伝えたい思い

written by かつみぱぱ様









ACT1 春の悲しみ


早咲きの梅が産声をあげそうなある夜、アパートの一室で北島マヤは夢を見ていた。

頭上に星空が広大に広がっていた。
やがて一本の薔薇が宙に舞い、その色は赤から青、そして紫に変化していた。
マヤはそれを取ろうとするが、あと少しのところで届かない・・

マヤはだんだん不安になってきた。
「あと少し、あと少し・・紫の薔薇」
しかし、紫の薔薇は、マヤの手からすり抜けてしまう・・・

「・・どこへも行かないで、紫の薔薇・・の人」
そう呟いた瞬間、紫の薔薇は、色が急にあせてしまい、そのまま枯れてしまった。
「・・ああっ」
マヤは驚きとともに、がっくりと、星空の下で倒れてしまった・・




「・・・マヤ、マヤ・・どうしたの・・」
あまりにうなされるマヤを見かねて、麗はマヤの背中をさすった。

「・・あっ、あ、は、速水さん・・」
マヤの口から嗚咽とともに漏れた言葉。

「・・なんでこんなに・・マヤ、マヤ大丈夫かい」
麗は以前、マヤから全てを聞いていた。
紫の薔薇が速水真澄であること・・そして速水真澄をこのうえなく愛していること・・・

「・・あっ、れ、麗・・また同じ夢・・」
そう、マヤはこの夢を何度も見ていた。

黒沼の元で厳しい演技指導が続き、どうしてもうまくいかない桜小路との演技で
帰宅が零時を回ることもよくあった。その後、桜小路との熱愛が報道されるようになるにつれて
桜小路とマヤの演技は息があうようになっていた。
しかし、そのころから、寝ている間に、この夢を見て苦しむことが多くなった。
麗は床に入っても、何時間もうなされているマヤを見たこともあった。
そして、今晩は、今までで一番苦しそうだった。

「・・マヤ、今、速水真澄の名前を呼んでいたよ・・」

「えっ・・そう、そうなの・・・・・」
マヤは麗に告げられると、そのままうつむいてしまった。

「マヤ、いろいろ大変なんだよね・・本当に」
麗はそういうと、マヤの肩をやさしく抱いた・・・

「マヤ、いいかい、たったひとりで、本当に頑張っているよ・・・もう、このあたりで、楽になろうよ・・
 明日、速水真澄のところへ行こう。そして、紫の薔薇の人が速水真澄だと知っていることや
 マヤが、これほどまでに速水真澄を思っている事を、全て話に行こう。そうしようよ・・ね、マヤ」
麗は、マヤのこんな状況を見かねて、ついに思っていることをマヤに話したのだった。

「・・麗、ありがとう・・本当にありがとう・・・でも、でも駄目なの」

「・・わからない、何が駄目なの・・・マヤ、紫織さんだね」

「・・確かに紫織さんは私を嫌っている・・そして・・婚約者・・・でも、紫織さんは関係ないの・・
 ・・私、紫の薔薇の人が速水さんだなんて言えないの・・・絶対に・・」

「・・聞きたくないだろうが、やっぱり、マヤのお母さんが無くなった原因を作った人だからかい・・」

「・・それも違うの・・・確かに、速水さんの事は、長い間、母さんの事で恨んできたわ・・・
 でも、最近わかってきたの・・母さんのことは、本当は私の責任でもあるの。
 私が母さんを大事にしないばっかりに、母さんの心配が大きくなって、そのことが事故につながって
 しまったと思うの・・・
 だから、もし速水さんが、私の母さんのことで悩んでいるなら、二人で話しをしていけば、
 きっとわかりあえるような気がするの・・」

「だったら、なぜ言わないの?」

「違う、違うのよ、麗・・速水さん・・速水さんは、自分が紫の薔薇だとは言ってくれない・・
 それは、速水さんには、何か、紫の薔薇だと言えない理由があるような気がするの・・
 その理由を考えると、夜も寝れないほど不安が広がってくるの・・
 どうして、なぜ、と速水さんに聞きたい・・けれども聞くことはできないの・・・・」

