100000番ゲット・なりなり様リクエスト:
   
ズバリ『結婚式』
   10万を記念するテーマといえばこれしかないでしょう。(ホントか?)えー・・・これに関しては、もしかして作者様ご自身にプランもおありかと思いましたが、
   とりあえず私のリクはこれです。
   細かい設定はできないんですが、背景のようなものを語らせていただくと。
   ながあ〜い紆余曲折を経てこぎ着けた結婚ではあるけれど、それぞれの立場を鑑みると、ハンパな式典ではすみそうもない。
   (英介との絡みもあるかと思いますが、これはまた別の話でオッケー)周囲の思惑に流されるのが嫌な真澄さまと、
   庶民派代表のマヤちゃんは、なんか違うと思いながらも状況は進んでいく。
   そんな二人が、ふとしたきっかけで機会を得た『二人だけのセレモニー』。どんなきっかけか、どんなセレモニーか、それは作者様にお任せ〜・・・・
   ああっ!楽しい!(のは私だけ?)いかがでしょうか。
   あー・・・それともう一つ・・・ゴニョゴニョ・・・通りすがりの浮浪者でもいいから、ワタクシらしき人間を隅っこにポチッとつっこんでくださると、嬉しいなあ・・・などと・・・。  
   今後キリ番取ることがあっても、多分リク権限譲渡条約(なんやソレ)を適用すると思うんで、記念に。
  ※ということで、リクエストに忠実に、楽しく参りたいと思います。でも、あたし、独身なのよーー(^^;ゞ。結婚式の経験、ないんですよねぇ……。調べるしかないっ(笑)







   婚約を公にしてからというもの、マヤと真澄、ふたりの身辺は、俄に色めき立ち、急に騒々しく周囲の注目を一心に浴びることとなった。

 大都社内はもちろん、所属俳優たちからマスコミから親類から、また、真澄の取引先からも、ことあるごとに、祝辞のあと二言目には
 「で、ご結婚式は?」
 と鵜の目鷹の目で尋ねられる。
 「紅天女の北島マヤさんとその上演権を管理しておられる大都芸能社長さまとのご結婚、ともあれば、さぞやご立派なものでございましょう?」
 周囲の誰もが皆、確信してそう考えているらしい。
 真澄としても、積年の想いを遂げて、やっとここまできたマヤとの道のりである。贅を尽くそうが盛大に盛り上げようが、それはまあ、不本意ではない。
 マヤの花嫁姿、それも大いに楽しみではある。
 だが、社長業に日々忙殺される真澄の身の上では、マヤとゆっくり、結婚式のプランを練る、などという暇も時間も、とてもありそうにもない。
 マヤの希望を、真澄は打診したが、
 「あたし…よく判らないわ、結婚式のことなんて…。それに、あたしの方には親族なんていないし…。速水さんに任せる。
  速水さんがいい、と思うようにして。それでいいわ。」
 と、なんとも頼りない返答が帰ってきた。新婚の花嫁らしい希望もあるだろうに。
 それも、マヤには、「大都グループ・大都芸能社長」としての真澄相手、となると、どうもピンとこないらしい。
 まあ、確かに、結婚式直前の土壇場で結婚をキャンセルした経験もある真澄のことである。結婚式を設定することには経験知が無いわけではない。
 広く、世間に、マヤとの間柄を披露、認知させるのだ。それ相応のものであるに、越したことはない。

 真澄がデスクで書類に目を通していると、水城が、持ち込んだ書類の束から、すいと一枚のファックスを真澄に取り出して見せた。
 「なんだ?」
 「『ワンランク上の結婚式』というグラビアで、結婚式を取材させてほしいそうですわ。週刊朝日編集部からです。」
 「…まったく…まだ日取りも何も、なんの形も決まっていないんだぞ。騒がれるのはまあ、仕方がないが…。」
 些かうんざりと、真澄は胸ポケットの煙草に手をやった。
 「お早く手配に着手されることですわね。」
 水城は含み笑いをこらえている。
 「ブライダルコーディネーターを手配いたしますか?こちらに出向いてもらえることと思いますわ。」
 「そうか?それなら助かるが。マヤとのんびりブライダルフェアなんぞに出かけている暇など、無い身の上だからな。」
 「では、早々に呼び立てましょう。お任せ下さいますのね?」
 「ああ。頼む。水城くんなら、色々と情報はあるだろう?」
 「ほほ…。では、すぐにでも。後ほどご報告致します。」
 「よろしく頼む。」
 水城は、自分の結婚のことのように喜々として、社長室を辞した。
 真澄のスケジュール調整もして、明後日2時には、そのコーディネーターを手配した、と真澄は水城から報告を受けた。



