「深夜残業、そして…」

  Illustlated by Brandyさま
  ShortShort By 紫苑









今夜も遅くなったな。



仕立ての良いウールの背広のジャケットをさらりと脱ぐ。
俄に心地よい解放感。
ネクタイの結び目に指先を伸ばす。
すい、とネクタイを緩めて、溜め息をひとつ。
夜も更けた執務室。
暖房は効いているが、胸の奥は幽かに冷たい。
誰も居ない部屋。
ただ、静かだ。




珈琲でも淹れるか。



背広のポケットの煙草をつと探る。
軽く肩を回してみる。
こんな疲れは、いつものこと。
もうすっかり当たり前の、一日の終わり。



師走、か…。
マヤ…。
どうしている…?



ふと窓の外を眺めた。
マヤが楽しげに笑っている。
面影は窓越しの凍てつく冬の空に、ひとときの幻のようだ。
ガラスに横顔の影が映った。
誰も考えもしないだろう、
俺がこんな時間を過ごすということを。
ひとり。
夜が更けていく。



マヤ…。
どうしている…?





どれほどの時が流れたのか。
誰もいないはずの廊下に、小さな足音。
そして、扉の向こうの、人の気配。
ノックもせず、ドアが開いた。




「速水さん!」

マヤの弾んだ声。
幻想が現実となった瞬間。

「来ちゃった、あたし。」

何も考えず両腕を広げる。
マヤが、飛び込んでくる。

「会いたかったの…。どうしても…。」
「近くまで来たから、寄っちゃった…。」

「車か?そんな薄着で。風邪をひくぞ?」

「風邪なんか。速水さんに会えたら、どっかに行っちゃう。」

抱きしめれば、華奢な肩の仄かな温もり。
長い髪はけぶるように甘く香る。
少し冷えた頬。
腕の中の、この確かな、愛おしい者。



――恋人たちの抱擁。
   露というのは花の名だろうか
   それとも薔薇の涙の名だろうか――



マヤ、おまえは知らないだろう、俺がどれほどおまえを愛するかを。
マヤ、おまえは知らないだろう、俺がいつまでもおまえを愛するかを。


速水さん、あたし、あなたが好き…。
速水さん、あたし、あなたのすべてが好き…。



腕の力を緩めた。
マヤが微笑んで俺を見あげる。
その瞳は話すことなく語ることなく、
その声も聞こえないのに、
心の在処を間違いもなく伝えてくる。


“ね、キスして…”


語る眸は潤んで輝く。
そして、うっとりと瞼を伏せた。
睫毛がまなじりに薄い影を落とす。
マヤの細い腰を抱いて、窓枠に腰掛けた。
そして、ゆっくりとくちびるを近づける。



そう。キスだ、マヤ。
受けとるがいい。
この恋情を。
この愛惜を。
マヤ、おまえだけ。
おまえだけが、俺のすべて。
今、このひととき。


俺のいっさいをおまえに。


――想いのすべてを燃やし尽くして
熱い炎でおまえを包み
野火のような焔に焼かれて
おまえとふたり 目眩くような
そんなこの愛を確かめ合いたい――


――燃えあがるほどのあなたの愛が
いつのまにか心の中に小さな火をつけた
その暖かさに 想いは募って
あなたとふたり 燦めくような
そんなこの愛を確かめ合いたい――


ふたりで生きて 懼れることなく
心に燃える この熱い炎を 絶やしはしない
ふたりで生きて 想いを残さず
瞳にやどる その笑顔を 絶やしはしない
愛するままに
願いのままに
そう、この命尽きる時まで。




繰り返し、軽くくちづける。
羽根のように。
マヤ、おまえのくちびるはあまりにも儚い。
もっと確かめたくて
もっと分かち合いたくて
深くくちづけた。



応じるように、マヤ
おまえは俺の髪に指を絡ませた。



この時が、いつまでも続けばいい。
ひとときの時の夢よ、巡り巡れ。
永遠を駆ける馬車が出る。



もしもこの世に神というものがあるのなら、
その名にかけてマヤ、
俺はおまえに誓おう。
おまえだけが、俺の真実だと。
マヤ、おまえだけが、俺の生きる証だと。



そう。マヤ。
おまえを奪ってしまおう、今夜。
夜をこめて、俺はおまえに刻み込もう、
愛している
愛している
愛している、と。



マヤ。
もう、離さない。
もう、待たない。




愛している。
マヤ。









One day In the Office 23:00PM...










Fin







2005/12/15


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