「逢い引き」

　　Illustlated by ちゃげさま
　　ShortShort By 紫苑












さんざめく人の声。
シャンパングラスの泡は金色に弾ける。
煌めくシャンデリア。
華やぐ正装の人々の群れ。




そのひとすみに。



また壁の花か？



そう言ってあの人は、からかうだろうか。
どんなふうに、みつめてくれるだろうか。
この姿を？




チビちゃん、どうした？



あたし、もうチビちゃんじゃありません。




だから。
着飾ってみた。
細い肩紐のドレス。
思い切り背中を出して。
胸のカットも深く、深く。ただレースで胸元を覆うだけ。



襟足には後れ毛も見えるだろうか。
結い上げた髪はいつもの贈り物で飾った。
ピアスにしたら、きっと嫌われる。
だから、ピアスは止めた。
口紅よりグロス。
お化粧もほんのりでいい。
香水もつけない。
そのほうが、きっとあの人の好みだから。




ああ、女の人の肌が光ってる。
あたしの肩も、あんな風に光るっているのかな？
今日のために、ずっと肌の手入れをした。
だって。
この肌も
この肩も
この胸も
全部あの人のもの。
あの人だけのためのものだから。



綺麗になりたかった。
今夜だけは。
今夜だけは、あたしをみつめて、
あたしに寄り添って、
あたしを連れて行って。
あなたとあたし、ふたりだけの夜に。




だから。
あなたのために装ったのだから、
今夜だけは。



いつもいつも忙しい人。
会いたくて、会いたくて、
抱き締めてほしくて、
でも
そんなに簡単に会うこともできない。



春になればまた会える、って、言ったじゃない。
もう沈丁花も香っている。
春なのに。やっと、春なのに。




あたしはここにいるの、ねえ、気がついて。

黙ってここに来ても、怒らないでしょう？


遠目に見ても、誰よりすらりとして
誰より素敵にタキシードを着こなして
慇懃、って言うの？
そんな笑顔で。
人たちのあいだを颯爽と歩いていく。
あのひと。



お願い。
気づいて。
お願い。
涙が出そう。









どれほどの間そうしていたのか。
きっとあたしは俯いていたに違いない。
不意に頬に触れられた。




「待ち伏せか？誰かと思ったぞ」

恋しかった声。胸が痛んだ。

「違う…。待ち伏せなんか…」

「嘘をつけ。よくここが解ったな。秘書どのにでも聞き出したんだろう？」

鋭く鎖骨を一瞥されたのが判った。

「綺麗だよ、マヤ。」

囁く声音に心許なく目をあげた。
ぶつかった瞳の強い光で射すくめられるようだった。

頬からすっと首筋を撫でおろされてぞくりと戦慄いてしまう。

「…」

「なんだ？」

「春になったら…
　春になったら会える、って言ったから…もう３月だし…だから…」

頬が熱い。
言葉に出来ない、これ以上は。

「そうだったな。そうだな…」

「あの扉の隅へ行っていろ。この場を片づけてくるから。」
「部屋をとる。今夜は一緒だ。久しぶりだな。」


嬉しかった。









―――乳ぶさおさへ神秘のとばりそとけりぬ
　　　　　　ここなる花の紅ぞ濃き―――




力強い腕。
どれほどかこの温もりが恋しかったことか。
暖かい胸。暖かい…。
広い、逞しい胸。
抱き竦められて、包み込まれて、瞼閉じればあたしはもうあなたのもの。
いいの。
好きなようにして。
あなたの思い通りに。
それが、あたしにはただ、嬉しいだけだから。
もうなにも怖くない。


貪るようなくちづけ。
速い鼓動が伝わってくる。
あたしが欲しい？
そう、言っているみたい。
脣が、腕が、愛撫が、吐息が、心臓が。
ドレスのままベッドに縺れこんだ。
ああ。
熱い。
熱い。
あなたが、熱い…。

思い切り深く貫かれて、声をあげたのはあたし…？
もう何もわからない。

「こうされたかったんだろう？」

いや…。違う…。そんなこと、言わないで…。
そう…。でも…言えない…そんなこと…。

欷いているのは、あたし…？
もう今はただ感じるだけ。
目が回る。
突き上げられて。
凄い…こんな…。

「速水さん、速水さんっ…！」
「ああぁっ……！」





何度も抱かれた。
繰り返し、繰り返し。
あなたのために、女に生まれてきてよかった。ふとそう思う。
あたしをこんなに愛してくれる。
嬉しくて、泣いた。
そんなあたしに、優しかったくちづけ。


もう夜中なの？
疲れ果てて眠りに落ちる間際、
「愛しているよ。」
囁かれて、満たされた。身も心も。




巡り会い、生きてここにいる、
狂おしいほど魂を乞う、
それが恋だと。
速水さん。
あたしの魂の半身。



浅い春の、一夜の夢。
あなたに抱かれて見る夢は愛の夢。
紅咲き誇る梅の里、満天の星に誓った永遠の夢。



あなたが、好き。











Fin