「・・なぜ、聞けないんだい」
「もし聞いてしまったら、きっと、その時は、速水さんがいなくなってしまうような気がするの・・
 紫の薔薇の人から薔薇が来ないだけではなく、速水さんが遠くへ行ってしまうような気がするの・・・
 だから、紫の薔薇が速水さんだと知っていることを、あたしは絶対に言えない・・伝えたくないの!」

そういうと、マヤは再び大粒の涙を流し初めてしまった・・・

「・・そうかい・・わかったよ・・今日は遅いからここでやめよう・・でも気が変ったら、いつでも言うんだよ。
 さあ、明日も稽古なんだから、寝ようか・・」

「・・ええ、ありがとう麗・・いつかもっと強くなって、麗に心配かけないようにするわ・・お休みなさい」

マヤはそういうと、涙をぬぐいながら蒲団にはいり、頭まで毛布をかぶったのだった・・

「・・ああ、お休み・・・」麗は小さく答えた。


やがて、マヤは寝息を立て始めた。

麗は窓から星空を見つめて呟いた・・

「速水真澄・・マヤがどれほど苦しんでいるか、あんたはわかっているのかい・・
 いつか、マヤの思いをあんたに伝えてあげたいよ・・このままじゃあマヤがかわいそうだ・・」




ACT2 紫織の疑念


「おかしい、ないわ・・」

紫織は本棚の本を数冊抜いて、執拗にその背後を手で探っていた・・・

「確か、この奥に隠してあったと思うのに・・」

紫織は、速水真澄の別荘に来ていた。真澄が不在なのを知っていた。
案内された来賓室で、執事がいなくなったのを見計らって、あのアルバムを探していた・・

あのアルバム・・そう、北島マヤが紫の薔薇の人におくった舞台の写真・・・

「・・もしかすると、本当に真澄さまは、過去を捨てて、気持ちを整理してくれたのかも・・・
 そう、ここまで来たら、もう元には戻れないはず・・・私が処分してしまおうと思ってきたけど・・
 きっと真澄さまは、あのアルバムを処分してくれたのだわ・・もう大人ですものね・・・」

紫織は、ごく最近、真澄が紫の薔薇として北島マヤに接触をしないようになっていることを知っていた。
祖父からお抱えのエージェントをこっそり紹介してもらい、真澄がある男と接触するときだけ見張らせていた。
しかし、その男は、影にいるままで、一度北島マヤの稽古場に現れたきりだった。
紫織は、自分が多少羽目をはずしても、真澄は決して叱らないだろうと、考えていた。
紫織は、目には見えない真澄の北島マヤへの愛を感じていた。だから、真澄は紫織に負い目があることも知っていた・・

「・・そうだわ、紫織と記念写真をとってもらいたいと伝えてみましょう・・きっと断れないはずだわ」

紫織はそう呟くと、小さく微笑んだ・・・




ACT3 水城の思い


「それでは、紅天女復活の功労者、大都芸能の若き社長である、速水真澄さん、壇上へどうぞ!」

速水真澄は、紅天女の復活を目前に、演劇に貢献した者として、スポンサー企業から功労賞を授かることになった。

大都芸能のやり方は、一度決めるとあとには引かない強引な部分が目だってはいるものの
徹底した実力主義をモットーの演劇スクールから、映画制作、演劇舞台製作を手がけ、その結果、
今日本で一番力のある芸能プロダクションに成長していた。
真澄は、壇上で「ガラスの盾」を受け取った・・・
やがて、会場は立食パーティーへ・・

「真澄さま・・今日は本当に良かったですわ」
水城が、真澄に軽く微笑みながら話かけた。

「ああ、ありがとう」
しかし、真澄の顔色は言葉と裏腹にあまり嬉しそうには見えなかった・・・

「・・・」

水城は最近、速水真澄の様子がおかしいと感じていた。
2、3年前は、激怒することも多かったが、その反面、声を出して笑うことも多く、
初めて秘書になって感じた精密機械のような印象が薄れて、
その仕事の辣腕ぶりとともに尊敬に値する男だと感じていた。
しかし、紅天女の試演会場が決まり、結婚式の日程発表が近づくにつれ、
些細なミーティングでも口数が少なくなり、必要な事以外はしゃべらないようになってしまった。
しかし、何かを真澄に尋ねたり、意見を求めると、嫌そうな顔を全く見せず、丁寧な回答を返してくれた。