 そのコーディネーターを9階の応接室に通し、水城がとっておきのコーヒーを運んでくる。水城も同席して、ご意見番を任命されていた。
 「初めまして。わたくし、桂由美ブライダルグループ・ブライダルコーディネーターの成為誠子と申します。
  このたびは、おめでとう存じます。また、私どもにお仕事をお召し下さいまして、誠に幸甚でございます。精一杯、お力添えさせていただきますので、
  晴れてご成婚の日まで、どうぞよろしくご懇意のほどをお願い申し上げます。」
 名刺交換をしながら、その30歳過ぎと見られる品の良い、いかにも「その道のプロ」といったムードある風情の女性を、真澄はしげしげと見おろした。
 渡された名刺の氏名を見ながら、真澄は
 「なりためさん、ですね?」
 確認した。
 「ほほほ…。よく間違われますの。なりなり、とお読み下さいませ。珍しい姓、と、よく言われますのよ。」
 真澄はその変わった語感に、なんとも、旧知の間柄のような、こちらのことをよく知っている人物のような、そんな惑いに一瞬、不思議な感覚を憶えた。
 「わたくしは、秘書の水城です。よろしく。」 
 「はい。では、早速でございますが…。」
 なりなりは、大きな重そうなブリーフケースから、どっさりと資料を取り出して、応接テーブルにきちんと揃えて広々と広げて見せた。
 「もう、ご結納とご婚約式はお済みですのね?」
 「ああ、…それは…。嫁の北島の方には縁者はいないんです。婚約指輪は贈ってありますが。」
 「ま、失礼致しました。では、マリッジリングの方は?」
 「まだです。これから注文しなければ…。」
 「あら、でしたら、こちらがよろしゅうございますわ。」
 なりなりは言うと、美美しい豪華な宝石店のカタログを、書類の中から取り出した。
 「コンサルジュ(アドバイザー)にご相談しながら、デザイナーがオリジナルのデザインを個別にご担当致しますお店ですの。
  ティファニーやブルガリなど、ブランドもよろしゅうございますが、せっかくですからオリジナルをお造りになられましたらいかがですか?」
 カタログには、『エクセルコダイヤモンド』とある。
 「ダイヤモンドの3大マーケットのひとつとして、ベルギー・アントワープに拠点を構えまして、
  ヨーロッパの王侯貴族からも賞賛される技術でダイヤモンドを磨き上げるエクセルコ社ですの。日本で唯一その正規ブランドライセンスを持つショップ、
  それがエクセルコダイヤモンドですわ。先年、銀座に初上陸して以来、神戸、名古屋、横浜と、着実に店舗を展開しました。
  ヨーロッパの伝統に裏打ちされた優れたカット技術とダイヤモンドの輝きに対するこだわりは、まさにエクセルコブランドならでは。この、王冠のマーク。
  エンゲージリングとセットにもできますわ。で、どのようなデザインをご希望ですの?」
 真澄は、カタログに熱心に見入っていて、なりなりの説明を上の空で聞き逃した。
 「え?」
 なりなりは咳払いをして、ていねいに最後の質問を繰り返した。
 「ああ…。この、シンプルな、ダイヤと重ねづけの出来る3つ素材の違うタイプがいいね。」
 「ま、お目が高うございますわね。では、花嫁様のエンゲージリングとセットになさいますのね?」
 「婚約指輪は誕生石にしたんで、この際、ダイヤも一緒にするかな。ダイヤもセットで、このタイプで、デザイン下絵を今度、持ってきてくれないか?」
 「ぜひ入れて欲しい文字もある。」
 「ま、かしこまりました。お幸せな花嫁様ですこと、ほほほ…。」
 なりなりは、これ以上はない、という極上の愛想笑いで、真澄を賞賛した。
 「で、お式の式場の方ですが…。まずは日程ですわね。いつ頃をお考えですの?」
 「いや…この半年以内には、とは思っているんだが…。」
 「半年…大手どころのホテルですと、日程は詰まっておりますわね…。急ぎ、日取りだけでも本日中にご検討願えます?」
 「ああ…そうだな…。」
 「帝国ホテルですと、孔雀東西の間で正餐1000名、ホテルニューオータニでしたら、鶴の間が正餐1000名、芙蓉の間が700名ですわ。」
 「これらは人前式ですが、もしチャペル式をご希望でしたら、白金に「アートグレイスクラブ」もございましてよ。」
  「白金?住宅地だろう?」
 「ええ、その閑静な住宅地に贅沢な敷地を持ちまして、その佇まいは、まさにセレブの隠れ家、ですわね。結婚式だけでもこちらで、
  という方法もございますし。緑豊かなプライベートガーデン、選び抜かれたインテリアが、極上の祝宴を演出致します。」
 なりなりはカタログを示して見せた。続いて、
 「他にチャペルですと…日本閣東京に、新しく3つ目のチャペルがオープンしましたわね。“ウェディングシアター『イグレシア・デ・エストレーノ』”。
  こちらは、ご覧の通りですわ。アンダルシアの大地が生んだガウディの教会を彷彿とさせます荘厳な空間ですわね。
  ライトアップがとても幻想的でございます。バージンロードを一段、一段と降りてゆきますと、永遠の誓いへのアプローチですわ。
  そして響き渡る美しい歌声に、きっと涙もこみあげていらっしゃる感動で、おふたりは包み込まれることでしょう。ほほほほほ…」
 滔々と、なりなりの口慣れた営業トーク、というか、口説き文句が続く。真澄は、狐につままれた面もちになった。
 「うぅむ…。現実的には、やはり大手ホテルで、正餐の人前式だろうな…。
  チャペルで少人数で、というのは、実に魅力的だが、俺たちでは無理そうだ。よほどの大きい教会でないと。」
 「な?水城くん?」
 「ええ、そうでございますわね、残念ながら。」
 「四ッ谷、上智大学の聖イグナチオ教会でしたら人数はある程度フォローできますが、受洗者でないと、
  5ヶ月間お二人で週1回のセミナー受講義務がございますわ。」
 「とてもそんな暇はない。」
 「そうでございますか。では、お仲人様のご手配は?」
 なりなりは尋ねた。
 「いや、まだだ。」
 「まあ、ほんとうに、本日からスタートでございますわね。」
 と、なりなりは目を丸くして、水城に同意を求めた。
 「ええ。ですので、なりなりさん、お手並み、拝見させていただきますわ。今後ともよろしくどうぞ。」
 水城も声に笑いを含ませて、なりなりに小首を傾げて見せた。
 「日時は、なりなりさん、そちらで吉日と宴会場の空きを調整してくれ。それに合わせて、諸々を片づけていく。」
 「そうでございますか。承知いたしました。では、後日、マリッジリングの下絵をお持ちいたしますわ。日程確定のご連絡は、水城さん宛のお電話で
  よろしいでしょうか?」
 「ああ。いいな、水城くん?」
 「もちろんですわ。」
 「では、本日はこれにて失礼させていただきます。社長、どうも、ご苦労様でした。」
 なりなりは素早くテーブルを片づけると、すらりと立ち上がり、真澄に深々と一礼し、その場はお開きになった。


