<プロローグ> 冬の寒さが続く中、幾つもの確執や想いが過ぎ去った。 数年を経て、紅天女はついに北島マヤに決定した。 そして、速水真澄と鷹宮紫織の婚約解消が周知の事実となっていた。 紫織は、真澄に年に何度か合う約束をして学生時代の留学先のひとつ、フランスへ旅立った。 真澄は、今回の事態を重く見た速水会長の指示で重要プロジェクトから全てはずされた。 マヤの試演を見てから何かが変化した速水栄介は、それ以上の処分を真澄には課さなかった。 それどころか、婚約破棄による事業展開への悪影響を、静粛化する対応に奔走したと言われていた。 姫川亜弓は目の治療に専念するため渡米した。帰国したら、演劇協会の特別顧問に加わる予定だ。 月影千草は、紅谷で養生し、体力を回復後、最新の心臓バイパス手術を行うことになった。 噂では、紅谷から2キロほどに最新設備の整った診療所が突如できたとのことだ。 そして、真澄とマヤは、お互いに魂の半身であることを分かち合い、新しい関係へと向かっていた。 また、本演を1年後に控え、ついに北島マヤは紅天女の上演権を持つ者として大都芸能と契約を行った。 紅天女を取り巻く状況が目まぐるしく変化し、テレビや雑誌のどこかで特集が組まれるようになっていた。 紅天女の降臨を待つだけとなった大都芸能…… 社長室で真澄が一人何かを待っていた。 「社長、入ります」 「ああ」 水城は、真澄が自分を待っているのを感じ、嫌な予感が走った。 入りますと言って、即座に返事が戻る時は、ほとんどが無理な要求を水城にする。 つまり、提案を持って、水城を待っているのだ。 そして、そんなときの提案は、100%北島マヤのことなのだ…… 「水城くん、今日は紅天女の本上演までの北島マヤのスケジュールを決めたい。」 「はい、私も大都に正式に戻ってきたマヤさんですから、早く決めたいと思っておりました。」 「そうか」 「契約騒動を噂する雑誌社もありますので早く決定させて、発表しておきたいものです。」 「ああ、そうだな……これが、その案だ。」 真澄は手元にある数枚のファイルを水城に渡した。 「はい……?」 受け取りながら、心の中で、水城は少しあきれた。 “大都芸能ほどの演劇…映画制作会社において、いくらなんても社長が女優の予定表を作成するなんて” めくって見ると、更に驚いた。 「……これは」 「驚いたか……要は、リハビリだ。感を戻すのだ。 北島マヤは忘れられた荒野から、1年以上、観客の前で演じていない。」 「確かに、そうです。」 「そこで、紅天女の本演までの稽古の合間をぬって、実践の勘を取り戻してもらう。 4月一本、6月にもう一本、舞台をやってもらう。」 「……社長、お言葉ですが、マヤさんは承諾したのですか?」 「ああ、それは問題ない。」 「……そうでございますか……」 「君の不安はわかる。何もこの大事なときに、2つも舞台をやるとは無茶だと言いたいのだろう。 しかし、彼女は北島マヤだ。亜弓くんとしのぎを削り、紅天女を勝ち得た役者だ。 きっと本演にプラスになるはずだ。」 ここまで言い切るとは、もう真澄に何を言っても無駄だと水城は判断した。いつものことである。 「……はい、承知いたしました。」 “真澄の心はここにあらず、北島マヤに想いを馳せているわ…… もうプランは完成し、あとは実行するだけなのね。” あの紫のバラを送る指示をこっそり聖にしている時と一緒だと水城は感じた。 「至急、空いている都内の劇場をチェックを開始し、広報担当と、製作スタッフを緊急招集だ。」 「はい。」 「明日の朝10時に黒沼さんが来るから、今から全員を本社に呼び寄せてくれ。まだ11時だから、 日本にいるメンバーは間に合うだろう」 「了解しました。」 水城は、黒沼まで話を通している真澄の強引さと、北海道から、九州にいるかもしれないスタッフに緊急召集する無理な仕事を想像し、少しばかり曇った表情をした。 「……真澄さま、中には明日の現地ロケや外部との打ち合わせを持つ担当もいると思いますが……」 「ああ、そうだな、あまり無理をしなくていい。代行でも構わん。あくまで、社内で決定するプロセスを大事に してくれ。」 