その一方で最近では、自宅に戻らず、横浜近郊に借りたマンションで生活をしているようだった。
影である聖も殆ど姿を見せず、毎日毎日が淡々と過ぎていった。

「あの子のことは・・・紫の薔薇はもう消えてしまったのでしょうか・・・
 直接、真澄さまに聞いてみたい。本当にこのままで良いのかと・・」

水城もまた、速水真澄へ思いを伝えたいと考えていた。
しかし、真澄の態度は、そういう事を拒絶する壁のようなものを感じさせるのだった。




ACT4 灰色の秘密


速水真澄の運転するダークグレーの車・・・
鮮やかな手つきで車線変更と追い越しを繰り返しながら、深夜になろうとする高速道路を走行していた。

一瞬、外灯のオレンジ色が真澄を顔を照らした・・・・
その顔は昼間の、無表情ではあるが質問があれば温和に答える真摯な真澄の顔ではなかった。
厳しい目で前方をにらむ目・・・険しい表情・・・何か追い詰められているような表情だった。

やがて車はとあるマンションの地下駐車場へ入っていった。
車を停めた真澄は、エントランスからエレベーターで最上階にある自分の部屋へと向かった。
エントランスは24時間監視されていた。



マンションの一室。そのマンションは、5LDKありながら、殆どの部屋は使われていなかった。
唯一使われているリビングには、大きなデスクがひとつあり、
パソコンと簡単な筆記用具が置かれていた。
地上15階からは、決して大きくはないが、昼間は盛況であろう街のオフィス街が見渡せた・・・

「紅天女復活の功労者か・・・・」

速水真澄はそうつぶやくと、木彫りの人形のような表情になり、深夜のオフィス街を見下ろした・・・
真澄の目には、全てが灰色だった・・・

長い沈黙のあと、真澄はやっと椅子にすわり、パソコンの電源を入れた・・・

聖からメールが来ていた。

「北島マヤさまの報告だけになります。
 昨日も、朝3時にアパートの明かりが急につきました。体調が悪いようです。
 黒沼先生は、雑誌のインタビューで「北島が演技をしてしまっている」と妙なコメントを出していました。
 私が察するに、紫の薔薇の人からの連絡が1年近くもないので、心配なさっているのではないでしょう
 か。差し出がましいようですが、真澄さまが早く全てを整理されて、紫の薔薇の正体を自ら明かして欲
 しいと願っております。
 それでは失礼致します。 聖 」

「・・聖」

メールを読んだ真澄は、メールを削除するため、マウスを移動させたが、そのまま動きが硬直した。
やがて、マウスから手を離し、今日もらったガラスの盾を右手で掴んで立ち上がった。

”ガシャーン”

突然すさまじい音が部屋に響き渡った。
速水真澄は、昼間にもらったばかりのガラスの盾を、部屋の壁に思い切り投げつけたのだった!

「何をいうか・・遅い・・もう遅いのだ・・俺は、俺からは紫の正体を言える訳がない!」
そう声に出すと、真澄は破片のちらばる床にひざををついて、窓を見上げた。


「マヤ・・君は最近どうしてしまったのだ・・もうすぐ紅天女じゃないか・・」
その瞳の力は弱く、悲しさが溢れていた。


やがて、真澄は立ち上がり、暗い目で宙を見つめた・・
そして、ゆっくりと振り返ると、その視線はデスクの引き出しに移った・・
デスクの一番下の引き出しには、暗証番号のロックがついていた。
真澄は、手馴れた手つきで暗証番号を細長い指先でタッチしてロックを解除した。

そこには何冊ものアルバムがあった・・
そこから、一冊のアルバムを取り出した。

”バサッ”
全てマヤが写っていた。
べス
美登利
ビアンカ
パック
アルディス


ジェーン

そう、紫織が探していたアルバムだった。
それ以外のアルバムにも、全てマヤの写真が並べられていた・・・



ACT5 真澄の思い


”ドンッ”