 なりなりが立ち去ったあとの応接室で、真澄は一服しながら、何気なく水城に話しかけた。
 「なんだかな、彼女、初めて会った気がしないんだが。こちらのことをよく知っている人物なのか?」
 「あら、真澄さまもですか?わたくしもそう思いましたのよ。」
 「まあ、縁がある人物、ということか。ともあれ、これからが、やれやれだな…。水城くんも、宜しく頼む。」
 「もちろんですわ。常のようにお任せ下さい。窓口はわたくし全責任でお引き受け致しますわ。」
 穏やかに、水城が微笑んだ。



 「社長、大都運輸の速水社長からお電話です。」
 水城が取り次ぐ。
 「やあ、真澄くんか。しばらくだな。早速だがな、結婚式で花嫁の介添人は、うちの家内に任せてくれたまえ。電話で済まないが、
  あらためて英介のところにも家内と挨拶に伺うようにする。まずは、介添人にはウチを優先してくれないか?ひとつ、よろしく頼む。」
 それをソツなく受け流して電話を切ると、真澄は冷めかけた珈琲を一気に飲み干した。
 「まったく…どいつもこいつも…。人をなんだと思ってるんだ…。」
 うんざりと真澄はひとりごちた。
 「真澄さま、結婚式のことは、以前のご経験でお判りではございませんの?得てして、俗世のよしなしごとですわよ。」
 水城が、さりげなくフォローした。
 「ああ…。だがな…。他人の思惑に惑わされるのは、俺は紫織さんの時でもう、さんざん懲りているんだ…。」
 「真澄さま、真澄さまご自身のことですのよ。納得のいくように、しっかりことをお運びなさいませ。」
 そこはキッチリと、水城が真澄には有無を言わせなかった。



 マリッジリングのデザインも決定した。マヤのウエディングドレスは、可憐で華麗なプリンセスラインを基調に、桂由美がデザインに当たることになった。
 仲人は、演劇協会理事長夫妻に、打診してみた。
 英介からは、とにかく「大都」の名に恥じない華燭の典を演出するように、と厳命されている。
 真澄の多忙な社長業の傍ら、なりなりの手腕で、ことの次第は明らかに進んでいった。マヤも、逐一、真澄から報告を受けていた。
 ブライダルエステも、マヤはすでに始めている。
 だが、マヤには、とてもとても、現実感が湧いてこなかった。結婚式の主役、のはずなのに、である。
 まだ、舞台の主役、といわれた方が実感が湧く。
 “結婚…花嫁…うーん、母さんが生きていたら喜んだだろうけど…”
 
 なりなりの手配で、マヤも、花嫁修業、らしき幾つかの習い事と、マナー講座などに通わされていた。
 それが災いして、いかに自分が舞台しかやってこなかった人間か、を痛感させられる。およそ、世間の世事には疎い自分が、情けなくもあった。
 “でも、速水さんと、結婚するんだもの…しっかりしなくちゃ…”。
 健気にもマヤは、女優業の傍ら、それら世の俗事にも、なんとか順応しようと努力していた。なにかが、本来の自分とは違う、とは感じながら。
 “結婚って…一人前として世の中に認められること、なのよね…、うーん…『紅天女』の北島マヤとしてだけじゃなく…”
 “速水さんの奥さん、かぁ。そういう「立場」……。もう、ふたりだけで、誰にも束縛されず自由にいられることも、なくなっちゃうのかしら…”
 “でも、いつまでもあたしとこのままで、速水さんの立場がいいわけじゃなし…ね。”
 単純に、真澄との結婚を喜んでいるばかりのマヤではなかった。むしろ、戸惑いの方が大きかった。



  招待状も刷り上がる頃、マリッジリングが出来あがってきた。
 なりなりが、上質のびろうど張りのケースを男女用とも大事そうに開けてみせる。
 「いかがでございましょう?」
 「…ああ。結構だ。いい出来だ。気に入ったよ。」
 「まあ、それは嬉しゅうございます。」
 にっこりと、なりなりは微笑んだ。それから、招待状の名簿作成、筆耕宛名書きのプロの紹介などあって、さらに打ち合わせも進んだ。
 「では、本日はこれで。」
 なりなりは打ち合わせを終えて、辞そうとした。そこに、真澄が、
 「あ、なりなりさん。」
 声をかけた。
 「はい?まだ何か?」
 「いや、その、個人的なことなんだが。」
 なりなりは、内心ドキリと胸が高鳴った。な、な、なんざんしょ???
 「貴女がいつもお使いのその、香水、なんという香水かな。とても気に入っているんだが。ぜひマヤにもつけさせたい。いい香りだ。」
 「ま…」
 なりなりは一瞬絶句した。真澄ほどのいい男から、そのような誉め言葉が出るとは。なりなりは天にも昇る心地だった。
 「それはありがとう存じます。カール・ラガーフェルドですわ。ただ今、シャネルの現デザイナーの。名前は『サン・ムーン・スター』でございます。」
 「国内ではなかなか手に入りませんの。この次、マヤさんへのプレゼントに、わたくしの新しいストックからお持ちいたしましょう。」
 「それはありがたい。ご好意に甘えていいかな?」
 「もちろんですわ。お楽しみになさいませ。では、これで。」
 「ああ、ありがとう。」




