慰撫の夜




恋せずば 人は心もなからまし 物のあはれも これよりぞ 知る  (藤原 俊成)
   〜〜恋を知らなければ、人には心もないだろう 物の情趣も すべてはここから知るのだ〜〜




   車からは水城は自分で降りた。
聖が水城の側に回りそっと水城の背を抱いて、黙ってそのままゆっくりマンションへ入っていった。
漂う空気は切なく、やるせない。
ただ聖の漂わすもの柔らかい憐憫の情が、ふたりの間に無言の共感を通じ合わせていた。
聖は水城を抱いたままエレベーターを上り、部屋の鍵を開けた。
腕で水城を招き入れる。
聖が部屋の明かりをつけ暖房を入れた。
水城は黙って戸口に立っていた。
水城の裡で一度堰を切った揺れる感情は胸中に荒れ、ひたすらに彼女の口を重く閉ざす。
何も考えられなかった。そして、今は何も、考える必要は無かった。



   男の、部屋。微かに聖の匂い。
小ぎれいな孤独が、そこに満ち満ちていた。それが今の水城には胸痛み、もの哀しかった。

   聖は黙って水城のコートとスーツの上着を脱がせ、ハンガーに掛けた。
そして、ワンルームの室内の殆どを占めるベッドへ、水城を抱き寄せて、横たわらせた。
落ちかかった化粧の口紅だけを拭いとってやる。水城は重々しく沈黙していた。

   聖は水城の眼鏡をとり、サイドテーブルに置く。
照明はサイドテーブルのスタンドのみ。
つと夜の静寂(しじま)の空間が部屋に広がった。
虚ろに横たわる水城のまだ冷たいくちびるに、身をかがめ和らかく接吻しながら、聖は自分の衣服を手早く脱いでいく。
着衣から自由になったところで、聖は躰を重ねた。
水城のブラウスのボタンを片手で外しながら、もう一方の手で水城の長い髪をゆっくりと梳き撫でる。

暖房が効いてきた。
軽く触れるだけの接吻を繰り返しながら、聖は水城の衣服を脱がせていく。
水城は胸のつかえを抱えたまま、聖の手に身を委ねていた。
ブラウスを脱がせて露わになった肩。
成熟した大人の女の躰の線。
その肩を聖は片腕で抱き寄せた。
スリップを滑らして脱がせ、後ろ手で背中のブラジャーのホックを器用に外す。
聖の所作は静かで無駄が無かった。
それが水城には心許せる気がした。

部屋はもう寒くはない。
下着だけを残して、水城の総身が裸体になった。
聖もシャツを脱ぎ捨て、水城の裸体に自分も裸の半身を重ねる。
ほっそりと見える聖の体つきからは思いのほか逞しい胸。
その胸と両腕で、水城の上体をしっかりと抱き締め、ただ互いの裸の肌の温もりだけを確かめた。
しばらく聖はそのまま何もせず、耳元にくちびるを寄せ、黙って水城を抱いていた。
男の肌の温もり。
包まれて抱(いだ)かれる、その安堵感。
聖の寄せる柔和な憐憫の情、秘めやかな思いやりが、いつかしら水城の心にやんわりと滲みこんでくる。
水城もまた、じきに聖の背に腕を回して、温もりを求めた。

速水真澄という男を挟んだ裏と表の、似た者同士の、男と女。
互いに鏡に映したように、よく似た一対。
今は、やがてただの男と女となりつつある。


   水城の耳朶から首筋へ、触れるか触れないかの愛撫をくちびるで聖は与えていく。
片腕でしっかりと水城の半身を抱き締めたまま、指先で、もう一方の首筋から肩へ、流れるような愛撫を繰り返す。
聖のくちびるが次第に熱を持ち、点々と素肌に触れられると、それが水城には仄かに快かった。
聖のくちびるの触れたところから、しだいに自分の内部から何かが幽かに熔け出していくような気が水城にはする。
まるで羽毛のような、愛撫。
繰り返し、飽かず隈無くそれが水城に与えられる。
吐息が、甘く水城のくちびるから漏れる。
(それでいい…)
聖は内心で呟く。
この、堅牢な理知性を持った女性、反面のその内面の鋭い脆い感性を、忘我させ満たして慰めてやるにはどうすればいいのか、聖にはよく判る気がした。
聖はその通りにしようと思う。
懇切で丁寧な素肌への愛撫が、微に入り細に渡って繰り返し延々と続けられる。
やがて水城の感覚は次第に研ぎ澄まされ、聖のくちびると指先の感触に集中するようになる。
水城は聖の所為に、諄々と心奪われていった。
頬が火照り、呼吸があえかに乱れ始める。
その頃合いで聖は、豊かに熟した乳房に愛撫の手を伸ばし始めた。
そっとふくらみ全体を、両の掌で包む。
男の手の大きさになお余るほどの成熟。
聖は見惚れた。
そそられるに充分な、女の性の魅力。
聖も、男の色情の焔(ほむら)に次第に火がつき始めた。
懇々と、豊かなその乳房へ愛撫を繰り返す。
大きく揉みしだき、また軽く撫で上げる。
敏感に固くなったその濃い紅梅色の頂きを指先で擦る。
水城も甘受して、喘ぎ声をあげる。
互いが互いに熱中し始めた。
営みは、二人の間で俄に熱を帯びていく。