「英介には紅天女を上演させない・・この俺が上演する」
真澄はそう実際に言いながら、デスクをこぶしでたたいた・・

「そうしなければ、6歳から今日まで、俺の人生は全く意味がなくなってしまう・・」
真澄は真っ直ぐ天上を見上げ激しく言い放った・・

やがて、デスクの後ろのソファに腰掛けているうちに、真澄は落ち着きを取り戻した。

そして、長い間胸にしまっていた思いを語りはじめた・・




シャングリラ・・・
君は、きっと俺をうらんでいるだろう・・
俺は自分の母の復讐の為に、君の母親を殺してしまったのだから・・・

俺の憎むべき対象、紅天女・・・
しかし、愛するものの化身でもある、紅天女・・・

情熱の全てを賭けて紅天女になろうと懸命にがんばるマヤ・・・

(やがて真澄はアルバムから、何枚かの写真を、1枚づつ引き抜いて、デスクにゆっくりと並べた)

べス・・高熱だというのに野ばらの歌を・・君は可憐だった。初めて紫の薔薇を贈った・・

美登利・・おてんばぶりと、時折見せる悲哀の表情・・胸が詰まった・・

ジーナ・・ああ、そうだ、雨の中でひどく怒られた・・一人で本当に頑張ったと思う・・

キャサリン・・あまりに激しい演技だった・・ヒースクリフに嫉妬した・・・

石の微笑の人形・・月影さんと信じられない訓練をしていた・・情熱をかける幸せを感じた・・

千絵・・舞台であんなに驚いたことはない・・台詞や筋立てがないのに出ていくとは・・

ヘレン・・別荘で、君は本当に無茶をする子だった・・初めて君を抱きしめた・・嬉しかった・・
      そして、素晴らしい演技だった。いや、ヘレンそのものだった・・・
      そうだ、タイヤキを一緒に食べたな・・
      (真澄は、かすかに微笑んだ)

沙都子・・君の恋に驚いた。信じたくなかった・・里美がうらやましかった・・

リーラ・・そして、あの事件・・君を傷つけてしまった・・

深夜の公園・・そして、あの晩・・俺は、君を愛していることに気づいた・・・

トキ・・最後の賭けで、君は信じられない情熱を見せてくれた・・

一人芝居・・君の制服姿を見たかった・・きっと可愛かっただろう・・

真夏の夜の夢・・君のパックは、本当に楽しくて、演技がうまくなったのを感じたよ・・

二人の王女・・アルディスは、俺の心に光となって降り注いだのを今でも覚えている・・
あの微笑みに、俺はもう一度君に恋をしてしまった・・・


短い間だったが、俺は生きる情熱を君からもらったと思う。
あの社務所で、君のお母さんのことを謝ることはできた。
君は許してはくれないだろうが、話ができて良かった。

ほんのひと時でも、君の舞台は、俺の暗い過去を忘れさせてくれた・・
もしチャンスがあるなら、君に一言感謝していると伝えたい・・


(ジェーンの舞台挨拶のスナップもとりだした・・マヤが真ん中に写っていた。)

君の純粋な気持ち・・・何の打算もなく、全てを犠牲にできるマヤ・・
青いスカーフの思い出・・・このアルバムに封じ込めておくしか俺にはできない・・

小さな身体に秘められた無限の情熱・・本当にまぶしかった・・
歳が離れていることなど忘れて君を心から愛した・・
マヤ、君は俺にとっての初恋だったんだ・・・
俺の星空への願い・・絶対に叶う事のない願い・・
それは、この恋が実を結ぶことだった・・・

(やがて真澄は、写真の1枚1枚を丁寧にアルバムの元の場所に戻していった。)

紅天女に秘められた義父との闘い・・
あの打ち掛けに秘められた母の恨み・・

あの日、暗い海から助かったとき、俺の心は死んでしまった・・
あの日、俺はもう愛はいらないことにしたのだ・・・
この思いがある限り、俺は紫の薔薇を名乗ることはできない・・

マヤ、君は俺の背負っている暗い過去を知ってはいけない・・
マヤ、君はまっすぐ王道を進むんだ・・・

紅天女として成功すれば、俺がいなくても、例え紫の薔薇が枯れても
今度は世間のみんなが君を支えてくれるだろう・・・
君は、もうすぐ表舞台で輝いて、その手に幸せを掴むんだ・・