 「水城くん、今度の週末、スケジュールはオールキャンセルだ。休日にしてくれ。」
 「ま、急ですのね。承知しました。…マヤちゃんですのね?」
 「…お見通しか。その通りだ。マヤと、ちょっと出かけてくる。よろしく頼む。」

 水城に休日を確保させたその夜。真澄はマヤに電話連絡した。
 「今度の土日、休みは取れるか?」
 「え?うん、大丈夫だと思うわ。どうしたの?どこか行くの?」
 「そうだ。源造さんから祝辞と連絡があった。覚えているか?あの梅の谷の神社。あそこに、奈良県の考古学調査が入ることになったそうなんだよ。
  謂わくの秘仏の調査とのことで。
  それで、あの、いつかふたりで夜明かしした社務所、な。神社も含めて雨漏りなどの修繕も手入れも一通りされて綺麗になったそうだ。」
 「へえ、ほんと。懐かしいな…。」
 「マヤ、梅の谷に行こう。梅の谷の月影先生の石碑の前で、ふたりだけで結婚式をしよう…そして、あの社務所で一泊だ。」
 「え…っ、そんなこと!いいの?」
 「ああ。構わん。予定の結婚式は、披露宴だけに切り換えればいい。結婚式はマヤ、俺ときみと、ふたりだけの儀式にしよう。」
 真澄の声は、少年のように明るく弾んでいた。
 「あ、じゃあ、あたし、布団圧縮機持ってるから、それで羽布団一組もっていけばいいかしら?」
 「充分だ。源造さんには、土曜の社務所は確保してもらう。
  月影先生の前で、千年の梅の木の前で、『ふたりだけのセレモニー』だ。マヤ…俺たちには、なにより相応しい。そうだろう?」
 「…嬉しい…真澄さん…」
 マヤは、思わず、ベッドの中でしか口にしなかったその呼び名で、真澄を呼んだ。
 「土曜、朝一番ののぞみで行く。タクシーで迎えに行くから、用意して待っていてくれ。
  ああ、あと、届けを出すから、マヤの戸籍謄本も用意するように。」
 「わかった…。一番嬉しい結婚式だわ、真澄さん、ありがと…。」
 「ふ…そう言ってくれると思っていた。じゃ、土曜日な。白いワンピースも、持ってきてくれ。簡単なカクテルドレスでいい。」
 「ん…。綺麗なのにしていくわ…。楽しみにしてる…おやすみなさい。」
 「おやすみ。愛しいてる。マヤ…」
 「あたしもよ…。」
 電話口の睦言が、ふたりの熱い口づけだった。




  その、「約束の日」。
 真澄は深夜まで仕事、マヤも、遅くまで稽古を消化して、早朝はふたりとも、まだ寝不足が尾を引いていた。
 新幹線では、グリーン車で、マヤも真澄も、京都までぐっすり寝込んだ。
 近鉄奈良線も特急グリーンで、ゆったり長旅をうとうとと、のんびり過ごす。さらに電車を乗り換え、下野口に到着した頃には、
 初夏の太陽が眩しく高く、片田舎の街に燦々と輝いていた。清々しい、心に残る好天だった。
 この町の町役場に、タクシーで向かう。町民課で、それぞれ証人も含め署名押印して用意していた婚姻届を、他の書類と共に提出する。
 これで、晴れて、入籍。本籍地は、真澄と住むことになる世田谷区とした。新しく紅梅村、でもよかったが、そこは、マヤの現実的な希望だった。
 「おめでとさん!」
 田舎町の、気の良い職員が、暖かく声をかける。ふたりは職員に揃って笑みと礼を返した。
 役所を出ると、ふたりは町なかの定食屋で、昼食を取った。
 さて、これから、またタクシーで山道を走り、紅梅村への道筋だ。
 真澄と、名実ともに、晴れて「夫婦」となったマヤだが、まだその実感はない。
 山道を行くタクシーにカーブごとに揺られながら、真澄の肩に寄り添って、マヤはそれでも、心から満ち足りて幸福だった。真澄も同じ。手を握り合う。
 
 山道の突き当たりで、タクシーを降りたふたりは、梅の谷への吊り橋に向かって、これで何度目かの道筋を辿る。
 ちょうど、昨年の今頃だったか。初めて、マヤを千草の墓参に連れてきたのは。思い出が、ふたりの脳裏を巡る。
 吊り橋を渡って、禁足地、「梅の谷」に入る。
 ここは、初めて訪れた時から少しも変わらず、濃い紅梅の花の霧がひっそりと周囲に満ちていた。
 梅の谷ももっとも奥地、わずかに開けた丘に、巨木の紅梅が咲き誇っていた。注連縄が、しつらえられている。
 これが、樹齢千年と言われる紅梅の木。その少し離れた脇に、千草の石碑があった。
 ふたりは、まず千草に、結婚の報告をした。手を合わせて、石碑に跪く。
 “月影先生…あたし、この人と結婚して、一生『紅天女』を守っていきます。どうか、見守っていてください……”
 “月影先生、僕は、一生をかけて、全力で、この子と『紅天女』を守ります。この結婚の使命を全うするまで、どうか見届けてください…”
 ふたり、それぞれに、千草に誓いの言葉を胸の中で口にした。
 「じゃ、速水さん、あたし着替えるね。」
 言って、マヤは樹の陰で荷物をひもといた。ワンピースを脱いで、ストラップレスのブラジャーに、肩の出る白のイブニングをするりと身に纏う。
 髪を整えて、今日のために急いで買った、小さなティアラをピンで留める。口紅を少し濃くして、出来上がり。簡単なものだ。
 真澄も、背広に白のネクタイを締めた。
 木陰から、マヤがすっと歩み出た。
 “紅天女…!”
 真澄には、唯一無二の舞台の姿がだぶって見えた。真澄の感性も、鋭くなっていた。
 風は爽やかに谷野を渡り、開けた丘に、陽差しが目映かった。
 