「了解しました……でも……」 「でも、なんだ?」 「いえ、なんでもありません。では、時間がないので担当に召集をかけます。」 「ああ、頼む。」 「失礼します。」 水城は、出口へときびすを返した。が、視界の隅で、真澄が満足そうな表情をしているのを見逃さなかった。 “………まったく、身勝手な社長だこと………” ドアを閉じながら、心の中で水城はつぶやいた。 社長室を出た水城は、総務課秘書チームに向かった。総勢10名の部門だ。部屋に入ると、短めに言った。 「全員聞いてください。明日朝10時、追加演劇の会議を行います。至急、通常の企画担当と、広報、演劇作家担当を呼び戻してください。」 一瞬、スタッフは驚いていたが、1週間で劇場をリニューアルするような緊急対応に対処してきただけあって、飲み込みが早かった。 数分後には、全ての電話やスカイプが稼動し、さっきまで静かだった秘書課オフィスが騒然となった。 「さあ、電話していないものは、GPSで居場所の見当をつけて、最終の東京行きのフライトを先に抑えなさい。」 水城はそう言うと、秘書課の責任者に指示をする。 「30分経過したら、状況を報告にきて頂戴。わたくしは、隣で別業務をしています」 「了解しました。」 水城は、一旦、自分専用の部屋に戻った。 「明日は大変ね……でも本当に大変なのはマヤちゃんね……本当に、この2作品をこの時期にやるのかしら……。黒沼先生も、もはや共犯者ね。きっと紅天女の為という甘い言葉に……。桜小路くんは、テレビがあるから出演できるかしら。……真澄さま、お願いですから公私混同はこれっきりにしてください……」 そういうと、真澄の作った予定表の2ページ目にある、2つの演目を見つめた…… ---------------------------------------------------------------- 5月特別公演 国一番の花嫁 (ビビ) 6月特別公演 通り雨 (佐藤ひろみ) ----------------------------------------------------------------- 企画全体を読み終えて、デスクに置こうとしたが、最終ページにある、ある一行で目がとまった。 「……?」 ---------------------------------------------------------------- 追加予定 7月 女海賊ビアンカ ---------------------------------------------------------------- 水城は、あきれつつ呟いた。 「……要するに、見ていない作品を演ってもらいたいだけなのね。」 そして、こうも…… 「でも、良かった。昔の切れのある社長だわ。呼ばれる担当者はかわいそうだけれど…… 仕事ですからね。」 社長室では、真澄が窓の外を遠い目で見つめていた…… 昼間は水城に明日のセッティングを依頼したが、そのあとは、契約関係の会議や、大手スポンサーとの打ち合わせだった。 そして、夜は、そのまま立食パーティーとハードな1日だった。 やっと、仕事が落ち着いた時間帯だ。 静かな物腰、いつものくわえタバコ、そして時折眼下のオフィス街を見つめる遠い目…… その瞳の奥には、甘い欲望が横たわっていた…… “……通り雨のマヤ、か……” その時、携帯が鳴った。このメロディは、マヤからのメールだ。 手馴れた手つきで真澄はメールチェックする。 “マヤです。ただ今帰りました。” マヤが帰宅したら必ず送ってもらうメールだった。すぐに返信する。 “了解。誕生日をお祝いするよ。” そう、今日はマヤの誕生日なのだ。 タバコを消すと、内線電話ではなく、水城への直通インターホンをプッシュした。 「水城くんか」 「はい、そうです。」 「急用が入った。戻らないから、あとは頼む」 「了解いたしました。お車をまわしておきます。」 「ああ、悪いな。例の件は?」 「はい、20名中15名までそろいますので、問題なく進行できるかと。会議室Dをおさえてあります。」 