(真澄は時間をかけて、全ての写真をアルバムに戻し終わった)

誰にも知られてはいけない・・
俺がこれほどまでにマヤを愛しているということを・・・





・・真澄は、暫く宙を見つめていたが、やがてソファで眠ってしまった・・





ACT6 春の夜の夢


「速水さん・・速水さん・・」

「・・?」

「速水さん、起きて・・ください」

「・・マヤ!・・ちびちゃん!」

「・・はい・・」

「一体どうやって、ここへ・・今何時だと思っているんだ・・」

「・・聖さんに頼みました・・」

「・・そうか・・」

そういうと、真澄は、突然我に返った・・

「はっ!」
デスクの上には、マヤのアルバムを数冊開いたまま無造作においたはずである。
アルバムを追った。

「・・!」
真澄は驚いた。開いたまま乱雑においてあるはずのアルバムが、きちんと重ねて
デスクのパソコンの横に整理されていたのだ。
思わず、アルバムを見つめたあと、続いてマヤの顔を凝視してしまった・・・

「・・・ええ、私が片付けておきました・・」

「・・・そ・うか・・」
真澄は、狼狽した。見られたくない物を見られてしまった・・・

「・・速水さん、このアルバムは、どう思ったら・・いいのですか・・?」
マヤは、つぶらな瞳で、真っ直ぐに真澄を見つめた。その瞳の奥には、
無意識に淡い炎が浮かんでいた。

「それは・・・」
真澄は、どうしようもない衝動に襲われた・・

(・・・今までの思いをマヤに伝えたい・・!)

しかし、ここでマヤへの思いを告白したら、紫の薔薇を名乗れない理由、
自分の過去を話さなくてはならなくなる・・・
そう思った真澄は、やっとの思いで、次の言葉を絞り出した・・

「・・先に、君がここへ来た理由を教えてくれないか?」
その言葉に、マヤは一瞬、瞳に光が宿り、そのまま真澄を見つめた。

「・・速水さん、今日はどうしても言いたいことがあって来ました・・どうしても、どうしても・・」
そう言うと、その直後、マヤの瞳から大きな涙が落ち始めた。
そして、肩を震わせながら、がっくりとひざをついてしまったのだった・・

「どうしたんだ」
ガラスの破片がマヤのすぐそばまで落ちているのを見て、真澄は思わずマヤの肩を抱きながら、
もう一度たたせようとした。
しかし、マヤは力なく、真澄の腕の中に倒れこんで、涙で真澄のシャツをぐしゃぐしゃにし始めた。

「・・う、う・・」
マヤは泣いてしてしまい、言葉が出なかった。

「・・ちびちゃん!」
真澄は、マヤの重みを受け止めているうちに、過去も未来もどうでもよくなってしまった・・・・
そんなことよりも、マヤを助けなければ・・
真澄に、あの感覚・・紫の薔薇の人の優しさが満ち溢れてきた。

「・・どうした、話してごらん・・」
真澄は、やさしく、マヤの頬に触れ、そっと右手であごをつかみ、
自分の方へゆっくりと向きを替えさせた。
久しぶりに見せた、紫の薔薇としての、優しい眼差しと、マヤの扱いだった。
マヤは、真澄にされるまま、真澄の瞳を見つめた。

「・・は、速水さん・・もう駄目です・・もう我慢できません・・本当は言ってはいけないのはわかってます。
 だけど・・」

「・・ちびちゃん、どうしたんだ、何が我慢できないのだ?」

「・・速水さん、速水さん、わたしは、あなたを好きなんです!ずっと、ずっと前から・・・!」

「・・・・!?」
真澄は凍りついた。

「・・・君は・・・君は、何を言っているんだ・・?」
真澄は何かの聞き間違いだと思い、もう一度聞きなおした。

「・・・速水さん、あなたが迷惑なのはわかってます・・
 子供みたいなわたし、いつも速水さんに文句を言っていたわたし・・
 でも、この思いをもう隠すことができないんです・・
 速水さん、ごめんなさい、本当にごめんなさい!
 わかってしまったんです、あなたが・・あなたこそが紫の薔薇の人ということが!」