 「さあ、はじめようか。」
 真澄が、マヤの手をとってマヤの左手を、樹に触れさせる。そして、向かい合った自分は、右手を樹に添えた。
 真澄が静かに、力強く、誓約の言葉を始めた。
 「北島マヤ。あなたは、紅の神の定めに従って、この男、速水真澄と結婚し、夫婦になろうとしています。
  あなたは紅の神の教えに従い、健やかなる時も、病める時も、常にこれを愛し、敬い、慰め、助け、その命ある限り、硬く節操を守ることを誓いますか?」
 マヤは、真摯にその言葉を聞き、明瞭に答えた。
 「はい。誠に誓います。」
 そして、一度聞いただけで覚えてしまった同じ問いを、真澄に対して返す。
 「速水真澄。あなたは紅の神の定めに従って、この女、北島マヤと結婚し、夫婦になろうとしています。
  あなたは紅の神の教えに従い、健やかなる時も、病める時も、常にこれを愛し、敬い、慰め、助け、その命ある限り、硬く節操を守ることを誓いますか?」
 真澄も、厳かに答える。
 「はい。誠に誓います。」
 真澄は樹に添えていたマヤの手を取り、ポケットから指輪のケースを取り出すとそれを開き、マヤの左手の薬指に一つ一つ、ゆっくりと嵌めてやった。
 そして、マヤに自分用の指輪ケースを渡すと、左手を差し出した。
 マヤが、そっと、真澄の手を取り、するりと指輪を真澄の薬指に嵌めた。
 真澄はその左手を取り合うと、紅梅の木にふたりの手を合わせて、あらためて手を添えた。
 「紅の大神よ、どうか、この我ら小さき者らに、あなたの祝福を与えてください。あなたのそのみわざで、私たちを終生、守ってください。」
 梅の木は、ふたりの手に、幽かに暖かかった。それが、天地自然の答えであるように、この時ふたりには思えた。
 真澄は樹から手を離すと、そっとマヤを抱き締め、誓約の接吻をした。真澄の腕の中で、涙が一筋、マヤの頬を伝った。
 美しい、ふたりだった。



  こうして、『ふたりだけのセレモニー』を終え、いったん元の服装に着替えると、ふたりは梅の谷をしばらく散策した。
 「鏡池、ってあるのよ。昔、稽古の時に月影先生に連れてこられて…。どの辺りだったかしら…」
 茂みには小兎、リス。野鹿。澄み渡る大空に鳥たちは歌い、どこからか遠くに、川のせせらぎが微かに聞こえてもくる。
 やがて、マヤは思いだしていた。
 「ああ、この道だわ。」
 小径を少し歩くと、昔通りの鏡池が、ひとつも変わらずに、そこにあった。
 「綺麗な池でしょう?」
 「梅の谷…紅天女のふるさと…もう、俺のふるさとでもある…。」
 真澄の声音は深く、感動に震えた。
 「この池で、役作りの稽古に亜弓さんとそれはそれは苦労したものだったわ…夢みたい…夢みたいに、日が過ぎてきた…。」
 「これから先、どんな現実に立ち向かっても、ここに戻れば、すべてがこの今日の日に戻るんだ。マヤ…。」
 「ん…。あたしたちの始まりの日に、戻ってこれるのね…」
 「そうだ…。俺も、一生忘れないよ…。」
 修繕の入ったという神社にも、寄ってみた。確かに、以前訪れた時と違って、人の手が入り、整えられていた。
 清潔に掃除された社務所に、マヤは泊まりの荷物だけを置いた。
 社務所は、補修と掃除がなされただけで、ストーブひとつにしろ、何ひとつ、以前と変わってはいなかった。
 それからふたりは、再び吊り橋を渡って、紅梅村・梅の里の山寺に向かった。源造が、ふたりを待っていてくれる手はずになっている。
 ピタリのタイミングを見計らったように、源造が山寺の門に、ふたりを迎えに出て待っていた。
 「お久しぶりです、源造さん。」
 「よくいらっしゃいました。このたびは、ほんとうにおめでとうございます。」
 三人は、深々と頭を下げた。
 「さ、奥様がお待ちですよ。」
 源造はふたりの左手の指輪に目をやって、仏間にふたりを通した。
 真澄は内ポケットから現金約100万の包みを取り出し、仏壇に捧げた。源造への支援でもある。
 線香を炊き、ふたりは、仏壇に手を合わせた。
 静かな、祈りのひとときが流れていった。

 “マヤ、真澄さん、おめでとう…あなたがたに『紅天女』を、頼みましたよ…”

 千草の声が、ふたりの心に、はっきりと聞こえた。

 “先生…あたし、幸せになります…この人と一緒に…”

 “月影先生…あなたにここまで導いて頂きました…この子を必ず幸せにします…”