「そうか……ありがとう」 「では、お気をつけて……特にスクープには。」 「……わかっている……では、明日。」 真澄は、水城のやんわりとした毒に気がついたが、聞き流した。 そして、上着を持って社長室を出てエレベータへと向かった…… 横浜にあるマンションの最上階8階。 最新のセキュリティーシステムを持ち、警備も万全だった。 そこに、北島マヤは、麗と離れて暮らしていた。とは言っても、麗も同じマンションの7階に住んでいた。 いつもは、遅い夕食を麗と採ることが多いのだが、今日は用があるからと言っておいた。 「速水さん、紅天女を目前で調子を心配してくれるはわかります。台詞も覚えているので大丈夫です。 確かに紅天女をやる前にお客さんの前で演じれるのは助かります。ただ、なぜ、この3つなんでしょう…… 通り雨は、もう台本すらないと思うのに……」 到着するや否や、話もそこそこに、いきなり渡された半年間の予定を見ながら、マヤは真澄に話かけた。 「いや、いいんだよ、君の心に残っているままに演じれば。黒沼先生も賛成しているよ。明日早速脚本を作成させよう。」 「でも、なにか、自然では無いような……」 「そうかもしれない、逆に課題とも思えるかもしれない。しかし、前向きに考えて欲しい。」 「今まで、自分とか、誰かのため、お芝居を演りたいって思うから、いろいろできたと思うの……」 「同じだよ、追い求めて来た紅天女を目前に、出来ることを全てやっておく。演じる事で、マヤ、お前の感を研ぎ澄ますんだ。」 少しだけ沈黙が流れた…… 口を開いたのは真澄だった。 「マヤ、本当のことを言う。」 「?」 「俺は、君が演じるビビと佐藤ひろみ、ビアンカも見たい。君の演じた全てを見たいのだ。」 「……?、私を見たいの、ですか速水さん?」 「おかしいと思うだろう……でも、見逃している舞台があるのが許せないんだ。」 真澄は、真剣な表情でいい放った また、少しだけ沈黙が訪れた…… 今度、口を開いたのは、マヤだった。 「おかしいなんて……いえ、そんなことありません、嬉しいです……!」 マヤは、首を横に振りながら、真澄を正面から見上げて、その大きな瞳で真澄を見つめた。 「紅天女……速水さん、あなたに見て欲しい。そして、その前に、ビビもひろみもビアンカも。 初めてのファン、ベスの時から、私は紫の薔薇のひとに見てもらうために演じてきたんだもの! 速水さんの私への気持ち……それが一番嬉しいプレゼント。」 「マヤ……!」 真澄も、マヤの言葉が嬉しく感じ、マヤを引き寄せ、両手で顔を包み、瞳を覗き込んだ。 二人の視線は絡みつき、指と指も絡んでいった。 マヤもまた恋に盲目であり、一方、天性ともいえるピュアな存在でもあった。 それが悪いと思うのか、良いと思うのかは、人それぞれである。 この二人にとっては、どうでも良い事だった。 真澄は、マヤの背中に回した手に力が入っていった。 マヤの変化する表情を、ゆっくりと瞳の奥で想像していった。 やがて、甘い欲望が満たされるとともに、言い知れない黒く蒼い悔恨が消えていくのを真澄は感じた。 真澄にとって、小さな身体でありながら、マヤの存在そのものが言い様のない幸福感であり、全てを包んでくれる存在だった。 “……マヤ、俺の為に演じてくれ……そして、俺の罪と過去を洗い流してくれ、マヤ……” マヤにとって、年上で、様々な局面で支えてくれた相手なのに、守ってあげたいという気持ちが大きくなっていた。 “……私のために初めて仮面を取ってくれた。いつか全てを話してください、速水さん。” 真澄もマヤも、何があっても、離れることはできない存在だった。 長い抱擁のあと、真澄は静かに言った…… 「マヤ、これが俺からのプレゼントだ……今夜は、ずっと一緒だ……」 「速水……さん」 やがて部屋の明かりは消されていった……… END P.S. 同じ頃、大都芸能の秘書課では最終確認に手間取っていた。 まだまだ明かりは消えそうになかった…… まさか翌日速水社長が遅れて来るとも知らず…… かつみぱぱ様コメント |
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