   聖の献身が続く。
どれほどの時が経ったろう。
水城は聖の隙のない愛撫の愛戯に、もはや慕わしく夢中にさせられていた。
しばらく忘れていた男の肌の感触と男に愛される感覚。
熱くときめく心臓。甘く乱れる吐息。喘ぎ。嬌声。熱中。陶酔。
我を忘れさせる、肉体の感覚への耽溺。
いっさいの拘り、いっさいの胸のつかえが、聖の愛撫のもとに、押し流されていく。
それが聖の意図するところだった。
すべて放たれ、すべて忘れて、このひとときの営みに準ずること。
それが今の水城には、何よりの僥倖だということ。
それは聖にとっても、同じ僥倖である。
水城を束縛する一切の現実から、この一時だけは解放させてやりたい、それが熱意となって、聖の男の欲にさらに勢いを増す。
熱心に手の込んだ細心な総身への献身の愛撫が、水城をやがて性の快楽の深い淵の境いへと、導いていく。


   聖はようやく、水城の下着に手をかけた。
下着の上から、大人の女の部分を掌で覆う。
すでに過敏に、水城は反応した。
すぐに聖はそれを脱がせた。
溢れるもので下着を汚させたくはない。
聖の配慮はいかんせん細かい。
水城の女の部分。聖が柔らかく指を這わすと、水城はのけ反って呻き、顔を背けた。
ふと聖が眼を上げると、長い水城の髪が、靡(なび)いて床(とこ)に散っている。
美しい眺めだと、聖は思う。
この女のためになら何でもしてやりたい、そんな情が、聖の胸中に渦巻く。
聖の一見静かな、しかし内なる熱い情熱は、水城をしだいに無心にし、男に甘え男に身を委ねる女の天然自然の情緒を引き出していた。
聖の愛撫によって充分用意の調えられた水城の大人の女の聖域は、すでに聖を欲してさやかに潤っていた。
ひとしきり優しく情愛深く、聖はそこに愛撫をほどこす。
水城は、聖の真情が身に浸みた。
甘く、胸が疼く。
そして、聖を迎え入れる時を思って胸高鳴り、ときめいた。
嬌声がひときわ媚びに満ち、聖を待つ。
その声色の艶に聖は感慨深く、水城へゆっくり昂ぶった己をあてがった。
そして、逞しく、一気に水城の中へ身を進めていった。
あとは、水城を真の快楽に誘うだけである。
聖は躊躇しなかった。
この時を待って息をひそめていた聖の男の欲求が、顕(あきら)かに表に出た。
力強く、巧みに、聖は水城を攻めた。
聖を受け入れる水城は、この静かな男のどこにそんな激する烈しさがあったのかと圧倒された。
その烈しさは、感動的ですらあった。
涙するような思いが、水城を襲う。
この男に、任せればいいのだ、水城のどこかでそんな声がする。
それでいい、そう思う。
水城はこの時とばかりに、聖にしがみついた。
熱情の迸るまま、聖が水城を自在に翻弄していく。
互いの交感が、高まっていく。
水城は聖に誘い出されるまま、性の悦びに身を躍らせた。
そんな水城に、聖は熱い奉仕を捧げ続けた。
いちど解放された水城の感性は、とどまることを知らず高まった。
一度、また一度、聖の長く持続する熱い男によって、高みに達せられる。
水城はすっかり我を忘れた。
無我夢中で、聖の熱い男性が与えてくれる性感に、身も心も委ねきって陶酔していった。
男の真情を身に注がれ感受すること。
そして我を忘れること。
今の水城には、これ以上はない慰撫であった。


   聖は水城の姿態をさまざまに変えさせ、あらゆる水城を聖もまた堪能した。
乱れ髪をうち靡かせ、己によって露わに快楽を享受する水城の女の色香。
それは品良く、溺れながらもあでやかだった。
それが聖には好ましく、いっそう情欲をかきたてられた。
飽かず長い媾合の刻(とき)が続く。
途中緩やかにテンポを落とし、体位を変え、また再び強い律動を聖は水城に与える。
聖のような男こそ、秘めたる情熱家であることは間違いない。
その情熱も、我を通す熱情ではなく、あくまで接する女には情愛深く、やさしさが先行する。
そんな聖を相手とできた水城は、幸運であった。
もっとも水城にしても、自らの感受性に通ずるところがなければ、ここまで来はしない。
水城の選ぶ目も確かなのだ。
聖の情愛に包み込まれて、水城は全身、爪の先まで、宥められ満たされていった。
心ゆくまで、聖は水城に奉仕した。


   二人の営みも、絶頂が近づいた。
水城の女の部分の秘密からして、正面から抱き合った方がいい、と聖は判断した。
聖は水城を仰向かせ、漲り大きさを増した己を、深く水城に勢いをつけて挿入していった。
律動が、急速に早まる。
水城の歔欷(きょき)の声が一段と甲高く断続的に続く。
聖の男が水城の内部で急に膨張した。
それに誘われて、水城は最高の絶頂を迎えた。
水城の女の部分の一気の収縮に、きつく眉を寄せ耐えながら、聖は素早く己を水城から引き抜いた。
そして、掌に、迸る自らの体液を留め受けた。



   荒い息遣いで、ぐったりと水城は聖の胸に凭れかかった。
掌を拭って、聖はしっとりと汗ばんだ吸いつくような水城の肌を軽く愛撫した。
聖の鼓動もまだ早い。
生気をまし、瑞々しく匂い立つ営みの後の水城の色香に、聖は自分の試みは達成したと確信した。
心底の満足を聖は覚える。
身を寄せてくる水城を、やさしく聖は抱いてやった。
余韻の味わいも深く、二人はしばし互いを近く感じながら、性の熱気がしずやかに遠のくのを、放心して過ごした。

  じきに、寝物語のひとつでも、始まるだろう。
聖は水城に想い深く口づけして、腕枕に水城を抱き寄せてやった。
指で、乱れた髪を梳いて整えてやる。
そして、動悸が鎮まるのを、聖は穏やかに待った。水城は聖の胸に、無心に寄り添っていた―――。








終わり







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