 焼香を終えると、源造が和室にふたりを案内した。三人で、源造の煎れた茶をすする。
 「源造さんもお変わりなくて、何よりですね。今年の夏、『紅天女』大阪公演にはぜひお出かけ下さい。」
 「大阪にもいらっしゃるとは、楽しみですね。源造、ぜひ観せていただきますよ。」
 「いつでも社の方にご連絡下さい。内輪のお席をご用意しておきます。」
 「ありがとうございます。楽しみですな。マヤさんの紅天女。さらに極められたことでしょう?」
 「あたし…舞台のたびに、毎回新しい発見があるんです。まだまだ月影先生の境地には至れませんけど、一生懸命やります!」
 「そうですね。奥様も、稽古のたびに発見があると、生前よく仰っておいででした。マヤさんには、まだまだ、未来の演技がありますよ。」
 「はい。今は、今、できることを、大切にしていきたいです。」
 「いいことですね。速水社長がついておいでなら、マヤさんにはもう、我々にはなんの心配も要りませんよ。」
 「お疲れになりませんか。一休み下さい。お夕食とお風呂がご用意できましたら、お呼びに参りますよ。お泊まりは、社務所を押さえてありますから。」
 「ああ、ありがとう。源造さん。」
 源造は茶菓を片づけ座卓を上げると、長座布団をふたりに勧めた。
 座布団を枕に横になってみると、やはり早朝から何処か緊張していたのか、俄にふたりとも疲れを覚えた。
 夕日が障子に射し込む静かな和室で、いつしかふたりは寄り添って眠りに落ちていた。

 「速水さん、マヤさん、お支度が出来ましたよ。」
 辺りは既に宵闇。言って源造は部屋の電気をつけた。
 「あ、ああ、すいません。眠ってしまったか。マヤ?」
 「う…ん、起きる…」
 「マヤさんは、昔からほんとうに少しもお変わりになりませんね」
 源造はやさしく微笑んだ。
 山寺の厨房隣に簡単な座敷があり、源造の心づくしの夕餉が3人分、湯気を立てていた。
 「どうぞ、召し上がってください。」
 「ありがとう。いただきます。」
 和やかに、ささやかな宴の時が過ぎた。ご馳走になったふたりは、マヤにとっては懐かしい山寺の風呂をいただいた。交替で、真澄も入浴した。
 ふたりとも下着から着替え、すっかりさっぱりとした。
 「では、明日、また朝ご飯においで下さい。谷の夜道、お気をつけて。」
 源造に見送られて、ふたりは泊まりの社務所に向かった。



  懐中電灯で足元を照らしながら、マヤと真澄は、再び吊り橋を渡り、梅の谷に入った。独特の冷気がふたりを包む。
 黙って、真澄はマヤの背を抱いた。
 道に迷うこともなく、神社にふたりは到着した。社務所の板戸を開ける。裸電球がひとつ、ぶら下がっていた。スイッチを入れると、点灯した。
 マヤは、昼間置いた荷物の中から、圧縮袋に小さく詰め込んだ掛け敷きの羽布団を開けた。みるみる、布団が膨らんでいく。
 それにシーツを引いて、「新婚初夜」の新床の出来上がり。
 どんな贅を尽くした王侯貴族の新床よりも、マヤにとっては立派な床であった。この社務所。一昨年の豪雨の夜。
 初めて、真澄への想いを自覚した、そして、ふたりだけで夜明かしした、思い出の場所である。
 真澄は電球を消した。一瞬、目の前が暗くなるが、目が慣れると、屋外の方がうす明るい。
 真澄が黙って服を脱ぎ始めたので、マヤもそれに習う。新品の下着だけ残して、マヤは布団に入った。
 真澄が、全裸でマヤに覆い被さり、しっかりと抱き締める。新婚の“儀式”の始まり。
 「マヤ…俺の、愛する妻だ…」
 このうえなく甘くやさしく、真澄が囁く。マヤは処女のように、神経を高ぶらせた。
 「…真澄さん…愛して…やさしくして…」
 「ああ…。いくらでも愛してやる…」
 「覚えているか…いつかの夜を…」
 マヤに種々の愛撫を与えながら、真澄が呟く。マヤは甘く吐息を乱しながら、なんとか答えようとする。
 「あっ……お…ぼえてるわ…なにもかも…」
 「こんな夜がくるとは…思いもかけなかった…あの夜…」
 「……」
 マヤは愛撫に晒され、感性も鋭くなって、言葉にならない。
 「もう、誰にもマヤを渡さない…俺の妻だ…」
 巧みな愛撫に、鋭くなった心身のマヤの感性はあっという間に高ぶり、真澄の睦言に、全身に痺れが奔る。
 真澄は丁寧に、真新しいマヤの下着を脱がせた。
 やがてゆっくりと真澄がマヤとひとつになった。とめどなくマヤの瞳から涙が溢れた。
 真澄の腕のなかで、完全に真澄のものになりながら、マヤは歓喜と高ぶる感情で、ひとしきり声を上げて泣いた。
 真澄はそんなマヤに頬を寄せ、やさしく囁いた。
 「愛しているよ…俺の、マヤ…」
 切れ切れに泣きながら、マヤは真澄の名を呼んだ。
 「ますみさん…真澄さん…私の…夫…」
 「そうだ…マヤ…」
 果てしもない愛と互いへの没頭に、この夜、ふたりの睦み合いは熱く、また情に満ちて、忘れがたい思い出を、ふたりは刻んでいった。
 やがて明け方、疲れ果てて眠り込んだふたりの指に、外の微かな光を反射して、薄暗がりで、プラチナの結婚指輪が微かに光っていた。



