう子どもじゃありません!あたしにだって、仕事を選ぶ権利があるわ!」
「きみは高校生だろう?立派な未成年だ。まだ子どもじゃないか。」
「きみの仕事はすべて大都芸能がプロデュースしているんだ。大都を離れての仕事は許さない。」
「こんな低レベルな芝居。せっかくここまで成功してきたきみの仕事を貶めるだけだ。」
「三流の舞台などに出演したら、大都の面目も丸つぶれだ。」
真澄のいつもながらの冷徹な物言いに、マヤは思わず反論していた。
「そんな…大都、大都、って…。イヤです!あたし、舞台に出たい!」
「大都が舞台の用意もしている。『シャングリラ』の話はまだ聞いていないのか?」
マヤは酷く気持ちを傷つけられた気がして、次第に怒りがこみ上げてきた。
「せっかくあたしが誘われて承知した話なのに、速水さんは邪魔するんですか!?」
「邪魔じゃない。当たり前の話をしているだけだ。」
「速水さんの意地悪!冷血仕事虫!あたしの気持ちだって、聞いてくれたっていいじゃない!」
「あたしはその舞台、出ます!絶対!」
「駄目だ。常識で考えてみろ!」
「きみの仕事は大都が責任を持っているんだ。許さん。この契約書と台本は俺が預かっておく。」
「なんと言われたって、私、演ります!絶対!速水さんなんか、速水さんなんか、大っ嫌い!じゃ、失礼します!」
マヤは踵を返すと、憤然として社長室を出ていった。
「マヤちゃん、待ちなさい!」
「水城くん、あとは頼む。」
「承知していますわ。」
水城は急いでマヤの後を追った。



 マヤをスカイハイツマンションまで送る間、水城は立て板に水のごとく滔々とマヤを説き伏せていた。
「マヤちゃん、駄目よ、勝手な真似をしちゃ。社長の仰ることは尤もなのよ。」
「あなたは大都芸能の金の卵よ。よく自覚して頂戴。」
「でも、大都以外の仕事だって、してみたいわ!」
「大都以上にあなたを生かせる芸能社は無いわ。大都芸能は芸能社としては一流よ。」
「水城さんまで、あたしの味方をしてくれないのね…」
「敵味方の問題じゃないでしょう。」
「今日は冷静になって、よく社長の仰ったことを考えてみるのね。」
車はマヤのマンションに着いた。
「よくって?」
「速水さんなんか、嫌いだわ。」
「好き嫌いと仕事は別よ。仕事は仕事でしょう。判るわね?いいわ。じゃ、お休みなさい。明日は迎えに来ます。」
水城はマヤの食事の支度を終えると、マヤのマンションから引き揚げていった。



(速水さんの言いなりになんてならないんだから…!)
マヤはますます意固地になっていった。



 それからしばらくして、日芸プロダクションから何の連絡もないので、不審に思ったマヤが自分から連絡を取ってみた。
「ああ、北島くんね。例の話は、大都芸能から丁重にお断りが来ましたよ。違約金も頂いた。」
「あの話は無かったことにしてくれたまえ。それじゃ。」
マヤは一瞬呆然とした。そして、それが真澄の差し金であることを察すると、マヤの怒りが爆発した。
(速水さんのバカ!なんで邪魔するの!)
マヤはMBAテレビからタクシーを拾い、大都芸能本社に直行した。
くだんのごとく、社長室に怒鳴り込む。