真澄に衝撃が走った。
「・・紫の薔薇の人・・俺が・・という事を・・?」

「・・はい・・・それでも、好きなんです、愛してしまったんです、速水さん、あなたのことを!」
マヤは、堰を切ったように一気に話をしたのだった!
その瞳は真澄を見つめていた・・・

「・・そんなこと・・が・・そんな・・」
真澄はマヤの頬に手を添えたまま、声にならない声を発した。

「・・君は、お母さんの事・・俺は、君のお母さんを・・・」
真澄が、そういいかけた瞬間、マヤがさえぎった。

「速水さん、違うわ。私のお母さんは、私に会いに来て事故にあったのよ・・・
 もっと早く、自分の手でお母さんを探していればよかったの・・・
 お母さんを一人ぼっちにしたことが一番の原因だと思うの・・・
 わたしにも責任があります・・・
 だから、速水さん、自分を責めているのなら、もうやめてください!」

「・・・それは、本当か?本当にそう思うのか・・?」

「ええ、ええ、そうです、速水さん。どうか信じて」

マヤは、真澄の腕をつかむと、激しくそう真澄に告げた。

真澄は、暫く声が出なかった・・
マヤが自分の事を許そうとか、自分に恋をしているなどとは、考えようとも思わなかった・・
しかし、今夜、奇跡が起きたのだ・・マヤの口から・・・!

腕の中にいるマヤの瞳が、真澄の視線と交わる・・
真澄は、マヤの真剣な表情と、夢にまで見たその瞳を見つめると、ついに決心をした・・

(もう先は考えない!ありのままを話そう)

「・・ちびちゃん、聞いてくれ・・」

「・・はい、速水さん・・」

「俺は、速水家に来てから、生きてて良かったと思ったことは一度も無かった・・・
 子供の頃から、そして成長してからも、何か期待をしても、実現することは無かった・・・
 特に大都芸能では、期待をしても、裏切られる事の方が圧倒的に多かった・・・
 全ての行為が空しくなった俺は、自分に関する出来事は、何も期待しないことにしたんだ・・
 しかし、君がシャングリラのあとベッドで横たわってしまったあの日、俺は認めた・・・
 だから、せめて、女優北島マヤのファンとして、俺は生きていく事だけは自分に許した・・」

「・・速水さん・・一体何を認めたの・・?」

「マヤ、アルバムの回答だ・・・俺は・・・俺は、君にずっと昔から惹かれていた。好きだった・・
 俺は君のことを愛している!」

真澄は、ついに今まで言えずにいた自分の気持ちを初めてマヤに示したのだった!

「速水さん、そんな、そんな・・・わたしのことを嫌っているのではないですか?」

「そんなことは無い。本当に君を愛している。俺のほうこそ、君に嫌われていると、ずっと思ってきた。」

「・・速水さん!」

マヤは、思い切り真澄に抱きついた。

「マヤ!」

真澄もマヤを思い切り抱きしめた・・・・が・・

「・・?」
真澄は、抱きしめたつもりなのに、マヤがいないことに気がついた。






「はっ・・」

真澄は、ソファーで身を起こした・・・

「・・ゆ、夢・・なのか・・」

窓の外は、うっすらと明るくなっていた・・・街が目覚め始めた・・
真澄は昨晩、アルバムを見ているうちに眠りについてしまったのだった。
デスクの上には、開いたままのアルバムが散らかっていた・・・

「・・なんて生々しい夢だったのか・・」

窓の眼下では、朝の靄が消え去ろうとしていた。

「これが・・現実であれば・・どんなに・・良かったことだろう・・」

真澄の表情は一層暗くなり、心が2つに張り裂けそうになっていた・・・

「こんな状況で、俺は、本当に紅天女を奪うことができるのだろうか・・俺は一体・・・」

そう呟くと、やがて真澄は、感情を押し殺したような凍った表情に戻っていった。

真澄は、マヤへの伝えたい思いを隠すため、今日も仮面をつけるのだった・・
まるでそれは、昨晩砕け散ったガラスの盾だった。



紅天女試演の日は、すぐそこまで迫っていた・・・

















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