  翌朝。雲一つない、澄み渡った青空が、窓の外に見えた。
 「マヤ、マヤ。そろそろ起きよう。」
 「…うーん…、だるい…起こして」
 「しょうのない奥さんだな。」
 真澄は笑って、軽くマヤに口づけると、マヤの全身、あちこちをくすぐり始めた。
 「やだっ、やめて、あははは…くすぐったいでしょ!」
 「だから、起こしてやってるんじゃないか。」
 そうして、しばし、ふたりは布団で無邪気にじゃれ合っていた。
 じきに、ふたりは身を起こし、身支度を整えると、布団はここに置いていくことにして、マヤがシーツだけ畳んで荷物に詰めた。
 社務所の外の水道で、交替で洗面を済ませると、ふたりは源造の待つ山寺に向かった。これで、しばらくは来ることはないだろう。
 名残惜しげに、マヤも真澄も、紅梅の木々を見ながら、谷を後にした。
 源造の用意した朝食をご馳走になり、帰りの車を手配してもらうと、車の到着までの間にふたりはもう一度千草に線香をあげた。名残の焼香である。
 やがてタクシーが到着した。
 「ありがとうございました、源造さん。じゃ、大阪公演で!」
 「はい。楽しみにしていますよ!速水さんもお元気で!」
 ふたりはタクシーに乗り込んで、後ろを振り返った。源造が手を振っている。ふたりは一礼して、車は発進した。



  東京への帰路、ふたりとも列車ではほとんど眠って過ごした。東京駅に到着すると、すでに夕方。
 それからふたりは南青山の知る人ぞ知るフランス料理店で夕食を済ませ、真澄がタクシーでマヤを送っていくことにした。
 「明日から、またブライダルコーディネーターとプランの練り直しだ。マスコミには、明日もう発表するからな。」
 「わかった。そのつもりでいます。」
 「頼んだぞ、奥さん。」
 「はい、旦那さま。」
 とっさに、なかば冗談で、その呼び名をふたりは口にしたが、これから、しだいにそれも馴染んでいくだろう。
 「マスコミには巧く対応できるな?」
 「ええ。大丈夫。」
 タクシーはじきにマヤのマンションに着いた。
 「じゃあ、また連絡する。」
 「はい。お休みなさい。」
 マヤは、タクシーから降りて、車が見えなくなるまで、見送った。



  翌日。
 月曜午前の定例会議を終えて昼食を済ませると、午後一番で、真澄はなりなりを呼び出していた。確信犯、予定の行動である。
 なりなりは、今日はテーブルの人員配置の打ち合わせのつもりで来社していた。
 真澄が水城とともに応接室に入ってくる。
 「やあ、なりなりさん。仕事を増やして申し訳ないが。」
 「はい?なんでございましょう?」
 なりなりは、にこやかに応じた。
 「実は、土曜に、マヤとふたりだけで結婚式を挙げた。婚姻届も出してある。というわけで、結婚式を披露宴に変更していただきたい。」
 「なっ、なんとっ…!な、なんということをなさるんですかぁ!」
 なりなりは、半分卒倒しかけた。
 「真澄さま!そういうわけでしたの!」
 水城も、この場合、なりなりの味方だった。
 「正餐1000名で披露宴のみ続行してくれ。マスコミには今日、午後4時にはニュースソースを流す。」
 なりなりは、あいた口が塞がらない、という態で、くちをぱくぱくさせたが、そこはさすがキャリア、ハッと己れを取り戻した。
 「で、では…。まず、招待状の刷り直しですわね。それに、披露宴のお食事も、選び直しましょう。司会はどなたかご推薦はございますか?」
 「そうだな。そちらのプロに任せる。次回は披露宴のプランを持ってきてくれたまえ。よろしく頼む。貴女の腕の見せ所だ。」
 「か、か、かしこまりました…では…。一度帰社させていただきますわ。ごめん下さいませ。」
 なりなりはショックを隠し切れないまま、よろよろと立ち上がって、応接室を出ていった。
 「真澄さま…また思い切ったことをなさいましたわね。ご親族がたが、また騒がれるのではありませんの?」
 「構ったことか。それより、披露宴だ。これは、盛大にやらせてもらおう。」
 「水城くん、入籍報道のニュースは芸能各社に流してくれ。」
 「…かしこまりました。」
 すでに、真澄は余裕綽々たるものである。披露宴では、マヤの花嫁姿を、大々的にお披露目させよう、そう考えると、無性に真澄は楽しくなっていた。



  翌朝。
 真澄宅では、英介が苦り切った顔で、真澄の朝食テーブルにやってきた。車椅子の膝上には、スポーツ新聞が置いてある。
 「真澄、お前は一体どこまで勝手な真似をすれば気が済む!?前回といい今回といい…まったく何をやっとるか!」
 「お義父さん、お義父さんにはもう、娘ができたんですよ。喜んでください。それも、紅天女が、お義父さんの娘です。願ってもないじゃないですか。」
 朝食の手を休めて淡々と、真澄は切り返す。
 「あと3カ月で披露宴です。その間に、僕の部屋回りを改装します。披露宴のあと、一週間新婚旅行、帰りましたら、同居しますのでよろしく。」
 「マヤにはなるべくこちらに、まめに顔を出させます。お義父さん、お相手を頼みますよ。」
 「フン!何もかも思い通りになると思うな。」
 「お義父さん、今朝はテレビをご覧になって下さい。マヤもワイドショーに出ているでしょう。」
 それだけ言うと、真澄は朝食を片づけにかかった。
 英介は、くるりと車椅子を反転させ、ダイニングから出ていった。