「速水さん!酷いじゃないですか!あの舞台の話、潰しちゃって!」
「あたしの気持ちはどうしてくれるんですか!」
「そろそろ来る頃だと思っていたよ。」
真澄は平然と受け流す。
「なっ…ひどい!狡いわ!裏から手を回すなんて!」
マヤは怒り心頭に達していた。頬が紅潮している。
「きみは大都芸能と契約したな。契約書がある限り、きみは大都芸能のものだ。…おれのものだ。」
真澄は淡々と語る。
「月影先生から、きみのことは託されているんだ。未来の『紅天女』として、な。」
「おれはその約束にも忠実でありたい。」
「だからって…だからって…卑怯だわ!」
真澄はデスクから立ち上がると、煙草に火を点けた。
「きみがどう言おうと、日芸プロの件は譲れない。もう、済んだことだ。」
「速水さんのバカ!バカ!意地悪!冷血仕事虫!」
マヤは怒りにまかせて真澄に駆け寄ると、真澄の胸をポカポカと叩いた。
真澄は煙草を揉み消すと、マヤの両腕をグイと掴んだ。
「いいか、チビちゃん。きみは大都が多額の資金をかけて育てている金の卵なんだ。こんなことで、一片の疵もつけたくはない。」
「きみは『紅天女』を目指すんじゃなかったか?」
「今の大都なら、いくらでもきみを『紅天女』に向けて後押ししてやれる。」
「すべて、きみのためなんだ。大都のため、ばかりじゃない。」

真澄の言葉には、血の通った、真実の真情が隠っていた。
それが、マヤの心の琴線に触れた。
『紅天女』を目指す…。
その真澄の言葉に、マヤは頭から血の気が引いた。

そう、あたしのやりたいこと、それは『紅天女』…。

「きみのことは、本当に大切にしたい。これからも。いつまでも。」

「速水さん…」

「大都なら、きみを守ってやれる。いつか、『紅天女』の舞台に立つ日まで、な。」
「きみのファンだという紫のバラの人も、きみの『紅天女』を心待ちにしているんじゃないのか?」

紫のバラの人。
その一言にマヤは愕然とした。そして思わずマヤは真澄の顔を見上げた。

「…あたしのために、速水さんが守ってくれるんですか?」
「ああ。そうだ。いくらでも援助は惜しまない。」

真澄は真っ直ぐにマヤの瞳を見つめ、穏やかに真摯に語った。
真澄の真情が、マヤにしのびやかに伝わってくる。
マヤは役者としての本能で、真澄の真情をありありと感じ取っていた。

「信じて、いいんですか?ほんとうに?」

「ああ。大都芸能あるかぎり、俺はきみを守る。必ず。」

その真澄の言葉でマヤはそれまでの緊張が一気に弛緩し、真澄に掴まれた腕の勢いに任せて、真澄の胸に倒れ込んだ。

「おっと。大丈夫か?」

真澄がマヤを抱きとめた。
真澄の胸は、広く、そして暖かかった。

この胸に、守られるのならば…それはもしかしたら…幸せなのかもしれない…。

マヤは真澄の顔を見あげた。
真澄は真剣な、真摯な表情で、マヤの顔を覗き込んでいた。
ひと刹那、ふたりの視線が鋭く交錯した。

真澄は穏やかに、フッと笑った。

「チビちゃん、ラブシーンの稽古なら、いつでも相手をするぞ?」

「あっ…」
マヤは顔を赤らめてパッと真澄から身を離した。

「チビちゃん、これだけは覚えておいてくれ。俺はきみの演技者としての成功まで、きっときみを守ってやる。」
「速水さん…」

マヤの怒りは真澄の真情に触れていつかしらに慰められ、マヤの心はやがて穏やかに静やかに凪いでいった。

「…わかりました。ありがとうございます。」
「我が儘を言って、済みませんでした。」
「判ってくれたのならいい。」
「今度は映画の仕事もあるぞ。チビちゃん、きみが主演だ。楽しみにしているんだな。」
「紗都子は、なかなか佳い演技だ。その調子で続けてくれ。」
「はい、速水さん…」

一瞬触れた、真澄の胸の暖かさ。その感覚は明瞭にしっかりと、マヤの細やかで豊かな感受性のうちに刻み込まれた。

「MBAに戻ります。…今日は済みませんでした。」
「おお。頑張ってこい。」
「はい、行ってきます。」
マヤは真澄に向かってペコリと頭を下げた。そして、社長室を後にした。

真澄は、ゆっくりと煙草を吸って、マヤの去ったドアをいつまでも見つめていた。



この時のふたりは、まだ幸せであった。
真澄は北島春を監禁していることに、はじめて躊躇いを覚えていた。
やがて巡り来る、春の死を、その悲劇を、そしてそれから始まる地獄のような日々を、この日のふたりは、いまだ知らなかった。





終わり






2002/11/1

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