  そして、矢のように3カ月は過ぎ、演劇・芸能・実業界各界注目の、マヤと真澄の披露宴の日がやってきた。
 赤坂・ホテルニューオータニ、鶴の間。きらびやかな正装の集う人々。包み100万のお祝い金も、受付に預けられる。
 なりなりの手腕がいかんなく発揮され、微に入り細に渡って、ゲストにもマヤ達にも細かく気配りの行き届いた、華麗にして風雅な宴となった。
 招待客の席札・パンフレットなどのペーパーアイテムからプチギフトからテーブルセットから、よく手が込んでいた。
 各招待客には、マヤの「紅天女」の舞台姿をIDチップカードにし、「大都芸能」と文字入れして、気前よく配られた。
 真澄の自慢のマヤの花嫁姿。プリンセスラインのビスチェドレスには、総レースにパールをあしらったオーバードレスも配し、胡蝶蘭のブーケに、
 マリアベールには可憐なティアラを、小柄なマヤも堂々と一回りも大きく見せるロングトレーンには美しいカットワークのレースがみごとだった。
 真澄はタキシードではなく、珍しく黒燕尾にした。
 マヤと共に会場に登場すると、宴会場左右に配置された大スクリーンにふたりが映し出され、
 来賓の溜め息を招いた。
 可憐にして清楚、若々しい花嫁は、輝くように美しく、女優の肌独特の陶器のような肩が、ドレスにも負けずに、生き生きと輝いた。
 カメラはたびたびマヤと真澄を顔のアップにし、宴会場隅々まで、その幸福そうな微笑みを映し出した。
 「あの」速水真澄が、人前で、はばかりもなく、真からにこやかに微笑んでみせる。関係者は、珍しいものを見る思いだった。
 さまざまな祝辞が寄せられるなか、「つきかげ」の麗のスピーチは、さすがは役者、みごとに感動的なものだった。
 途中のマヤのお色直しは、紫のシルクサテンのクチュールドレス。そして、真澄に縁の深い紫のバラをブーケに持つ。
 マヤの紫に合わせて、真澄は白のタキシードに着替えた。ふたりの間を結ぶ確かな絆が、「似合いのふたり」を来賓たちに印象づけた。
 途中、招いたアカペラントによる男女混声のアカペラも、来賓の笑顔と涙を誘う、感動演出。
 次のお色直しには、次回『紅天女』に使われる、新しい豪華な打ち掛けも披露された。真澄の紋付き姿も、女性客の熱い視線を浴びた。
 宴は、忙しい中にも、真澄には満足のいくものだった。これならば、今後誰憚ることなく、マヤを「妻」と呼べる。
 舞をつれた桜小路も、マヤの幸福な姿には納得していることだろう。英介にも、親類にも、もはや否やは言わせまい。
 引き出物にはオリジナルの七宝焼皿に、紅梅の柄をあしらった。引き菓子も、オリジナル。なにごとにも「紅天女」を徹底した。
 カメラのフラッシュの放列、人々のさんざめき。宴は最高潮を迎えた。
 やがて、司会が、散会の挨拶を告げる。大安吉日の華燭の典も、無事とどこおりなく終了に向かった。

  二次会は宴会場を移し、立食のカクテルパーティ。比較的内輪の和やかな集まりとなった。
 全ての宴のスケジュールを終えたあとは、このホテルのロイヤルスイートに一泊し、明日、ふたりは成田から亜弓の待つパリに向かう。
 パリからモナコに飛び、一週間の新婚旅行の予定だった。




  深夜も回った頃。首都高速を見おろす夜景の美しい、スイートルームだ。
 「やれやれ、終わったな。疲れただろう?」
 「ああ、もう、くたくた…。舞台で疲れるのと、疲れ方が違うんだもん…。」
 「ご苦労だった。よくやってくれたよ。これで、晴れて、名実ともに、俺たちは夫婦だ。」
 真澄はソファに倒れ込んだマヤを抱き起こすと、膝に乗せて、抱き直した。
 「よろしくな、奥さん。」
 「…はい…旦那さま…。」
 フッと、眼差しを交わして、口づけを交わして、真澄の腕に抱かれて、マヤの今宵みる人生の夢は、はたして薔薇色だろうか。
 少なくとも真澄は、マヤを実質手に入れて、人生が新たに希望に溢れた、意味深いものとなった。
 マヤと真澄、ともに歩むこれからの日々に、幸多かれ。
 魂の片割れであり、人生の伴侶であるふたり。誠実な人生の幸福に末永く恵まれるよう、麗たちは、ホテルの最上階を見あげながら、帰路に着いた。



 「マヤが、まさかあの速水さんとねぇ…」
 タクシーの中でさやかが、しみじみ口にする。
 「思えば遠くに来たものだ、かな。」
 麗が、相槌を打つ。
 「懐かしいわね、月影先生のところにいた頃…。」
 泰子が、しみじみと振り返る。マヤが中学生の頃のことだ。
 「あの頃から、速水さんとはマヤはもう繋がりがあったんだ。速水さんも、よくここまで貫き通したもんだよ。」
 麗は、マヤが伊豆の海辺で、真澄を恋うて泣いた夜を、ふと思い出した。
 「さあ、美奈、こんどはあんたの番だ。」
 麗が美奈をけしかける。マヤから、紫のバラのブーケを受け取ったのは美奈だった。
 「まあまあ、そう、急かさないでよ。」
 美奈が苦笑する。
 「マヤ、こんどこそ、ほんとうに幸せになってくれるといいわね。」
 「ああ、そうだね。」
 友らのそんなやりとりも、都会の夜景の中にいつか消えていった。



 マヤはつと立って、タワー最上階スイートからの夜景に見入った。
 「梅の里の星空が懐かしいわ…」
 真澄はマヤを後ろから抱きすくめると、
 「結婚式はふたりだけで、よかったな」
 耳元に口づけながら囁いた。
 「ほんと…。また、いつか、梅の里に帰ろうね…。」
 その夜。ゆったりと和やかな愛を交わして、ふたりは眠りについた。明日からは、「夫婦」の人生が、ふたりに始まる。



  宴の夜は、こうして終わっていった。












2001/10/13

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